絶望 ~未開封のめんつゆは、もう~

帆多 丁

真夏の夜の夢ならよかったのに

 誰にも省みられることなく、ただ孤独にめんつゆが、賞味期限を迎えました。

 未開封でした。

 

  

  

 平鍋に湯を沸かし、一把の素麺を手に取ります。

 さらさらとした手触り、揖保乃糸です。

 白くささやかな麺を束ねる赤い帯をするっと取り去り、さっ。軽やかに広げて茹でます。

 たおやかに、祈りをささげるかのような曲線で踊る麺たちから意識を離し、私はつゆの封を開けました。

  

 一対一。

 つゆと水のあるべき比率を損ねてしまわぬよう、慎重に茶碗で合わせます。

 私の頬に伝うのは、汗でしょうか、涙でしょうか。

  

  

 半年間。

 彼が賞味期限を迎えたのち、半年間ものあいだ、私は彼に気づいてやることができなかったのです!

 めんつゆの孤独に、私ごときがいまさら!

  

 彼にはせめて、調味料としての最後を歩ませてやりたい。

  

 素麺、ゆであがりました。

 これより、めんつゆ弔いの儀、執り行います。

  

 つるり。

 あ、いける。

 なーんだ、よかった。お前まだまだ頑張れるじゃん。

 もうすこしの間、よろしくなめんつゆ。いろいろ頑張って活用するからな。

  

 つゆのキャップはパチンと閉じて軽やかに、きちんと戸棚にもどしましょう。

  

  

 ──みりん おまえもか!

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