第2話  歓言愉色

《ガシャーン》

《キャー》


女性の高い悲鳴、辺りで鳴り響く爆発音、我先にと逃げる人の足音、パトカーのサイレン、色々な音が鳴り響くあの日、私はすべてのものを失った。


遡る事1日前

いつもと変わらない日常が目の前に広がっていた。母は、次の公演の曲を練習していた。私も6歳になり、地元の学校に通うようになり大体のことはすべて自分でできるようになっていたので母も以前より仕事に打ち込めるようになった。私は、母が仕事を行っている中、母の音大時代の親友である真希さんにピアノを教わる事になった。真希さんは、母より二つ年上の35歳で、オーストリアで貿易会社の社長をしている。趣味で、ピアノを弾いていて本業ではないが、私の母の頼みということもあり、引き受けてくれた。今日も、私は真希さんとレッスンを行った。


「真希さん、モーツアルトって宮廷で音楽を弾いたんだって、今日ね、学校の先生から習ったの。私も、将来、偉い人の前で弾けるかな~。」

「ゆねちゃんは、お母さんの血を引いているから、絶対にうまく弾けるようになるわよ。そのためには、お母さんのをよく見て、そして練習にしっかり励んで、いつも以上に頑張らないといけないよ。天才は、最初から天才じゃないんだからね。たくさん、たくさん練習して、それで、天才になるんだよ。だから、ゆねちゃんもたくさん練習して、偉い人の前で弾こうね。」

真希さんは、優しいほほ笑みを見せて私の頭を撫でてくれた。真希さんは、ピアノの先生なのになぜか、おばさんのような気がした。けど、真希さんは練習が始まるとスイッチが入ったように怖くなり、指摘が恐ろしい鬼教官となった。けど、そんなギャップがあるから、私は真希さんをおばさんのように感じたのかな。


レッスンが始まってから3時間経過した。


「じゃ、ゆねちゃんそろそろ終わりにしようか」

真希さんが楽譜をしまい始めた時、

「真希、いつもありがとう。本当は私が教えられたらいいんだけど、なかなか教えられなくて。」

奥から次の公演の練習を終えた母が私たちのいる部屋にきた。

「いえいえ、いいのよ。なんせ、音大の姫兼私の親友のめぐみちゃんの頼みだもの。しかも、私もすごく楽しいしさ。なんせ、ゆねちゃん、もうめぐみにそっくりで、いや~姫に使える近衛騎士の隊長って気分で。そう言えば、旦那とはどう?ドイツとオーストリア近いようで遠いもんね。めぐみ、寂しいように感じたんだけどさ。」


「いや、確かに遠いけど、なんやかんや、毎日ビデオ通話しているし、便利な世の中だから寂しさはないかな。それに、なんといっても、明日は結婚記念日だから、久しぶりに3人で出かけようかなって、話していたのよ。だから、私は大丈夫よ。それより、真希、仕事はどうなのよ?音楽しか知らない真希が会社立ち上げて今では、1万人規模の大きな会社の社長ですし。ほんとにすごいわ。」


そんな、友人の世間話が1時間ほど続き、真希さんは、微笑んで帰っていった。私は、その日の真希さんの笑顔を忘れることはなかった。


次の日、朝早くに、ピンクと白のふわふわなワンピースを着て、髪の毛を結って、頭に父から誕生日プレゼントで貰ったリボンをつけた。それは、一国のお姫様が舞踏会に参加するためにおめかしをしているみたいだった。下から母に呼ばれた。さあ、これから舞踏会に参加しますよ、王子様にお会いできます、誰もが小さい時に夢を見ていたプリンセスストリー、それを思うかのようなそんな意気込みで私は家を出た。


今日は、どんな格好で私を待っているのかしら、お父様。私、美しくなりましたよ。


そんな思いを乗せて、私は父が待つ駅に母と向かっていた。


私がこの世の中から全てを失うまで、あと14時間…。

黒い悪魔は、刻々と忍び足で近づき私に牙をむき始めていた。そんなことを、私は知る余地もなかった。

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冷たいナイフとろうそく 星海棗(ひとみなつめ) @rotbuch

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