第8話

 逃げ出したあと、庄太郎は警察署に行こうとはしなかった。あの目が怖かったからだ。庄太郎はしばらくの間アイツが追いかけてくると思い震えていた。しかし以外にも追手らしいものは来なかった。

 庄太郎はついに住む場所をなくした。なので、庄太郎は住み込みで働けるところをさせてもらえるところ探した。

 履歴書もない、未成年の人間を雇ってくれるところなどほとんどなかった。その間は庄太郎はただ店の続く方向へ足を進めた。

 庄太郎はなんとか住み込みで働けるところができた。そこは飲食店であった。しかし、従業員は皆、客ではなく他の何かに対して接客しているように、まるで何かに取り憑かれたように動いていた。(それは働いているような活力を感じなかった。)それが怖かった。庄太郎のことを褒めてくれることもあったが、それは客に高いメニューを勧めた時だったり、全て金に関するものだった。

 庄太郎にとって心が安らぐのは寝るときだけで、その時ですら将来への不安で眠れず本当に安心できるとは言えないような夜が多かった。

 ある日、庄太郎がミスをしてしまった。ミスは今までもいくつかしており、そのたびに注意を受けてきた。しかしその日は皿を割ったり、オーダーを忘れたり今までにないほどミスが多かった。疲れていたのだろう。顔色も良いものではなかった。考えてみれば庄太郎はここに来てから一度も休んでいない。もちろんそんな立場ではないが休みがほしかった。すると、店長がやってきて庄太郎を裏に連れていき、怒鳴った。内容はお前のせいで店が損失を受けているという旨のものだった。庄太郎はその店長の目にあのときの木下と同じものを見た。庄太郎への気づかいなどまるでなかった。まるで庄太郎に対して俺が機械の様に働いているのだからお前も金のことを第一に働け、と言っているようだった。庄太郎はそれがなぜかどうしようもなく怖くなってしまい、また逃げてしまった。

 それから庄太郎は場所を転々としていき、自分が今何県にいるのかさえ分からなくなっていた。庄太郎がこの期間で学んだことは多くの大人が正体のわからない、実体の無い何かに取り憑かれて動いているということであった。

 それは庄太郎がいつものように土下座して、住み込みで働こうとしているときであった。そこの店主は今まで見たことがないほど優しかった。

 そこの店は夫婦で営んでおり、店主の名前を本田勝政といった。夫婦は庄太郎に土下座を辞めるように言い、住み込みで働くことを許してくれた。庄太郎は最初この夫婦も木下のような人間だと思っていたが、庄太郎がミスをしても優しく許してくれた。夫婦になぜこんなことをしているのかを訊かれたので庄太郎の事情を話すと、夫婦の家に住まわしてもらえることになった。店で寝ることもあった庄太郎とってそれはとても嬉しかった。

 庄太郎は次第に夫婦を信じるようになっていった。夫婦も庄太郎を信じてくれていた。それは庄太郎が憧れていたものそのものであった。夫婦は金に関すること以外にも、庄太郎自身の成長を喜び、褒めてくれた。

 本田夫妻には、庄太郎と同じくらいの一人娘がいた。その娘も夫婦に似てとても優しい人だった。庄太郎はある時、本田家族に庄太郎の癖について話したが、聞いたあとも理解した上で何もなかったかのように接した。

 ここに来て丁度一年経った。庄太郎は近頃一年以上同じところで暮らす事がなかったのでいろんなことを感じた。本田家族は一年記念として庄太郎を祝ってくれた。庄太郎は完全に本田家族の一員になっていた。庄太郎は風呂に入りながら、これまであったことを思い返して目一杯泣いた。涙は湯気に触れてか温かかった。

 このあとのことは、本田夫妻の一人娘との関係もよく、夫婦ならの後押しもあり結婚し、仕事の方も店を任されるようになりいつしか店の後継ぎに選ばれ、子供にも恵まれたが、それについては書かないでおく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

自分として生きる 月下美花 @marutsuki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ