第2話



 テェレーヌは看守だ。


 他の国ではどうか知らない。


 この国では、囚人達を管理する看守は無力だった。


 囚人達からみると、圧倒的な力を持っているように見えるが、看守たちは看守で生き延びるのに必死だった。


 看守の大部分は、貧しい地域に住む孤児達。


 彼等は飢え死にしそうなところを拾われて、雇われた者。


 だが、低賃金・重労働で働かされるため、長くはもたない。


 多くの者達が使いつぶされてしまう。


 しかも、仕事ぶりが著しく低い者は、職を辞めさせられて再び露頭に迷う事になる。


 だから、看守はみな必死だった。


 そのためそのストレスを、囚人たちに向けて八つ当たりしてしまう人間は少なくない。


 看守であるテェレーヌの同僚もそうだ。


「おらっ、いう事聞けねぇのか! おしおきが必要なようだな!」


 荒々しい言葉使いで、囚人を攻め立て、せっかんを続けるのが日常だった。


 テェレーヌには何が楽しいのか分からない。


 自分と同じような弱者を虐げて、何を得るというのか。


 今でこそ、看守という職と、少ない賃金を得て生活しているが、自分達だって、そう変わらないというのに。


 生きていくために、盗みをしたり、殺しをしたものをいたはず。


 だからテェレーヌは今日も、淡々と仕事をこなすのみだ。


 切り捨てられないように、しっかりと、確実に。








 毎日がつまらない日々。


 そんな時間を積み重ねていたテェレーヌの前に、ある一人の男性が現れる。


 その男性の名前は、アベル。


 アベル・シドライド。


 雰囲気から、一目で濡れ衣で牢屋に連れてこられたのだとわかった。


 けれど、テェレーヌにはどうする事も出来ない。


 同情し、過ごしやすいようにすることぐらいしかできなかった。


 彼は最初は絶望しきっていた。


 だが、テェレーヌが親切にすることで、アベルは希望を見出したようだ。アベルの罪は重い、この牢屋から出る事ができない身分だと言うのに。


 余計な事をしてしまった、と罪悪感を抱えているテェレーヌにある仕事が舞い込んできた。


 囚人達の間で、脱走計画がねられているという。


 囚人を逃がしてしまうと、彼等を担当している看守達は全員くびになってしまう。


 だから、本当ならば何が何でも阻止しなければならなかった。


 テェレーヌは、苦渋の決断をして、アベルに協力するように依頼した。


 刑期を短くするなどという、できもしない約束までして。






 結果は上々だった。


 脱走計画を企てた人間も、計画の全貌も全て判明した。


 テェレーヌは教えてもらったその情報を、同僚と共有。


 計画の綿密性と、関わる者達のほとんどが重罪人であるという点を考え、処分することになった。


 テェレーヌはわずかな胸の痛みを無視して、囚人達を殺傷するための銃を手入れする。


 処分実行はわずか数時間後。


 その時にはきっとテェレーヌは赤い血だまりの上に立っている事だろう。


 まさか、撃てないなどと言って、引き金を引けない事になるなんて事はないはずだ。


 囚人達と顔を合わせたくないなどという、そんな自分勝手な思いが許されるわけがない。


 だってテェレーヌ達は、生きなければならないのだから。


 辛い感情を、胸の奥に押し込めた。



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囚人アベル・シドライドと看守テェレーヌ 仲仁へび(旧:離久) @howaito3032

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