澄、マヨネーズを作る2

「さて、作り方は簡単なんだけど、上手くできるかな」


「澄さまは何でもできますから、大丈夫ですよ」


「なんでもじゃないよ、出来ることが少しだけ得意なだけ」


 相変わらずの憧憬の眼差しを向ける行芽ちゃんに、あたしは苦笑いで応じる。


 別にあたしは何かが得意だった事なんてない、何でもできるわけじゃない。


 一年とちょっと前は、何もできないと言われ続け友達なんて、仲間なんていなかった。


 それがたまたま戦国時代に飛ばされ、氏治さまに拾われて今まで蓄えた物がみんなの役に立っているだけ。


 元の時代にいたら、きっと惨めに死んだような目をして毎日を過ごし、歴史の本や情報に触れる時だけ生きてることを感じていたただの女子高生だった。


 こうして行芽ちゃんのような目で見られるようなことも、なかったはずだ。


「さて、行芽ちゃんにも教えてあげる。もし何かあった時、作る事が出来たら便利だからね」


「え?いいのですか? 澄さまの家の秘伝とかではないのですか?」


 気持ちを取り直すと、行芽ちゃんは不思議そうに首をかしげる。


 確かにこの時代にこの料理法、いや、調味料は存在しない。


 日本に入ってくるのは、400年後くらいなんだから。


「これは領民のみんなにも伝えるつもりだから、関係なしだよ」


「なら、しっかり覚えさせていただきます」


 生真面目に頷く行芽ちゃんに、あたしも笑顔で頷く。


 食文化でも餃子は伝えているし、小田家の歴史も変えた自負はある。


 今さらちょっと調味料が増えるくらい、たぶん問題ないはずだ。


「まずは、卵を黄身と卵白に分けるねー」


「わ、すごいですね。こうすると分かれるんですね」


 手際よく黄身と卵白を分けると、行芽ちゃんが目を輝かせた。


 この時代は卵を食べる文化はないからこんなの見るの初めてなんだろうけど、あたしは少しだけ手馴れていた。


 親がいない時こっそり好きなものは、好きなように作っていたからだ。


 黄身を料理人の方に借りた器に入れて、卵白はもったいないけど捨てる。


 取っておける保存方法がないし、別物を作るなんて余裕がない。


「その内、出来れば領民に鶏を飼う奨励をしたいんだよね。食料にもなるし、何より元気が付くんだ、卵」


「え、卵は食べても大丈夫なのですか?」


「うちでは普通に食べていたからね。呪われはしないよ。だから、あたしが大丈夫ってところを見せればみんなも大丈夫になるかなって」


 心配そうな行芽ちゃんだけど、この時代に卵は生き物かどうかってのは結構大きな問題。


 殺生が基本的に避けられてきた日本で、この生物ともそうとも言えない卵と言うのは微妙なラインだった。


 江戸時代になってようやく食べられるようになるんだけど、あたしは小田領には少し早く卵を導入したい。


 栄養価は高いし、戦時食としても核に立つかもしれないし、鶏は防犯にもなるらしいし。


 あたしも、やっぱり堂々と食べたいしね。


「この黄身をお酢と塩を入れて気合入れて混ぜます。しっかり混ぜてくださいね」


 あたしは箸を三本もって、カシャカシャと手際よく混ぜる。


 泡だて器がまだこの時代ないから、これでかなり気合を折れて混ぜるしかない。


「澄さまの家は珍しいんですね。確か、京の都にあるんでしたよね。死ぬ前位に、一度は見てみたいですね」


「それは、できないかな」


「あ、そうか。確か追い出されて……。すいません、あたし……」


 俯く行芽ちゃんの申し訳そうな声に喉に板を身を感じながら、あたしは混ぜ続ける。


「違うよ、あれは……嘘なんだよ」


「え?」


「行芽ちゃんは、たくさんいまままでも支えてくれた。このままだとあたしの側にずっといることになる。それは、いい?」


「はい!だって、澄さまは、行く当てもないあたしを拾ってくれて小田家にこうして仕えさせてくださっています。あのままだったら、死んでいたかもしれないあたしです。一生命に代えても――」


「だから、そのお礼って訳じゃないけど、本当のあたしの事を少し知ってほしい。高家出身って、どうして嘘をつかなきゃいけなかったのか」


「わかりました。あたしの命は澄さまに助けていただきました。その澄さまがあたしを大切に思ってくれるという証として、お聞きします」


 少し悩んだようだったけど、頷いてくれた雪芽ちゃんにあたしはゆっくりと真実を話し出した。


 あたしの本当の出自を。


 * * *


「――っていう訳なんだ。信じられないでしょ?」


 油をちょっとずつ雪芽ちゃんに入れてもらいながら、あたしはここまでの顛末を話した。


 今から500年近く未来からいきなり一人で飛ばされてきたこと、そこで氏治さまに拾われたこと、そこで才を発揮することができたこと、そしてそのために高家出身という嘘をつかなければいけなかったこと。


 そして未来の世界では、誰もあたしの事を認めてくれなかったこともだ。


 不老不死の事は、まだ確証がそこまでないので伏せておく。


 この前の暗殺未遂事件で、何となくは確証してるけど確かめる時間がもう少しほしかったからだ。


「信じられませんが、その、澄さまは……500年の時の向こうではお一人だったのですか?」


「うん。小田家に来るまでは一日で誰とも話さない日もあったよ」


 家族に挨拶すらされず、学校の教室では誰ともしゃべらない。


 学校が終われば、パソコンや本に向かうだけの日々。


 そんなのがあたしのあたりまえで、これからもずっと続いていくって信じていた。


「でも、小田家は違う。意見を交わす人もいれば、学びを与えてくれる人も、あたしの知識を必要としてくれる人もいる」


 最近は家臣のみんなとも仲良くなって、以前より屈託なく話せるようになってきた。


 高家出身の女子と言うより、小田家の一家臣としてみんなが接してくれる。


 冗談も言うようになってきたり、時代間のギャップでおかしい時も冷たい目で見ないで暖かく見てくれる。


 貴重な意見ももらえるし、学びも本当に毎日が楽しい。


「氏治さまのようにあたしを大切にしてくれる人もいるし、二人の姫もほんとうによくしてくれる。それに、行芽ちゃんの様にこんなにしたってくれる子もできたしね」


「だから、いろんなみんなは知らない事を知っておられたのですね。そして小田領をよくしようと働いていた。でも、どうしてですか……」


「どうしてって?」


「どうして、澄さまのような優れた人が一人だったんですか?」


 それは純粋な疑問と、信じたくないって気持ちから出たようだった。


 それは雪芽ちゃんが今まで見せたこともない、悲しい顔をしていたことからも伝わってきた。


「それは、あたしの知識や人との接し方が前の時代では合わなかったし、役に立たなかった。それだけだよ」


 最近気がついたのは、人は必要な場所じゃなきゃ輝けないってことだ。


 必要とされるまで必死に努力を積み重ねて周囲を振りさせる人も確かにいるけど、あたしはそうじゃなかった。


 好きなことを好きなだけして、認められた理輝ける場所に行こうとしなかった。

 今は偶然、こうして役に立つ場所にいるってだけだ。


「つまり、澄さまは前の時代では誰も必要とされなかった……。あたしみたいに」


 あたしは黙って頷いて、混ぜる速度をさらに早くした。


 行芽ちゃんは、家では役に立たなくて穀つぶしと扱われ、人買いに出されていた。


 その人買いでも余ってしまい、街で座っていたところをあたしがスカウトした。


 あたしはそこまでじゃないけど、行芽ちゃんには被って見えてしまったのかもしれない。


 本当はあたしの出自の事だけ話すつもりだったんだけど、行芽ちゃんの出自を考えれば重ねてしまうのは今考えてみれば明らか。


 それを気付かなかったのは、あたしのミスだ。


 重い空気が部屋に立ち込める中、それを破ったのは行芽ちゃんだった。


「あの、今は……あたしが、いますからね」


「え?」


「今は、あたし行芽が居ます。澄さまがつけてくれてくれたお名前、そしてこの秘密。他にも、澄さまは大事なことをたくさんあたしにくださいました。だから……安心してください。あたしは、ずっと、どんな時でもお側にいます。お役に、立ち続けます」


 いつになく真剣な目で、行芽ちゃんはあたしを見てくれた。


 そう言えば、行芽ちゃんの名前もあたしがつけたんだっけ。


 名前もないって言ってたから、いろんなところに行って才能が芽吹きますようにって理由で思い付きでつけた名前だ。


 あたしには、行芽ちゃんに色々無理を押し付けて負担をたくさんかけていたと思っていた。


 でも、雪芽ちゃんは初めて誰かに必要とされたこと、あたしが小さな報告でも喜んでくれることが心の底から嬉しかったんだろう。


 小田家の難題を与えられて、ひとつひとつ解決していき、みんなに認められて居場所を得たあたしと同じように。


「ふふ、これは大変な家臣を持っちゃったな。あ、出来たよ」


 けっこう混ぜていたおかげで、容器の中にはとろりとした見慣れたものが出来ていた。


 それをあたしはちょっと指で掬い、くすりと笑いながら行芽ちゃんの口にいたずらっぽく押し込んだ。


 照れ隠しと言うか、この重い空気に一番堪え切れなかったのはあたしだったみたいだ。


 行芽ちゃんとは国を守るために真面目な話もしたいけど、たまにする雑談があたしにとっては大事な時間。


 だから、あんまり重い空気でいたくなかった。


「むぅ!?」


「可愛いから味見させちゃった。どう?マヨネーズっていう、あたしの時代では生のお野菜や、焼いた魚にも使うんだけど」


 分量は目分量で、雄も少し多めに使ったからどうかなって思ってしばらく反応を待っていた。


 だけど、返ってきたのは初めて見ると年頃にぴったりな拗ねたような拗ねたような反応だった。


「いきなりの事で、味が分かりませんでした! も、もう!酷いですよ、澄さま!」


「あはは!ごめん!」

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