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「も~!めっちゃ心配したんだからっ!」

 金髪の女性が少し怒りを含んだ声で言い放つ。

「心配かけてごめん。おかげで命拾いしたよ。」

 金髪の女性、川端奈緒かわばたなおが言うには、僕の家を訪れた時、中からどさりという物音が聞こえたから心配になって大家さんに頼み、カギを開けてもらったところ、僕がなかで倒れていたの発見。そして、すぐに救急車を呼んだんだそうだ。

「......体は大丈夫なの?」

「お医者さんが言うには、1週間もすれば退院できるらしいよ。」

「......そう。」

 何か言いたげな顔でこちらを見る。

「あの、さ......」

 彼女の視線の先、包帯の巻かれた左手首を撫でる。

「...どうかした?」

「............うんん...何でもない。」

「......良かったね!すぐに退院できて!」

 彼女は笑顔でそう口にする。

「うん。」

「じゃあ!私は一旦帰るね!また着替えとか持ってくるから。」

「ありがとう。」

「じゃあ、またね。」

 口角を上げ、病室から出ていく彼女に手を振る。

 カタンッと小さな音を立ててドアが閉まった。

 それを確認して、体の力を抜き背もたれに寄りかかる。

「恋人さんですか?」

 さっき奈緒が出て行ったドアの反対側から別の女性の声がした。

 僕はそちらを一瞥して、「違いますよ。」と答える。

 視線の先、隣のベッドには頭に包帯を巻いた女性が座っている。

 彼女の名前は桜井奏絵さくらいかなえ。同じ部屋で入院している人だ。

 男女が同じ部屋なのはどうかと思うのだが、看護士さんが言うには他に空いている部屋がないから仕方がないらしい。一応彼女、桜井さんにも了承を得ているそうだ。

 他のベッドは空いている。きっとこれから入院してくる人たちのために準備されたものなのだろう。

「彼女は、」

 彼女は僕にとっての何なのだろう。

「ただの友達、ですよ。」

 僕は彼女にとっての何なのだろう。

「彼女、優しい子ですね。毎日お見舞いに来てて。」

「そうですね。僕なんかにはもったいないくらいの良い子ですよ。」

「いいな。羨ましい。」

「桜井さんにはいないんですか?そういう人。」

「...ここ2、3日の様子を見てたら、わかるでしょ?」

 少しおどけた、自虐的な声で彼女は言う。彼女のもとには入院してすぐ母親と思われる人が1度お見舞いにきて以来、誰も来ていない。

「友達とかいないんですか?」

「う~ん、こっちのほうに来てからはずっと仕事ばっかりでしたからね~......」

「同僚とか、上司の人は?」

「うちの職場、いつも忙しいからそんな時間はないんじゃないかな~......」

「......家族は?」

「父は仕事だろうし、母もわざわざこっちに泊まってもらうほどでも、そんなにひどい怪我じゃないですし。」

「そうなんですか?」

「はい。早ければ10日ほどで退院できるそうです。」

「まぁ、階段から落ちただけですから。」

 アハハと彼女は笑う。

「えっと、そういえば田辺くんのご両親はお見舞いにきていませんよね?」

「ああ、両親とも忙しくしてますから。一応、大したことはないって連絡はしてありますけど。」

「そうなんですね。」

「確か、田辺くんもすぐに退院できるんですよね?」

「はい。」

「そっか。」

「じゃあ、短い間ですけど、しばらくはよろしくお願いしますね。」

「こちらこそ、よろしくお願いします。」

 互いに軽く頭を下げる。そこで会話が途切れた。

 

 彼女の左手首にも包帯がまかれていた。

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1回、死んでみた。 みつき @mtk309

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