孤独で惨めな青年の慟哭

井上和音@統合失調症・発達障害ブロガー

孤独で惨めな青年の慟哭

 眠いときには眠いなりに何か小説が綴れるかもしれない。俺はそう思い大学の食堂へと足を運んだ。

 食堂ではお昼時であることもあってか、人間がこれでもかと思わせるほどの数が押し寄せていた。もの凄い声の嵐だ。俺はその肉声の台風の中をかき分けて進んでいった。ええい、邪魔だ。退けっ!。俺は何とか暖かいお茶を手にしてテーブルの一番端を陣取った。

 俺は何も考えずにノートブックを開き文字を打ち始めた。だが、その集中も声の嵐によって吹き飛ばされた。大衆の声が否応なしに自分を客観視させる。

「(俺は何をやっているんだ……)」

 自分がやっている行為に虚しさを覚え、それまで風景の一部にすぎなかった人間共を見渡した。どいつもこいつも数の暴力に訴えて席を我物顔で陣取っている。いや、もちろんそれだけではない。以外と一人で細々と箸を進めている者もいるものだった。

 だが、ここで俺は一つの確信に触れた。ついネックウォーマーの中で「ふふふ」と笑ってしまった。

 誰も俺のことを見ていない。

 今この瞬間に俺が、ここにいると認識しているのは俺一人しかいない。お前らがそうやって人間同士で呆けている間に、俺は傑作を手がけているかもしれないのに。傑作が出来上がる瞬間を、貴様等は目にする瞬間を逃しているのだ。数ヶ月後、世に知れた後にせいぜい俺の作品を見て唸るがいい。そして後悔するがいい「私たちは一体何をやっていたんだろうか」と。

 俺はまた「ふふふ」とほくそ笑んで、またノートブックを開いた。



「ねえ、ここ彩花でいい?」

「ん、ああ。いいよ。もちろん。オフコースなり! 前回私休んじゃったしね」

 食堂でのサークルの通信『ソルボンヌ通信』の記事の割り振りの話し合いをしている最中、私はふと返答に遅れてしまった。というのも、視界の端の方で何か鋭い視線を感じてしまったからだ。

「よし、じゃあここは彩花で決定! じゃあ次のおすすめ本コーナーその2は……」

 サークルの長である瞳がてきぱきと二月号創刊のための役割を決めていく。すごいなあ瞳は。いつどんな時でもパワフルだ。

 ちょっとさっき目に着いた鋭い視線の方をちらっと見てみる。そこでは髪が肩までかかり、真っ黒なダウンジャケットを着た男の人が、ネックウォーマーに首をすくめその前髪の隙間からぎょろりと目玉を動かしていた。

 怖……。

 視線を向けてしまったことを少し後悔しながら、ソルボンヌ通信に目を落とした。



 目の前の直線上に、ネックウォーマーに首をすくめながら周囲をぎょろぎょろと見渡している男がいた。

 うえっ。いるよなーああいう自分だけが不幸だとか思ってるやつ。自分だけが特別だ、とか思ってるんだろうな。

 まあ、近づかない方がいいよな。

 お盆を持って進んでいた足を方向転換。僕は壁側の席へと向かっていった。



「あ、」

 食堂の方を見てあたしは思わず呟いた。

「どうしたん?」

 隣を歩いていた理事長が声をかけた。

「いや、同じ学部の人がいたんでつい……。あの人また一人なのかな?」

 柿谷君は、その後ろ姿からは表情は伺えないが、ダウンジャケットのポケットに手を突っ込みネックウォーマーに首をすくめ、猫背の体勢でじっとしているようだった。

 私はそのまま歩いて通り過ぎた。

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