澄、マヨネーズを作る3

「あまり生のキュウリと言うのは食べないのですが、青くささが無くなっておいしいですね!」


「でしょー?」


 場所をあたしの部屋に切り替えて、縁側であたしと行芽ちゃんは並んで生野菜を食べていた。


 この時代には保存の事もあり生野菜を食べる文化はあまりないけど、食べる方法は多い方がいい。


 行芽ちゃんもすっかりマヨネーズの食べやすさを分かったようで、何度もつけてもぐもぐしてる。


 なんだか小動物みたいで、かわいい。


「そうだ!これね、マグロを煮たものをほぐしてごはんと一緒に食べるとおいしいんだよ」


「マグロ?ああ、たまに海の方でとれるという大きな魚ですか。澄さまが美味しいというのなら、いつか食べてみたいですね」


「それに使う油が手に入るか問題だけど、手にはいったら作ろうね!」


 マヨネーズが出来たってことは、ツナマヨおにぎりも再現可能なはずだ。


 ツナを作るにはたくさんの油がいるから、この時代の精油技術じゃ厳しいかもしれない。


 でも、煮たマグロをほぐしてそこにゴマ油や菜種油とマヨネーズを混ぜることで似たものはできるかもしれない。


 この時代の人に合うかは分からないけど、あたしにとっては大好きなツナマヨおにぎりが食べられるかもって思うと元気が湧いてくる。


 海苔も交易品で、入ってこないかな?


「澄さまって意外に食いしん坊なんですね。でも、だからこうしていつもみんなに元気を与えるくらい太陽のようにあったかいのかもしれません」


「ちょ、ちょっと恥ずかしいな……」


 学がないはずなのに、いや、ないからこそ真っ直ぐな言葉をくれる行芽ちゃんにさすがに恥ずかしくなってくる。


 長い付き合いになるであろう、大事な家臣の行芽ちゃん。


 あたしは不老不死だから、行芽ちゃんを見送るのはあたしの役目になることは間違いない。


 でも、それでも、最後は畳の上で平和な世を迎えた中で別れたい。


 あたしは、そう改めて思ったのだった。


「澄!わしの知らん間にまたうまいものを作ったというではないか!何でわしに一番に持ってこん!」


 しかし、このしんみりしたいい空気をぶち破ったのは、あの空気の読めないダメ武将。


 あたしの主君である、小田氏治さまだった。


 いきなりの事に、行芽ちゃんはビビッて泣きそうだ。


 そりゃそうだ、いきなり小田家の主君が食べ物の事で怒鳴ってきたんだから。


 あたしの家臣でもある行芽ちゃんから見れば、すごく怖いことには間違いない。


 声も出さずに頭を床にすりつけてしまった。


「……氏治さま、そこに座ってください」


 あたしは、震えて頭を床につけている行芽ちゃんと氏治さまの間に割って入る。


 一瞬にして、久しぶりに澄ちゃんの怒りメーターは天元突破した。


「な、なんじゃ、澄。わしはただ、そのお主が作ったものをちょっと食べたかっただけで、そんなに怒らなくても……」


「あたしの大事な家臣、行芽を泣かせましたね? いきなり主君に怒鳴られて平気な女の子がどれだけいると思うんですか? たかが、少し食べるのが遅くなったくらいであんなに怒鳴るなんて……氏治さま、最低です」 


「え、ほら、澄とか……女子じゃが怒鳴ってもいつも怒鳴り返してくるじゃろ?」


「希少種を出さないでください! じゃあ、氏治さま派町娘や城内の手伝いの女性、二人の姫にいつも怒鳴りつけてるんですか!?」


 あたしは残念だけど、未来から来た希少種だ。


 自分で言うのもなんだけど、氏治さまに怒鳴られて平気な女性はあたしくらいじゃないかって思う。


 理由はたぶん、この人の未来での評価といつものダメっぷりを痛いほど知っているから。


 そしてどこか当主じゃなくて、近所のお兄ちゃんって感覚が抜けないからなんだけど。


「あ、あの澄さま! あ、あたしの事なら……大丈夫です!あの、どんな罰でも!」


「……はぁ、行芽ちゃん。ごめんね? うちのダメ当主が、いきなりわがまま言って」


 このままだと自分から磔にしてもいいですとか言い出さんばかりの行芽ちゃんを、あたしは大丈夫だよと制した。


「別に、氏治さまはあたしたちが美味しいものを先取りしたから拗ねちゃっただけ」


「拗ねたとはなんじゃ!子供みたいに! 羨ましいだけじゃ!」


 後ろで氏治さまが吠えてるけど、全く無視。


 このバカ当主は、今は放っておこう。


「行芽ちゃんは悪いこととか何もしてないし、それに一緒に味見しようって言ったのはあたしだよね」


「そ、そうですけど……」


「じゃあ、行芽ちゃんがそんなに頭を下げる必要ないの。磔にもらないし、なるなら行芽ちゃんよりあたしでしょ?」


「な、なんで、澄さまがあたしの代わりになるんですか!」


「だーから。落ち着いて行芽ちゃん。一緒に作って食べようって誘ったのはあたし。行芽ちゃんはそれについてきちゃっただけ。ほら、悪くない」


 パニック状態になってる行芽ちゃんの頭を撫でながら、あたしは優しく説明しながら気がつく。


 そうだ、あたしも、こうやって怒られている時、誰かに理由を説明してほしかった、違うことは違うって言ってほしかった。


 ただごめんなさい、次はこうしますって必死に言って、訳の分からないまま叱られ続けたくなかった。


 誰かに、そばにいてほしかった。


「本当ですか……? これからも、行芽は澄さまにお仕えしても大丈夫なのですか?」


「うん。だから、ほら、一緒に作ったマヨネーズお野菜につけて食べて落ちついてね」


 大丈夫だよ、という感じで頭を撫でてあげると行芽ちゃんは落ち着いたらしい。

 

 そっか、あたしもこれをされたいのか……。


「は、はい……。野菜の青臭さが消えて、たまごの味も初めてですけどおいしいです」


 ようやく落ち着いてくれたのか、野菜をもぐもぐする行芽ちゃんを見て胸をなでおろす。


 そして、あたしは行芽ちゃんに自分を重ねていたことを改めて気がつく。


 誰かの役に立ちたいと願っていた自分、それが叶った時、誰かの役に立ちたいって人を放っておけなかった。


 行き芽ちゃんが日々の使いの役目を果たしたとき嬉しかったのは、過去のあたしを見ていたのかもしれなかった。


「なんじゃ!行芽とやらも澄の事を手伝ったのか……何も知らず、大きな声を出してわるかった。すまぬ」


「あ、あの!そんな!あたしみたいな人に頭を下げないでください!」


「いや!あんなことをしては民を守るものとしては失格じゃ!悪いことをして謝るのに身分の上下があったらいかん!」


 慌てる行芽ちゃんに氏治さまは深く頭を下げる。


「上が間違った時、身分が違うからといって下の物が何も言えずしてどうする。悪いことをしたら謝れと、なぜ上が民に言える。当主が身をもって示さねば、民が笑って過ごせる国にはならぬ。民に助けられ民あっての当主。それを、奥の間で澄の前でもありつい忘れておった。行芽、許してくれい」


 あたしの前。


 それを聞いて、どこか納得するあたしも悪いのだけど納得してしまう。


 氏治さまはダメ当主ながらも、日々内政外交で気を張っている。


 小田家も上杉家からの信頼もあり、関東管領の右腕という立場を確保したし佐竹からも南方の壁という信頼を先日取り付けた。


 場内でも当主としてという自覚が出たのか、だいぶ気を張ってるのが分かる。


 そんな中で唯一落ちつけるのが、この奥の間で姫やあたしの前。


 珍しい食べ物好きということもあるし、つい行芽ちゃんが居てもいつもの調子になっていたんだろう。


 こうして、ちゃんとこうして謝ってくれたし、後は行芽ちゃん次第。


「どうする?行芽ちゃん」


「氏治さま……。行芽は大丈夫です、澄さまも大丈夫って言ってくれますから、その、一緒に、このマヨネーズ?食べましょう」


 行芽ちゃんも氏治さまの気持ちが伝わったのか、涙は引っ込んでおりどこかいつもの調子に戻っていた。


 というよりも、少し柔らかくなった気がするくらいだ。


「澄、よいかのぉ?」


 ああもう、この人は。


 反省はしっかりしつつも、ばつの悪い表情を浮かべる表情にあたしは苦笑いを返す。


「はい。一緒に食べましょう。元より、そのつもりでしたから」


 こうしてあたしと行芽ちゃん、そして氏治さまはまゆねーずを付けた野菜を味わった。


 その光景はどこか、あたしの夢ていた普通の兄弟のようだった。


 ちなみに、このマヨネーズ。


 氏治さまが大層気に入り、領民にも製法を伝えていった。


 卵を食べることに関してもあたしが栄養に関して重要なものであることを伝えた結果、いろいろな人の意見を求め食べられるようにしていった。


 そして小田領では養鶏が始まり、マヨネーズというよりもあたしの時代では黄身酢というものに近い物が野菜だけではなくタコなどの海産物を食べる際、使われるようになっていったのだった。

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女子高生武将の恩返し  ―最弱名族大名の滅亡する史実を、不死鳥と呼ばれたダメ当主と共に乗り越えます― 黒澤ちかう @chikau_kurosawa

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