257 巨人兵士(スパルタン)

「オオオオオオオオッ!」


 巨人兵士スパルタンが大きく大剣グレートソードを振り上げるのをみて、アイヴィーは軽く舌打ちをしながらその緩慢だが凄まじい破壊力の攻撃を横へと飛んで避ける。

 それまで彼女がいた場所に巨大な大剣グレートソードを地面へと叩きつけると、衝撃で辺りの地面がゆらゆらと揺れる……あんなのが当たったらタダじゃ済まないわね……軽い恐怖感を感じるも、戦士としての魂が彼女の体を無意識かで動かしていく。


「隙だらけなのよっ!」

 一気に突進するとアイヴィーは巨人兵士スパルタンの腕を踏み台にして跳躍する……空中で軽く回転しつつ刺突剣レイピアを振るうと、巨人の体をまるでバターのように切り刻んでいく。

 だが、魔術的に強化された巨人兵士スパルタンの骨格はその程度の攻撃を物ともせず、一瞬空中で崩壊しそうになるもまるで時間を巻き戻したかのように元の姿へと戻っていく。

「おああああアアアアアアアッ!」


「なんなのもうッ!」

 必殺に近い斬撃を無力化されたアイヴィーは地面に着地すると軽くステップをして後方へと跳び距離を取る……武器を構えたロランは何度かあの攻撃を受け止めていたが、流石に衝撃に耐えきれないのか躊躇している様子が見える。

 夢見る竜ドリームドラゴン最強、クリフという不世出の魔法使い……圧倒的な破壊能力を行使できる彼がいれば目の前に立つ巨人兵士スパルタンは敵としては物足りなかっただろうが、今残っているメンバーは直接攻撃や後方支援に特化した人材しか残っておらず思っていたよりも苦戦を続けている。


「……クリフに頼り過ぎてましたねえ……」

 アドリアが巨人兵士スパルタンを相手に立ち回るアイヴィーとロランの苦戦をみながら、表情を歪める……このメンバーは一人一人の能力は決して低くない、むしろ一人一人がその階級に相応しい実力を兼ね備えている。

 だがクリフという圧倒的な個はこのメンバーの中にあっても異質……まあ、それがいいんですけどね、とアドリアは戦闘中でありながら愛する男の顔を思い返す。

 ヒルダと共に混沌の門ゲートオブケイオスへと消えていった彼は無事だろうか……。


「決定打に欠けますな……」

 アドリアの横で複合弓コンポジットボウを構えたロスティラフが表情を歪めるが、巨人兵士スパルタンに何度も矢を射掛けているが効果的な攻撃になりえないことに悔しい思いをしているのだろう、あまり見せたことのない表情を浮かべている。

 魔法大学で学んだ知識の中に死霊魔術ネクロマンシーに関する知識はそれほど多くない……研究を進める魔法使いの数も少なく、まだ未知の分野に近いからだ。

「一瞬で破壊できるような能力があれば……再生能力が追いつかないくらいの攻撃を与えれば倒せるんですかね……モーガンが切り札として残していたのも頷けますよ」


 巨人兵士スパルタンが大きく咆哮して手に持った大剣グレートソードを奮い、アイヴィーとロランへと襲いかかるが軽装のアイヴィーはその素早さで、ロランは大盾タワーシールドを器用に使って攻撃をなんとか受け流している。

 ロスティラフが何度か矢を発射して巨人兵士スパルタンへと攻撃を続けるが、矢の直撃によって嫌な音を立てて砕ける骨も、次の瞬間には時間を巻き戻すように元の姿へと戻っていく。

 それを見たロスティラフは再び軽く舌打ちをするが、アドリアはこんな状況下にあってもこの竜人族ドラゴニュートの戦士が随分と人間臭い表情や仕草になってきているなと感心している。


『……それではダメだ、離れなさい』


「えっ?」

 いきなり夢見る竜ドリームドラゴンのメンバーの頭の中に響いたような言葉……優しさというよりは実務的な響きを持って語り掛けられたその言葉に、彼らは驚きつつも素直に従い、巨人兵士スパルタンから距離を取る。

 次の瞬間、上空から凄まじい速度で人影が降ってきたのを全員が呆然とした表情を浮かべてみている……上空から真緑の外套とフードを被った人物が地面へと降り立つ。

 その人物の手には金色の紋様が刻まれた長槍ロングスピアが握られている……ゆっくりと立ち上がったそのローブの人物を見てアイヴィーとロランは凄まじい恐怖感を感じて後退りする。

「……あ、あ……」

「な、なに……」


「アイヴィー? ロラン……どうしたんですか?!」

 アドリアが二人の様子がおかしいことに気がついて眉を顰める……なんだ? 二人はどんな困難、恐怖を感じても引き下がるような生半可な戦士ではない。

 その二人が思わず後退りするような人物なの……? いきなりアドリアの肩にロスティラフの手がそっと置かれるが、その手は小刻みに震えている。

 思わずギョッとして彼を見上げると、どんな時でも表情をめったに変えることのない竜人族ドラゴニュートが体を震わせながらアドリアを庇おうとゆっくりと彼女の体を引いている。

 ローブの人物がフードに隠れた顔をこちらに向けると、そこには男性か女性かもわからないくらい整った口元が見えた。


「……巨人兵士スパルタンを倒すには、もっと強力な攻撃を繰り出さなければならない……魔法のような、ね」

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