最 終 話 僕とダクタと押入れと
僕らは寝てしまった、というか、気絶していたようだ。
押入れを出るとそこは僕の部屋だが、窓の外は真っ暗。
時刻は20時30分。すっかり夜だ。
狭いところに長時間いたせいで、僕もダクタも身体がばきばきで、ふたりして思い思いに身体を伸ばした。
……僕に変化はない。
いや、むしろ変化は起きないのか……?
ダクタに尋ねると、胸の奥に力の波動を感じるが、微弱すぎてこれが〝不老〟へ至ったことなのか、今の段階ではわからないとのことだった。
僕たちは、本当に不老になれたのだろうか?
だけど、僕らに不安だとか失望みたいな感情は一切なかった。
仮に今回ダメでも、次がある。
ダメじゃない方法を、探せばいいだけなのだ。
スノリエッダという世界には魔法がある。
僕には考えつかないような効果を持つ魔法具が、数多くある。
ダクタにすら手に余る古代魔法が、眠っている。
なら、見つければいい。
僕とダクタが、これからも一緒にいられる方法を。
まぁ、今回のが成功して、不老になっていればそれが一番なんだけど。
僕とダクタに大きな変化はなかった。
だけど、変わったものもあった。
押入れだ。
僕らの1K押入れ。
押入れは、またもや強化――成長していた。
窓を全開に開けても、ダクタがスノリエッダに戻されないのだ。
僕らはなによりも、『これで暑さが少し軽減される!』と喜んだ。自分で言うのもあれだが、喜ぶところそこかよ!
それに伴い、ダクタの帰還方法も〝押入れの中で帰還を念じる〟に変わっていた。
なんだか、どんどん便利になっていく気がする。
最終的にはどんな押入れになるのか、興味は尽きない。
そして、窓を開けても大丈夫なら当然、
「――行けそうだね」
「そ、そうじゃな……」
僕らは開け放たれた、玄関ドアの前にいた。
ドアは完全に開いている。しかしダクタは健在。
つまりこれは、ダクタが外に出られる――かもしれないということだ。
「…………」
「……緊張してる?」
「え、いや、そ、そんなことは! ……あるかもしれん」
世界を軽く滅ぼす力があるっていうのに、変なところで気が弱くなる。
そういうところも、大好きなんだけど。
「はい」
「う、うむ……えへへ」
僕が手を差し出すと、ダクタがそれを握る。
「……まずはコンビニ? 近いし、あとダクタが僕に隠れてアイス食べまくるから、もうないし」
「か、隠れてではないぞ! た、たまたま、りゅうのすけが見ていなかっただけじゃ! それに、おぬしがいる時でも食べまくっておるじゃろうに!」
いや、そこ別に誇るところじゃないよね。
「まぁどのみちアイスないし、コンビニ行こうか」
「こ、コンビニかーー、ついにこの時が来たかーー。りゅうのすけ、おやつはいくらまで買ってくれるんじゃ!?」
「100円」
「100? それは大金そうじゃな……選びきれるかの……」
やばい、まだダクタに日本の金銭感覚を教えてなかった。
ボケたつもりだったのに、これは後で一悶着ありそうな気がしてきた。
「今日はコンビニ……。……りゅうのすけ、今度は余な、遊園地にも行ってみたいんじゃ」
「約束したしね。動物園も、水族館も行こう」
「あ、あと高校というところにも行ってみたいぞ!」
それは……ちょっと作戦を練る必要がありそうだ。
でも、
「わかった、行こう」
どこへだって連れていくさ。
ダクタがスノリエッダで、そうしてくれたように。
「しかしあれじゃな、余がこっちにいられるのは押入れの中だけじゃ。なら、これで外に出られたら、外も押入れってことか?」
「それは……どうだろう」
「つまりそれって、世界は押入れじゃった! ってことかの!?」
ん? ……んー。 ……いや、別にそうではないと思うけど……。
しかしダクタが『上手いこと言った!』みたいなどや顔をしているので、そういうことにしておくか。
……考えてみれば、押入れは知っているんだ。
僕とダクタの出会いは、僕らしか知らないと思っていた。
でも、押入れは全部見ていた。
始まりも終わりも押入れなら、途中だって押入れだ。
そう思うと、なんだか親近感というか情が湧いてくる……気がする。
変な話だけど、僕らの恋のキューピッドみたいなものだし。
僕とダクタ、そして押入れ。
この縁は、これからもずっと続いていくのかもしれない。
「……名前でも付ける? 押入れに」
「お! それは名案じゃ! 余がめちゃんこ良い名を付けてやろう!」
「そこは僕が考えるよ、うん、絶対に」
「えーーー」
それだけは譲れない。押入れのためにも……。
「……ま、それは帰ってからだ」
「そうじゃな! まずはコンビニじゃ!」
僕らは固く手を結んでいる。
もうダクタに緊張の色はない。
僕らはお互いの顔を見て、頷き、そして一緒に踏み出した。
まだ見ぬ、明日へ。
まだ知らぬ、世界へ。
永遠に続く、未来へ。
「――さぁ、いこうか!」
とある夏の日、押入れが空っぽになっていた。
ゲーム機もスナック菓子も掃除機も、ぜんぶ消え去っていた。
代わりにそこには、ダークエルフがいた。
これは、なによりも甘く優しい、僕とダクタと押入れの恋物語。
――――――――――――――――
ここまでお読み頂き、本当にありがとうございました!
押入れダークエルフ 本条巧 @Honjo_913
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます