澄、氏治の成長に思う

「皆の者、揃っておるな」


 戦の後処理も終わった小田城の評定の間。


 そこに、氏治さまと小田家臣団が集結していた。


 当然あたしも、廊下という一番の末席に座している。


「此度は集まってて感謝しておる。今回はほかでもない、わしの跡継ぎのことじゃ」


 評定の間にいる家臣たちが一気にざわつく。


 ここ数か月小田家の問題の種であった、跡継ぎ問題にいよいよ決着がつくのだから当然だ。


 ――誰なんだろう。


 今回のことは、あたしは全く関与していない。


 戦のあと、氏治さまに「自分で決めるから口は挟まないでくれ」と言われたから誰を選ぶのか、あたしですら知らないままだ。


 でも、それでいいと思う。


 だってここは小田家で、当主は氏治さまなんだから。


「彦太郎を次期当主としたいと思う。彦太郎は正室、葉月の娘。佐竹との関係も重んじての決断じゃ。異論は認めぬぞ」


 感嘆の声と、ざわつきが表情の間を支配する。


 小田家を二分していたんだから、うれしさと驚きと残念さが広がってもおかしくはない。


「しかし、小太郎の才は実に惜しいものである。一家臣として彦太郎を支えながら終わらせるのは実に惜しい。よって、一門八田家として独立させようと思う」


「ぶ、分家ですと!?」


「一体どのような意図で!」


 前方の報から驚きの声が上がるけれど、それはあたしも一緒。


 見方によれば、小田家を二つに分けるなんて大決断だ。


 上手く小田家は回っているのに、一体なんでだろうと思ってしまう。


「彦太郎がこのまま無事元服を迎えるとは限らぬし、わしもいつ戦で倒れるぬともわからなぬ。その時にまた家々が争っては、今度こそ小田家存亡の危機。よって、八田家には小田家を常に支える役割を課し、もし小田家に万が一のことがあれば八田家から世継ぎを出すということとする」


 氏治さまの発言に、先ほどまでのざわつきがしんと静まる。


 確かに氏治さまの言葉は、間違ってはない。


 彦太郎さんはまだ幼く、元服を無事に迎えるとは限らない。


 そしてその間に、氏治さまが倒れることも最悪のことながらありうる話。


 それに、小太郎さまは文武両面で優れたお方との話。


 下手に家老や一家臣として終わらせるよりは、一門家として独立させ領地を任せた方がいいという氏治さまの考えだろう。


 小太郎さまを推薦していた人たちは、小田家に仕えつつも八田家に奉公するというちょっと複雑なことになる。


 けれど無理やり、新しい当主の予定の彦太郎さまを支えよ!っていうよりは納得はしやすい。


 それに、小太郎さまに家を継いでほしいという氏治さまの思いのせめてもの妥協点としても悪くない気はする。


「雫殿、この話聞いておりましたか?」


「いえ、全く。でもこれが氏治さまの意ならば、あたしは従うまでです」


 驚きを隠せない明智さまに、あたしは答えた。


 これは氏治さま一人で決めたことだから、こうなったらあたしは氏治さまを全力で補佐するだけだ。


「みな、これからも小田家と、彦九郎、いや八田家をよろしく頼むぞ!」


「ははぁ!!!」


 みんなが揃って氏治さまに頭を下げ、それぞれに事が落ち着いたことを喜び合っている。


 小田氏治が八田家一門設立なんて、あたしの知る小田氏治の歴史ではなかったことだ。


 それも、あの決められないとわめいていた氏治さまの大決断。


 何処か今日の氏治さまは、一回りも二回りも大きく見える。


 頼りない近所のお兄ちゃんという印象は薄れて、立派な戦国武将のように見える。


 ――氏治さまも成長したんだ。あたしはこの決断が正しくなるように、頭を働かせないと。


 あたしは不老不死だからって、成長できない訳じゃない。


 あたしもこの時代の情報と知識をもっと学んで、みんなが知らない未来の知識と合わせて小田家を支えていかないと。


 氏治さまが滅亡の未来を回避することが、あたしの生きる理由、恩返しの理由なんだからね。


 ――でも、これで北条との戦は避けられないってことだね。


 喜ぶみんなと同等とした氏治さまを見ながら、あたしの胸に少し影が落ちた。


 あたしは、この決断が後の歴史を大きく動かすことを知っていた。


 彦太郎さまは北条との同盟で、北条家家臣として立身出世していく人だ。


 だけど、今回の氏治さまの決断で、小田と後北条が同盟する歴史はほぼ途切れた。


 そして今回、あたしを暗殺しようとした下手人は明らかに後北条家だ。


 ――佐竹様は、あたしを信頼して小田家と同盟を結んだ。確かに常陸国単独統一のためには小田家は邪魔だけど、さすがに北条の干渉地の小田家を壊滅させるようなことをするのは考えにくい。長尾家には忍びもいるけど、あたしを殺すメリットはそこまでない。


 あの牛久からの兵の流れも考えると、あたしを狙ったのは北条家と考えた方がいい。


 何しろ今の小田家は、利根川を渡ればすぐに後北条に属する千葉氏や成田氏などの領地。


 小田家が壊滅すれば後北条としては、反北条の大きな勢力である長尾家と佐竹家の分断も可能。


 他国になびきやすい結城家に取り入るのも、後北条家なら容易いし安全保障の面でも納得だ。


 何より小田家が壊滅すれば、直接佐竹に攻め込んで関東に覇を唱えられる。


 明らかに、小田家は後北条家にとって邪魔だ。


 ――だけど、あたしをあんなふうに暗殺しようとするなんて。北条には優れた人がいるんだな。わかってたことだけど。


 ゲームでも関東で人材の宝庫で、チートキャラまみれの後北条家。


 きっとそのうちの誰かが、あたしの暗殺に動いたと考えるのが妥当かもしれない。


 もしかして歴史が変わって、うちの明智さまのようにあり得ない強キャラが後北条家にいることもありうる。


 だってそうでもしなければ、あのバラバラな兵を集めて奇襲するなんて今回の牛久の用兵はありえないはずだもん。


 こちらは相当気を引き締めてかからないと、長尾家が味方とはいえ簡単にひねりつぶされてしまいそうだ。


 ――それに長尾とあたしたちが手を組んだってことは、後北条家に協力するのはあの甲斐の武田家。これは、大変な戦がこの後あるのかもしれない。


 今は永禄2年で、桶狭間の一年前。


 まだまだ武田信玄はご存命だし、武田の有力武将も多く生存している。


 はっきり言って武田と後北条に攻められたら、長尾家がいたとしても小田家なんてワンパンチで滅亡必須だ。


 こちらは長尾、佐竹、小田、協力するかわからないけど宇都宮など下野国の諸家。

 あっちは、武田、後北条、千葉……考えるだけで頭が痛くなってくる。


 ――取り合ってくれるか分からないけど、織田家との好も考えた方がよさそうかも。


 歴史通りに物事が動くのならば、あと一年後に桶狭間の合戦で今川義元が打たれる。


 これによって、今川北条武田の三国同盟は崩壊する。


 そこから織田家は勢いを増し、中日本を制圧する勢力になる。


 反後北条それを後押しするであろう武田を相対していくのならば、両面攻撃の可能性も考えて織田家と好を結ぶのは間違いではないはずだ。


 ――織田家と小田家の同盟か。もし成功すれば、すごい歴史になりそう。


 みんなのざわつきとは違う、あたしだけしか感じていないざわつきを感じながら、あたしは堂々と当主の務めを果たした氏治さまを見守っていたのだった。



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ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

女子高生武将の恩返し、第三部幕でございます。

今回もいろいろありましたが、いかがだったでしょうか。

お目通ししてくださった方が、少しでも楽しめるものが出来ていたのならこれ以上ない幸いです。

4部の製作にはまたお時間をいただいてしまいますが、お許しください。

何とか戦を乗り切ったものの後北条、武田という戦国最強レベルと相対することになる、澄ちゃんと氏治さまの物語を今後も応援していただければ幸いです。

それでは、また第四部でお会いできればと思います。

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