夜色のソースで溶けたアフォガードが広がる夕焼け
「こんにちは、また来ちゃいました!」
「あっ、斎藤ちゃんいらっしゃいー。あれ、お兄ちゃんは?」
「まだ車の片付けしてます。今日はお仕事帰りなので」
「仕事?……ってことは能力元に戻ったんだ!」
あれから1週間。はい、と元気に返事をする斎藤ちゃんからは、先週のような悲壮感を感じない。何も考えずに能力の事を口走ってしまいやばいと思ったけれど、笑っているならいいのかな。多分、平気だと思いたい。
その後ろから、お兄ちゃんがいつもの調子でやってくる。斎藤ちゃんを立たせるのはなあ、と思い先週と同じく机に案内した。準備していた紅茶の香りにくるまれて、斎藤ちゃんの表情がさらにほころぶ。緩やかなウェーブを刻んだガラスのティーカップが赤褐色の光を鮮やかに広げ、机の上に小さな花を咲かせていた。ちなみに、これは私お気に入りの普通のダージリンで、私の能力は全然関係ない。
お兄ちゃん曰く、斎藤ちゃんの能力は、先週ここでサンデーを食べているうちにじわじわ予兆みたいなものは戻ってきていた。あの後ドタバタして大変だったらしい。……あのサンデーがきっかけ?まさかあ。
「戻った理由にも関係するが、詩音の能力の詳細がようやくわかったぜ」
「怪獣になるんじゃなかったっけ?」
「正確には、『自分はそういうものだ』と思い込んだモノになる、だそうだ。この前、怪獣以外のモノになったことで発覚してな」
「その能力めちゃくちゃすごくない?無敵じゃん」
「まあ、軽く思った程度じゃだめらしいから、そんな万能の物でもないぞ。なりたくないって思っていたから能力がなくなったように見えて、思うのをやめたら戻ったってだけだとさ」
先週の斎藤ちゃんの顔を思い出して、安堵感で力が抜ける。ああ、そうか。斎藤ちゃんは怪獣じゃない。この子に怪獣という役割はもう押し付けられなくなったんだ。いじめられていたことを思うと、怪獣になってしまったのだって「そんな事を思わせてしまうような暴言に晒されていたせい」なだけなのかもしれない。……事実上監禁される結末は理不尽なんだろうけど、いまいち同情できないな、そのいじめっ子たち。
今の斎藤ちゃんはというと、無敵と言われたからか、ちょっと照れてもじもじしていた。褒めのつもりで言ったので、それがちゃんと伝わったことにもほっとした。
「あはは……まだ、怪獣にもなれちゃうんですけどね。その方がいい時もあるから……無理して『怪獣になりたくない』って思うの、やめてみました」
「それぐらいでいいと思うぜ。俺はそうでもないが、能力を使わなきゃいけない、なんて話でもないしな」
「もしなるならまだ怖いなあって思うから……多分わたしは怖い怪獣のままだと思います。だけど、悪い怪獣にならないように、頑張ることはできるかなって思ったんです」
「……そっか」
「だから……瑞希さん、ありがとうございます。自分の捉え方次第なの、多分わたしもそうだから」
ふにゃ、と笑いつつも、斎藤ちゃんの返答は力強かった。私なんかよりももの凄く大変で凄い力の斎藤ちゃんは、能力者としての歩き回り方をよくわかっているお兄ちゃんもいる事だし、きっとこれから何とかなるんだろう。悪いことは絶対起きないなんて断言できないけれど、なんとなく斎藤ちゃんは大丈夫な気だけがしていた。
視界の端で紅茶を一気に飲み切るお兄ちゃんを見て、カウンターに向かう。埃除けのシェードを外して、カウンターに自分の分を置いておいて、二人の元にそれぞれに対するおすすめメニューを持って行った。
「はい、お兄ちゃんはいつものパフェとして……斎藤ちゃんにはステンドグラスの粉糖をかけた楽譜のワッフルね。付け合わせに相性がいいピアノの白鍵のアイスを載せて、オルゴールのピンから作ったカラースプレーをかけてみたんだ。せっかくだから、元のオルゴールを見ながら感想くれると嬉しいな」
「ありがとうございます……じゃあ、いただきます!」
お兄ちゃんの目の前にはいつものSNSパフェ、斎藤ちゃんの目の前に、新作のワッフルを置く。私の目にはうっすら透き通った粉糖が七色に見えて、白い丸皿にプリズムのかけらをこぼしている。一緒に置いたオルゴールの曲名は忘れちゃったけど、ステンドグラスで作られたケースの光が中の金属をドレスアップしているようで、なんだかいいなあと思って私が衝動買いしたものだ。
斎藤ちゃんにも見えているといいな、と思いながら、しれっと流された話を忘れないうちに振ることにした。
「……ところで、怪獣の代わりに何になったのかは聞いていい感じ?」
「えーと……こればっかりは、内緒です」
「ああ、その方がいいな、うん」
「なんだろ気になる……。怪獣より内緒にするものってなんかあったっけ?」
お兄ちゃんと斎藤ちゃんが顔を合わせてにんまり笑って、それぞれパフェとワッフルを口に運ぶ。……これどっちも教えてくれない奴だ。ずるいなあ。
その後も白熱する二人の感想戦に耳を傾けながら、私もオルゴールのカラースプレーをかけたピアノの白鍵アイスを口にした。やわらかい弦の音が体に甘く染みわたり、アクセントのように少しひんやりとした音がはじけて、すっとさわやかな感覚が残る。私の能力でできたものだからお腹は膨らまないけれど、なんだか心のあたりに紅茶を注がれたような熱を感じる。こう感じる事そのものは私の能力じゃないけれど、悪いものではないと思う。
(お兄ちゃんや斎藤ちゃんと比べたら、私の力は全く役に立たないんだろうけど……私が嫌いじゃないんだから、これでいいんだろうなあ)
本物のダージリンティーを飲みながら、私はそんなことを思っていた。
怪獣以外のモノになった時、詩音ちゃんがなろうと思ったモノが「強い人」である事。そしてその結果の見た目が、偶然私になっていた事。
―――それをようやく私が知って盛大にひっくり返るのは、もう少し先の話だ。
戦えない私の前向きレシピ 蒼天 隼輝 @S_Souten
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