澄、策を信じ勝利を掴む

「し、雫様ぁあああ! ははははは、旗印です!」


 もう、泣き声にも超えた絶叫にも似た声がはっきりとあたしに響いでいる。


「信じられぬくらい!たたた、大量の旗印が見えます!」


 ああ、決まったな。


 あたしは、守り刀を握っていた手を緩めて戦場を真っすぐに見つめた。


 うん、この戦ここまでだ。


「……確認するまでもありませんが、旗印は何が見えます?」


 全ての策を、使い果たした。


 ここまできたらもう、あたしには策も何も残ってない。


 空っぽだ。


「毘沙門の毘の文字にございますうううううううううううう! 長尾様が、長尾様が来てくれましたああああっ!」


「よしっ!」


 物見の兵の、泣き声に小さく力強く頷いた。


 この戦に必要な、最後の策、信じた人たちが来てくれた。


 物見の見た旗印は間違うことなく、越後の龍、戦国最強の長尾景虎の物に間違いなかった。


 この戦と逆境を超えるためにあたしが最後まで信じた最後の策。


 それは、本来あり得なかった越後の龍と常陸の不死鳥の連合軍結成だった。


『もし、我らが関東におり、小田に何かあれば艱難辛苦があろうとも必ず三日で駆け付けよう』


 あたしが、最後まで勝ちを信じたのは兼様のこの短い言葉を信じていたから。


 長尾家が関東に来ているのは知っていたから、この戦自体が最初から三日間を想定したもの。


 防衛陣を敷き、出来るだけこちらの消耗を避け、三日目で援軍を待ち勝負を決める策を打っていた。


 戦前に『此度の戦は、開戦より三日引かなければ勝てます』って、氏治さまに伝えておいたのは長尾軍が救援に来るのが最速でも三日かかると思ったからだ。


 そして、長尾家の得意は野戦。


 長尾家が力を存分に発揮するには、小田家が全力をもって野戦で耐えしのぐのが得策だった。


「この戦、あたしの信じる想い、そして策が勝ちました!」


 采配を振り、あたしの声が戦場に響いたのを合図に、形成が一気に逆転した。


 小田諸将が連合軍を真正面に引き付けていておかげで、上杉軍は連合軍側面を一気に襲撃。


 混乱した連合軍側の側面に、戦国最強の長尾兵が襲い掛かる。


 連合軍に長尾兵を止める手段は、何もなかった。


 瞬く間に撤退が始まり、戦の様相は小田家の勝利へと大きく傾いたのだった。


 * * *


「雫!間に合ったか! よく信じてくれた!」


「はい。長尾家の聞き及んでいた神速の進軍、信じておりましたから」


 景虎さまに馬上から声をかけられて、あたしは膝をつき頭を下げた。


 まだ戦は終わっていないけれど、小田家の勝ちはほぼ揺るがない。


 さらにこの敗戦により小田家だけではなく長尾家にも弓を引いたということになり、結城、多賀谷は政治的にも追い詰められるはずだ。


「小田殿もよく戦った!褒めて遣わす!」


「ははぁ!」


 頭を下げる氏治さまだけど、あたしは迷うことなく景虎さまに言葉を投げた。


「恐れながら、長尾様!まだこの戦は終わっておりませぬ!」


「なんじゃと?」


「今、小田城は何者かによって攻められております」


 たぶん隣の氏治さまは、あわ吹いて倒れてそう。


 そりゃそうだよね、今から帰る本城が攻められてるなんて知ったら当然か。


 負け戦で戻ったところを想像したのなら、氏治さまだと耐えられなさそうだもん。


 でも戦中に話したら、大混乱になった挙句に変な指示飛ばしそうで黙ってたんだよね。


「澄、なるほど。お主が、ここまで耐えたのはその為か」


「兼様、その通りでございます。これだけの大軍を戻すのは困難、さらに結城の数も多く背を見せるわけにはいきませんでしたから」


「しかし、なぜ、我らが来ると信じた。一度だけ、城であった家同士ではないか」


「兼様が、あたしと3年後のお酒の約束をしてくれた。ただ、それだけです」


 顔を上げると兼様と景虎さまのぽかんとした顔が、目に入った。


 氏治さまは、うん、たぶん気を失って白目向いてそう。


 ごめん、こんな言葉を信じた策だなんて。


 でも、それしか勝つ筋はなかったんだから許してほしい。


「酒か!全く、馬鹿な娘よ!」


「ええ、兄上。これは、本当に馬鹿な娘でございますね!」


 二人が馬上で、大きく笑う。


 さすがに、呆れられたかなと思ったけど信じた道に後悔はない。


 だから、静かに二人の言葉を待つ。


「人生は一杯の盃。此度の事、まっこと見事な肴よ。兼!」


「はい、わかっております。柿崎、本庄、色部、鬼小島各隊は私に続いて小田城へに向かいます!」


「兼様!」


 兼様が名前を上げたのは、後の世に伝わるくらいの勇将、猛将ばかりだ。


 小田城を攻めている兵たちですら、名前を聞いただけで逃げ出しそうな人たちばっかり。


 あたしですら、この人たちが味方なんだって興奮してしまうくらい。


「澄、まだ宴は終わったおらんぞ。酒は酌み交わしておらぬが、宴は最後まで付き合うのが礼儀ぞ」


「は、はい!」


「兼は遠慮せず、存分に行けい。残りの雑魚どもなど、わしの馬廻だけでも蹴散らして見せようぞ」


「長尾に与するものに、上杉さまに与するものに逆らうとどうなるか。思い知らせましょうかねぇ」


 うわ、ちょっと笑ってるかすごく怖い。


 氷の女って呼ばれてるから、こんな時に笑うのは余計怖い!


 全く、この人たちは。


 本当に、容赦という物を知らないらしい。


 味方なら、頼もしすぎる人たちだ。


「え、えっと、小田各隊に伝令! 動ける隊は、あたしと長尾兼様に続いて小田城救出に向かいます!」


 あたしは何とか気を取り直し、伝令兵にこの戦最後の伝令を継げた。


「この戦、終わらせます!」


 時に永禄三年、晩春。


 あたしの歴史にはなかった、越後の龍と常陸の不死鳥が合わさった戦は小田家の完全勝利で幕を閉じた。


 この戦で小田家に対する反抗勢力は力を大きく削がれることとなり、小田家はその強さを長尾家の結びつきを諸家に示すことになった。


 さらに佐竹からは結城・多賀谷からの侵略を防いでくれた事になる。


 壁になるという言葉を守ったことで、小田と佐竹の同盟維持に好印象を与えたことは大きな収穫だった。


 このように小田家にとっては、今回の戦はこの先、生き延びるために得るものが大きかった戦となった。

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