召喚士に告ぐ、新しい勇者は不要です。

多賀 夢(元・みきてぃ)

召喚士に告ぐ、新しい勇者は不要です。

 召喚士の朝は早い。


 太陽が昇る前に、まず『チキュウ』という世界の『ニホン』『トウキョウ』を水晶球にて観察し、半刻ごとに記録し統計を取る。その際、人通りが多すぎるメインストリートではなく、異世界人を一体ずつ捕獲できるような細い路地にアタリをつけるのがポイントだと彼らは言う。

「同じルートを周回する長竜型鋼体動物鉄道の方が便利なんですが、健全な転移者を確保するには大型鋼体動物トラックを利用した方が確実ですね」

 と、召喚士歴15年のベテランは語る。


 異世界人の往来が早くなるのは、日が上がってしばらく経ってからの一刻と、日暮れ前の一刻だと分かっている。しかしそれも季節によって違いがあり、召喚士の経験が試されるところである。

「しかし、最近は路地に出る異世界人の数が極端に減っていて、捕獲が難しくなっています。経験が通用しない事もあるってことですよ」

 というのは、10年目に差し掛かった中堅召喚士の言葉である。


 そうしてアタリを付けた剛体動物に転移能力を持たせ、更に幻惑や麻痺などで操り、生まれつき高い能力を持つ異世界人めがけ突進させる。うまくはねられた捕獲された異世界人は、転生の神による最終手続きを経て、無事こちらの世界に釣りあげられるのである。


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「まったく。あの話を聞いたときには、『うちらは魚か!』って思ったもんさ」

「魚っていうか、罠に追い込まれたイノシシかのう」


 そう話しているのは、白髪の老婆とつるっぱげの爺さんだ。

 彼らは神殿にある『転移者の魔法陣』の真上に敷いた布団から顔を出し、夜明けの空を眺めている。


 おずおずと、初心者の召喚士が声をかけた。

「あのー。そろそろそこをどいてくれませんか……」

「「いやだ」」

 2人はきっぱり答えて、布団から半身を起こした状態で剣をちらつかせる。召喚士は怯えて引っ込み、「センパーイ!」と上の者を呼びに引っ込んでしまった。


 この爺婆の朝も早い。

 召喚術を成功させまいと、魔法陣の上で生活してそろそろ10年になる。

 彼らは異世界人である。もう何十年も前に召喚された数多の『勇者』の一端だ。

『勇者』はもれなく無理ゲな王命を受け、魔王だの狂王だのを倒した後、この地の人々に恐れられて処刑される。もうそれはルーチンのようなものだ。


 この2人も例にもれず、国を追われた。姿を変え、敵を凌ぎ、世界中を逃げ回った。その間に召喚元の国が滅び、やっと自由の身となった。その後知ったのである。自分たちは日本でいう意味の『勇者』なんかじゃなく、神様が与えるパラメータ狙いで召喚された捨て駒だと。『勇者』は召喚士が生業のために適当に呼んでるだけで、それをあっちゃこっちゃの国家に売り飛ばしているのだと。


 ――ブチ切れましたよね、爺様。

 ――ブチ切れたわい、婆様。


 共に逃げるうちに腐れ縁となった二人は、安易な召喚への反対運動に出たのである。


 ぜってえ動かねえ。

 そう二人が覚悟を新たにしたとき、足元の魔法陣が光り輝いた。

「なっ!?」

「おおう!!」

 驚く二人の耳に、高らかに笑うオッサン召喚士の声が届く。

「はっはっは! めんどくせえから、強引に召喚してやったわ!異世界人が布団に敷かれて出てこようと、神秘性なくて自分が勇者だと信じなくてもかまうもんか!やーいやーい、爺婆め、思い知ったか!!」

 2人はジト目になって呟いた。

「爺さん、あいつらもう、商品価値すらどうでもいいみたいっすね」

「婆さん、人間ってのはどの世界も浅ましいもんだね」


 2人は布団を跳ね上げ立ち上がった。

 ふん!!

 丹田に力を籠め、力強く四股を踏む。衝撃波が辺りに広がり、笑っていたオッサン召喚士は「ひでぶ!!」とふっ飛ばされた。

「爺さん、押し返すよ!」

「誰が爺さんだ、姐さんよ!」

 2人は、蓄積していたエネルギーを一度に発散した。それは老婆と思われた女性を妙齢の黒髪豊かな美女に変え、老翁であった男性の肌もつややかに伸びて筋骨隆々になった。――髪は生えなかったが。


 2人は両の手を繋ぎ合い、魔法陣の源へと念を飛ばした。


『神さまー、俺だよ俺ー』

『あれー、おまいらマダ生きてたん?久しぶりー』

『おひさー!あのね?まだうちらが生きてるから、次の人いらないからね☆』

『あ、そおなん? 召喚依頼が来てたら、若い子拾っちゃったんだけど』

『元のところに返しとけ! あ、パラメータはちゃんと外せよ!』

『あっそう、分かったー。ついでに、「ぶっちゃけ召喚多すぎてうぜえから、次から天罰落とすね」って伝えといて~』


 魔法陣の光が弱くなり、最後には消えた。

「なあっ!!」

 召喚士たちが集まり、天を仰いで嘆いている。

 老翁……いや、つるっぱげの若者が、高らかに宣言した。

「神からの伝言だ。もう異世界召喚は終わりだ、次からは天罰を落とす!だとよ」

「世迷言を言うな! 異世界召喚は需要が高いんだ! お前らが邪魔しても我らは召喚し続けるぞ!」

 そうだそうだと騒ぐ召喚士に、老婆だった女が意地悪く笑った。

「ならやってみたらいいんじゃない? ――ねえアンタ、もう行きましょうか」

「そうだな」

 2人はあっさりと神殿を後にした。


 その後、その世界で異世界召喚が成功する事はなかった。

 代わりに落雷や魔物の活性化が起こるようになり、召喚士は『闇魔術師』として国家に囲われるようになった。


 ……捨てる神あれば、拾う王あり。

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召喚士に告ぐ、新しい勇者は不要です。 多賀 夢(元・みきてぃ) @Nico_kusunoki

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