第9話 代償
「いつまでそうしているんだ? ハイン」
街外れの共同墓地。そこで雨の中、一人の男が茫然と立ち尽くしている。
「せめて傘を差せ。ほら、持ってきたぞ」
ハインは一人の墓石から視線を動かさなかった。顔には無数の水滴が筋を作っている。雨粒では無いものも含めて。
「ガリアは我々を黙認した。ルーシは内戦中。ブリタニアは我々への援助を約束している。後は二重帝国を殴り飛ばすだけだ」
エルミッヒは現状を説明する。勝利の女神は彼らに微笑んでいる事を伝え、ハインを立ち直らせようとしていた。短くない沈黙の後、ハインの口が開く。
「その代償が… これか」
ハインは呆れたように聞き返す。彼にとって独立戦争など、既にどうでも良くなっていた。
「上には貴様の協力で敵の破壊工作員を排除した、と報告しておいた」
「敵じゃない!」
これまで動かなかったハインの視線が彼の友人に向く。その目には怒りが含まれていた。
「いや、敵だ。ルーシのな。いいか、本来なら軍法会議ものだったんだ。彼女には感謝しておけ。自分の命で貴様の無実を主張したんだ」
「このっ」
ハインは友人の胸ぐらを掴み上げる。
「リーシャへの愛情は本物だ! 任務だとみなされ見逃される位なら、内通を疑われて銃殺にされた方がマシだ…」
次第にハインの腕の力が弱まり、そして離れた。彼の友人に一切の非は無かったのだ。
感謝こそすれど、恨むべき相手では無い。
「なぁハイン。彼女は最後なんと言った? 貴様がこうして悲しみに暮れている姿を見たいと言ったのか?」
「…いや」
「なら、彼女が望んだ事をしろ」
エルミッヒには確信があった。ハインと別れる時間が欲しいと聞いた時、彼女の愛情もまた偽物では無く、一人の女性としての本心であったのだと。
「分かってるよ、エルム。十分後に行く。少しだけ時間をくれ」
「ああ。傘は… いや、もう必要無いな」
ハインの友人はその場を後にする。
そして時代に翻弄された二人に、ほんの一時の平穏が訪れたのだった。
花のように keithia @Keithia
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