貴方のDNAを、5Gの電波から守るためには

竹尾 錬二

貴方のDNAを、5Gの電波から守るためには

 ――ねえ、貴方は、覚えているだろうか? コロナウイルスという陰謀に侵される前の、美しかった世界の姿を。


 西暦2023年、世界保健機関WHOは世界に向けて、人類の新型コロナウイルスに対する勝利宣言を発表した。地球上の全人口の93%にワクチンの接種が終了し、現在確認されている患者の数は世界で三千人に満たないと。日本での新規患者の報告人数も一桁で横這いを続けている。喉元過ぎれば熱さを忘れ、既に世間は終息の空気に包まれていたが、WHOの発表は、長い抑圧の日々が終わった事を告げる明烏の声として響き渡った。

 世界中の新聞は一面でこのニュースを報じ、SocialDistanceという文字に赤い×印をつけ、フリーハグを求める若者の姿が報じられると、すぐに各地でそのフォロワーが現れた。3メートルの高さまで、使用済みのマスクを積み上げて燃やして見せた学生は、その幼稚な行いをアート・パフォーマンスとして称して憚らなかったが、腕に火傷を負った上、消防法違反で逮捕されて物議を醸した。 

 はしたなく公衆の面前でキスをするカップル達の姿も多く報じられたが、LGBTへの配慮の為、男性同士、女性同士でキスをする姿と並べて報じるのが報道のマナーとされた。

 世間は、抑圧からの解放をダシにした乱癡気騒ぎに興じていたが、心あるものは皆、沈痛な面持ちでそれを眺めていた——この、世界を巻き込んだ人類史上最大の壮絶なマッチポンプの茶番劇を。

 アメリカのディープステイツが生み出し、世界に広めた新型コロナウイルス。その実態は、731部隊の研究結果を元に作られた人工的な細菌兵器だ。WHOもアメリカも、その走狗と成り果てた日本政府も、全てを知りつつ、沢山の尊い命が失われる事を承知で世界に悪疫を振りまいたのだ。

 彼らの真の狙いは、恐怖で人類を統制し、予防と偽ってワクチンを接種することだった。新型コロナウィルスのワクチンは人間のDNAを改編してしまう。DNAとは人間にとって変え難い、アイデンティティを司る重要な情報だ。それを改編されるということは、人間の精神そのものを政府の都合のいいように書き換えられてしまうことに等しい。それなのに、何故若者達は嬉々としてワクチンの接種に向かうのか。私には理解不能だった。政府の洗脳政策が、若者達から考える力を奪っているのだ。

 ワクチンの効果はDNAの改変に留まらない。ワクチンと共に注入される液体は高濃度のハイドロジェルであり、人体に注入されると、マイクロチップを通じて5Gの電波を受信して、DNAを改編された細胞を自在に操作する力を持つ――即ち、人体を直接インターネットに接続し、記憶や知識をそのままにして行動力を奪い、思考に干渉し、端末として管理下に収めてしまうのだ。

 コロナウイルスは、人類を全て己の監視下に置くことを企む、ディープステイツの陰謀、ID:2020計画によるものである。我々は、その大罪を暴かなければならない。

 既に、世界人口の93%がワクチンを接種され、ディープステイツのコントロール下に置かれてしまった。憐れな彼らは、もう私たちと同じ人類と呼べる存在ではない。己で思考する能力を失った、一個の端末に過ぎないのだ。

 私たちは、結束し、戦わなければならない。この地球上で魂をもった人間は、もう7%しか残っていないのだから。


   ◆


 この世界に隠された陰謀を私に伝えてくれたのは、インターネットで知り合ったヤマノベさんという方だった。ヤマノベさんは健康食品に関するBBSで、現在の日本人の食生活に対して警鐘を鳴らす、憂国の士だった。

 私はかねてから自然農法や健康食品に関心を持ち、野菜は勿論無農薬、毒である白砂糖は一切使わず、マーガリンもスナック菓子も一切与えず、健康的な食事で息子の高徳たかのりを育ててきたつもりだ。だが、愚かな私は現代社会によって、あらゆる食品が化学物質によって毒されていることを知らなかった。

 ヤマノベさんは、半端な健康食品で妥協する有象無象とは心構えが違うと私を見込み、専用のチャットルームに招待してくれた。

 チャットルームに入る前に、何度もWIFIを使っていないか確認された。幸い、私の家は固定回線で、電波機器は使用していなかった。

 ヤマノベさんは、社会にとって都合の悪いことを知り過ぎたせいで、政府による思考の電波盗聴を受けていると私に明かした。今は、頭にアルミホイルをグルグル巻きにして、目張りをした地下室で暮らすことで、辛うじて思考盗聴を防いでいるという。

 他人のプライパシーを侵害し、苦痛を与えるアベ政権の卑劣なやり口に、私は強い怒りを覚えた。

 ヤマノベさんは部屋の四隅に、空き缶を針金で巻いた奇妙な器具を設置していた。聞けば、生命力エネルギーの強力な集中フィールドを生成し、細胞修復に最適な環境を作り出すテスラ缶という機構で、簡単に自作が可能らしい。私は彼の博識さに畏敬の念を抱かずにはいられなかった。


『白砂糖が有害な毒であることは言うまでもありません。マーガリンも同様です。マーガリンを自分の子供に与えている親は、石油で作られたプラスチックを食べさせているのと同じ事なのですよ。

 そして、砂糖だけではなく、現在売られている食塩も殆どが有害です。

 現在の食卓で使用されている塩は、食品ではありません――NaClという記号で表される、化学物質の一種にすり替えられているのですよ。

 和多志わたしたちの食卓は、今や全てが化学物質で汚染されているのです』


 私は、目の前が暗くなる程の衝撃を受けた。

 今まで私たちが塩と思って使っていたものは、無機質なNaClという記号で表される化学物質に過ぎなかったのだ!

 この恐ろしい事実を知っている人間が、一体日本に何人いるだろう?

 日本人の知能は、どうしてこれ程までに低下してしまったのだ。

 全く、義務教育の失敗としか言いようがない。 


 そう私が嘆くと、ヤマノベさんは更に恐ろしい事実を私に伝えた。


『それこそが政府の陰謀なのです。政府は、和多志わたしたち日本人を無知のまま、都合よく扱おうとしているのですよ。

 現在の教育は、愚かに、より人間を愚かにする方向に進んでいます。

 遠からず、日本人の殆どが、政府の家畜への成り下がるでしょう。

 和多志わたしは、それに抗いたいと思っています。

 ――ですが、日本政府はそんな和多志わたしの事を危険視して、毎日のように思考盗聴と電磁波攻撃を加えてきます。

 遠からず、和多志わたしは政府に消されることになるでしょう。

 その前に、貴女に和多志わたしの知る世界の真実を伝えたいのです』


 国士。

 ヤマノベさんこそは、この国を憂いる、真の国士だ。思わず目頭が熱くなる。

 私は、そんなヤマノベさんを迫害する、この国の政府が憎くて堪らなくなった。

 世界に誇れる美しい日本は、一体どこに行ってしまったのだろう?

 今や、正しい者は迫害され、既得権益に目が眩んだ愚者ばかりが政府の中枢を牛耳っている。

 それも、全てディープステイツという組織による、世界を裏から支配しようとするアメリカの陰謀なのだ。

 GHQの支配から七十年が経っても、日本は未だアメリカの属国に過ぎない。

 私たちは、真の独立を勝ち取らなければならないのだ。


 私は朝となく夜となく、どうすればディープステイツの支配に抗えるかばかりを考えるようになり、やがて蟀谷こめかみに強い痛みを覚えるようになった。

 

 ――ああ、私にも、政府からの電磁波攻撃が始まったのだ。

 ヤマノベさんに対応を相談しようとしたが、彼とのチャットは既に繋がらなくなっていた。

 今までも、インターネットに接続する事するら危うい状況だ、と幾度も口にしていたのだ。

 これからは、私独りで戦わなければならない。 

 受け取ったバトンの重みに、眩暈さえ覚えた。


  ◆



 私は、人間のDNAを書き換え、インターネットに接続してしまうコロナウイルスのワクチンには決して近づかなかった。

 勿論、息子夫婦にも5Gの電波の危険性と、メディアで報道されているコロナウイルスの流行が全て陰謀である事を、何度も繰り返して電話で聞かせた。

 高徳たかのりは聡明な子だ。

 幼い頃から、害になるようなスナック菓子は決して与えず、言いつけを破り、隠れて友人からゲーム機を借りてきた時には、目の前で粉々に叩き壊してみせた。私の言う事には従順な良い子に育った筈だ。

 嫁の美智子は子供にファーストフードでも平気で与えようとするような知識の足りない娘だったが、きっと高徳が正しくしつけてくれる。

 ――そう、信じていた私が、愚かだった。


 WHOの新型コロナウイルスに対する勝利宣言から始まった乱痴気騒ぎも落ち着いてきたある日、高徳が嫁の美智子、そして、孫の美登里みどりと陽太を連れて家に遊びに来た。美登里と陽太は5つと4つの年子。可愛い盛りだ。

 だが高徳と美智子は、いつもと違って妙によそよしく、互いに目線を交わし合っては、何か意思の疎通をしようとしているようだった。その仕草は、端末に成り下がってしまった人間達の、5Gの電波を通じてインターネットで会話する様子を連想させて、気分が悪くなった。

 嫁の美智子が、子供たちに何かコソコソと私に聞こえないように小声で囁いているのも、不気味だ。

 私は、心の中の疑念を隠しきれなかった。


「貴方たち――何か、私に隠し事でもしているの」


 高徳が、何か言おうとして口ごもった。

 美智子は高徳に冷たい視線を送ると、私をきっと見据え、信じられない事を言った。


「お義母様も、そろそろコロナウイルスのワクチンを打たれた方が良いのではないでしょうか?

 仰るような危険なものではないという臨床結果も出ていますし、私も付き添いますので……」


 媚びるような上目遣いのまま、子供に言い聞かせるような口調で、美智子は私に微笑みかけた。

 この嫁が一体何を言っているのか、理解するのに数秒を要した。


「美智子さん! 何を言ってるの! あれ程言って聞かせたじゃない!

 コロナのワクチンはね、一度打つとDNAを書き換えられて、二度と戻らなくなってしまうのよ!

 その上、5Gの電波でインターネットに接続されて、人間ではない存在にされてしまうの!

 貴女も見たでしょう! 電波の影響で体に砂鉄が付くようになった人の写真や、二度と妊娠できない方らになってしまった人の証言を!

 貴女は、それでもワクチンを打とうって言うの!?」


 美智子は、拗ねたような顔で冷たい目線を高徳に向けた。

 高徳が何かを言おうと口を開きかけ――


「おばあちゃん、注射をするのが怖いの?

 ぼく、注射平気だったよ! 泣かなかったよ!」


 陽太が、シャツの袖を捲り上げ、小さな肩の絆創膏を誇らしげに見せた。


「陽太ッ!」


 美智子が、慌てた様子で陽太を抑え、シャツの袖を下ろして注射の痕を隠した。

 私は、呆然とした。


「貴方たち……ワクチンを打ったの……!?

 こんな小さな、美登里みどりと陽太にも……?」


 怒りで、手の震えが収まらない。

 息子たち家族は、全員ワクチンを打ってしまった――即ち、息子の高徳も、こんな小さな美登里と陽太まで、全員DNAを書き換えられてしまい、5Gの電波に接続されてしまったのだ!

 「おばあちゃん」と私を慕ってきた、在りし日の美登里と陽太の姿が目蓋の裏に浮かぶ。

 さっき、言葉も交わさず高徳と美智子が頷き合っていたのは幻覚ではなかった。 

 二人は、既にインターネットの回線を通じて電波で会話をしていたのだ。

 陽太の言葉も同様だ。仕草は今までと同じでも、それは全て思考盗聴によって、記憶を再現させたものに過ぎない。

 可愛い孫たちの未来は、永遠に失われてしまったのだ。

 全て、愚かな嫁の美智子のせいだ。

 ワクチンとは、人間性の全てを奪ってしまう魂の殺人だと教えていたのに。

 

 悔しくて涙が止まらない。

 私は膝をつき、大地を叩きながら叫んだ。


「どうしてぇッ!

 美登里みどりを返してェェェっ!

 陽太を返してェェェっ! この人殺しぃぃぃっ!」


 美智子が、慌てふためいたような様子を見せた。


「お義母様、またご近所の迷惑になりますから――」


 へらり、と美智子は不細工な作り笑いを顔に貼り付けた。

 ああ、この顔は見た事がある。

 電磁波攻撃の被害を訴えるため、警察署に行った時の警察官と同じ顔だ。

 この国は、既に警察官は全てワクチンを打ちこまれて思考を操作されている。

 どれだけ訴えても無駄だったのだ。

 見れば、周囲の家々の窓が開き、じっとりとした無数の視線が私を監視していた。

 ディープステイツの支配下にない人間が存在する事が、そんなに不都合なのか。

 

美登里みどりぃぃぃ、陽太ぁぁぁ……」


 私はただ、もう本当の意味で泣くことすらできない孫たちの代わりに涙を流した。


「おばあちゃん、大丈夫だよ。ぼくはここにいるよ」


 陽太の姿を乗っ取った何かが、不気味な笑い声を上げた。

 その紅顔は、以前の何一つ変わらなぬようにも見える。だがそれは、ネットワークが陽太の記憶を奪って作り上げた虚像に過ぎないのだ。

 陽太と美登里の仕草が以前と似ていれば似ているほどに、私の絶望はより深みを増した。

 もう、抜け殻に返事をする必要は無い。

 私は、気分が悪いと言って、自分の部屋に籠ることにした。


 そして、私は布団を被って寝たふりをして機会を待った。 

 部屋の前で、ボソボソと美智子と高徳の抜け殻が何かを喋っているのが聞こえたが、耳を貸さなかった。 

 二人が部屋の前から離れた隙を見計らい、私は、今や私の命そのものより大事なノートをアタッシュケースに収め、窓から抜け出して車へ駆け込んだ。


「あなた、お義母様が――」


 美智子の焦った声が聞こえる。

 私は、全力でアクセルを踏んだ。



   ◆

 


 逃避行は、直ぐに困難に見舞われた。 

 車を走らせていると、ぐらりと地面が揺れ、山道のカーブを走っていた車体が、ガードレール側にずるりと動いたのだ。

 地震兵器ケムトレイル!

 まさか、私一人を足止めするためだけに発動させるなんて!

 政治への不満を自然災害によって目を逸らさせるため、時の政権は幾度も地震兵器による人工地震を起こすという愚行を繰り返してきた。

 だが、一個人を相手に発動させるなんて、度を越している。

 『真実』に気付いた人間が存在するということに、政府は恐怖を覚えているのだろう。

 私は政府に自分の行動履歴を管理されないよう、カーナビを外した車を使用していたが、今この時も、全国各地に配置された隠しカメラは私の車の行き先を追い続けていることだろう。


 私は、路肩に車を乗り捨てて、見知らぬ林道へと分け入った。

 林道沿いに山を登ると、木々が開け、眼下には鄙びた田舎の田園風景が広がっていた。

 山際に落ちる赤い夕暮れと、畦道を彩る真っ赤な彼岸花。

 どれだけ世界がインターネットに支配されようと、まだ世界には愛でるべきものが残っている。

 

 ――遠からず、政府の特殊部隊が私を包囲し、麻酔銃を打ち込んでくるのは予想できている。逃れる術はない。

 次に目覚めた時には、私はワクチンを注射され、5Gの電波によって操作される、ID:2020計画の生ける端末へと成り下がっている筈だ。

 だが、私は私の尊厳にかけて、そんな未来は断固として拒絶する。

 

 私は、本当に「生きる」という事を知っているから。


 肌を撫でる夏風の涼しさを。

 草木萌ゆる、春の大地の温かさを。

 薄氷を叩き割った時の、冬の水の冷たさを。

 首を垂れた稲穂を照らし出す、秋の黄金色の日差しを。

 私がこれまでに愛した世界の全てを、最期まで私のままで愛おしんでいきたいと思うから。

 

 5Gの電波によってインターネットに接続される前に、私は自らの人生の幕を己自身で閉じようと思う。

 これが、私にできるささやかな抵抗だ。 

  

 愛する息子の高徳を、そして美登里みどりと陽太と未来を奪ったディープステイツのID:2020計画を、私は決して許しはしない。 

 最後に。

 今まで私が書き留めてきた、この世界についての真実についてのノートを、奴らに見つからない場所に隠しておこうと思う。

 何重にもジップロックを重ね、アタッシュケースに入れてこの山に埋めるのだ。

 このノートを見つける人間が、どうかワクチンを打たれていない本物の人間であることを祈りたい。

 いつの日にか、きっと本物の魂を持った人間が現れ、『奴ら』の作り上げた歪んだ世界を破壊してくれる――

 私は、そう信じている。

 

 ――貴方に、この世界の真実を教えます。

 ――きっと、貴方の世界は、このノートを読む前と後では一変しているでしょう。

 ――全てが信じられなくなるでしょう。

 ――貴方には、その覚悟がおありですか?

 ――貴方は、どんな親しい人間にも、ここで知った事を喋ってはなりません。

 ――貴方がこの世界の秘密を知っている事を、奴らに知られてはなりません。

 ――まず、最初に。

 ――貴方のDNAを、5Gの電波から守るためには――


 終

 

 

・現在、インターネットで流布されている危険な医療デマの数々に反対致します。

 新型コロナウイルスに感染されて闘病中の方々、及びそのご家族に、

 心よりお見舞い申し上げ、一刻も早くご快癒される事をお祈り申し上げます。


 

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