ずとまよとか聴いてそう【令和最新版】

八澤

ずとまよとか聴いてそう



「これ、味濃いな~」

「醤油入れる時に少しミスった」

「いやいや少しミスった程度じゃないだろ……。お、でも餃子は旨い!」

「冷凍だからね」

「手抜き?」「もう食わなくていいわよ」

「た、食べるよ。せっかく彼女が真心込めて用意してくれた料理なんだから……」


 何かあるな、と察する。

 睨んでいると彼は観念したかのように「はぁ、やってしまいました」とため息と一緒に白状する。


「……何を?」「アレを」「はぁ?」「妊娠を……」

「あんたは男だろ」

「もちろん俺じゃないよ」「私は妊娠なんかしてないわよ」

「後輩の原ちゃん。さっきメッセージが来た。生理がず~っと来なくて不安になって調べたらどうやら身籠ってしまったらしい。──俺の子だとさ」




「またぁッ!!??」

「あひぃ、すいません……」

「妊娠って、今年で……四回目よ!」「因みに今月はまだ一回目……ひぃ、睨まないでください、すみませんごめんなさい」

「ってか、なんであんたの子だとわかるのよ」

「そりゃ俺が初めてだからな。女子高出身だからか男の子とお付き合いしたこと無いんだってさ」

「可哀想……」

「な! ホンっト俺って運ねぇよ。今年は孕ませる確率100%だぜ」

「あんたじゃねぇーよボケッ! その……」「原ちゃん、サークルの後輩、小柄でハムスターみたいな小動物っぽい子。ただ胸は大きい」「後半の説明いらない。で、可哀想なのは原ちゃんよ。あんたは顔だけはいいからホイホイ騙されちゃったのね」

「でもさぁ、新歓で迫ってきたのは原ちゃんの方だし」

「どうせ【今彼女いないんだよ。別れたばかりで寂しくてさ】を餌に言葉巧みに引き込んだんでしょ?」

「すげぇ、なんでわかるの? お前いたの?」

「幼稚園からの付き合いだからわかるわ。あんたが私の知り合い友達親友後輩先輩家族その他もろもろ口説く姿を何度も目の当たりにしてきたのよ」

「おかしい、俺はただ仲良く会話──そうコミュニケーションを取ってるだけなんだけどな。平和に」「てめぇは争いしか生んでねぇだろ……。で、仲良くなってホテルに連れ込んだ、と」

「いや、ここ」

「……は?」


 一瞬時が止まったような感覚の中で、彼はうんうんと意味深に頷いて、口を開く。


「まぁその色々な、事情がありまして、仕方なくお前の部屋を借りたんだよ」

「ウチかよ! てめぇの家でやれよッ!」

「ホテルに誘ったけど原ちゃん怖がって嫌がるし、俺のウチは模様替えしていたから足の踏み場がなくてさぁ……」

「あ~思い出した、一緒に壁紙の張替え手伝っていたらあんたは学校あるから……と消えて、そうよ、午後から私は一人で一生懸命頑張ったのよ!」

「その件はマジで感謝してます!」

「え、でもあの日私は夕方には帰って一晩中ウチにいたと思うけど……」

「実は俺たちもいた」「……どこに?」「原ちゃんには男友達が奥の部屋で寝てるからそこの押入れの中で……と言って」

「……ド」

「ど?」

「ドラえ……いや何でも無い。あんたの話聞いてると私までおかしくなってつまらないツッコミするところだった……」

「押入れ……ドラえ……あっ! なるほどな」


 パチン! と指を鳴らしてニヤニヤしたけど、私が睨むと目を逸らす。


「私一人で眠っている間、押入れの中でよろしくやっていた、と」「そのシチュはとても興奮しました」

「マジで殺すぞ」

「おいおい物騒なこと言うなよ」

「で、妊娠させた、と」

「それだけど、俺へのご報告内容が滅茶苦茶楽しい」

「何で?」

「【責任取ってください】から始まるんだけど本文は俺に対する重い賛美、キラキラした愛で彩られているよ……。後半は筆が乗ったのかデキ婚からの”人生”が綴られている。これだけで一冊小説書けそうだ。書いているうちに昂ぶって鼻血が出ちゃいました、だってさ」

「鼻の穴ほじくりながら書いてたんでしょ。まぁ恋は盲目と言うし、付き合ったこと無かったんでしょ。頭の中が幸せで満ち溢れてるのよ。でも、まぁ【責任取ってください】は現実では初めて聞いたかも。ファンタジーの中だけかと」

「……後半のセリフ、なんか聴いたことあるような、うぅ、何故睨むのですか?」

「先週【この……泥棒猫ッ!】と鬼のような形相で怒鳴られた時に、あんたに言った」


 ──先週。

 人の溢れるスクランブル交差点を彼と歩いていると、その中心で私たちを睨む女性が立っていた。


 鬼気迫る殺気を放っていたのでひと目でわかった、彼が手を出した女だと。私は咄嗟に彼とは赤の他人を装うも、女性に気づいた彼は大げさに驚き、私の背後に隠れるように身を縮めた。それが彼女の怒りに火に油を注ぎ、私の逃げ場を奪う最悪の行動だったので思わず舌打ちする。女性はカツカツと足音を鳴らして近づき、開口一番【この……泥棒猫ッ!】と私に叫んだ。するりと淀みなく口から飛び出たので、何度も練習したのね、とその努力を内心讃えた。


「でも、あれも面白かったよな。【お前とは遊びだったんだよ】と論したら今度逆ギレして号泣するし」

「そりゃ泣くわ。けど、【その女と別れないなら、私死にます】って少し離れたところにあった歩道橋の上から叫んだのは引いたわ」

「まさに悲劇のヒロイン、だった。身を挺しての衝動、若いなぁ」

「何も言わずにビビって逃げたあんたは外道だけどね」「だって怖かったし……」「クズ」


 ひゅッ

 ──ぐしゃっ!


 可動域を超えて螺子曲がった脚を思い出して、吐き気を催す……。


「でもあの後大変だったらしいな。聴いたところだと片足を複雑骨折だって」

「全快したら、危険ね……」

「あぁ、守ってくれ」

「私のセリフッ!! で、話し戻して、その原ちゃんにはなんて返事をしたの?」

「まだ……」

「いつもと同じく【遊びだった、しつこい、ばいばい】をループすればいいじゃない」

「う~ん、この前みたいなストーカーに発展する恐れがあるからな」

「確かに突然フると爆発しそうね」

「だから今度は原ちゃんの純情溢れる恋を段階的にへし折る作戦を考えた」

「そう、頑張って」

「いいか。俺とお前で一緒に原ちゃんの前でラブラブなカップルを魅せつける。蝶よ花よと育てられてきた箱入り娘、目の前で裏切られたら心折れるよ、絶対」

「だから私を巻き込むな。ってかそれって余計悪化しそうなんだけど……」

「もうこれしかないんだよ。頼む、俺を助けてくれ」

「あ~それもう何回も聴いた。せめて言い方変えるかパターンを増やしなさいよ」


 彼はニヤニヤと笑いながら首だけ動かして頭を下げる。私が断らないと見透かしているようで不快だった。


「その子、妊娠しているんでしょ? お腹を盾に騒がれたら面倒ね」

「大丈夫大丈夫、いつもみたいにきっと上手くいくよ」

「あの、成功どころかいっつも余計にこんがらがって複雑になってるから。はぁ、……でもあんたとラブラブなカップルを演じるところが最大の難関ね……」「お、おい、仮にも彼氏彼女の関係なんだから真顔で悩むな」


☆★☆★


「ビンタかな? と思ったらなかなかのインファイターだったな? 大丈夫?」

「避けて、お腹に一発入れといた」

「え、まさか原ちゃんだけに、腹を狙ったのか? しょ~~もねぇ~」

「違うわよ」

「いやしかし作戦はまさかの大成功だったな。ただ、目の前でキスしまくったら目を見開いて号泣してさ、心が締め付けられるように痛んだよ」

「良心があるのなら最初から手を出すな」

「やれやれ、これは俺たち人間に理性があるから辛いんだよ。動物みたいに本能だけで生きていれば何も感じない。ホント何で人間は理性なんか持ってしまったんだろう」

「進化のミスよ」


 これ以上彼のくだらない戯言に付き合ってると、彼まで殴りそうなので話を戻す。


「あの子には一応いくらかお金渡したから大丈夫よね」

「助かるよ。金持ちのご令嬢はこういう時マジで役に立……じゃなくて、頼りになる」「もう殆ど言ってるから」「ぐぇ……」


 ボコッ! と彼にも同じくらいの強さでお腹を殴りつつ、重々しいため息が私の口から漏れた。


「殴ったのは正当防衛だし、私から言わせれば寝取られそうになったのよ。そもそも私は悪くないのに巻き込まれて……」

「いやでも……お前は本当に凄いよ。ホント、タフだよな~」

「そうね、あんたが調子に乗るから幼稚園の頃から仲間はずれにされ、小学生はいつも一人、中学で友達ができてもすぐに私をイジメるようになり、高校では後輩から先輩満遍なくイジメあれ、大学でもいつも矢面に立たされるのは私……」

「マジで凄いよな。いい加減慣れたの?」と彼は他人事のようにクスクス笑う。


 もちろん慣れることもなく、毎回苦しかった。


 彼が、何か問題を引き起こすと、被害者の怒りの矛先は全て私に向き、私はまともな人間関係を送ることはできなかった。人並みの感情しか持ち合わせていない私はそのたびに苦しみ、彼を呪うも、私の隣で笑顔を浮かべる彼を見ると、どうでもよくなってしまった。


 あぁ、でも一度だけ……。


 ある日【真面目に好きな人ができた。その人は海外に住むから、俺もついていく】と言った。冗談かと思ったけど、翌週にはこの国から彼は消えた。私の隣に住み着いていた彼の居場所だけが、ぽっかりと空いている。


 不思議なことに今まで私を虐げていた人々が、捨てられた私を憂い、私を保護するように寄り添ってくれた。嬉しかった。彼が消えたことで、初めて人の温かみを覚えた気分だった。今まで私の中で占めていた彼の情報が薄れたことで、気にも留めなかった街の情景、空気、人の流れ、匂い、光の差し込む感覚がじわっと私の中に溢れ出す。灰色で面白みを感じなかった無数のビルも、まるで血脈のように流れる人間の人生が映し出されているようで感動した。それらは言葉にできないほど魅力的だった。清々しい充実感に彼が消えたことを心の底から感謝した。


 でも、一年後に彼は戻ってきた。


☆★☆★ 


「そうそう、さっきポスト見たら荷物届いたわよ」

「あぁ~これ原ちゃんが最近嵌った歌手のアルバムだ。俺が代わりに買っといたんだよ」包装を破って中身を取り出す。

「今どきCD買う人なんているんだ」

「限定版で、なんとオマケで冊子がついてくる」「……曲を聞くんでしょ?」「ケースもなんか豪華だ」「目当ては曲じゃないの?」

「今更渡せないからな~。いる?」

「興味無いから……」

「お前ホント何も興味ないよな」

「別に生きてくのに苦労しないし」

「今はいいけどさ、どーするの? もしもなんかやばいウイルスが蔓延して、気軽に外出れなくなったら?」「は?」「例えの話な。外出たら感染するからマスク必須で、どこの店からもマスクとついでにトイレットペーパーが売り切れて、仕方なく国からマスクが配布されるような世紀末になる。その中でオリンピックとか開催して、世界を巻き込んでの超大パニック! って世の中になったら、ゲームや動画見ることしかやることなくなるぞ。なにか趣味を持て」「あり得なさすぎてキモいわ」


 鼻で笑った後、タバコに火をつけて彼を見やる。

 冷蔵庫に残っていたビールをグラスに注ぐ。彼は何かを思い出したのか、一瞬限定版のアルバムを眺めた後、テーブルに置いた。


「そういえば、あの死んだ人ってサブカル系に強かったんでしょ?」

「あぁ、向こうでもネットで色々見ていたよ」

「くくっ、ずとまよとか聴いてそう」


 こうして、亡くなった彼の想い人の思い出を肴にするのが堪らなく楽しい。

 思わず笑ってしまう。

 心の底から、じわっと快楽が溢れる。

 最低だと思うけど、普段飄々とした彼が戸惑う姿が面白いのだ。

 ──そんなに好きだったんだ、と怖くなる。

 怖くなるけど……もうこの世に存在しない。

 最後に立っている者が、勝者。

 ……私は彼にとって2番目でも、いや2番ですらないのかもしれない。それでも、彼が隣にいてくれることが最高に嬉しいから、それでいいの。


「あ~聴いてたかもだけど、もっと……違う奴の方を聴いていたよ。なんだっけ、名前……。不良っぽい感じ……思い出せない、後少しなんだが……えっと~~~あ~火遊び?」

「YOASOBI」

「あぁ、それだ! そっち聴いてた」

「どっちもたいして変わらないでしょう」



//終

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