雨
さとすみれ
1話完結
ザーザーと降る雨が傘に打ちつける。
僕は音楽が流れているスマホをポケットに入れ、バックグラウンドミュージックとして流しながら歩いていた。隣で傘をさして歩く修斗は無言だ。おそらく聴いているのだろう。
僕も無言だった。しかし、僕は音楽を聴いているわけではなかった。今まで言い出せなかった「ある事」を言おう。いや言えない。だけど言わないと。と心の中でずっと格闘していた。その間、お腹が少しずつ痛み始めた。言わなきゃ。僕には「時間」がない。
雨が弱くなり、傘に打ちつける音も小さくなる。音楽がよく聴こえるようになった。
僕は決心してサブバッグから紙袋を出した。
「なんだそれ」
修斗は聞く。僕は紙袋ごと修斗に渡した。
「……え。俺に」
「うん」
「今開けてもいい」
修斗は僕に聞いてくる。修斗は僕より少しだけ小さい。だから僕の顔を覗き込むような形だ。僕は返事をする代わりに頷いた。
修斗は開ける。その時、紙袋を閉じているセロハンテープが取れにくかったのか「うーん……」と言いながら開けていた。結局彼は「いいや」と言って紙袋を破って開けた。
修斗は中身を見た後、僕を見てきた。中身に驚いたからだろう。僕は修斗の目を見て言った。
「腕時計だよ。僕さ、癌で。もう手術とかしても治らないんだって。こんなに元気なのに癌とか信じられねぇ。知ってる。腕時計って「離れていても同じ時を過ごそう」って意味があるんだって。僕はもう死んじゃうけど、修斗と同じ時を過ごしたくてさ」
息継ぎなしで一気に言った。息継ぎしたら泣きたくなっちゃうから。言えなくなっちゃうから。僕のお腹はどんどん痛くなる。
傘に打ちつける雨の音はもう聞こえない。スマホから流れるBGMだけが聴こえる。地面には僕と修斗の影ができている。僕は傘を閉じて修斗のいる方とは反対側を向いた。修斗の方は見れなかった。
修斗はまだ傘をさしっぱなしだ。何を考えているのか。僕に怒っているのか。はたまた信じられないのか。僕は修斗に言った。
「傘閉じない――」
「なんで言ってくれなかったんだよ」
僕の言葉を遮るように修斗は言ってきた。初めて聞いた強い口調。しかし、その声は震えていた。泣いているんだ。僕は咄嗟に思った。
「ごめん……」
僕は修斗にこれしか言えなかった。僕のお腹は今までで一番痛む。
「うっ」
僕は道に倒れ込んだ。修斗が何か言っている。僕は修斗の手を握った。もう声は出せなかった。心の中で修斗に向かって言った。……上で……会お――
雨 さとすみれ @Sato_Sumire
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