片付いた器の中で金平糖が転がる夜

 普段夕方中には終わるガス抜き集会は、夜にまでもつれ込んでいた。さすがに家族以外の人がいる前なので、私はちゃんとしているところを見せようとエプロンをつけてカウンターの中に入る。

 言われてみれば、私は大体お兄ちゃんが来る前に作っておくのであまり目の前で料理をしないタイプだ。斎藤ちゃんは恐る恐るカウンターに近づき、私の手元や調理道具をきょろきょろと見まわしている。今のところは普通の調理器具しか出していないので、何が特別なのかがわからなかったようで首をかしげている。……悪いことしてるわけじゃないんだけど、ガン見されるとちょっと恥ずかしいな、コレ。


「じゃ、斎藤ちゃんの分から盛り付けやっちゃうから待っててね」


 あらかじめ作っておいたが入ったカップを二つ出す。中央に行くほど黒くなる青紫ベースのゼリーには、白い筋が何本も通っている。角度に応じて光る方向が変わるそれを、斎藤ちゃんはいろいろな方向から眺めている。

 目の前にタブレットを置いて、軌跡で撮る方法で映した北の星空の写真を表示する。数日前、私がわざわざ自分で取ってきた写真だ。……その場に本物がなくてもなんとかなるのはありがたいなあ、と思う。


「私の能力は、えーと、なんて言えばいいんだろうなあ……そのものから感じる感覚みたいなものを、みたいな形で取り出すっていうか……まあ、見てて」


 なんとなく、手に熱がこもるのを感じる。そのままタブレットに触れると、何もない所に確かに触れる何かがある。それをそっとつまみ、引き出すような動作をすると、私の指先には小さな円盤のようなものがつままれていた。

 小さな円盤は、私の目には白い輪を重ねた穴のないCDのように見える。ところどころ大きな粒が飾り付けられて、中央にはひときわ大きな粒がスワロフスキーのように光っている。多分この真ん中の一際大きい粒は、北極星のはず。


 おお、と感嘆の声をあげるお兄ちゃんの横で、斎藤ちゃんが目を丸くする。何もない所から出てきた板に驚いたのかと思ったけれど、ずっと見ているのでどうもそれだけではなさそうだった。

 なにせ「五感」の塊なので、人によって感じ方が様々だ。だからお兄ちゃんがものすごく好んでリピートまでかかるSNSアプリから作ったパフェは、私にはうすぼんやり見えてしまう。逆に、私が綺麗だと思う繊細なガラス細工はお兄ちゃんには「細かい」の一言で終わってしまうからか、私にはたくさん見えている光の屈折があまり見えていないと聞いた。

 だから、この方法で作る私の料理は「万人受け」が事実上作れない。誰かに言われた感想がそのまま自分の中に溜まっちゃう人もいなくはないけど、言語化できていないから他人の言葉を借りる事と、全く他人と同じ感想を持つ事は同じじゃないから、違って当たり前なんだと思う。……斎藤ちゃんが星が好きで、そこは本当に救われた。


「食べ物じゃないからしなくてもいいんだけど、見た目って重要だからちょっとデザートっぽくするね」


 取り出した小さなをフライパンで温める。私の取り出したものは元の……というより伝えたい物の性質をちょっとだけ受け継ぐらしく、温度が上がった板が粒を中心に、段々と青く強い光を放ち始めた。見た目も感じる味も圧倒的にこれだけの方がいいんだけど、あの夜を伝えるにはニュアンスが変わってしまう。

 そこで、当日に夜の空気から取り出した水あめを振りかけることにした。作る前に味見をしたけど、透き通った夜の空気は滑らかで、かつ案外ずっしりとしている。……取り出す私がそう感じたから水あめなんだろうけれど、透き通っているから氷砂糖的な固体を想像したのに、とろりと指を伝った時はだいぶテンパったっけなあ。

 熱い星盤に振りかけられた夜の空気の水あめは、全体の熱を奪いながら固まり細い軌跡を描く。大きな粒以外は冷えてだんだんと白く戻っていくので、その間に流星群が始まる前に取り出した、空にかかっていた霧雲のクリームを泡立てる。普通のミルクとは違い、元が雲だからか空気を含むほどにメレンゲのように膨らみ、後ろの色が透けるようになる。膨らんだクリームをゼリーにかけると、ぼんやりとゼリーの青い色が映る。そこに、そっと水あめ掛けの板を添え、最後にきれいに撮れたこと座の写真から、ベガをつまんで取り出せた輝くゼリーを中央に添えた。


「はい、ペルセウス座流星群のゼリーサンデーの完成。……まあ、サンデーのように見える何かだから、食べても栄養とかそういうのはないんだけど……」


 斎藤ちゃんの目の前のカウンターに、できたサンデーとスプーンを置く。私の目からもほんのり光るゼリーから、青と白の光がふんわりと漂ってくる。何度か試作品は作ってるんだけど、なかなかの出来に仕上がった。とりあえず、成功かな。



 スプーンに手を付けずに斎藤ちゃんはずっとサンデーを見続けていた。お兄ちゃんのパフェを見ての反応を思うとそりゃあすぐに食べようとは思わないよなあ……と思っていたら、顎のあたりからぽたり、と音が聞こえた。突然の涙にぎょっとする私達をよそに、斎藤ちゃんがぼそぼそと小さな声で話し始める。


「……すごい。わたしなんかよりも、全然凄い能力だと、思います」

「いやあ……能力としては何かよくわからないものが取り出せる、それだけでね。だからランクE。あってもなくても同じって、判定の時に正面切って言われちゃって」

「そ、そんなことないです!だって、取り出せないわたしにはこんなに素敵で綺麗な物、絶対作れないのに……」

「……だから決めつけられたのが悔しくてね。見返してやりたくて試行錯誤の結果が料理とかお菓子作りなんだよ。ほら、料理って五感で楽しむものだから。見た目も大事で、香りも大事。触感と味は密接に関係するし、その音だって欠かせない。そこまでして、よくわからない物が"誰かに伝わる物"になって、ようやくぱっと見能力っぽい何かになったって感じ」


 ……我ながら、聞く限りは最強格の能力者候補に、何自分の能力を語ってるんだという感じではある。ああでも、話しててなんか少し整理できてきた。私が何を羨ましく思っていたか。


「私の場合は前向きにどうにかしていかないと、一方的に何もするなって怒られっぱなしになっちゃうし、要するに諦めが悪いんだ」

「前向きに……」

「能力があるかないかも、その能力の種類も、羨ましくなったらきりがないしだいたいのものにいいなあって思っちゃうけど、……一番は、「どうでもいい」って誰からも見向きもされなくならないように、私は必死なんだろうなあ」


 そういえば、お兄ちゃんの話を聞くのがメインだったから、私の話ってそんなにしたことがなかった。黙って静かに聞き入るお兄ちゃんというのもなんだか珍しい。


「だから、それなりに頑張ってはいるから口に運ぶ所まで楽しんでくれると嬉しいな。あと単純に、見に行ってきたけど綺麗だったよ、流星群。五感の塊からできているから、どんな様子か……少しは伝わると思うんだ」


 長話の間に袖で涙をぬぐう斎藤ちゃんに、改めてサンデーを勧める。スプーンでゆっくり掬って口に運び、どんな感想になるかを私は固唾をのんで見守る。そうして聞こえた感嘆の声に、私はカウンターの下で小さくガッツポーズをした。


「星が、たくさん見える気がします……うまく言えないけど、わたしも流星群を見に行ったみたいで、なんだか、凄く、優しくて。……よかったです、ここに来られて」


 そのままさらに口に運び始める斎藤ちゃんを見ながら、私も自分の分のゼリーサンデーの盛り付けを終え、口に運ぶ。

 ひんやりとした風が雲をそっと動かして、落ちていきそうなぐらいの深い空を白い光が何本も飛び跳ねている感覚が蘇る。ほんの一瞬の刺激の後、何事もなく落ち着く空はハッカのようにさわやかで、流星群が来る来ないにかかわらず、細かな星の光がちらちらと瞬きを繰り返しながら届いてくる。

 食べ物としての味ではなく、を味わう料理。会話の方は地雷を踏みまくって散々だったけど、ようやく名誉を挽回できたと思う。……多分。



 それまで黙って私と斎藤ちゃんを眺めていたお兄ちゃんが、不意に口を開く。


「……ところで、そのサンデー俺の分は?」

「え?」

「……え?」

「パフェ食べてまたサンデー食べると思ってなくて……えーと、上に乗せた板とゼリーだけ作れるんだけど、食べる?」


 脱力しすぎてずっこけるお兄ちゃんの様子に、初めて斎藤ちゃんが笑う所を見た。涙混じりなうえに困ったような顔で、だいぶクシャっとつぶれていたけれど、それでもちゃんと、笑えているようだった。

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