閑話2

澄、マヨネーズを作る

「うーん、困った」


 とある朝、目の前に並んだみずみずしい野菜たちを目の前に、あたしは頭を悩ませていた。


 あたし本来は肉も野菜も大好きな、歴史以外の趣味は食べることという女子高生だった。


 親が好きなものを作ってくれないおかけで、人に出せるほどじゃ泣くけど自分で食べるには満足する料理が作ることができて苦労はしなかった。


 しかし、ここは戦国時代。


 味の素はないし、食物の品種改良はされてないし、調味料は少ないし、油は貴重品。


 ただの趣味レベルの料理の腕では、どうしようもなくなっていた。


 意外なことにレタスはあるし、キュウリもあるしサラダくらいは作れそうなものなんだけど――


「すっごい青臭いんだよね。これは、品種改良をしてくれた農業技術者さんに感謝だよ」


 味噌を付ければキュウリはみずみずしくておいしいんだけど、やっぱり青臭さが残る。


 糠漬けや浅漬けまですれば、どうにかというレベルだ。


 が、あたしは一応令和の女子高生。


 わざわざ漬物にしないと食べられないのはもったいないし、塩を使うだけの料理も申し訳ないけど飽きてきた。


「うーん、あれを作るしかないか」


「澄さま?お手伝いできることがあれば、何でもしますよ」


 隣で何か手伝えることがないかと、まるで犬のように待機していた行芽ちゃんが目をキラキラと輝かせた。


 仕事がない時はのんびりお昼寝でもしていてほしいんだけど、ワーカーホリックの気があるのか仕事をしていないとどうも落ち着かないらしい。


 できるだけ城外に出て情報を聞いたり、領民からの話を聞いているけれど暗殺未遂事件のこともありあまり外に出るわけにもいかないのだ。


 そんな訳で、最近は雪芽ちゃんの負担が倍増。


 でも、当人は『お役に立ててうれしいです!』と、目をキラキラさせている。


 あたしが毎日、頭をなでなでをしてあげればいいんだけど、最近領地になった結城多賀谷小山の一部ではまだきな臭い動きがある。


 そして後北条氏。


 おそらくあたしの暗殺犯だし、小田領に攻めてくる可能性が一番高い家だ。


 怪しい動きがないかを調べるのは、行芽ちゃんの大事なお仕事だからいつもぴったりというわけにはいかないのだ。


 今日も近隣諸国の情報を定期的に報告してもらっているタイミングだから、たまたまそばにいるだけ。


 それなのにあたしのワガママで動かすのは悩むけど、こんな時一番頼りになるのは行芽ちゃんだ。


 元々荷の動きには敏感だし、そのおかげかいろいろな人に顔も聞く。


 あたしの家臣と言うこともあって、領民のみんなも協力的だ。


「行芽、野菜というのは青臭いと思いませんか?」


「料すれば青臭みは消えますが、キュウリなどはたまに難しいものがありますね」


「あたしはそれを解決したいのです! やはり食べ物というものは、おいしく食べるのが一番なんですから!」


「そういうもの……なのですか?」


 いつもに仕事とモードとは違うオーラを出しているのに気が付いているのか、行芽もちょっと引いている。


 しかし、これは今後も戦国時代で食生活を送るに当たっては重要な作戦。


 ある程度の青臭さなら抹消する、あたしの世界では中毒者すら生み出した魔法の調味料の開発なのだから。


 それはマヨネーズ。


 あれがあれば青臭さは消せるはずだし、他の料理にも色々使える。


 材料はこの時代でもなんとか再現可能なはずだし、あたしも手づくりしたことがあるから不可能じゃないはずだった。


「行芽、お願いがあります」


「なんでしょうか!」


「今からいう素材を、できるだけ早く集めてください」


「はいっ!」


 うん、見事なワーカーホリックっぷり。


 急に目がキラキラし始める行芽ちゃん。


 大丈夫、どっかのテレビ番組の「はじめてのおつかい」レベルだから。


 もしかしたら二種ほど難しいものがあるかもだけど、超優秀な行芽ちゃんならきっと一週間以内になんとかしてくれる。


 あたしは筆を手に取り、必要なものの名前を書いた紙を行芽ちゃんに手渡した。


「じゃあ、これとこれと、これね!」


「え、えっと、生のたまご……お、す?えっと……」


 まだたどたどしい文字で書いたせいか、メモの読解に時間をかかっている行芽ちゃん。

 それを見ながら、外交文書をあたしが担当するのは相当先だなと思うのだった。


 * * *


「澄様!集まりました!」


「嘘!?」


 明智さまとの今後の外交に対する意見交換、病から回復した天羽さまから軍略の講義を終えたあたしに聞こえてきたのは嬉しそうな行芽ちゃんの声。


 早すぎると思って振り返ると、そこには籠に入ったあたしの指定したと思われるものを抱えた行芽ちゃんがキラキラした目で立っていた。


「卵に酢、油に塩。商人や領民の伝手を頼り、ご提供していただきました」


「ゆ、行芽ちゃぁん……」


 あまりの優秀さに、思わず声が振るえる。


 塩も酢もこの時代はまだまだ庶民が簡単に手に入る物じゃないし、油だってそう。


 特に卵なんて、この時代はまだ食べることはあまりないから手に入れるのは大変だ。


 あたしの名前を出したとしてもすごく大変なものなのに、一日いや半日を待たずにこうして手に入れてくれた。


 優秀っていう物じゃない、本当に頑張りやさんだな。


「よしよし……。頑張ったね、無理させちゃって、ごめんね」


「え、えあ、いえ。あの、領地を、領民を平穏に導こうとする澄さまの苦労に比べれば……これくらい……」


 先手を打ってなでなでをすると、困ったような声を出す行芽ちゃん。


 うん、この子には……今日、話してあげよう。


 あたしの大事な秘密を、魔法の調味料を作りながら。


 嬉しそうに身体を摺り寄せる行芽ちゃんに、あたしはそう思うのだった。


 しかしこのマヨネーズづくりが、意外な大事になる事をあたしはまだ知る由はなかったのだった。

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