258 針葉樹の槍(コニファー)

「……巨人兵士スパルタンを倒すには、もっと強力な攻撃を繰り出さなければならない……魔法のような、ね」


「あ、あなたは……誰ですか?」

 アドリアの声に反応して夢見る竜ドリームドラゴンの前にローブの人物の口元に微笑みが浮かぶ……その声は男性のものだったが、優しく静かな威圧感を感じるものだ。

 アドリアはふとその人物の声に強い望郷の念が湧くのを感じて、自らの心に違和感を覚える……聖王国に対してではなく魂の奥底、彼女の根源ルーツとなる血を強く反応させるような何か、だ。

 ローブの人物はすぐに巨人へと向き直ると、槍を持っていない左手を軽く向ける。


「この不死者アンデット神話の時代ミソロジーによく創造されたそうだ、圧倒的な再生能力と破壊力を有している……だが、再生能力には限度がある」

 彼の左手に緑色に輝く不思議な魔力が集中していく……アドリアはその輝きを見てさらに強く自らの心臓が跳ね上がるのを感じて思わず胸に手を当てると、恐ろしいまでに高鳴る鼓動を感じた。

 血が、彼女の中に流れる森人族エルフの血がローブの人物に強く惹かれるのがわかる、愛や恋ではなくこの人物に仕えたいと思うような、ある種のカリスマ性を感じて跪きたくなる気持ちに必死に争う。


ヴェール

 ローブの人物がそっと囁くと、彼の左手に集中していた緑色の魔力が、一瞬圧縮されたかのように見えた次の瞬間、まるで竜の息吹ドラゴンブレスのように打ち出される……その光は轟音と共に凄まじい勢いで地面を抉りながら巨人兵士スパルタンへと迫り、吠え声を上げる巨人を飲み込んでいく。

 その光を見たアドリアはふと懐かしい記憶を思い出す……少し前、帝国とトゥールインとの戦闘を集結させたあの眩い白い閃光に似た何か、それに匹敵する圧倒的な魔力の爆発。

 クリフはあまり多くを語らなかったが、戦場で見たあの風に乗りて歩むものウェンディゴを消滅させた時に彼が放った閃光に酷似している。


「……こ、これは……クリフと同じ……なんてデタラメな……」

 だがあの時のような破壊的な光とは違って、ほのかな優しさ……何か暖かさを感じる光だった。

 アドリアが呆然としてローブの男を見ている前でふうっと軽く息を吐き、左手を下げると緑色の光がまるで何事もなかったかのように消え、そしてその場に静寂だけが残る。

 光が収まるとそれまで巨人兵士スパルタンが立っていた場所が地面ごと大きなクレーターが広がっているのが見えた。

 仲間たちは無事だ……アイヴィーもロランも毒気を抜かれたように、一瞬にしてそれまで苦戦していた敵が瞬きの間に消滅したことに驚いている。

 彼女の隣にいるロスティラフもあんぐりと開けてその人物を見つめており、手に持った武器を構えることもなくゆっくりと撮り落とした……それくらい凄まじい一撃だった。


「大丈夫かね? 君たちは冒険者だろう、なぜ神話の時代ミソロジーの遺物と戦っていたんだ?」

 ローブの人物がゆっくりと夢見る竜ドリームドラゴンへと振り返る。

 その声は優しくアドリアたちへと声をかけるが、呆然としている彼女たちを見て少し不思議そうに首を傾げると何かに気がついたかのように、慌てて深く被っていたフードをあげてその素顔を晒す。

 黄金のような金色の輝く髪と、翠玉エメラルドの瞳を持った中性的かつ端正な顔をした森人族エルフの男性の顔がそこには現れる。

「……顔が見えなければ警戒をする、人間はそうだったね。私は今は針葉樹の槍コニファーと呼ばれている、君は聖堂戦士団チャーチの人間か?」


「コ、針葉樹の槍コニファー?! あの伝説的な傭兵団の? こ、こんな場所で出会えるなんて……光栄です! 私はロラン・カネ……以前聖堂戦士団チャーチに所属したものです」


「そうか、聖堂戦士団チャーチは敵としても味方としても多くのことを学ばせてもらった。ロラン、君の名を覚えておこう」


「……ありがとうございます! 針葉樹の槍コニファー殿に名前を覚えていただけるなど……光栄の極みです」

 ロランが慌てて直立不動となると、槍を立てて胸に手を当てるような礼を行う……その礼に答えるように針葉樹の槍コニファーと名乗る森人族エルフはロランに返すように同じ動作で礼を行うとにこりと笑う。

 その笑顔はどことなく作られたようなもののようにも見えるが、だが敵意はない……アドリアもそれまで構えた武器を収めると軽く会釈をして助けられた礼を述べた。

「危ないところをありがとうございます、私たちは夢見る竜ドリームドラゴン、お察しの通り冒険者です」


夢見る竜ドリームドラゴン……ああ、大荒野で活躍していると噂の……するとトニーの友人という……」


「え? トニー? トニー・ギーニ?」

「は? な、なんでトニーの名前を……」

 アドリアとアイヴィーが驚愕で目を丸くしながら針葉樹の槍コニファーをまじまじと見つめる……どうして目の前の森人族エルフからトニー……魔法大学の同級生の名前が出るのか? と訝しげる。

 そんな二人を見て不思議そうな顔を浮かべると針葉樹の槍コニファーはアドリアたちの数を数えるように一人ずつ指を指してから顎に手を当てて彼女たちに向かって口を開いた。


「どうしてクリフ・ネヴィル殿がいないのかな? 夢見る竜ドリームドラゴンのリーダーにして大荒野最強の魔法使い、彼が中心とトニーから聞いているのだが……」

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