殺したボケと殺されたツッコミ

鳶谷メンマ@バーチャルライター

一話完結 

退屈だ。


昼下がりの教室、窓際の席特有のぽかぽかとした陽気に暖められた体はすでに活動限界を迎えている。


映画版の初号機でもエネルギー切れまでにはもう少し溜めるよなあ。


「なあヤマ、教頭ってやっぱズラかなあ」


……うん、えっと。

やっぱり人生には、エネルギー補給が必要だよ。

きっとゴローちゃんもそう言ってたよな。

独居老人、そういうのもあるのか……とか。


「ヤマ、ゴローちゃんはそんな社会情勢に切り込まないぞ。あ、ポイフル貰うね。……っておーい、俺モノ食えないじゃんかよー!」


ノリノリでノリツッコミをかましノリに乗っている男なんて断じていない。


おっと、またノリで被ってしまった…まいったなあ、これは余計だった。

「まだ孤独のグルメネタ引っ張るのかー?…ねえキングダム57巻しか持ってないの?俺58巻が読みたいんだけど」

「勝手に読んどけアホ!」


職業病か、授業中にもかかわらず思いきりツッコンでしまってからハッと我に帰った。


「どーした山岸、寝ぼけてんのかー?」

ドッと湧くクラス。

やかましいヅラの言葉と、クラスメイトからの視線が刺さる。

「す、すいません。…寝ぼけてましたあ」


どうして、真横のこのうるさい男は注意されないのか。

「おいおいヤマ、今それ言っちゃう?」




「だって、お前が殺したんだろ」



つい今朝のことである。


朝起きると、妙に掛け布団の隣のスペースが膨らんでいた。

あちゃー、昨日盛り上がっちゃってそのままだったかな?

半分寝ている頭で、そっと掛け布団をめくると。


「…あ、起きた?おはよー」


涅槃のような姿勢の全裸男。

一ヶ月半前に殺した親友の寺小が、そこにはいた。


リアクションをとる余裕すら失った俺が、取った行動は。


そっと、掛け布団をもとの位置まで戻した。


「ちょ、なんか反応とか——」


そっ閉じ。


広辞苑に例として載るレベルの、喚く故人を華麗に無視した芸術的なそっ閉じ。


まあ、疲れてるんだろうな。

もう一度掛け布団をめくると、そこには。

「おいおいなんだよお前、田舎のコンビニの虫にも反応する自動ドアの真似か?いいね、今年はそれでM-1目指そうぜ!お前の夢だもんな!」


「いや、その…… 夢だけど、夢じゃなかったああああああああ!!!!」



学校に行くまでの数十分間、寺小は信じられないようなことを俺に語った。


人に殺された人間は、どうして殺されたかを本人から聞き出さなければ死者の国に入れないこと。


被殺害理由書(と呼ばれているらしいその記録)の提出期限は四十九日までであり、そこを過ぎればあの世とこの世の間を永遠に彷徨わなければいけなくなること。


そしてその期日が、残り三日であること。


「前から計画性のない奴とは思ってたけど、そんな大事なモノもギリギリになんないと取りかかれないのかお前は!?」

「う、うるせーなお前!夏休み最終日にアサガオの観察日記書き始めた息子を叱る母親かお前は!」

「例えが分かりづらい上に長いんだよ!」

「てか早く教えてくれればいいんだって、俺を殺した理由!」 


その言葉に、思わず言葉が詰まる。


今のやりとりがあまりにも自然すぎたせいで忘れていたが、そういえばこいつは死んでいて。こいつを殺したのは、俺なんだった。


「……それは、…まだ教えねえよ。…それより走るぞ、間に合わなくなっちゃうだろ!」

「へっ、え、どこに!?てかまだって何!」

「学校だよ学校、残り3日なんだろ?最期に学校行っとこうぜ!」

返事を待たずに自転車に跨った俺のそんな様子を見て、寺小は全力の困惑を浮かべる。

「いや待ってよ、まだってなに!?なかなかABCのCだけはやらせてくれない彼女なの!?」

「だから長いし古いんだよ例えが!」



それからというもの、こうして5限の終わりまで寺西は俺の机に顎を乗せて膝立ちで居座り、何かあるたび話しかけてくる。


なんとなく親友とまだ話していたかったので引き留めたはいいものの、ここまで面倒だともうさっさと成仏させてやろうかとも思い始めた。


そんな俺の思考を文字通り読んだ寺小は、畜生でも見るような目でこちらを見て言う。

「ちょ、なんだよ!こちとら久しぶりに話せて楽しくなってきたのに、ペット飼ったはいいものの思ったより管理が面倒だと気づく三ヶ月目みたいなのやめろって!」

相変わらず長いし分かりづらい。


そう、生前もたしかにこんな奴だった


廃部寸前の漫才研究会で出会った俺たちはすぐに意気投合すると、その後は実費で素人お笑いライブに出続けては羽生結弦が霞むほど散々に滑り倒して、涙を流して夜行バスで帰る生活を。


そんな最高の高校生活を、2年間送ってきた。


一月半前までは。


一学期の終業式終わり、いつも通りの河原に二人はいた。


「俺さ、高校出たら親父の店継ぐんだ。…ごめんなヤマ、今まで言い出せなくて」


毎日放課後、ここでネタを考えるあの時間が、俺は結構好きだった。

2人で四苦八苦しながら、ここが弱いだのこのアイデアはアリだのとくっちゃべる時間が。


しかしその日、水切りをしている最中に寺小は突然俺にそう言った。


頭が真っ白になった。手に持っていたからあげクンが地面にこぼれ落ちる。

「はっ、え?…なに、言ってんだよテラショー」


「…先月親父が腰やっちゃって、クセついちゃって再発しやすくなってんだって。…うちは男手おれ一人だし、やっぱ実家潰したくないしな」


「そんなこと、聞いてねえよ……や、やめねえよな?…漫才」

必死に絞り出した言葉は、ひどく不恰好で。

その時俺は初めて自覚した。

二人で夢を語り合い、追いかけていたこの時間が。


俺にとっては、どうしようもなく大切なものになってしまっていたのだと。


しかしそんな俺の言葉に寺小が返すのは、困ったような……少し悲しそうな笑いだけ。


そう、俺が一番分かってたはずだ。

このバカな親友は、半端なことは絶対にやらない。そんなカッコいい男だってこと。

でもこの時の俺には、そんなこと考える余裕はなかった。


「ッ……ああそうかよ、もう漫才なんてやりたくなくなったのかよ!」

「違うよヤマ、俺は……」

「うるせえ、俺たちはもう解散だ!早くどことなり行っちまえよ!」

ドンッと寺小を押しのけて立ち上がる。

そのまま向こう側に倒れる寺小に、最後にもう一度悪態でもついてやろうかと向き直ると。


そこには、後頭部から夥しい血を流し、シャツの襟元を真っ赤に染めた親友の姿があった。


「ッッ……テラショー!!!」


すでに力が抜けつつある彼のゆっくりと体を起こさせると、たまたまその場所に迫り出していたらしい礎石に、人間の皮膚やぶよぶよとした液がびっしりと付いているのが見えた。


まさかさっき倒れた時、これが頭に。


「……ヤマ…」

腕の中で寺小が、小さく声を上げた。


「て、テラショー!待ってろ、今救急車呼んでやるから!」

スマホを取り出した俺の腕を、寺小が弱々しい力で掴む。

「…もう、痛みも感じないんだ。……俺はお前を恨んじゃいない。これは、事故みたいなもんだ」

そう言いながら、寺小の呼吸は少しずつ小さくなっていく。


「……なあ、ヤマ。…文化祭でさ、解散ライブな。忘れんなよ」


最後に親友は、いつもの調子で、満面の笑顔でいった。



時間は、現在に戻る。

こっちの気も知らずにぼーっと落ちていく陽を眺めているその姿は、死んでいることを忘れさせるほど自然なものだ。

「暇になってきちゃったなー…なあヤマ、なんか面白いこと言って。

「……その言葉を使った人間は死刑って法律が昨日できたんだぜ」

「えっマジで!?」

「嘘に決まってんだろバカ」


…そろそろ、こいつを成仏させてやろう。

いい加減覚悟を決めた俺は、目の前の親友に向けて居住まいを正すと口を開く。


その瞬間、ふと、脳裏をよぎった言葉。

文化祭で、解散ライブを。


口を突いて出た言葉は、全く違うモノだった。


「テラショー、解散ライブすんぞ!」




「次の挑戦者は、飛び入り参加のピン漫才でーす!」

やたらテンションの高い司会の、音割れした声とともに。

パチパチとまばらに聞こえてくる拍手の中、二人は壇上に上がった。


今日は文化祭。二人が参加しているのは、毎年の恒例行事として昼から開催されている漫才大会である。


フーッと大きく息を吐いてから、横にいる親友と顔を見合わせて小さく笑い合った。


そして。

「どうもー、漫才コンビ『ふたりごと』です!」


観客から見れば、一人が話しているだけの謎の光景に、少しずつざわめきが起こっていく。

「え、なんで一人で…?」

「なんだあれ、そういうお笑いか…?」


そんな好奇の視線が向けられるも、壇上の彼は実に楽しそうに漫才を続ける。

時にボけ、時にツッコみ、腕の動きなんかも付けながら。

その様子は、まるで隣には本当に誰かがいるかのようで。


観客の山岸を見る目が、変わっていく。

その間にも、二人の最後の漫才は、終わりへと。


「だからほんとにね、筋肉か彼女かなんて選べないわけで!」

「いや俺はどっちも迷わず取るけどね」

「なんでここで裏切るのお前、ウェディングケーキのスポンジにサラダチキン使ってやろうか!」

「だから長えしよく分かんねえよ!てか貴重なタンパク質を無駄にすんなよ!」

「突っ込むとこそこじゃねえだろ!……どうも、ありがとうございました!」


揃って頭を下げた二人に、会場中から万雷の拍手が降り注いだ。


感動に顔を見合わせる二人。


感極まった様子で、山岸は言う。

「……俺は、お前ともっとずっと漫才したかった。今日みたいな日を、死ぬまでずっと。それが、お前を殺しちまった理由だ」

その言葉に、寺小は涙を流しながら震える声で答える。

「…そっか。…うん、じゃあ逝くよ。……俺が死んでも、漫才やめんなよ!あ、でも速攻相方見つけやがったら祟るからな!」


そう言って、テラショーは消えていった。

涙で滲んだ視界の中で、ひとりぼっちの俺は叫んだ。叫んで叫んで叫びまくった。 


「……バカだよ、お前…!お前がいなけりゃ、俺の漫才は……独り言になっちまうだろうがよ…!」



お後がよろしいようで。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

殺したボケと殺されたツッコミ 鳶谷メンマ@バーチャルライター @Menmadayo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ