第6話―アーサー覚醒―
宇宙戦艦ガブリエル内、その指令室にジュラはいた。
彼女の目の前にはイーマンの総司令官、ガルシアが。
「キミが発見したイーマン収容所での一件、残念な結果に終わったとはいえ、我々を脅かす存在が一つ消えた、それで良しとしようじゃないか」
「はい、ありがとうございます……」
「だがキミは自分の任務に失敗した。そうだろう?」
「はい……それは、申し訳ありません……」
ジュラはうつむき、答える。彼女の任務はアーサーの奪還だ。
それが達成できなかった以上、革命軍の秘密を暴いたところで意味はない。
「そんなキミに朗報だ。キミが捕まっている間に、アーク・サーヴァントの設計図の一部が復元された。万全とはいかないが、これでアーク・サーヴァントに対抗する力を持てるということだ。その技術はキミのカリギュラに埋め込んでおいた。カリギュラV、そう名乗るがいい」
「カリギュラV……わかりました。ありがとうございます。それで、いつ出撃なのですか」
「早く戦いたいか?」
「はい……アーク・サーヴァントには負けっぱなしです。それに、地球軍でもないやつに助けられたとあってはプライドがもちません。この雪辱を晴らしたいんです」
「わかった。すでにアドルフは出撃済み、ミカエルももう出撃すると言っていた。それに続け」
「はい!」
ジュラは敬礼をし、急いでその場を後にする。
雪辱を晴らす新たな機体を早く見たい、彼女の足は自然と早まっていた。
「よぉ、ジュラじゃないか。そんなに急いでどうしたんだ?」
と、そんな彼女の前にミカエルが現れた。
「隊長、あたしの新しい機体が完成したので、早く出撃したいんです」
「ほぅ、新しい機体か。そういやお前の機体は大気圏突入でダメになったんだったな。で、ケガとかは大丈夫なのか? 捕まった時にひどいこと、されてないか?」
「えぇ、大丈夫です。銃弾も貫通していたので大事には至りませんでした。操縦には問題ありません。それに、隊長が助けに来てくれたおかげもあります」
「そうか、ならよかった」
ミカエルはほっと息を吐き、笑う。その横顔はどこか嬉しそうだ。
「あの、隊長。少し聞きたいことがあるんですけど」
「ん? なんだ?」
ジュラは足を止め、ミカエルに向かい合い尋ねた。
「隊長はどうしてあたしをそんなに気にかけてくれるんですか?」
「え? えっと、それはだな……」
突然ミカエルがたじろぐ。何を言おうか、ポリポリとアフロ頭を掻きながら迷っている風だ
「隊長だからに決まってるだろう? そう、部下をしっかりと見ておくのも、俺の仕事だからな」
「本当にそれだけですか?」
見透かすようなジュラの瞳がミカエルを刺した。彼はそれから逃れるように目を背ける。
「それだけなら、あたしはそれでいいです。あたしの思い違いだったみたいですね」
ジュラはミカエルに背を向け、歩き出す。
「ま、待ってくれ!」
だが、そんな彼女をミカエルは引き留めた。ジュラが首だけを回し、ミカエルを見る。
「お、俺は……」
彼は言いにくそうにもじもじとしていたが、やがて覚悟を決めた風に口を開いた。
「俺はお前が好きだ。大好きなお前に死んでほしくないから、いろいろと面倒を見てたんだ。お前が地球人を嫌いなのは知っている。でも、俺はお前を好きでたまらないんだ。付き合ってほしい」
「……」
ミカエルの心臓はこれ以上ないほどに高鳴っていた。数々の戦いで死の危険と隣り合わせになった時も鼓動が高鳴った。
だが、今はその時の比ではない。このままでは心臓が破裂する、そんな感じだ。
早く答えをくれ、ミカエルは心の中で必死に願う。彼女の口が動くまでの時間が悠久の時のように思えてならない。
「あたしは」
やがて、ジュラが口を開いた。ミカエルはその先の言葉を一字一句聞き逃すまい、と耳に全神経を集中させた。
「あたしは、それには応えられない。その……あたしからこんな話振っておいて悪いんですけど、隊長にそういう感情は抱いてないんです」
「地球人だからか?」
「いえ、地球人は憎いですけど、隊長は違います。なんていうのかな……隊長はあたしのお父さん、みたいな感じで。あたしはお父さんに捨てられてお兄ちゃんに育てられたからお父さんが実際どういうものかわかんないけれど……でももしお父さんがいたら隊長みたいな優しくて頼りになる人なのかなって」
ジュラは寂しげに視線を下げた。いなくなってしまった家族のことを思ってもそうだが、自分を好いてくれたミカエルに辛い事実を突きつけるのも、彼女の心に堪えた。
ミカエルは少し視線を下げたが、すぐまたジュラのほうを向き、いつものように豪快に笑った。
「あはは! そうか! わかった、ありがとうな、お前の気持ちが知れてよかったよ。あぁ、振られちまったなぁ! またいい子探すかなぁ」
だがそれは空元気だ。ジュラにもそれはお見通し。
しかし彼女は何も言わない。何か言えば、またミカエルを傷つけてしまいそうだったから。
「っと、振られた腹いせに地球の連中ぼこぼこにするか! 行くぞ、ジュラ!」
「はい、わかりました、隊長」
ジュラはミカエルについて機体の待つ整備室へ向かう。
彼女は歩きながら、声に出さずにミカエルに謝った。彼女は一つ、ミカエルに言っていないことがあったからだ。
(ごめんなさい、隊長……あたしの中に今、あいつが入り込んでるの……靂……なんであいつのことが頭をちらつくのよ)
ジュラの頭には、靂のことが思い出されていた。
イーマンだろうと助けたいと奮闘した靂、彼女に触れられた頬がまだ熱く感じる。
(あいつは敵よ……敵なの……なのに、どうして?)
彼女はそれを振り払うようにかぶりを振った。
(敵のことを考えても仕方ないわ。それに、あいつを殺せばこのもやもやも無くなるんだから!)
一方の靂はというと、彼女もまた言い知れぬモヤモヤを抱えていた。
「ナクア、どうしてなの……?」
ナクアに突然キスされてから三日、彼女とは顔を合わせるたびに逃げられてしまっている。そのためキスの真相が聞けないのだ。
いや、靂自身その真相を聞くのを怖がっている節がある。
もし彼女の本当の心を知ってしまえば、今までみたいな相棒の関係でいられなくなってしまうかもしれない。
それが彼女を躊躇わせている。
「レッキー、どうしたんすか~? 最近訓練に身が入ってないっすよぉ」
普段通りらむねと訓練をしていたが、靂はあまり集中できないでいた。
「らむね先輩……ごめんなさい……その……ちょっと考え事してて。いえ、でも頑張りますから」
「あーしに相談してみぃ? 欲しい答えはあげられないかもだけど、ちょっとすっきりするかもだしぃ」
靂は考える。らむねはリンと付き合っている。女の子同士で好きになる、という感覚を知っているかもしれない。
霹も女の子同士で付き合ってはいるが、こっそりと覗き見したうえに、姉にそういうことを尋ねるのも躊躇われた。
それゆえ靂は吐露した。今まで抱えていた自分の思いを。
「その……この前ナクアにキスされちゃって……その理由が全然わからなくて……でも友達同士で気軽にキスするなんて違うなって思うし……もしかしたらナクアは私のことが本当に好きなのかもって……」
ナクアの話をしていると彼女の唇の感触が蘇る。それにどうしようもない不安から涙がこぼれてしまった。
「よしよし、今まで悩んでたんっすねぇ。誰にも相談できないでつらかったんすよねぇ」
「うん……私、ナクアとはずっと仲良しでいたいのに……もしかしたら私がナクアを傷付けちゃうかもって怖いの……」
らむねが優しく靂の頬に触れる。彼女の親指が靂の頬に伝った涙を拭いとった。
「こういうのは難しい問題っすからねぇ。あーしがどうこう言えることじゃないしぃ……けど、一つ言えることはナクちゃんは勇気を出して一歩踏み出したんっすよぉ。レッキーに嫌われるかもしれない、自分たちの関係が壊れちゃうかもしれない、そう考えてるのは何もレッキーだけじゃないはずっすよぉ。一歩踏み出したナクちゃんのほうが強く思ってるはずだしぃ。レッキーも勇気出して一歩踏み出したほうがいいっすよぉ、後悔する前に」
「私も、一歩踏み出す……でも、やっぱり怖いですよ……ナクアは私の最高の相棒なのに……」
「何も今から答えを出す必要なんてないんっすよぉ。レッキーにはレッキーのペースがあるじゃん。それはナクちゃんもわかってくれると思うしぃ。要は好き、嫌いの答えだけじゃないってことっすよぉ。ただ、何かは答えてあげないといけないっすけどねぇ」
「何か、答えを出す……」
「それは何でもいいじゃん。今は考えられない、とか、まずは友達から、とか、そういうのでもいいと思うっすよぉ。一番ダメなのは答えないことなんっすからぁ。だってあーしたちパイロットは、いつ死んじゃうかわかんないんすからねぇ」
その言葉で靂の心は少し軽くなった。
今までナクアに好きか嫌いかを伝えなければいけないと思っていた。だが、それ以外にも選択肢があるということを知りホッとした。
それにナクアも悩んでいる。いや、彼女のほうが自分より苦しんでいるだろうとわかり、自分のふがいなさも知れた。
「じゃあ私、ナクアのところに」
靂がナクアのもとへ行こうとしたその瞬間だ。船内にけたたましいサイレンが響き渡る。
耳から入り身体全体をシェイクしているのではないかと思うくらいの激しい音だ。
靂は思わず耳を塞ぎ、体をうずめる。
「な、何この音!?」
「敵襲っすよ! 最近イーマンの侵攻が活発になってたじゃん? ついにこっちまで来たんっすよ!」
『戸崎靂、桐生らむね! 両名は速やかにアサルト・ギアで出撃しろ! 地球軍とイーマン軍がぶつかった! どちらも主戦力を投入している! 両軍ともこの戦いで大手を取る気だ! ロージャーとエリュトーチカはすでに出撃している! お前たちも早く続け! ほかの連中もだ! 動けるものはすぐに出撃しろ! この戦い、どちらが勝っても待っているのは最悪な未来だけだ!』
艦内に羽場の声が響き渡る。珍しく艦長としての威厳のある声だ。いや、普段が少しあれなだけで本来はこういう人なのかもしれない。
「全面戦争じゃぁん……」
「それって、どうなるの?」
「イーマンが勝てば全コロニーはイーマンのもの、あとは地球に降下して蹂躙するだけじゃんよ。地球が勝てば今度はイーマンを宇宙の隅まで追いやってしまうしぃ。どっちが勝ってもお互い憎しみが残るくない? あーしたちはお互いが分かり合えるように戦うんっすよ」
「分かり合える……それって、難しいことですよね?」
「でもやるしかないじゃぁん。難しいから誰もやらないってなると可能性は0のまんま、でも誰かがそれに向けて動けば1%でも可能性は生まれるわけだしぃ。わかったすかぁ?」
「えぇ、わかりました……私たちは、その1%に賭けて戦えばいいんですね!」
「その意気じゃんよぉ。でも、ナクちゃんの返事はどうするんすか? 多分この戦いはやばいっすよぉ。本当に、死んじゃうかもだしぃ」
らむねが心配そうに靂を見た。だが、靂はらむねをまっすぐ見据え、強く答える。
「帰って答えを出さなくちゃいけない、待ってくれている人がいる、そう思えば死ねません。私は絶対に生きて答えを出す! その意思が大事なんですよ」
「本当に後悔しないっすかぁ?」
「しません! 私は絶対に生きて帰る! だってアーサーは私の頼れる相棒が整備してくれたんですよ? 私を死なせるような雑なメンテはしてないはずです! だから私はナクアを信じて、行きます!」
靂の瞳には一点の曇りもない。本当にナクアを信じ、生きて帰ると決めている。
それが頼れる相棒の関係というものなのだ、とらむねは理解した。
「わかったしぃ。それじゃ、レッキー、行くっすよぉ!」
こうして二人は整備室に急ぎ、自分の機体に乗り込んだ。
「今は出し惜しみなんてしちゃいけない……最初から、全力で!」
靂は服をすべて脱ぎ捨てる。もちろん下着も脱ぎ、生まれたままの姿となった。
彼女の羞恥と、生きて帰るという燃え盛る意思がアーサーに力を与え、機体が深紅の輝きに包まれた。
「アーク・サーヴァント、戸崎靂、行きます!」
アーサーが射出され、宇宙の闇へと飛び出した。
その姿は闇を裂く赤い流星のようだった。
『靂さん、出撃したのですね。ではこれからわたくしの指示に従ってもらいます』
「ササメ会長!? 会長も出撃してるんですよね? どこに?」
『コスモスの真上を見てください』
通信機越しのササメの言葉に従い、靂はコスモスの真上を見た。
そこには卵型の機体がふわふわと浮かんでいる。その卵からはいくつものアンテナが伸び、辺りを探るように忙しなく動いていた。
「あの卵みたいなのが、会長の機体ですか? でも会長、目が見えないんじゃ……」
『わたくしの機体、ヨカナーンです。機体のカメラと脳をシンクロさせていますから、戦場の光景が丸見えですわ。わたくしのヨカナーンは探知能力に優れていますの。敵の動きはわたくしが逐一知らせますから、靂さんはそれに従って戦ってください』
ヨカナーンの無数のアンテナは戦場を探るレーダーになっていたのか、靂は理解した。
だがそれと同時に疑問を覚える。
「ササメ会長、質問なんですけれど、ヨカナーンには戦える兵器が積んであるんですか? その機体には腕や足もない、ただアンテナだけ……」
『ヨカナーンには戦闘能力がありません。ただし、このコスモスにも武器が装備されています。並大抵のことじゃ近づけませんよ。わたくしのことは心配せず、あなたは生き残ることだけを考えてください。わたくしが全力でサポートしますから』
「わかりました……それじゃあ、指示をください!」
『それでは2時の方向、イーマンの機体が2機こちらに向かって来ています。迎撃を』
靂は言われたほうへ舵を取る。アーサーのエンジンが火を噴き、敵機を目視できる距離まで捉えた。
『まずは左側の敵から倒してください。ビームライフルを撃ってきますが、それを右に躱して攻撃を』
「そ、それほんとなんですか!?」
「えぇ。いいから早くしてください。タイミングを逃します」
靂は左の敵の動きに注目する。敵がライフルを構えた。
それが射出されるタイミングを見計らい、ササメが言ったように右へ避ける。弾丸は遥か後方へと過ぎ去る。
それを見送り、すかさずエクスカリバーの一撃を放ち、一機葬る。
さらに勢いをつけてもう一機も楽々と落として見せた。
「すごい! 右に避けたら本当に躱せた! どうして!?」
『わたくしのヨカナーンには数々の戦闘データが収められています。敵の動きを察知しどういう動きをするかAIがはじき出す。あとはわたくしがデータと直感を駆使し、相手の動きを読むのです』
ヨカナーン、それは戯曲サロメに出てくる預言者と同じ名だ。
ヨカナーンはササメを乗せることで、まさに預言者として戦場に君臨する。ただしこれは脳へ相当な負担がかかるため、長くは続かない。
『わたくしが意識を失うまでの数十分間、その間だけは誰も死なせません! 靂さん、まだ気を抜いてはいけません。今度は3時の方角から地球軍3機が、反対からイーマン軍2機が来ています。あなたは地球軍だけを相手にしてください』
「イーマン軍は無視してもいいんですか? いえ、わかりました……隊長の予言、信じます!」
ササメの言葉通り地球軍、イーマン軍はアーサーを挟み撃ちにする形でやってきた。
このまま片方だけを相手にしていれば、もう片方に攻撃されてしまう。
本当に片側だけで大丈夫なのだろうか。靂の心に不安が走る。
操縦桿を握った手にじっとりと汗が滲んだ。だが、彼女は信じると決めた。
平和を願う隊長の言葉を。
「アーサー! いっけぇ!」
アーサーのブースターを吹かし、勢いをつけて敵機に飛び込んだ。
並大抵の機体ではアーサーの速度に敵わない。圧倒された敵機は次々とアーサーに落とされていく。
だが、お留守な背中にイーマン側の機体が照準を定めていた。
急いで地球軍3機を撃ち落としたアーサーは振り向いたが、間に合わない。
敵機は今まさにライフルの引き金を引かんとしている。だが、その刹那だ。
一瞬にしてライフルは機体の腕ごと宇宙空間を彷徨うことに。
「な、何が起こったの……?」
『戸崎妹、以前より格段に動きがよくなっている。訓練で吐きまくっていた時とは大違いだな』
「その声……ユーリカさん?」
敵機が2機とも爆発する。その爆発を背に靂の目の前に現れたのは、漆黒の機体だった。
ぽっきりと折れてしまうのではないかと思うほどの細身のボディに、両腕に装備されたブレード、その見た目はカマキリのようにも見える。
さらに腰回りには刃がびっしりとスカートのように装備されている。
『よくお嬢様を信じたな、戸崎妹』
「それ、ユーリカさんのアサルト・ギアなの?」
『あぁ。私の機体、ジャック・ザ・リッパーだ』
ジャック・ザ・リッパー、鋭利なブレードと漆黒に怪しく輝くそのボディはまさしく伝説級の殺人鬼の名に負けていないオーラを放っている。
『靂さん、ユーリカ! あなたたちのほうへものすごい速さで機体が近づいていますわ! この機体は……グレイトフル・デッドですわ!』
「ぐ、グレイトフル・デッド……? それって強いの?」
『イーマン側の機体だ。死神、なんて呼ばれてる厄介な奴だ』
『えぇ。その動きは型にはまっておらず、データを使っても読み切れません……二人とも、離れてください!』
『いいや、向こうからやってきてくれるなら都合がいい。私が相手をする! 戸崎妹はもっと戦場深くまで突撃しろ! 桐生がいるから合流するんだ!』
「……わかりました。ここはお任せ」
と、靂の言葉が終わる前に二人の前に銀色の機体が現れた
その手には二本の鎌、足もブレードに改造されており、肩には霹の機体と同じくバルカン砲が装備されていた。
角ばったメタリックなボディ、その一面一面にガラスのようにアーサーたちが映っている。
『くひっ! こ、こ、ころすコロス殺すぅ! お、お、お、俺の前にいる奴らは、み、皆、みなみな皆殺しぃ!』
その声はアドルフのものだ。不快さ極まるその声に思わず靂は顔をしかめる。
「な、何……こいつ……気持ち悪い……」
『き、き、気持ち悪い!? だ、だれ誰が! お、お、俺!? そんなことい、言うなら……殺すぅ!』
アーサーめがけてグレイトフル・デッドが突進してくる。二本の鎌が振り下ろされるが、アーサーはそれをエクスカリバーで受け止めた。
そのままアーサーは姿勢を低くし、肩のバルカン砲の射程から逃れる。
「これであなたは攻撃できないわ……足のブレードもあるけれど、レーザーブレードじゃないんでしょう? それならアーサーの装甲は貫けない! 今のうちです、ユーリカさん!」
『ば、バカめ!』
その瞬間、グレイトフル・デッドの胸部装甲が開いた。そこから現れたのは一門の巨大な砲塔。
『避けろ、戸崎妹!』
とっさに危機を感じ取った靂は操縦桿を倒し、敵との距離を取った。
次の瞬間、胸元から放たれるレーザー砲。もしもユーリカが声をかけてくれなければ靂は死んでいたかもしれない。
『戸崎妹! お前は早く行け! ここは私が食い止める!』
ジャック・ザ・リッパーがグレイトフル・デッドへ斬りかかる。だが、グレイトフル・デッドは動かない。
いや、動けないのだ。
『そのレーザーは一度撃てばチャージが必要なようだな!』
そう、グレイトフル・デッドの隠しレーザーの一撃、それは機体のエネルギーまでも使い尽くすほどの高威力だ。
故に一度放ってしまえば、再充電に時間がかかり、その間機体は無防備となる。
その隙にジャック・ザ・リッパーは思い切り刃を振り下ろした。
だが、ジャック・ザ・リッパーの刃はグレイトフル・デッドの表面にかすり傷をつけただけで、刀身が折れてしまう。
『ユーリカさん! 刃が!』
『心配ない!』
ジャック・ザ・リッパーの折れた刀身が柄から射出され、代わりの刀身がスカート状の刃から補填される。
腰回りの刃はただの飾りではない。傷ついた刀身の代わりなのだ。
『この硬さだが……攻撃を続ければいつかは崩れる! 戸崎妹! ここは任せろ! いいから進め!』
「わかりました、ユーリカさん!」
ジャック・ザ・リッパーの使い捨ての刃での猛攻を背で見届け、彼女は戦場の奥深くへと赴いた。
「敵が強くなってる……ジュラも多分、ここにいる!」
「らむね先輩! 加勢に来ました! こっちは大丈夫ですか?」
『たいちょーの支援があるから問題ないしぃ。それよりそっちは大丈夫なんすかぁ?』
「ユーリカさんが強そうな奴を引き付けてくれてます! その間に……くっ! さすが戦場のど真ん中ですね。どこもかしこも敵だらけだ!」
靂はらむねに続き、迫りくる敵と戦う。まだまだ戦闘初心者の靂がここまで戦えるのはアーサーの性能に他ならない。
アーサーは靂の羞恥を食らい、際限ないパワーを発揮している。
だが、そんな強い機体が戦場に現れれば真っ先に狙われてしまう。
群がる敵の軍勢をアーサーはエクスカリバーで一掃する。
それでも打ち漏らした敵を、テスラ・ステラの雷撃が襲う。
「結構な数を倒したのに、まだいるの!?」
『この戦いは両軍の運命を分けるものです。お互い、戦力の大半を投入しているのでしょう』
靂の問いにササメが答える。
「あぁもう! なんで戦いをやめないの!? どうして分かり合えないの!?」
『本当なら両軍とも戦いなんてしたくないはずです。けれど宇宙での利権や、自分たちの地位、それをより良いものにするには戦うしかないのです。戦い、奪うしかないのですよ』
「そんな……」
『靂さん! そちらにまたも強い反応があります! これは……この前靂さんが戦った相手です!』
「まさか……ジュラ!?」
『へっ、ちょうどいいじゃぁん! この前のリベンジマッチと行くっすよぉ!』
靂たちの前に見覚えのあるピンク色の機体が現れた。ジュラのカリギュラだ。
だが、見た目は変わらずともその性能はバージョンアップし、うんと上がっている。
「ジュラ……」
『今回は負けないしぃ!』
テスラ・ステラの腕から勢いよくナイフが連続で射出される。
カリギュラⅤを狙い放たれた攻撃。しかしナイフを射出した瞬間、そこにカリギュラの姿はない。
『えっ!? 消えたぁ!?』
「らむね先輩! 後ろです!」
いつの間にかカリギュラⅤはテスラ・ステラの背後に回っていた。
カリギュラⅤのレーザーブレードがテスラ・ステラを襲う。だが、テスラ・ステラはジェットパックを吹かし、その炎でカリギュラⅤの動きを牽制、何とか距離を取ることができた。
少しでも靂の言葉が遅ければらむねは貫かれていたかもしれない、そんな瀬戸際だ。
「ジュラの動きが上がってる……!? らむね先輩! ジュラは前の時とは違います! いったん引いてください!」
『パワーアップしてるのが相手だけだと思ってるんっすかぁ? あーしだって、強くなってるしぃ!』
テスラ・ステラがまたもナイフを連続で射出する。
だがそれはすべてカリギュラⅤから外れている。あらぬ空中にナイフを撃ち放ち一体どうするというのか。
だが、靂の疑問は一瞬で解決した。
『テスラ・ステラ、パワー最大っすよぉ!』
テスラ・ステラの剣先から雷鳴がほとばしり、ナイフへと吸い込まれる。
闇雲に投げたと思われたナイフ、だがそれは違った。ナイフはカリギュラⅤを囲むように投げられていたのだ。
ナイフへと雷鳴が走り、さらにナイフからナイフへと雷鳴が。それが連鎖し、完成した。
カリギュラⅤを囲むように電の檻が。
『その檻に触れれば感電するっすよぉ』
カリギュラⅤはビームライフルを取り出し、宙のナイフを撃つ。だが、着弾の直前ナイフから電流が迸り、弾丸を打ち消した。
「ジュラを捕まえた! すごいよ、らむね先輩!」
『でもあーしができるのはここまでっす。残念ながらあの雷の内側にはあーしたちの攻撃も弾かれて届かないっすぅ。本当は倒したかったんっすけど、生け捕りでもよしとするじゃんよ』
雷の檻の内側で手も出せないジュラ。靂はそんな彼女に呼び掛けた。
「ジュラ、聞こえる!? 私よ、靂! ねぇ、こんな戦いやめて投降して! もうあなたは雷の檻に捕まって出られないの! だから」
『だから何? あたしが簡単に降伏するって? そんなわけないじゃん! あたしは、地球人を全員ぶっ殺すまで戦いをやめない! ミカエル隊長!』
『おう! 俺たちは負けない! なぜなら、人類最強の俺がいるからだ!』
ジュラの言葉に応えるようにクラッシュ&スラッシュに乗ったミカエルが現れた。
クラッシュ&スラッシュのハンマーが電のナイフに振り下ろされる。だが、それは電流に阻まれ、宙で制止される。
そのはずだった。
しかしクラッシュ&スラッシュは持ち前のパワーでぎりぎりと電流を押し込み、やがてナイフまで辿り着き叩き潰したのだ。
一辺が壊され、カリギュラⅤを捕らえていた檻は崩壊する。
『ったく、お前はまた捕まったのか。檻の中が好きなのか?』
『うるさいわね……あたしだって好きで檻に入ってるわけじゃないっての。動物園のサルじゃあるまいし。さて、靂……あたしはあなたとの決着をつけたい。かかってきなさい!』
「どうしても戦わなくちゃいけないの?」
『はぁ……いつまで甘いこと言ってるの? あんたから来ないなら、あたしから行くわ!』
カリギュラⅤがアーサーに突進をかける。だが、その前にテスラ・ステラが立ち塞がった。
『待つしぃ! あんたの相手はあーしが』
『いいや、お前の相手は俺だ。ジュラの邪魔はさせない!』
テスラ・ステラにクラッシュ&スラッシュが襲い掛かる。阻むものがなくなったカリギュラⅤは一気にアーサーとの距離を詰め、腕に搭載されたレーザーブレードを薙いだ。
アーサーはそれをすんでのところで受け止める。
その瞬間だ。
コックピット内の靂にぎゅん、とすさまじい衝撃が走る。
「な、何……これ……」
それと同時に、ジュラの姿が見えた。彼女は今カリギュラⅤのコックピットにいるというのに、それが透けて見えたのだ。
「ジュ、ジュラ……!? え!? な、なんで裸なの!?」
そう、見えたジュラは一切何も纏っていない裸の姿。靂と同じだ。
「あんたと同じよ」
ジュラの声が直に聞こえる。
「あんたが奪ったアーサーに搭載されていたエモーショナル・システム。進化したカリギュラⅤにはそれが搭載されてるのよ!」
カリギュラⅤの攻撃がもう一度アーサーに襲い掛かる。
その時また、靂に衝撃が走った。
「これは……ジュラの感情!?」
そう、その衝撃はジュラが抱く感情だ。エモーショナル・システム同士が干渉しあい、ぶつかるたびにお互いの感情が流れ込んでいる。
「なにこれ……苦しい……苦しいよ、ジュラ……これが、あなたの気持ちなの?」
「そうよ! これがあたしの感情! 憎しみよ! あんたは能天気ね。流れてくるのは羞恥と、くっだらない平和を願う心しかない。もっとドロドロしたのを溢れさせないと死んじゃうよ!」
「あぁ! 苦しくて、吐きそう……! ジュラ……あなたの憎しみの起源は、何なの……?」
靂はジュラの感情が知りたくて、攻撃を加える。
機体がぶつかり合い、彼女の感情が流れ込んだ。
「ジュラの心の奥に……誰かがいる! これは……誰……? お兄ちゃん……?」
「あたしの奥を覗くな!」
「お兄さんが、死んだの……? 殺されたんだ……」
ジュラの憎しみに紛れ、彼女の記憶が流れ込む。大切な兄との思い出だ。
「あなたは両親に捨てられた……」
「そう! あたしは捨てられた! イーマンだからだって! 地球人じゃないからだって!」
「それでお兄さんと一緒に暮らしてた……あなたのお兄さん……それは」
ジュラの記憶の奥底に潜む彼女の兄の姿。靂はそれを知っていた。
「ルマ・ウェストランド!」
それはイーマンの権利を求め立ち上がり、暗殺されてしまった男、ルマ・ウェストランド。
そして彼は、この戦争の火種でもあった。
「そう! あたしの本当の名前は、ジュラ・ウェストランド! イーマンのために戦ったお兄ちゃんを殺した地球人を、絶対に許さない!」
「靂を助けないと……そうだ……靂を助けられるのは、ボクだけなんだから」
コスモス内、整備室にてナクアはそう呟いた。
彼女はアーサーを通して靂の様子をモニタリングしている。今までは快調に行っていたが、同じくエモーショナル・システムを使うジュラを相手に苦戦している。
「でも、ボクが今更どの面下げて助けに行けばいいの……?」
だが、彼女には一つ問題があった。先日、靂に勢いでキスしてしまったのだがそのことについてまだ話していないのだ。
謝ってもいないし、靂と目が合えばずっと逃げ続けてきた。
今更どうしろというのだ。
「あぁもう……それに靂も靂だよ……どうしてあそこまでして気付かないの……? 鈍感なの? これはやっぱり直接伝えたほうがいいのかな?」
「どうしたの、ナクアちゃん?」
「あ、霹さん……その……いえ、何でもないです」
霹は先日のケガが完治していないため出撃許可が下りていない。だからこうしてメカニックたちに交じり、機体整備やパイロットのサポートを手伝っているのだ。
霹はふぅん、と小さく呟きナクアを見る。その瞳はすべてを見透かしているみたいだ。
「ナクアちゃんさ、靂ちゃんと喧嘩したの? なんだか二人とも最近よそよそしいよ?」
「それは……」
「靂ちゃんはね、ちょっと鈍感だし、頭でいろいろ考えちゃって行動に移せないところがあるの。だから人に思いを伝えるのが遅れちゃったりするんだよ。あとああ見えて臆病なところもあるから逃げちゃったりもするし」
「はぁ……」
「あのね、靂ちゃんを落とすにはちゃんと自分の気持ちを素直に伝えなくちゃダメ。ナクアちゃん、まだ言ってないでしょ? 靂ちゃんに好きだって」
「まぁ、そうですね、言ってません……ん? えぇ!? ちょ、ちょっと待ってください! なんでそのこと知ってるんですか!?」
ナクアは顔を真っ赤にし、慌てふためき霹に尋ねた。霹はにこりと笑い答える。
「お姉ちゃんに隠し事は通用しませんから」
「え、えぇ……?」
「まぁ本当はあの日、こっそり見ちゃったんだけどね。ほら、ナクアちゃんたちも医務室で私のことこっそり見てたでしょう?」
霹とキミシマのキスを見てしまった時のことだ。あの時のキスを、霹もこっそり覗いていたのだ。
「ごめんなさい……勝手に見てしまって……」
「ううん、謝るのは私のほうだよ。私もこっそり見ちゃったし。それで靂ちゃんのことだけど、本気なの?」
ナクアは考える前に、こくり、頷いた。彼女の思いは変わらない。
靂と出会い、靂とともに過ごすうちに彼女に惹かれていったのだ。
ナクアは霹をまっすぐに見つめ、答える。
「ボクは靂のことが好きです。ちょっとおバカだし、ガンダムオタクだし、すぐに平和のためだって言って猪突猛進しちゃったりするし……けど、そういうまっすぐなところが好き。靂の芯の通ったところが好き。けど色々抱えちゃうところもあって、でもそこがたまらなく愛おしくて、一緒に支えてあげたくなる。ボクは靂の相棒じゃなくて、パートナーになりたいんです、生涯の」
「へぇ、靂ちゃんってばこんなに思われちゃって羨ましいなぁ……それにナクアちゃんも、それだけ言えるんだったら気持ちをちゃんと伝えなくちゃ」
でも、とナクアは視線を床へ。
「断られたらと思うと怖いんです……断られちゃうと、ボクはこれから靂とどう過ごせばいいかわからなくなる……もう靂と一緒に過ごせなくなっちゃうかもしれない……それは嫌だ……それは、死ぬより怖いんです……言おうと思っても足がすくんじゃって、一歩踏み出せない……あのキスだって、心臓が破裂しそうだったんですから!」
「そっかぁ……そうだよね、怖いよね」
霹は、うんうん、と頷き、ぽん、と彼女の頭に手を置いた。
そして優しく髪を撫ぜる。そのくすぐったさに、ナクアはきゅっと目をつむった。
「私もそうだったよ。ヨルハのことが好きになって、でも女の子同士だしこんなのおかしいって自分の気持ち殺してた。どうしようもなく苦しかったよ。でもね、この苦しさが一生続いて、死ぬまで持ち続けなくちゃいけないのかなって思ったらさ、自然と告白してた。やっぱりさ、こういうのはため込んでるとダメなんだよ、体に毒だよ? だから言っちゃうのがいいんだって」
「でも怖いです……」
「大丈夫。相手は靂ちゃんでしょう? 私の自慢の妹だよ? 誰よりも優しい、私の自慢の妹。そんな靂ちゃんが相棒のナクアちゃんを傷付けるわけないでしょう? だからと言ってナクアちゃんが求めてる答えを言ってくれないかもしれない。でも、それでもどうにかナクアちゃんと一緒にいれる方法を考えてくれると思うよ? 靂ちゃんを言い訳の道具にしちゃだめだよ、ナクアちゃん」
「……」
ナクアは黙って顔を上げた。霹はにこにこと笑っている、靂のように。
ナクアはその時気付いた。確かに霹の言うとおり、自分は靂に嫌われるかも、と言い訳していた。
だが靂がそんなことするはずがない、自分を突き放すわけがない、とそんな自信もある。
「わかりました、霹さん。ボク、今から靂に告白してきます」
「よく言った! え? 今から?」
「はい! ついでに、この戦争も終わらせてみせます! だから、霹さんも付き合ってください!」
「え? せ、戦争を止めるの? ついで感覚で!?」
ナクアは頷き、自身の後方にある機体を指さした。
それは青白いジェット機だった。
「まだ試作段階だけれど、これで戦争を止められるんです。このブルーリリィとアーサー、それにボクと靂の力を合わせてね」
靂とジュラの戦いは一層激しさを増していた。
エモーショナル・システムがお互いの感情に干渉しあい、やがてそれは彼女たちと機体を一つに溶かす。
機体へのダメージが彼女たちの身体を痛める。機体同士がせめぎあうと、お互いの肌の熱を感じる。
それだけではなく、靂とジュラの記憶も感情もごちゃまぜとなっていた。
「ジュラ! 復讐は何も生まないよ! お兄さんもそんなこと望んでないはず!」
「そんなのわかってる! でもあたしの怒りはどこにぶつけたらいいの!? それにお兄ちゃんが作りたかったイーマンの世界は誰が作るの!? あたししかいないの! それにあんたこそ、平和平和って言ってるけど、その平和っていうのは全部アニメの受け売りじゃない! ただのオタクね!」
「アニメの何が悪い! ガンダムだって立派な現実だよ! 絶対に人と人は分かり合える! 私はそのために戦ってるの!」
二人の激しい戦いには周りの誰も割り込めない。
今やこの空間を支配しているのは彼女二人だ。
「分かり合えないから戦争をしてるの! お兄ちゃんだって殺された! 違う!?」
「あぁもう! ジュラのわからずや! 戦争が生むのは悲しみだけ! みんなで仲良く過ごそうよ!」
「わからずやはあんたよ! みんなで仲良く暮らせてるなら、こんな機体だっていらないはずよ! それができないから、あたしたちは戦うの!」
二人の会話は平行線だ。お互い正しくて、間違っている。
『待って、二人とも! ストップストップ!』
と、そんな二人に割って入る影が。ブルーリリィに乗るナクアだ。
彼女は無理を通して出撃した霹の操るクロスライトに守られ、戦場のど真ん中までやってきたのだ。
「ナクア!? どうしてここに?」
「あんたが誰だか知らないけど、あたしの邪魔するなら殺すよ!」
『二人とも、戦っちゃだめだよ! 本当に戦う相手は違うの!』
「なに言ってるの?」
『実際に見てもらったほうが早い! 靂、ボクのすべてを受け止めてよ!』
ブルーリリィが変形し、アーサーの背にドッキングした。
その瞬間、コックピットの靂の背に、温かなナクアの感触が伝わってきた。
それに驚き振り返ると、そこにはこれまた裸なナクアが立っている。
「な、ナクアまで服着てないの!?」
「えぇ。このブルーリリィにもエモーショナル・システムが搭載してあるから。それに……ボクの全部を見てほしいし、靂の夢も叶えたい!」
ナクアが覚悟を決め、顔を上げたその時だ。コックピット内に風が吹き荒れる。
それは彼女が起こした覚悟の嵐だ。彼女が全てを曝け出さんとし、機体がそれに応えたのだ。
その風に思わず目を覆う靂。だが、その瞬間に見えてしまった。
風にあおられてナクアの表情を隠していた髪が舞い上がる。露になる瑠璃色の宝玉のような瞳。そして、おでこに生えた小さな一角が。
「ナクア……その角……」
「ごめんなさい、靂……ずっと黙ってたけれど、ボクは本当はイーマンなんだ……」
「ナクアが、イーマンだったなんて……」
「靂、黙っててごめん。ボクは普通の人間だって嘘吐いた。でも、靂を好きな気持ちに嘘はないよ。靂……ボクはあなたのことが大好きです……だから、付き合ってほしい……」
ナクアが靂に向かい手を差し伸べた。その手はひどく震えている。
「ナクア……私は……」
「ちょっとあんたたち! あたしを置いて何やってるのよ!? あ、あたしだって……あたしだって靂のことが好きなのに! 多分」
ナクアの勢いにつられ、ジュラも胸の内を吐露する。
「え、えぇ……ジュラも……? それに多分って……」
「あんたの心を覗いて分かったの……あんたの青臭い理想を掲げてるところがお兄ちゃんそっくりだって。お兄ちゃんみたいに夢みたいな理想を語ってさ、それに向かってバカみたいに立ち向かって、それで傷ついて……あたしにはそれがどうしようもなくお兄ちゃんと重なって見えて、守りたくなっちゃうじゃない! 地球人だっていうのに!」
「なら戦わなければいい話じゃないの? ボクの言ってること、違う?」
ナクアは自身の告白を邪魔したジュラに噛みつくように言う。
ジュラは鋭い瞳でナクアを睨みつけ、言い返した。
「いいえ、靂が死ねばこの気持ちも死ぬはずなの! だから戦って、殺すの! あたしの感情ごとこいつを!」
「そんなことのためにボクの好きな人を巻き込まないで! ね、靂? こんなやつ放っておいてボクと一緒になろう? ほら、ボクなら靂の好きなものは何でも好きだよ? ロボットだって大好きだ。それに靂の機体を整備できるのはボクしかいないんだから。これからは二人三脚で一緒に歩いて行こうよ」
「いいえ、靂! あんたはここで死ぬの! あたしの思いと一緒にね! だから戦って! それであたしの思いを殺させてよ!」
「靂! ボクだよね!?」
「靂! あたしよね!?」
二人に挟まれて、ついに靂の頭はパンクしてしまう。
「あぁもう! 二人とも勝手言いすぎ! 私の気持ちはどうなるの!?」
靂の怒りが混じる言葉に、二人ともきょとんとした表情で目をぱちくりとさせるのみ。
「え? そんなのって」
「うん、そうだよね」
そして二人は声を合わせていった。
『流れ込んできてるからわかるよ』
靂はこの時、初めてアーサーを憎んだ。エモーショナル・システムが靂の内側で揺れる心を二人に漏らしていたのだから。
「靂は今迷ってるよね? ボクたち二人の思いを受け止めて」
「でも、まんざらでもないって感じだし。ほんとは嬉しいんじゃん」
「い、いや、そんなことは……あぁもう! 隠したって無駄なら言っちゃおっと! ほんとは嬉しいよ! こんなに好きでいてもらえて! でも女の子を好きになるとかまだわかんないし、それがわからないままどっちかを選ぶっていうのもなんだか違う気がするの。ね? だからこの答えは保留! ナクアはこれまで通り相棒として! ジュラは私の友達として過ごしてもらう! それで今度答えを出す、それでいいよね!?」
「はぁ……本当に靂はチキンですね。お姉さんの言った通りです」
ナクアは溜め息を吐き、やれやれと首を横に振った。
「わかったよ。ボクはそれでいいです。靂には靂のペースがあるんですから、ボクはそれを尊重する」
だが、一方のジュラはそうはいかなかった。
「あたしは今すぐにでもこの思いを消し去りたいっていうのに……友達からって何!? あんたと仲良くなんて、地球人と仲良くなんてできない! あんたが答えを出さないっていうならそれでもいい! あたしが一方的に殺すだけよ!」
カリギュラⅤのブレードがアーサーを襲う。
「危ない!」
しかしそれは背のブルーリリィにより機動力が上がったおかげで容易に回避できた。
「そうだった……ボクはついでに戦いを止めなくちゃならなかったんだった」
「え? ついでなの、それ?」
「まぁボクにとってはね。じゃあ、靂……今から戦いを止めてあげるよ……ボクの発明と、記憶で!」
ナクアがそう叫んだ瞬間だ。ブルーリリィと合体したアーサーの背から6本の腕が生えた。
その腕の先にはそれぞれアンテナのようなものがついている。
「ねぇ、靂。前に言ったよね? 戦争がばからしいって気持ちが伝播したら、戦争は止まるんじゃないかって。ボクはそのシステムを開発したんだ。これが、エモーショナル・ストリーム・システム!」
アーサーが青白く輝き、背に生えた腕から目も眩むほどのまばゆい白が迸り、戦場全体を包み込んだ。
それは彼方で戦うユーリカ達や、コスモス、ガブリエルにまで、例外なく降り注いだのだった。
若い男が見える。スナイパーライフルを構え、真剣な面持ちで照準を覗いている。
男の額には汗が垂れ、ゴクリ、唾を飲む音がやけに大きく響いた。
その男はイーマンだ。おでこには二本の角が。
そしてその横には心配そうな表情を浮かべる女の子が立っていた。
「これは……何……?」
「これはボクの記憶だよ。この子がボク」
「待って……この景色、あたし、覚えてる! これは、お兄ちゃんが殺された時だ!」
男の射線上には、ルマがいた。
ジュラは慌てて男に駆け寄るが、その体に触れることはできない。
「記憶だから駄目だよ、過去は変えられない」
「そんな……いや、でも待って! お兄ちゃんは地球人に暗殺されたんじゃないの!?」
「ううん、違うよ」
ナクアが悲しげにそう言うと、男は引き金を引いた。銃声が鳴り響き、遠くでルマが倒れた。
「イーマンが、ボクのお父さんがルマを殺したんだ」
「じゃあ、あたしの復讐する相手はあんただってことね! 殺してやる!」
「違う。本当に復讐する相手は、この後に出てくるんだ」
ナクアの父親は額の汗を拭って立ち上がる。
「ナクア、これでよかったんだ。これで俺たちは大金を手に入れられる。これからは自由に暮らせるからな。おいしいものもいっぱい食べられる」
「それはどうかな?」
もう一度銃声が響いた。それはナクアの父親の背後から響く。
彼は胸から血を流し、その場に倒れ伏した。何が何だかわからない、と幼いナクアは顔を歪め、父を殺した相手を見た。
「この人、どこかで見たことある気がする……」
「こいつは……ガルシア・アンダームーン!」
「そう、イーマンの国家を作り、この戦いを引き起こした張本人」
若かりし頃のガルシアは、ナクアの父を見下し、吐き捨てるように言った。
「金のために自分が何をしたのか、わかっていないようだな。これは新たな戦いの狼煙だ。人類とイーマン、どちらが生き残るにふさわしい種となるかどうかのな」
そして今度ははるか遠くで倒れ伏したルマを見つめ、言う。
「あいつも馬鹿な奴だ。我々イーマンがどう考えても優れているというのに、その特権を自ら捨て、ただの人間として過ごそうとは……我が友ながら呆れるほどに退屈な、そう、前時代的な考えよ。宇宙はより強きものが支配する。そのためにイーマンは生まれてきたのだ」
「あ、あ、ああぁぁぁぁ!!!」
幼いナクアは叫び、逃げだした。自分の目の前で起こっている光景が何を意味するのかはまだ分かっていない。
だが、それがあってはならないことだということはわかっていた。
「ふんっ、子供一人逃げたところで何になる。戦争の火蓋は切って落とされた。もう誰も止めることができない!」
「そんな……それじゃあ全部、ガルシアが仕組んだことだっていうの!?」
「そう……ボクはこのことを誰かに伝えたかった。でも幼いボクの言うことなんて誰も聞かない。それにこれが真実だと伝える術もなかった。だからボクはこうして技術を開発して伝えることにしたんだ。この戦場にいる人みんなに、これは伝わってる」
ナクアは一呼吸置くと、大声で叫んだ。
「これは仕組まれたことだったんだ! すべての元凶はガルシア・アンダームーン! 彼がルマ・ウェストランドを殺さなければ、この憎しみの連鎖は生まれなかった! イーマンも地球人も同じ人間だ! 今こそ思い出そう! ルマ・ウェストランドが唱えた、平和な世界を!」
そして、とナクアは付け加える。
「ガルシア・アンダームーン! お前も聞いているんだろう!? お前にはこの戦争を引き起こした罪を償ってもらう! もうお前に味方はいない! 覚悟するんだな!」
そうして記憶の再生は終わり、靂たちは元の宇宙へと戻ってきた。
「すごい……感じる……みんなが、戦いをやめたがっているって。その気持ちが、流れ込んでくる!」
能力を解放したアーサーを介して、靂たちの中に他の兵士たちの感情が流れ込んでくる。
今まで自分たちがガルシアの手の上で踊らされていた怒りと、それにより大切な人を失った悲しみ、人を殺さなければならなかった恐怖が、溢れ出したのだ。
そしてそれらは、彼らが武器を置き戦いを放棄するには十分すぎる理由だった。
「ねぇ、ジュラ……みんな戦いをやめたよ……あなたは、どうするの?」
「あたしは……あたしは……」
カリギュラⅤを通してジュラの心が流れ込んでくる。とても冷たい、怯えた心だ。
靂はアーサーを操り、彼女を抱きしめる。そっと、優しく。
「大丈夫……あなたは悪くないよ……だから一緒に帰ろう? 平和な世界に……」
「うん……わかった……でも、あたしはやるべきことがある! ガルシアを殺す! お兄ちゃんのためにも。ううん、平和のためにも!」
だがその時だ。彼女たちの視界の隅に銀色の彗星が入り込んだ。
「うわぁ……彗星だ。違うな、彗星はもっとこう、ぶわぁって光るんだもんな」
「カミーユみたいなこと言ってないで! あれは、グレイトフル・デッドだよ!」
彗星だと思われたそれは、アドルフの機体、グレイトフル・デッドだ。ボロボロなボディながらも、いまだにその速力は落ちていない。そして、戦う意志も無くしてはいなかった。
「た、た、戦いは……お、終わった……? そ、それじゃあ俺は、しし、し死ねない! お、俺の死に場所は……戦場だけ!」
「戸崎妹! そいつを止めろ! そいつ、狂ってる! まだ戦いをやめようとしない!」
「こ、こ、ここが俺の……死に場所だぁ!」
グレイトフル・デッドは彼女たちを通り過ぎ、遥か彼方へ消えていく。
「靂さん! ナクアさん! 彼の向かう先はランダルです! 彼はコロニー落としを企んでいるんです!」
「なんだって!?」
靂たちは急いでグレイトフル・デッドを追いかけた。
だが、間に合わない。
グレイトフル・デッドはランダルの生命維持装置に突撃し、爆散した。巨大な爆炎が宇宙空間にとどろいた。
その勢いでコロニーは動き始め、地球の重力に引かれ落ちていくではないか。
そう、ランダルだけではない。そこに繋がった他のコロニーもともに地球に落ちていく。
コロニー同士はシャトルのトンネルにより繋がっているのだ。
「このままじゃ地球が危ないよ!」
無数のコロニーが地球に落ちる、その影響は計り知れない。
破片だけでも都市が壊滅する恐れがある。それに水面に落ちれば津波が海岸線を襲うだろう。
下手をすれば地球の全人類が死に絶えてしまうかもしれない。
「靂! あんたのバズーカ砲を使えば地球に落ちる前にコロニーを破壊できる! それくらいの力はあるでしょう!?」
「駄目だよ! あの中にはまだ人がいる!」
コロニーの生命維持装置は酸素、重力、気温を操っている。それが壊されても、30分は酸素が無くならないように設計されていた。その間に救助作業ができるようにだ。
「コロニーの人たちも、地球の人たちも、どっちも助ける! そのためには!」
靂はアーサーを駆り、落下するコロニーを押さえた。
「あんた何してるの!?」
「逆シャア見てないの!? アサルト・ギアの推進力で、コロニーの落下を止めるの!」
「まったく……またアニメの話? しょうがないなぁ、あたしもやってやるよ!」
だが、そんなカリギュラⅤの前にクラッシュ&スラッシュが立ち塞がった。
「ミカエル隊長……」
「なぁ、ジュラ……俺の両親はイーマンになぶり殺しにされた。俺の仲間は地球人に殺された。俺は、両方の恨みを晴らさなくちゃならない。もし戦いが終われば、死んだ連中の恨みは誰が晴らすんだ! 俺しかいないだろう!? だから、俺は最後まで戦う!」
「隊長……わかりました……じゃああたしは、それを全力で止めてみせます!」
「アーサー、お願い! あなたには力があるでしょう!? 私の思いを全部食べつくしてもいい! だから、地球を助けて!」
アーサーから優しい虹色の光が迸り、ジェットパックが思い切り火を噴いた。
靂の思いにアーサーが応えるべく頑張っている。だが、地に落ちようとするコロニーを支える風に機体は設計されていない。
その重さに耐えられず、腕にヒビが入り始めた。
「頑張って、アーサー!」
「ブルーリリィも頑張って! このままじゃボクたちの帰る場所がなくなってしまう!」
ブルーリリィの推進力を借りても、たった一機ではコロニーを押し返すなどできはしない。
だが、その時だ。
アーサーの隣に、テスラ・ステラが現れたのだ。
「らむね先輩!?」
「このコロニーにはリンちゃんもいるじゃんよぉ……あーしの恋人を死なせはしないしぃ!」
さらに霹の操るクロスライトも加わった。
「お姉ちゃんも!?」
「へへっ、妹ばかりにかっこいいところ取られてちゃ、お姉ちゃん失格だよ! 私の機体はただのクロスライトとは違うんだよ! なんのこれしき! それに、お姉ちゃんだって逆シャア大好きなんだよ! こんな絶好の機会、見逃せない! こんなコロニー、アサルト・ギアで!」
「戸崎妹、私はコロニー内の人たちを誘導する」
「えぇ、靂ちゃん。コロニーの人たちはわたくしたちに任せて」
「会長、ユーリカさん!」
ユーリカはジャック・ザ・リッパーで避難誘導とケガ人の救助を。
ササメはコスモスへ戻り、コロニーの人々の収容を引き受けてくれた。
そう、靂には頼るべき仲間がいた。それだけではない。
「俺たちの地球を壊されてたまるか!」
「地球には家族もいるんだ! 決して死なせはしない!」
地球軍の兵士たちもコロニーを押し返すのに加わってくれた。
「俺たちだって、元は地球で生まれたんだ。故郷を守るんだ!」
「これを無視したら、俺もガルシアのようなくそ野郎になっちまう! 俺だって平和な世界に生きてみたいんだ!」
さらにイーマンの兵士たちもそれに加わり、これですべての陣営が地球を守るために立ち上がったといえる。
「すごい……みんなの思いが一つになってる! すごく、あったかいよ……みんなもこの温もりを知ってほしい!」
アーサーが背中の腕から感情を皆に伝播させる。
戦争を憎む気持ちが、地球を守りたい気持ちが、すべての人へと伝わり、今思いが一つとなる。
「みんなの気持ちで、真っ黒な悪意を跳ね返すんだ!」
だが、それでもコロニーを押し返すことはできない。コロニーの重圧に負け、砕け散ったアサルト・ギアもある。
このままでは皆死んでしまうかもしれない。
だが誰一人、諦める者はいなかった。
自分たちは分かり合えた、奇跡を起こせたのだ。
ならばもう一度くらい、奇跡を起こせても不思議ではない、と。
「いっけええぇぇぇえぇぇぇ!!!」
「隊長、本当に考えは変わりませんか!?」
「あぁ、変わらんさ! 俺は死人の無念のため、戦う!」
ジュラはミカエルと刃を交え、問答を繰り返す。ようやく人が分かり合えようというのに、どうしてこうもうまくいかないのか。
「どうして!? みんな分かり合おうとしてるのに!?」
「分かり合えないからこそ、戦争が起こるんだ! それに、人類の歴史は分かり合えないからこそ生まれた争いの歴史なんだ! 分かり合うことができないからこそ、人間なんだよ!」
クラッシュ&スラッシュのハンマーがカリギュラⅤを襲った。カリギュラⅤはその機動性を駆使し、ハンマーを避けるが巨大な得物を完全に避けることはできない。
カリギュラⅤの身体にはところどころへこんだ傷ができてしまっている。
「それにお前はあれだけ地球人を憎んでいたというのに、どうしてそうも簡単に変われる! 分かり合おうと思えるんだ!」
「あたしは間違いに気が付いたから! 相手を恨むために武器を持って戦うなんて間違ってる! 本当に戦いたいなら、武器なんて持たずにこの体一つでぶつかり合うべきだったんだ! お兄ちゃんみたいに! それができないから、臆病だから人は戦いあうんだよ! 相手を殺して、自分の意見を押し付けるんだ! 隊長! あなたがしていることは、自分の意見やエゴを武器で脅して正当化しているにすぎない!」
「それの何が悪い! 強さこそ正義だ! 強くなければ、搾取されるだけ! ぶつかり合う土俵にすら立てないんだ!」
クラッシュ&スラッシュのハンマーがカリギュラⅤの右足を粉砕した。すかさず上下を入れ替えたクラッシュ&スラッシュは今度は相手の左腕を切り落とす。
カリギュラⅤにはエモーショナル・システムが搭載されているというのに、クラッシュ&スラッシュには敵わない。
積み上げられた経験は技術では乗り越えられないのだ。
「強さは正義だ……それは俺が証明している。この俺が生きている限りその理屈は変わらない!」
「ううん、違う! 強さに正義なんてない! いいえ、誰にも正義なんてないの! 正義とか悪とか、正しいとか間違いとか、好きとか嫌いとかいろんなものがはっきり分かれてるから戦いが起こるんだ! 隊長の正義は誰かにとっての悪にもなりえるんだよ! それをわかってないから、人は分かり合えないんだ!」
だが、思いが経験を上回る奇跡だって存在する。
カリギュラⅤは残された右腕でブレードを振るう。が、それもクラッシュ&スラッシュに弾かれてしまう。
しかしジュラはそこで諦めはしなかった。吹き飛ばされた衝撃を生かし、後方に漂う左腕を掴み、そのままクラッシュ&スラッシュへと突き刺したのだ。
ブレード状の左腕がクラッシュ&スラッシュの左肩を貫く。
しかし相手はすかさずコックピットを移動させ、上下を入れ替えようとする。
それはジュラにとって予想できた戦い方だった。
「隊長、ごめんなさい! これで、終わりにします!」
コックピットが反転し、クラッシュ&スラッシュの股下に来た瞬間だ。
カリギュラⅤの全力を乗せた蹴りが、クラッシュ&スラッシュの股下を襲う。そう、その蹴りはミカエルが教え、ガルシアさえ悶絶させた最大威力の蹴りだ。
コックピットが異様な音を立てて潰れ、それ以降クラッシュ&スラッシュは動かなくなった。
「はぁはぁ……ごめんなさい、隊長……隊長の言ってることもわかります……でも、みんなは分かり合おうとしてるんです……そんなわがまま、許されるはずないでしょう? それに、死んだ人がみんな復讐を望んでるなんて、そんなのただの思い込みだったんですよ」
ジュラは頬に落ちた涙を拭い、コロニーのほうを向いた。
「はは……やったんだ、みんなは」
そこには、方向を変え、宇宙に漂うコロニーが。
そしてその向こうには、青々と輝く地球があった。
「そっか……地球ってあんなに青くて、キレイだったんだ……」
その日、戦いは終わった。
長きにわたる地球とイーマンの戦いは、コロニー落下阻止という偉業の末に終結したのだ。
敵主力艦隊のガブリエルは降伏を宣言し、地球軍もそれを受け入れた。
だが、敵総帥、ガルシア・アンダームーンの姿はどこにもなかった。
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