第033話 花嫁ダークエルフ
「……成功? ダクタ」
僕はダクタに歩み寄る。
「うむ! 見てくれ!」
ダクタは目の前のコンソールを指差した。すると、制御盤は静かにスライドし、内部から黒い台座がせり上がってきた。
「……銃?」
一見するとそれは銃に見える。
現れた台座には二丁の銃というか、その持ち手、つまりグリップ部分だけが見える状態で差し込まれていた。
「これが〝不老の古代魔法〟じゃ!」
「……それを撃ち込むってことか」
驚きはしたが、やはりこの施設を思うと納得してしまう。
「…………」
僕はグリップに手を伸ばすが、
「あっ、待て! まだじゃ!」
ダクタに制された。
「掌握出来たんじゃないの?」
さっきまでの作業はそのためで、だからこそこの台座が現れたのでは。
「こいつはこいつでまた別なんじゃ。ここのやつはな、めっちゃ厳重なんじゃ」
なるほど。物が物だけにこれも納得する。
「……でもさ、ダクタなら無理矢理取れないの? 魔法で」
ふと思った。そもそもこの台座すら、わざわざ魔力を介してシステムを動かさなくても、ダクタならそれこそ力ずくで取れたはずだ。
「この国のやつはなぁ……無理にやるとダメなんじゃよー」
「ダメ……?」
「うむ。無理矢理ばこーんってやるとな、ドカーンと吹っ飛んでしまうんじゃ」
「……爆発するって?」
「実際、余は他の都市島を、3つほど粉々にしてもうた。……てへっ」
てへっ、じゃないよ。
「……つまり、さっきのあれも、わりと危機一髪だった?」
「じゃから言ったじゃろ! 今は話しかけんでくれ、と」
言ったけど……言ったけど……そんな大事になることだとは思わないよ。
「ふー、ではまたやるかの。こっちのがさっきより手強そうじゃ」
……。
…………。
…………あっ。
「そうだ、ダクタ、あれ……使えないのかな?」
「……ん? どれじゃ?」
「これ」
言いながら僕は押入れを召喚し、ふすまを開けた。
そして中から一本の鍵を取り出した。
手の平ほどの大きさの、透明な鍵。
「これって、どんな鍵も開けられるんじゃなかったっけ?」
それは魔王が作ったという万能マスターキー(僕が命名)だ。
ダクタ曰く、膨大な魔力が込めてあり、凄まじい解錠能力があると。
「……機械だしダメかな?」
「……いや、いけるかもしれん」
なら物は試しに、と僕は鍵を持って台座の前に立った。
鍵穴なんてものは当然ない。
……これ本当にいけるのか?
とりあえず僕は、鍵を台座に近づけてみた。
「…………」
ピッという音と共に、台座に付いていた赤ランプが緑色に切り替わった。
「……解除、できとる」
まさか本当にいけるとは驚きだ。ダクタも驚いて、というより感心している。
「……こういう方法もあったか。ふむ……」
たぶんだが、ダクタは自らの魔法で大半のことがなんとかできてしまう故に、魔法具に頼るということはしなかったんだろう。
「ひとつの用途に特化した魔法具……か。集めてみるのも面白いかもしれんの」
僕も同じことを思った。
どんな効果の物があるのか、好奇心が疼いてしょうがない。
「……それで、これが……」
僕は台座に差し込まれたグリップ部分を見る。
「……不老への道じゃな」
ダクタは手を伸ばし、そして引き抜いた。
「……ばーばの言っていたとおりじゃ」
黒いグリップ、黒いトリガー、黒い銃身、銃口の中には細い針が見える。そして上部に取り付けられた、透明の管。青い液体が入っていて、きらきらと光ってる。
「…………」
僕もダクタと同じように、それを引き抜いた。
「……これを撃ち込めば、不老に?」
「ばーばはそう言っておった」
「古代魔法のことは、おばあさんに教わったの?」
「うむ。ばーばはなんでも知っておったからな。じゃが、ばーばは古代魔法のことを誰より知りながらも、自分では一度も使わんかった」
ダクタは青い液体が詰まった管を撫でる。
「じゃけど、余が覚えることには反対せんかった。いつか役に立つ時がくるかもしれんって」
そうか……。ならやっぱり、おばあさんには感謝しないといけない。
「ばーばは正しかった! そのおかげで、りゅうのすけと出会えたんじゃ!」
そのおかげで、僕はダクタと出会えたんだ。
おばあさんには、本当に感謝しかない。
「…………」
「…………」
僕とダクタは銃を持ち、お互いに向き直る。
「……今更なんじゃが、」
「……?」
「これで絶対に不老になるとは言い切れん。ばーばはこれが不老の魔法じゃと言っておったが、実際に不老となった者を余は見たことがない。余はずっと〝誰か〟を探しておったが、誰もいなかった」
「でも、〝不老〟であって〝不死〟ではないんでしょ? 寿命では死ななくても、怪我とか事故に遭えば普通に死ぬ身体でしかない」
スノリエッダは大きな争いが長く続いたという。
なら、不老の者でも殺されてしまう可能性が十分にある。
「そう、じゃが……」
「それに、もしもこれがダメなら、別の方法を探せばいい」
「りゅうのすけ……」
そうだ、仮に不老の古代魔法がダメだとしても、それで諦める理由はない。
別の方法を探せばいいだけだ。
幸い、この世界には様々な効果を持つ魔法具が眠っているようだし、それを片っ端から探しに行ってもいい。
「だから、ね?」
「……そうじゃな」
ダクタが笑う。釣られて僕も笑ってしまった。
僕らの想いは、既に重なっている。
なら、どこへだって行けるさ。ふたりで。
「……あっ、そうだ。どうせなら、ここでしちゃう? 僕の世界だとほら、法律とかダクタの戸籍とかでちょっと難しいし」
「……? なんの話じゃ?」
「え? 結婚式のことだけど」
「……誰と、誰のじゃ?」
「僕とダクタのだけど……」
「…………」
ダクタが固まった。まるで石像のように動かなくなった。
あれ、僕なんか変なこと言ったか?
「…………」
「……ダクタ?」
「…………」
「……ダクタ?」
「……ハッ!?」
そこでダクタは我に返ったようだ。
「……大丈夫?」
「え、あぁ、大丈夫じゃ。いや、なんかな、余、今ちょっと寝ちゃってたみたいじゃ。おかしな夢を見たぞ、余とりゅうのすけが結婚する夢でな……」
なにを言っているんだこの子は。
「りゅうのすけが余と結婚――……あれ? ……もしかして、これ現実か?」
「もう一度、言った方がいい?」
「…………」
そして、
「――ッ」
ぽんと顔を真っ赤に染め上げた。
まるで鯉のように口をぱくぱくさせている。
僕はそんなダクタの反応を見て、戸惑った。
「え、うえ? えっと、そういう感じじゃなかったっけ? ……え?」
「そ、そうだったのか? よ、余はその、
なんてことだ。
僕らの間には、重大な認識の齟齬があったようだ。
いや、でも、『ずっと一緒』とか『隣にいる』とか『いつまでも』とか、その手のワードはばんばん飛び交っていたし、そもそも一緒に不老になるって、
「……つまり、」
僕は僕自身に呆れながら、改めて思った。
「ちゃんと言葉にしないと、伝わらない、ってことだね」
「そういう、ことじゃな……ふふ」
ダクタも呆れていた。たぶんダクタも自分自身にだ。
「なら、ちゃんと言葉にするよ」
しっかり相手の目を見て、言葉に想いを込める。
「ダクタ、僕と結婚してくれ」
答えはもうわかっている。
でも、それでも、ちゃんと言葉にすることが大事だ。
言葉にするからこそ、お互いに刻まれるものが、たしかにあるのだ。
緊張も、決意も、必死さもない、まるで確認のようなプロポーズ。
僕らを体現するような、いつもの日常と変わらない、自然体のプロポーズ。
受けてダクタは、
「――はい」
頬に一筋の涙を走らせながら、微笑んだ。
◆◆◆
「えっと、健やかなる時も、病める時も――」
「病んだら余がすぐに治すぞ!」
「ありがとうダクタ――ってそうじゃない。……えー喜びの時も――」
「余はりゅうのすけがいるだけで喜ばしいぞ!」
「ありがとうダクタ、僕もだよ」
「えへへ」
「って、だからそうじゃないって……」
僕は深呼吸し、
「……どこまで言ったっけ? ……悲しみか。……汝らは悲しみの時も――」
「余はりゅうのすけがおれば悲しくないぞ!」
「だーかーら! 話の腰を折らないでくれ!」
「えへへ」
僕は溜め息を吐きながらも、苦笑する。
まぁ僕らはこれでいいか。
「……でも、なんで押入れ?」
僕らは現在、押入れの中にいる。僕の部屋の押入れだ。
ふすまは閉めているので真っ暗。懐かしさすら感じる暗黒だ。
転移機能は使わないので、ここは本当にただの押入れだ。
なのでかなり暑苦しい。長くはいたくない空間だ。
「そりゃ、やっぱりなにかを始めるなら……ここからじゃろ」
ダクタにとってここは、思い入れが強い場所のようだ。
もちろん僕にもだが。
「僕らと言ったら押入れかもね」
「じゃ!」
くすくすとふたりで笑い合う。
「さて、続けようか。でも、途中はすっぱりカットで。僕もうろ覚えだし」
ということで、
「えー、汝ダクタは、龍之介を夫とし、永遠の愛を誓いますか?」
「誓うのじゃ!」
文字通り、〝永遠の愛〟になるんだろうか。
「では次は余じゃな! ……おっほん、汝りゅうのすけは、ダクタをつ、つ、つ妻とひぃ、永遠の、あ、あ、愛をちか、ちちち誓います!!」
ダクタが誓っちゃったよ。
「あ、違っ、えっと、」
「違わないよ、僕もダクタを永遠に愛す、そう誓うから」
「りゅうのすけ……」
ここは暗黒。
だけどお互いの息づかい、体温は感じる。
触れることもできる。
言葉を交わすこともできる。
「ダクタ」
僕は彼女を引き寄せた。
そして、その首筋に、銃口を押し当てる。
「りゅうのすけ」
ダクタも同じように、僕の首筋に銃口を押し当てる。
「……絶対に離れぬ、絶対に離さぬからな……!」
僕らはそっと唇を重ね、引き金を引いた。
まるでお互いへの祝砲のように。
僕とダクタは――永遠になった。
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