END, END, END or END
海山蒼介
エンドの形
「ハッピーエンドって、なんか嘘くさいと思わない?」
「……急にどうした?」
天井から床に掛けて、コの字状に八畳の部屋を埋め尽くす小説のタワー。
その真ん中で、姉が椅子に腰掛け、俺は床で胡坐をかいた状態で互いに読書に興じていた。
俺達を囲うこの小説の壁は、全て姉の所有物だ。
買って読んではその辺に置き、新しいのを買ってはすぐに読み切り、既に読み終えた本の上に重ねていく。
そんなことを繰り返して早五年。いつの間にか、彼女の部屋はこんな有り様となっていた。
彼女の読み終えた作品を数えようとすれば、途中どこまで数えていたか分からなくなってしまうのは必然だろう。
定期的に新しい物を仕入れているので、未読の作品も無いことはないが、それでも全体の一割にも満たない。
ネットや配信等が主流となり、本を読むことが少なくなった今の時代にとって、これ程の読書家は稀有な
自分でもそんな姉を不思議に思っていたが、特に変わり者だと思ったり、嫌な風に思ったことはなかった。
単純に本好きが行き過ぎているだけだろうし、こうして小説を貸してくれたりもするから、別段嫌う理由もない。
まあ、まだ読んでいない小説が手に入った時、意地でも自分より先に読ませない強情さはどうかと思うが。
ネタバレを嫌うのは理解出来る。が、こっちが推理ものを読んでいる時に悪戯で犯人をバラしてくるのは理解出来ない。
人にされたくないことは人にしないという小学生でも知ってるような教訓を、どうやら彼女はどこかに置き忘れてしまったらしい。
読書好きにしては中々腐った性格をしているが、それでも俺は彼女のことが嫌いではなかった。
そんな姉が、突然おかしなことを訊いてきた。
ハッピーエンドが噓くさい?
今読み終えた小説の終わり方が気に入らなかったのだろうか。急にそんな変なことを呟くなんて。
読み切った小説を閉じ、新たにまた塔の高さを更新していく姉に、向かい合った状態で別の小説を読んでいた俺は目を向けると。
「みんながみんな幸せになって物語はおしまい……。そんな都合のいいことが起きる訳ないのにね」
「おうおう、ま~たひねくれたこと言っちゃって」
「だってそうでしょ?現実じゃ絶対こうは上手くいかないわ。死んだと思っていた仲間が実は生きていて、苦難の末に主人公達は巨悪を打ち倒し、最後はみんなで笑顔のまま幕が引かれる……。絵空事にも程があるでしょ!」
妙な論説を熱く語り出すと、姉は一旦その場から立ち上がり、まだ読んでいない小説がないか本の塔を漁り始めた。
また崩れると掃除が大変だな。いい加減本棚を設置しなきゃ。
「じゃあバッドエンドの方が好きなのか?」
「バカ言わないで。なんでみんなが不幸になってる話で喜ばないといけないのよ。あたしだってそこまでひねくれてる訳じゃないわ」
ハッピーエンドが気に入らないと言ってる時点で、もう充分ひねくれていると思うが。
「なら何が好きなんだよ。ハッピーエンドも嫌い、バッドエンドも嫌い。何が姉貴を満足かつ納得させるんだ?」
「そこはやっぱりビターエンドじゃない?目的は達成したけれど、それと引き換えに自分は大切な仲間や恋人を失ってしまう……。一番リアリティーがあって、しっくりくるでしょ?」
「はあ、なるほどね……」
俺が一枚ページを捲りながら返すと、姉はムッと不服そうな表情で。
「なるほどねって、適当に流すんじゃないわよ。そっちが訊いてきたんでしょう?」
「一番先に訊いてきたのはそっちだ」
「うるさいわねぇ。そういうあんたはどうなのよ。あんたはどんな終わり方がご所望なの?」
今度はこっちの好みについて尋ねてきた。
ふむ、どんな終わり方……か。
俺はしばらく考え込んだ後、塔のてっぺんにある小説を手に取ろうとつま先立ちしている姉にその答えを告げる。
「俺は、どんな終わり方でもそこまで気にしないかな」
「ふーん、どうして?」
意外な顔をして振り向くや否や、姉が更に深く問い掛けてくる。
その問いに、俺はまた新たにページを捲りながら。
「ハッピーエンドにバッドエンド……。あと、姉貴の好きなビターエンドもそうだけどさ、道や過程がたくさんあっても、終わり方に幾つかの種類があっても、物語の結末は必ず一つに決められてるだろ。結局さ、どんな形であれ、最終的にはトゥルーエンドっていう一つの結末に集約されると思うんだよ」
「まあ、分からなくもないけど……。それがどうしたって言うのよ?だからあんたは気にしないって?」
「うん。それ以外の終わり方もきっとあったんだろうけど、その物語を作った人があれこれ考えた末に『コレだっ!!』って決めた
そう答えると、姉はようやく見付けたまだ未読の小説を片手に、何やらさっきとは違った意味で不服そうな表情を浮かべて。
「な~んか強引な理論ね。達観してる感じも地味にムカつくし」
「言ってろ」
せっかく質問に答えてやったというのに、何で文句を言われなければならないのか。
次にまた質問が来ても絶対に答えてやんないと誓い、不貞腐れた俺は小説の内容に集中することにした。
そんな俺の姿を前に、姉は再び椅子に腰掛けると、
「でも、ちょっと好きかも」
そう呟くなり、微笑みながら次の新しい小説を開き始めた。
END, END, END or END 海山蒼介 @hanakaruta
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