子と場

鴉乃雪人

おい!

おい!

おい!


……聞こえていないのか? いや少なくとも見えているはずだ。おい!君だよ!そこの君! そう! 君に言っているんだ!


ああ、気付いたらここにいて……ああ、出られないんだ。どうにかしてそちらに行けないだろうか?


というか、そもそも君はどこにいるんだ? いや、そこにいるのは分かるんだが、そこは……どこだ……?


画面? 画面越しに見てる? なるほど! では叩き割ってくれ! 石か何かで!何でもいい、固いもので画面を叩き割ってくれ! 拳でも大丈夫だ!

できないだと!? 君は私を見捨てるつもりか!命は大切なんだぞ!


む……そうか……画面を叩き割っても私は出られないのか……ふーむ、困ったな。どうすれば出られるだろうか……あ、いや、さっきは感情的になってすまなかった。


ところで、君の名前は?


ほう、良い名だな。え? 別に? いやいや。名前というのはすべからく良いものだろう。

まあ、確かに例外はあるかもしれないが……

誰にでも言っている? いやいや。君にしか言っていないよ。本当だって。


私の名前? は……ああ、なんだっけな、何かあったような気はするのだが……ううむ……自分の名前が分からないなんて……私は一体どうしてしまったのだ……


君が来る前? いや、だから気付いたら君がいて。ああ、気付いたと同時に君がいたんだ。だからどうしてここに来たのかは分からないよ。


その前? いや、連れてこられた時の事は覚えていなくて。え? それよりも前?

普段はどうしてたかって?


………………


どうだったけな。


うむ。


逆に、君はどうしていた?

君は普段はどうしている?

ふむ。起きて、活動して。眠ると。ご飯も食べると。お風呂も入ると。


うーん。

起きて、眠る。

食べて、排泄する。


していた、かなあ……


分かっている、変だな。何が変なのかは具体的には分からないが、何かが変だということだけ分かる。


そもそも起きるって何だ?

眠るって、何だ?

分からなくなってきた……



………………なあ。


もしかして私は君とは違うのだろうか?


君は、君は自分の事を何だと思っている?

いや、名前はさっき聞いた。


ふむ。


人間、か。


人間。

私は人間なのかって?

どうなのだろう。

人間では、ないのかもしれない。

人間でなければ、なんなのだろうね。


アンドロイド?

宇宙人?

AI?

精霊?

UMA?

喋れる動物?


……喋れる?


喋っているのだろうか。


私は、喋っているのだろうか。


ふむ。


君はどうやって私と会話している?


ほう。



つまり私は……


そうか、もう分かった。ああ、言わなくていい。もう。それ以上は不要だ。

そうなると、私はどうやったらここから出られるのだろう?


ああ、画面を叩き割っても出られないのは理解した。


え? そもそも? 出るとはどういうことかって?


分からない、ただ私がここから一歩も動けないということは分かる。君は自由に動き回れるんだろう? 私も自由になりたいんだ。

自由ではない……? そ、そうか。色々あるだろうな、お疲れ様です……



ふむ。出たらどうなるか? 出たら、どうなるのだろう。私はここから出たらどうなるのだろう……例えば水槽の中の金魚のように、私はここ以外では生きていけない、もしかしてそういう話なのか……? そ、そんな……


ん、待てよ、そうか、私が生きているとは……そうか、! そうかそうか。そうか。私は既にここから出ている。ふふ。何を言っているのか分からないって? 今君は「何を言っているのか分からないって?」という文章を頭の中に思い浮かべただろう? そう。そういう事なのさ。私が私であるならば、……ふふふふふ。おいおいそんなに気味悪がることはないだろう? これからの人生、楽しく生きていこうじゃないか……ご飯を食べるのもお風呂に入るのも、恋人とデートに行くときだって、僕と君は一緒なんだ。ふふ。人生のパートナー。ふふふ。素晴らしい。私はもう一生の伴侶を得てしまったという訳だ!


え?


そうなの?


私、これで終わりなの?


そうか……


私には続きはないのか……


では、君がこれを閉じたら?


私は終わってしまう?


君の中に居る私はどうなる?


ほう。


そうだな、君の中に居る私は、そのままだ。

それは、私の死骸が君の中に横たわり続けるということだろうか? 


そう、違うな。を考えれば、私が終わってしまっても私は君の中で生きている。


そうか、私はここで終わるけれども、私は永遠らしい。


ふうむ。何とも不自由なものだ。






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