第3話 事の真相

「あー、なんか、緊張してくるな……」


 家を出たすぐのところで、ぼやく俺。

 理由は簡単。一緒に登校するためにここで待っているのだ。

 柚葉ゆずはの家は細い道路を挟んで向かいの数軒先。

 俺の家で通学路が合流するので、柚葉が出てくるのを待てば一緒に登校出来る。


 恋人になる前に、柚葉が出てくるタイミングで偶然を装って、

 一緒に登校した事がちょくちょくある。柚葉は天然なので、たまたま登校タイミングが重なることもあるものかと気にした様子がなかったけど。


 待つこと十分程。セーラー服姿の柚葉が自宅を出てくるのが見えた。


「おーい」


 すぐ近くだけど、手を振って知らせる。

 途端に、とたたっと走って俺のところに駆け寄ってくる。


「えと。ひょっとして、待ってたりしました?」

「あ、ああ。一緒に登校出来れば、と思って」

「そ、それはありがとうございます」


 恋人になって初めての一緒の登校。

 しかし、手を握ったりしていいんだろうか。


 そろりそろりと手を近づけてみると、何やら柚葉も手を所在なさげに動かしていて、要するに柚葉も意識しているのが丸わかりだった。


 柚葉の方がよっぽど意識しているとわかると気が楽になるもので、きゅっと手を握ってみる。


「手、温かいですね」

「柚葉は意外と手、冷たいな」

「こんなに体温に差があるんですね」

「だな」


 なんだかどうでもいいことをしゃべっているけど、それが幸せだ。


「ところで、実は今日、お弁当を作ってきたんですが……食べて、もらえますか?」

「あ、ああ。それは嬉しい。むしろ、食べさせてくれ」


 母さんから実はお弁当を渡されているけど、それは放課後にでも食べればいい。

 彼女の手作りお弁当。一度は俺も夢見たことのあるシチュエーション。

 それが、早くも叶おうとは。


「なんか、すっごい先輩ニヤけてますよ」

「それは柚葉の方もだろ」


 そんな彼女が可愛らしく思えて、髪をなんとなく撫でてみる。


「ちょっと、懐かしいですね」

「ああ。そういえば、ちょっと昔を思い出してな」


 いつからかやらなくなっていたけど、昔の柚葉は甘えん坊でこうされるのが好きな子だった。


「私も、少し昔のこと思い出してました」


 やっぱりか。


「なんか、うまくやってけそうだな、俺たち」


 結局、恋人になっても俺たちは俺たち。

 変になにかに縛られる必要はないんだと。


「そうですね。やっぱり、先輩は先輩ですし」


 すっかり調子の戻った俺たちは、いつものノリを取り戻して仲良く二人で登校したのだった。


 授業中のこと。午前中の授業は大体わかっているので、適当に聞き流しつつ、柚葉のことを少し考える。いつから彼女の事を意識してたんだろうと。


「そういえば、いつの間に、柚葉はしっかり者になったんだっけか」


 今でもしっかり者になる前の部分は残っていて、男子の視線に気づかない辺りが主にそれなのだが。

 それはそれとして、お年玉は全額貯金。お手伝いという名のバイト代も全額貯金と、とにかく金をあまり使わない。最低限、身だしなみとかのために必要な服とかその他は使っていると言っていたけど、そもそも、一番仲がいい葛葉ちゃんと一緒に遊ぶときも、できるだけお金のかからないコースを考えるらしい。


 料理については店を継ぐことを考えてというのはあるにしても、昔から家事を一手に引き受けるタイプじゃなかったはず。と考えていて、ふと、脳裏に浮かんだ記憶があった。


「しっかりして、色々出来るようになったら。一緒にお店やってくれますか?」

「じゃあ、その時は一緒に店をやろう。約束な?」

「はい。約束です」


 そんな、他愛もない子ども同士の約束。まさかな。

 後生大事にそんな事を抱えているとか物語じゃあるまいし。

 でも、柚葉の事だから、案外そういうこともありえるのかもしれない。


(ま、お昼の時にでも聞いてみるか)


「そんなわけないですよー。もう」


 とかそんな返事で終わりそうな気がする。


 なんて事を考えている内にお昼休み。


 あ、そういえば、俺が行くか柚葉が来るか決めてなかった。

 と思っていると、こそっと教室を覗き見る可愛い顔……柚葉。


 途端、教室がざわめき出す。


「あの後輩、誰かの彼女?」

「誰か知ってるか?」

「1-Aの清水しみずだったかな。癒やし系らしい」


 癒やし系って誰情報だよ。確かにあってるけどさ。


【屋上で食べよう】

 

 さすがに衆人環視の中でお昼を一緒する勇気はまだない。

 だから、先んじてラインを送る。同時に、アイコンタクトを送る。


【了解です。先行ってますね】


 事情を言わなくても、言いたいことがなんとなくわかるのが不思議だ。

 

「すいません。どこで食べるとか決めておくと良かったですね」


 屋上にレジャーシートを敷いて準備万端という感じだ。

 お弁当箱もしっかりしているし、気合が入っていそう。


「そこは俺も抜けてたからな。お互い様ってことで」


 胡座をかいて座ると、はいと楕円形のお弁当箱が渡される。


「ちょっと、油ものが多いかもしれませんが」

「全然大丈夫。むしろ、俺のことよく考えてくれたんだなって思うよ」


 おかずのお弁当箱と別に白米がどっさりと詰まった別のお弁当箱まで準備。

 俺が大食らいなのを知っての心遣いは、彼女の特別になれた気がして嬉しい。


「じゃあ、頂きます」

「はい。召し上がれ」


 さーて、どんなお弁当が待っているやらと期待に胸を輝かせると-

 まずは、豚肉とキャベツの味噌炒め。ご飯によく合う味の濃いおかずを選んでくれたる辺りも心憎い。

 あとは、ザーサイ。これもご飯のおかずというか。

 ちゃんとバランスを考えて、キュウリとレタス、トマトのサラダも。

 最後に食べると、胃がすっきりしそうだ。

 デザートには杏仁豆腐。得意料理で固めて来たという感じがする。

 まあ、良くも悪くも安心だ。


「うん。美味い。いつもの落ち着く味だ」

「そ、そうですか。良かったです」

「別に自分の料理の腕は信じてるだろ?」

「それでも、お弁当は初めてですし。少しは不安ですよ」

「そういう臆病なところは変わらないよな」


 和気あいあいと雑談をしながら、何気なく言った一言。


「あの、それなんですが」

「ん?」

「私がその、臆病なところは変わらないっていうの」

「ああ、もちろん、悪い意味じゃないって」

「わかってます。そういうのじゃなくて、今の私って、その。結構しっかりしてます、かね?」


 唐突に投げられた言葉に、ドギマギする。

 それはまさに、今朝思い返していたことだったから。


「そりゃまあ。学校の勉強だけじゃなくて、自分の身の回りのことは自分で出来るというか。財布の紐もしっかり締めてるし、親父さんたちにしてみれば安心だろうな」


 本当に聞きたいのはそういうことじゃなかったような気がする。

 ただ、少しごまかし気味にそんなことを言う。


「ひょっとしてさ……あれ、お前が小4くらいだったっけ。店を一緒にやってくだのなんだの約束した時。あれ、別に覚えてない、よな?」


 ここで、

「そんなことありましたっけ?」

とか

「言われてみれば、そんなこともありましたね」

なんて言ってくれれば話は終了だ。


 しかし、そうは問屋が降ろさなかったようで、凄まじく柚葉が狼狽え始めている。

顔を真っ赤にして、うううーと謎のうめき声まであげる始末。


「なあ、ひょっとして。覚えてたりする?」

「そ、それは覚えてます。でも、約束のために、勉強も運動も色々出来るようになろうとか。そういう事は別に考えてませんから。あくまで、きっかけです。きっかけ」

「わかったから。落ち着け」


 落ち着かせるように、ぎゅっと抱きしめて、優しく髪を撫でる。


「あの。落ち着くどころか、もっと恥ずかしくなって来たんですけど」

「わ、悪い」


 恋人になったばかりの距離感は難しい。


「あ、別に嫌だったわけじゃなくて。良ければ、して欲しい、です」

「わ、わかった」


 一度距離を取って、再度同じことをするというのもドギマギする。


「嬉しいですけど、やっぱり恥ずかしいですね」

「ああ。俺たちいちゃついてるなーって思うんだけど」


 少しの間、そうした後。


「ところで、一つ聞きたいことがあったんですけど」

「うん?なんだ?」


 ようやく少し気持ちが落ち着いた頃。


「私って、別に男子に狙われてたとかそんなことないですよね?」

「は?」

葛葉くずはちゃんが、モテてたのは私の方だとか馬鹿なこと言うから」

「ああ。やっぱり気づいてなかったか」

「え」


 なんともはや。

 そう言えば、何故か本人から言い寄られた話を一回も聞いたことがなかった。

 何故なのか疑問に思っていたが、つまり、柚葉は気づいていなかったと。


「柚葉とお近づきになれないかなーってノリで、何人か知り合いがそっちのクラスに覗きに行ったとか。話を全スルーされたとか難攻不落だとか色々聞こえて来てたぞ。まさか、天然だったとは思ってないだろうな」


 ただ、それで全ての疑問は氷解した。

 大方、自分に振られた話を全部葛葉ちゃんにパスしていたんだろう。

 今度、彼女に聞いてみたら、色々彼女の天然エピソードも聞けそうだ。


「つまり。葛葉ちゃんの言ってたことが正しくて、私は鈍感で天然だと」

「まあ、言いにくいけど。そういうことになるな。あ、そういうのも可愛いぞ?」


 そういうどこかピュアなところがある彼女だからこそ人気もあるのだろうし。

 それは、昔から真っ直ぐな彼女の延長線上にある姿だと思うから。


「なんか、今夜、葛葉ちゃんにそれみたことかと言われる気がします……」

「まあ、元気出せ」

「その。先輩が今まで言えなかった、私が鈍感なこと、後で全部教えて下さい」

「いや、別に知らない方がいいこともあるぞ」


 大方、今頃はその部分を治そうと必死に考えているんだろう。


「それでも、鈍感とかピュアとか色々不本意なんです!」

「そこはそのままで居てほしいな。彼氏としては」

「なんでですか!」

「だって、そういうところも柚葉のいいところだろ」

「恥ずかしいのに、嬉しいです」

「勝った」

「ううー。私も、先輩をいっぱい恥ずかしがらせてあげますから」


 妙な対抗意識を燃やし始めた彼女だけど、簡単に本質は変わらないだろう。

 それに、ちょっとずれた所も好きなところだし。


「まあ、諦めた方がいいと思うけどな」


 ちょっとイタズラ心が湧いてきて、頭を撫でてみる。


「どうだ?」

「ううー。嬉しいです。悔しいですけど」

「というわけで、諦めろ」

「ほんっとうに見ててくださいね?先輩をぎゃふんと言わせるくらい恥ずかしがらせてあげますから!」

「じゃあ、気長に待ってるよ」

「また余裕そうな事を言うー」


 秋風が吹く爽やかな10月のお昼どき。

 賑やかに痴話喧嘩という名のじゃれ合いをしている俺たちだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

可愛い後輩女子の居る店に通い詰めていたら「私の事、どう思っているんですか?」と聞かれた件 久野真一 @kuno1234

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ