隣の席のギャルがうざいので、語尾に❤がつく呪いをかけてやった

青水

隣の席のギャルがうざいので、語尾に❤がつく呪いをかけてやった

❤が環境依存文字なので、スマートフォンで読むことをお勧めいたします。

――――――――――

 隣の席のギャルがうざい。


 ギャルの定義について俺はその正確なところをよく知らないが、隣の席の枢木はギャルという種族に違いない。

 パンツが見えそうでぎりぎり見えない長さのスカート、金髪と茶髪の中間くらいの明らかに染めている髪(その髪はワカメみたいに緩くウェーブしている)、靴下は白くてくしゃくしゃしているやつ(ルーズソックスというらしい)、爪にはマニキュアだかなんだか塗っていてキラキラしている……などなど。

 とにかく派手で校則違反満載な格好をしているギャルの枢木であるが、なぜか奴は授業中に俺にちょっかいをかけてくる(ちなみに、俺たちの席は一番後ろである)。


「黒崎ってさ、彼女できたことあるぅ?」


 ため息をついて無視すると、枢木が俺の肩をシャーペンでつんつん突いてくる。


「おい、無視すんなって」

「うるさいぞ。今は授業中だ」俺は声を潜めて注意した。

「真面目かよー」枢木はへらへら言った。「いいじゃん、お喋りくらいさー。で、どうなの? 彼女できたことあんの?」

「ない」

「ぷくくっ……」


 俺が即答すると、枢木は口に手を当ててこれ見よがしに笑った。いかにもわざとらしく人を小馬鹿にした笑い方だった。


「高校生にもなって彼女の一人もできたことないとか。ちょーうける」

「そういうお前はどうなんだよ? 彼氏できたことあるのか?」

「あ。あたしに彼氏ができたことがあるか、気になる? 気になっちゃう?」


 枢木はめちゃくちゃにやにやしている。


「別に」

「拗ねんなって。ちゃーんと教えてあげるって」枢木は言った。「あたしは童貞の黒崎と違って、たくさん彼氏できたことあるし」

「いや、誰が童貞だ」

「え? だって、童貞っしょ? 彼女できたことないんだしさ」

「俺は童貞じゃない」

「嘘つけ。強がるなって」

「いや、事実だし。セフレタイリョウヤリマクリダシ」


 もちろん、嘘だ。

 真面目に授業を受けようとしているのに話しかけてきて、あまつさえ人のことを童貞だのと馬鹿にしてきた枢木に腹が立っていたので、そんなくだらない嘘をついてやったのだ。


 枢木は大きな目をパチパチさせた後、教室中に響き渡るくらいの大声で、


「えええええっ!? 黒崎って童貞じゃないのっ!?」


 と、叫んだ。


 その日、俺はとてつもない大恥をかいた。


 ◇


 俺の非童貞疑惑は何とか払拭された。よかった――と胸を撫で下ろすことはできない。非童貞疑惑が払拭されたということは、それはつまり、俺が童貞であるとクラス中に知れ渡ったということだからだ。


 屈辱の極みである。

 俺はすべての元凶であり、事あるごとにちょっかいをかけてくる枢木に、ちょっとした復讐(?)をしてやることにした。


 さて、突然だが、俺には魔女の知り合いがいる。

 どうして平凡な童貞高校生に魔女の知り合いがいるんだとか、魔女なんて存在が実在するのかよとか、この物語の世界はファンタジー世界なのかとか、そういう野暮なことは考えてはいけない。

 とにかく、俺には魔女の知り合いがいるのだ。


 その魔女に今回の一件について話したところ、魔女からある『呪い』を授けてもらった。呪いと表現したが、大したものではない。呪いをかけるのに失敗したら俺が死ぬとかそんな物騒なものではないので、どうか安心してほしい。


 俺は枢木に呪いをかけるべく、奴を校舎屋上へと呼び出した。屋上には都合よく誰もいなかったし、やはり都合よくドアの鍵も開いていた。


「は、話ってなんだよ……?」


 どうやら、枢木は緊張しているようだ。無理もない。俺が憤怒していることは、奴も重々承知しているだろうから、鉄拳制裁されるッ!――とでも思っているのだろう。しかし、俺もそこまで非道で暴力的な男ではない。

 なあに、ちょっとした呪いをかけてやるだけさ。


「よくも俺に恥をかかせてくれたな」

「……ん?」


 何のことやらさっぱりわけがわからない、的な顔をする枢木。

 いじめた側はいじめたことをすぐに忘れ、いじめられた側はいじめられたことをずっと覚えてて根に持っている的なやつか。


「何のこと?」

「あの童貞事件の話だ!」

「あー、あれね。童貞のくせして見栄はるなよー」


 けらけらと枢木は無邪気な悪意を見せて笑った。


「俺は激怒したッ! これはそのささやかな復讐だッ! 枢木、お前に正義の鉄槌を下してやるッ!」

「は? 突然、何だよ――」

「〇×◇△〇×◇△〇×◇△~~~ッ!」


 俺は呪文を唱えた。

 そして、最後に人差し指を枢木に向けた。人差し指の先からビームが出て、奴の心臓の辺りに的中した。


「なっ!?❤ 黒崎、てめえ一体あたしに何をした――はっ❤」

「くくく……どうやら気づいたようだな」

「な……なんなんだよ、このハートは?❤」

「語尾がハートマークになる呪いをかけさせてもらった」

「ふ、ふざけんなっ❤❤❤」

「なあに、この呪いは一生続くものじゃない。一週間くらいで解けるはずだ」

「は?❤ 一週間も?❤」

「俺が味わった屈辱と同等のものを――いや、それ以上のものを味わうといい」

「くぅっ❤」


 枢木は屈辱の極致といった顔をした。

 ギャルの枢木はかわいらしい顔立ちをしている。かわいい女子生徒が語尾に❤をつけて喋っている――それはなんだか、エロ漫画かエロ小説を彷彿とさせた。❤をつけて屈辱の顔や悶える顔をするのはとてもエロい。


「てめえっ❤」


 枢木が掴みかかってきた。


「戻せ❤ 今すぐもとに戻せ❤」

「やだね」


 するりと枢木から逃れると、俺は走って教室へと戻るのだった。


 ◇


「枢木、この問題の答えは?」

「E❤❤❤」


 アルファベットを口にしているだけなのに、なぜかエロく感じてしまう。思春期だからだろうか? 枢木の胸元を一瞥してしまったのは、ここだけの秘密だ。


 枢木の語尾に❤がついていることに、クラスメイトはすぐに気づいた。思春期真っ盛りの男子(俺も含めて)は、なんとも言えぬ気まずさと恥ずかしさを覚えた。

 語尾に❤がついていると、発言がいちいちエロく感じられる。『バカ! アホ! 死ね!』という罵倒ですら『バカ❤ アホ❤ 死ね❤』となると、劣情をもよおしてくるのである。クラスの男子の、授業中にトイレに行く比率が増加したことをここに記しておこう。


 枢木はしおらしくなるどころか、前にも増して俺にちょっかい(?)をかけてくるようになった。真面目に授業を受けようとしている俺に、やたらと話しかけてくる。


「バーカ❤ バーカ❤ 童貞❤ 童貞❤」「あたしさ、簿記取ろうかな❤ 簿記❤」「あ❤ ヘア……ゴム持ってくるの忘れたわー❤」「明日、しゃぶしゃぶ食べに行こうかなぁ❤」「松茸食べたいなぁ❤」「スフレってどうやって作るんだろ❤」「チンアナゴってかわいいよね❤」


 特別、卑猥なことを言っているわけじゃないというのに、❤がついているせいで脳が錯覚を起こしてしまう。俺の脳はいかれているのか……?


「黒崎❤ 朝、抜いてきた?❤」

「は? な、なな、何言ってんだよ!?」

「朝食、食べてきたか抜いてきたかって話なんだけど❤ あれぇ?❤ 何と勘違いしたの?❤ この変態!❤」

「く、くそっ」


 一週間も、俺(とクラスの男子)は耐えることができるのか? 否、耐えられない。俺は敗北宣言をすることに決めた。

 俺の、負けだ。


 ◇


 というわけで、俺は枢木を屋上に呼び出した。


「なんだよ、話って……❤」

「俺の負けだ」


 げっそりとした顔で俺は敗北宣言した。


「今、呪いを解いてやる。〇×◇△〇×◇△〇×◇△~~~ッ!」


 俺は呪文を唱えた。

 そして、人差し指を枢木に向けた。人差し指の先からビームが出て、奴の心臓の辺りに的中――しなかった。

 なんと、枢木はビームを避けたのだ。


「な、なにっ!?」


 予想外の行動に、俺は動揺を隠せなかった。


「ど、どうしてだっ!?」

「あはっ❤ だって、黒崎をからかうの面白いんだもん❤ 一週間、フルで遊んでやる❤」

「や、やめろっ! 俺の負けだ。もう、これ以上は俺たちの――いや、俺の精神が耐えられない……」

「んー❤❤ どうしよっかなー……❤」

「わかった。おまえの言うことをなんでも一つだけ聞いてやるッ! だから――」

「なんでも?❤」

「うっ……いや、まあ、俺にできることなら、だが……」

「それじゃあ……❤」


 枢木はにっこりと笑って、


「黒崎、あたしの彼氏になってよ❤」


 …。

 ……。

 ………。

 …………。


「…………は?」

「だ・か・ら❤ あたしの彼氏になってよ、って言ってんの❤」

「本気か?」

「本気❤」

「正気か?」

「正気❤」


 どういうことだ……? 俺は混乱した。

 俺をからかっているわけではないのだとしたら、彼氏になってほしい理由なんて一つしかないではないか。

 それは――。


「も、もしかして……枢木って俺のこと好きなのか?」

「あはっ❤ ようやく気付いた❤ マジ鈍感❤」


 枢木の話によると――。

 彼女が俺にちょっかいをかけてきたのは、どうやら俺のことが好きだったかららしい。好きな子にちょっかいをかけたくなるのは当たり前のことだとか。……そうなのか?


 そして、『えええええっ!? 黒崎って童貞じゃないのっ!?』と思わず叫んでしまったのは、想い人である俺が童貞じゃないことにとてつもないショックを受けたかららしい。その後、『童貞のくせして見栄はるなよー』などと馬鹿にしてきた枢木だったが、実は彼女の『彼氏できたことある』発言も嘘で、見栄をはったのだった。


「なんだよ、それ……」

「あはっ❤ ごめんごめーん❤」


 というわけで、『あたしの彼氏になってよ』という願いを聞き入れた俺は、もう一度呪文を唱えて『語尾に❤がつく呪い』を解除したのだった。


「よし、これで元の落ち着いた生活に戻れるぞ」


 だがしかし――。


「もう元の生活には戻れないしぃ❤」

「なっ……!?」


 呪いが解けてない!?

 呪文を間違えただろうか? 否、間違えてなどいない。

 だとしたら、だとしたら一体……?


「語尾にぃ❤ ハートマークをつける喋り方できるようになったんだよん❤」

「なん……だと……っ!?」


 ❤を発しているうちに、どうすれば❤を生み出せるかを理解してしまったということか……。鬼に金棒。ギャルにハートマーク。


「これからぁ❤ 毎日、たっくさんかわいがってあげるからね❤」


 耳元で甘くささやかれた瞬間、俺は絶望から崩れ落ちるのだった。


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隣の席のギャルがうざいので、語尾に❤がつく呪いをかけてやった 青水 @Aomizu

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