名前はまだない。

うゆ

第1話

ラブコメ


時刻は8時30分。

学校に着くまでが通常15分かかり、

遅刻にカウントされてしまうまでのタイムリミットは、


残り10分。


つまりは8時40分までに学校に着かなければいけなくて、平均通学時間を考えればこれは明らかに遅刻なのだ。


だが、こんな時こそおれ、富久山春樹は冷静である。

全ての動作を短縮して、最短ルートで学校を目指す。

いくつもの動作を合成して、1度に行う。


それが今日は、走行と食事と放尿だっただけである。


起床:8時28分。

・春樹は時計を見る

・焦らずに1分で出来ることを考える


行動:8時29分。

・歯を磨きながら服を着替える

・食パンをトースターに投げ入れる

・最短ルートを頭の中で検索


出発:8時30分。

そして今に至る。


全速力で走り、焼け上がったパンを口に咥え、あらかじめパンツに貼っていたおもらしシートで大量の尿を吸い込ませる。


これぞまさに完璧な最短。

この男にしか成し得ない極限の短縮。


前代未聞な短縮劇を繰り広げ、春樹は呟く。


「いっけなーい!遅刻遅刻!」


全てを短縮して、邪魔な物は頭から除いて、

そうして出来上がった最短ルートはしかし、

致命的な欠陥がある。


ごんっ!

大きな音がして春樹は首を傾げる。

それもそうだろう。


この男、富久山春樹は最短ルートを計算した。邪魔な物は除いて、最短で、直線で。


覗かれた物の中には電信柱があった。

壁があった。家があった。


もちろん、その直線の最短ルートには春樹が除いているだけで、人間には超えることの出来ない鉄の塊が、いく千もの壁があり、


そこを通るのだから、

それにぶち当たるのは必然である。


「な、なんだよこれ。」


春樹はぶつかってから気づいた。

ここに壁がある事を。自分が作ったこのルートには、致命的な欠陥があったことを。


男は絶望する。

全てを短縮してなお、自分は学校に遅刻してしまうのかと。


普通の人間ならばここで諦めるだろう。

いや、すでに起床時間の時点で諦めているはずだ。


だが違う。

普通の人間でも、この起きるのが遅い男は、

諦めが悪い男は、


富久山春樹である。


春樹は思う。


こんな時、どうすればいい?


春樹は笑った。


そんな分かりきったことを、何故今更自分に問う必要があるのかと。


Q

人間には越えられない壁があるとしたら、どうすればいいか。


A

人間を超えればいい。


突如、春樹の周りを光が囲んだ。

男はそれが何の光か自分でもよく分からなくて、

だけどそれが、


その光が、自分を導いてくれると信じて。


(それは太陽の光をも超えるほどで、近所の人が何人も失明したのはまた別の話である。)


この世の全ての光をその身に纏った男は。


もはや自分にしか聞こえないであろう小さな声で、光に命令する。

光に意思が通じるとは思っていない。


ただ命令すれば、この光がどこまでも自分を連れていってくれるのだと信じて。

男は言った。


飛べと、どこまでも高く、この壁を超えて。


「飛翔。」


地獄にいる悪魔から奪った光が、

天国にいる天使から貰った光が、


今、激しく輝く。


地面が揺れていた。


違う。


全てが揺れていた。

地面も、大気も、はたまた宇宙でさえも。


光は答えた。

信じてくれた男の為に、1人では叶えられない人間の、ちっぽけな目標のために。


空高く飛んだ。男を連れて。

その光は、壁を越えて、雲を越えて、大気圏をも超える。


「今、正体不明の謎の物体が大気圏を抜け、

とてつもない速度であそこに…

7万月給漆黒高校に向かっています!

きれぃ…」


ニュースは報じた。


その日の事件なんてどうでもよくて、

すぐさま速報で伝えるくらい。


文面にない感心の言葉を、思わず呟いてしまうくらい。


いや、どうでも良くはないが、


そんな事を忘れるほどにその光が


綺麗だったから。












「日出!」


はい!呼ばれた生徒が元気よく返事をする。

教師が次に呼ぼうとした生徒の方を見て、


そうしたらその生徒はまだ来ていなかったから、教師は少し不思議そうな表情で、


「富久山は…珍しいね、今日は欠席かな?」


思わず独り言でそう呟いて、

欠と言う文字を書こうとして、


ヒューーーーん。

どこからかそんな音がした。

今まで聞いたどんな音でもない。


そんな音がここで聞こえるはずがないと、

自分の勘違いだと、そう思うことにして、


瞬間、それは勘違いでないと確信する。

近づいて来ているのだ。

学校に、ここに、


この教室に。


それはどこからだと辺りを見回して、

しかしそれらしき物は見つけられない。


それもそうだろう。


だって、


【天井が爆発して、そこに小さな穴が空いた。

人が1人入れるくらいの、小さな穴が。】


その音は、大気圏を通過してきた正体不明の物体から発せられていた音で。


【幸いここは4階で、学校の1番上の階。

見覚えのある生徒がそこから降りてくる。

生徒全員が驚き、叫ぶ。】


それは他のどこからでもなく、真上から、

空の上から来たのだから。


降りてきた生徒の周りにもう光は無くて、


だけども、光って見えるくらいの眩しい笑顔で、教師に言葉を投げかける。


「ギリギリセーフだね、先生!」


時刻は8時40分。


ギリギリ遅刻だ。

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