第7話―エピローグ 望まれた世界―

 コロニー落下阻止から数時間後のことだ。宇宙の片隅でポツリ、脱出用のポッドが浮かんでいる。

「くそ! 私がなぜ追われなければならない! 私はイーマンの国を、いや、この宇宙を統べる新時代の人類を導こうとしたというのに!」

 その中にはガルシア・アンダームーンがいた。彼は銃で撃たれた右腕を庇いながら、額に流れる汗を拭う。

 脱出用の簡素なポッドだ、空調機能などなく、その上狭い。

 今までイーマンのトップとして巨大な宇宙戦艦の操縦席に座っていた時とは雲泥の差だ。

「なぜ私を撃つのか……確かに私は民を先導するためにルマを殺すよう仕組んだ。だが、それのどこが悪い! あいつらは喜んで受け入れていたはずだ、自分たちを苦しめる地球人に復讐ができる、と! なぜ私だけが悪者となるのだ!」

 彼は一人叫んだ。狭いコックピットに自分の声が反響し、彼は冷静さを取り戻す。

「ふぅ……私としたことが取り乱してしまった。そうだ、よく考えてみろ。何もすべてのイーマンが私の敵に回ったわけではない。まだ戦争を諦めていない連中もいるはずだ。機をうかがい、私が彼らの頂点に立つ。そうだ、そのシナリオで行こう!」

 彼は嬉々として、自らの新たな人生設計を妄想する。自分の人生はまだ明るい、彼には不思議とそんな自信があった。

 それは彼がイーマンとして生まれた時から備わっていたものだ。

 自分は周りと違い優秀だ、秀でている、強いのだ。彼は常にそう思い、生きてきた。

 そして優秀だからこそ、自分の道は自分で作れる、予想通りになる、と考えていたのだ。

「ははは! ならばこうしてはいられんな! まずはこの狭いゴミくずのようなポッドから脱出し、どこかへ逃げ延びねば。そうだな、どこへ行こうか……」

 と、そんな彼の前にクラッシュ&スラッシュが現れた。カリギュラⅤとの戦いで半壊していたが、何とか動かせるまでに機体のエネルギーは回復したよう。

 ガルシアはこの出会いを自分が呼び寄せた奇跡だ、と感じた。何せクラッシュ&スラッシュの操縦者、ミカエルは従順な自分の部下だ。

 それに力への渇望もある。そんな彼が戦争をやめた世界を望んでいるはずがない。

「ミカエル! おい、ミカエル! 私だ、ガルシアだ!」

 ガルシアは通信機越しにミカエルに声をかける。

『あぁ……ガルシア、か……』

 返事をしたミカエルの声は息も絶え絶えで、今にも途切れてしまいそうなほどか弱い。いつもの強気な声音もどこへやらだ。

 だがガルシアにはそんなことは関係なかった。ミカエルには肉体改造の適性がある、いざとなればその体をいじくりまわし、延命させてやろうとさえ思っていたからだ。

「ミカエル! お前も生きていたか」

『はは、生きてはいるが……コックピットを潰されて……全部は潰されませんでしたが……足が押し潰されて、血が止まらないんだ……』

「そうかそうか。だが安心しろ。私が治してやる。お前を強くしたように、最高の技術でな」

『ありがとう、ございます……ガルシア……でも、俺はもうダメみたいだな……でも、最後にガルシアに会えて、よかったと思うよ』

 ミカエルは壊れかけの機体で、ガルシアの乗るポッドを抱きしめた。

 死ぬ間際まで自分に忠誠を誓う者がいるとは、ガルシアの胸は熱くなる。

『ガルシア、あんたは、こんな俺を拾ってくれた……両親が死に、その復讐だけが生きがいの俺に、力をくれた……モルモット扱いだってのはわかってたけれど、それでも嬉しかった……大事な人にも出会えたからな……』

 ミカエルはさらに強く、ポッドを抱きしめる。ポッドがミシリ、と音を立てて歪み、ガルシアの背は一瞬にして凍り付いた。

『もちろんそれは、あんたじゃない……ジュラだ……俺は、あいつが幸せになってくれるなら、何だってしてやりたいって思った……あいつの願いはさ、戦争の原因となってる、わがままな連中を消してやりたいってことさ……俺と、あんたのことだよ』

 さらにポッドが歪み、びぎびぎと嫌な音を立て始める。ガルシアの顔に、初めて焦りが見えた。

 ひたすらポッドの操縦桿を握り、エンジンを吹かすがクラッシュ&スラッシュの最後の抱擁からは逃れられない。

「お、おい、ミカエル! お前を拾ってやったのは誰だと思っている!? その恩を感じているならば離れろ! これは命令だ!」

『もう誰もあんたの命令なんて聞かない……あんたはただ、戦争がしたいだけの狂人だ。それも、自分では手を下そうとせず、弱い者だけを嬲る、最低の人間、いや、人間でもないな。サル以下だ。あんたは進化した人類じゃない、退化して動物以下になったヘドロ野郎だ。そして俺も、そんなあんたに改造された最低野郎だ……さぁ、一緒に地獄へ行こう。みんなが、待ってる』

「やめろぉぉぉぉぉ!!!」

 ガルシアの叫びはもう、ミカエルの耳には入らない。ミカエルが見ているものは、自分が殺した兵士と、死んでいった仲間たちの幻影だ。

 彼らが皆、手をこまねいて自分を呼んでいる。

「あぁ、最後に見るのがあんたらの顔だなんてな……ジュラの顔が、よかったぜ」

 彼は最後にそう呟き、機体の自爆スイッチを押した。

 その瞬間、宇宙に閃光が走る。

 だがそれも一瞬だ。地球やコロニーの人々がそれを観測できたのかどうかはわからない。

 ここで散った二人のことも、知る由もない。

 こうしてガルシア・アンダームーンはひっそりと消え去るが、その名前は消えない。彼の汚名だけが歴史に深く深く刻まれ続けた。


 そうしてそこから3か月の時が流れ、2101年、4月。

 21世紀最後の冬が終わり、春が訪れた。

 ここは地球、日本の都内某所、その公園に彼女はいた。戦争終結の功労者、戸崎靂だ。

 彼女は桜咲き誇る並木道を、姉の霹とともに歩いている。

「はぁ、地球に帰ってこれるなんて久々。う~ん、地球の空気って新鮮でおいしいなぁ。今考えるとコロニーの空気って変な味しなかった? 人工の匂いっていうのかな……お姉ちゃんはわかる?」

「私はあんまり気にしたことなかったけど……でも、地球の匂いっていいよね。土も水も風も、この桜も匂いがある。それにお日様だって匂いがする。この匂い嗅いでると、なんだか平和だなぁって思わない?」

 彼女たちピース・ルーラーの乗組員たちは戦争終結後も、各地のごたごたを収めるために奔走していた。

 羽場は地球人とイーマン、同様の権利を主張できるよう政治家と話し合っている。

 ササメは家の財力を使い、戦争で傷ついた人やコロニーのケアを行っている。

 他のメンバーも戦争支持者の暴動を止めたり、傷ついたコロニーを修復したり、その仕事は様々だ。

 彼女たち二人もようやく自分の仕事が一段落し、休暇が与えられ故郷の地球に降りることができた、というわけだ。

「平和っていいことだよ。戦いなんて、ないほうがいい」

 靂は自分に言い聞かせるように呟いた。

「そうだよねぇ。平和なほうがいいよねぇ。でも、靂ちゃんの周りはまだ戦争してるでしょ?」

「うっ……それは……」

「靂ー! 待ってよ! ボクを置いてお花見なんてずるいよ!」

「そうよ! ナクアを置いていくのは別にいいけど、あたしを置いていかないでよね!」

 靂の背後で騒がしい二人の声が聞こえた。ナクアとジュラだ。

「はい、捕まえた! 靂は今日ずっとあたしのものぉ!」

 そう言ってぎゅっと靂を抱きしめたのはジュラだ。彼女は戦争が終わってからはピース・ルーラーとして靂たちと行動を共にしている。

 もちろんそれは、靂目当てだ。

 以前のようなとげとげしい態度とは一変、今はこうして靂にべたべたとくっついている始末。

「あぁ、ずるいよ! 抱き着いたら勝ちなんてボク、聞いてなかったよ!?」

 そう言うのはナクア。

 彼女は長い前髪を切り、キレイな瞳と角を見せるようになった。はじめ少し恥ずかしがっていたが、今はもう慣れてしまったよう。

 彼女の変化はそれだけではない。ジュラというライバルが現れ、さらに積極的に靂にアタックをかけるようになったのだ。

「あの……私は誰のものでもないんだけど……それにたまには姉妹水入らずの時間を過ごさせてよ……」

「それは靂ちゃんがちゃんと答えを出さないからいけないんでしょう?」

 靂はまだ二人に答えを出せてはいなかった。

 戦争のごたごた解決に忙しかったということもあるが、今の関係のままのほうが心地が良かったからだ。

 どちらかを選ぶなど、まだ靂には荷が重い。

 だから彼女は話を逸らす。

「あ、そうだ。お姉ちゃんさ、どうしてアーサーを私にくれたの? それがずっと気になっててさ。お姉ちゃんが乗ればよかったんじゃないの? 私より強かったんだし」

「それボクも気になってた。聞かせてください、お姉さん」

「靂のことを知れるいい機会ね、聞かせなさい」

 霹はうぅん、と唸り、やがて答えた。

「靂ちゃんがガンダムオタクで、それになんにでも影響されやすいから、かなぁ?」

「な、何それ……」

「だって靂ちゃん、ガンダム見てさ、平和が一番! みんな分かり合うべき! ってずっと言ってたでしょう? それにガンダムの主人公みたいに自分の力で平和を勝ち取ってみたいって。それが将来の夢だって言ってたでしょう? アムロになりたい、カミーユになりたい、って。あーでもお姉ちゃん、ヒイロ・ユイになりたいとか、刹那・F・セイエイになりたいって言ったときは焦ったなぁ。だってずっと、お前を殺す、とか、私がガンダムだ、とかしか言わなくなっちゃったし」

「そ、そんなこと言ってた時期もあったけど……それって子供の時でしょう!?」

 靂は真っ赤になって反論する。霹はそれに笑って返した。

「だから平和にしたいって、そんな強い思いがあればアーサーは答えてくれるだろうなって」

「へぇ……靂ってば小さいころからオタクだったんだぁ」

「ま、ボクも小さいころからガンダム好きだったし、そういうところじゃ気が合うかな。どこかの非オタの誰かさんと違って」

「あたしだって最近ガンダム見てるし! それに靂と一緒に!」

「嘘! ずるいずるい! ねぇ、靂! ボクとも一緒にガンダム見よう! ファーストガンダムから一気にね!」

「お、お姉ちゃん助けてよぉ……」

「この調子じゃまだまだ戦争は終わらないわね……」

 桜舞う青空に、彼女たちの笑い声が響き渡った。

 世界のどこかでも、今、笑い声が響いている。

 これが皆が望んだ世界、平和な世界。

 平和を望む人の心が続く限り、この世界は続いていく。


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スペース戦記 ~宇宙空間の霹靂~ 木根間鉄男 @light4365

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