囚人アベル・シドライドと看守テェレーヌ

仲仁へび(旧:離久)

第1話



 アベル・シドライドはただの平民だった。


 大仰な陰謀に関わるはずのない、ごくごく普通の人間だった。


 しかし、彼は不幸な事にテロリストに目を付けられてしまった。


 家族を人質にとられたアベルは、貴族の暗殺を依頼される。


 その貴族は、獣人や竜人などを、人と同じく扱おうと考えていた人間だった。


 アベルのいる国では、種族に対する差別が過激で、人間以外の種族の物が道を歩くには鎖につながれていなければならなかった。人でないものがその国で生きていくには、誰かに所有されなければならなかったのだ。


 そんな現状に意を唱えた人間が、その貴族だったというわけだ。


 しかし、命を売り物にする連中は当然それを良く思わない。


 細工師である職業から、鍵開けの技術だけは一級品だったアベルは、彼等に目をつけられてしまったのだ。


 貴族の邸宅に侵入したアベルは、ナイフを振りかざした。








 結果、アベルは貴族に重症を負わせて、牢屋に繋がれる事になった。


「一生この牢屋から出る事はないだろう。無様に後悔して生きるんだな」

「おれは、利用されただけなんだ。仕方なかった! 信じてくれ!」


 犯した罪の大きさで、生涯一度も牢屋から出る事ができない身になってしまったアベルは、悲嘆にくれるしかなかった。


 毎日が絶望の色に染まっていた。


 しかし、そんな彼に目をかけたのは、看守の一人である女性テェレーヌだった。


「かわいそうな人。私は貴方が濡れ衣を着せられている事を信じるわ」

「俺のいう事を信じてくれるのか?」


 テェレーヌはいつもアベルに良くしていた。


 他の囚人のもめごとに巻き込まれて傷を負ったアベルを手当てしたり、他の看守の嫌がらせで食事を少なくされた際に食料を分け与えたりなど。


「不当な罪を着せられた者は虐げられているなんて間違っているもの」とテェレーヌはいつも言う。


 アベルはすっかり、彼女の事を信頼していた。


 他の看守は暴力的だが、彼女はそうではない。


 思いやりのある、とても優しい人間だった。


 囚人たちの一部では、脱獄計画なんて持ち上がっていたが、正面から信頼を勝ち取ろうと思っていたアベルには興味のない事だった。


 しかし彼は、テェレーヌのその態度が偽りであることを知る。








 ある日、テェレーヌはアベルに頼みごとをしてきた。


「調べてほしい事があるの。一部の囚人達が脱獄計画を練っているらしいわ。だから、その話を調べて教えてほしいの」


 テェレーヌはそうしたら、アベルの刑期を短くすると言った。


「どうか私を助けてちょうだい。うまくいったら、貴方の刑期が短くなるように、上にかけあってみるから」


 アベルは喜んで引き受ける。


 そして、荒れくれ者達ばかりの囚人に必死で媚びをうって、交友を結び。


 根気今季強く、彼等の話に耳を澄ませた。


 時間はかかったが、結果は出た。アベルは、脱獄計画の情報を調べ上げていった。


 そして、十分な情報が集まった頃、テェレーヌにその話を伝えた。


「ありがとう。これで、この監獄の秩序が保たれるわ」


 にっこりと笑ったテェレーヌが約束を破るようには思えなかった。


 アベルはすっかりこの頃には、彼女を信じ切っていたのだ。









 しかし、とある晩。


 銃を持った看守達が囚人が寝泊まりしている区画にやってきた。


 それは、囚人たちの脱獄計画が行われる一日前の事だった。


 銃がつきつけられる。


「お前達の企みはすでにばれている。外に出ようとする凶悪犯罪者など処分してくれるわ! 残念だったな!」


 そういって、銃声が何度も上がり、そのたびに囚人が倒れていった。


 最後に残されたのは、アベルだけだった。


 アベルは、彼らの仲間のふりをしていただけ、だから見逃してもらえる。


 そう思っていたが。


「お前ももう用済みだ。今まで情報提供ご苦労だったな」

「そんな、なぜだ」

「へっ、凶悪な犯罪を犯したものが、何をやっても許されるわけないだろ」


 アベルは銃で撃たれて、他の囚人達と同じように由香に倒れ伏す事になった。


 そこでようやく、アベルは自分が騙されていたのだという事を思い知った。


 その場に姿を現さないテェレーヌは最初から自分を騙していたのだ、と。


 自分の事を都合の良い道具としか思っていなかったのだ。


 アベルは後悔の念を抱きながら、意識を落とした。


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