とあるコンビニ店員と常連客の少女

@pianono

とあるコンビニ店員と常連客の少女

「157円でーす。」

 営業仕様の直線的な声を出しつつ、ちらりと目の前の客に視線を移した。幼さの残る顔を財布の方に向けているこの少女はこの店———コンビニの業連客である。一週間に一度、毎度同じメーカーのカフェラテを手にレジに現れる。

 そして毎度。

「ちょうど、お預かりしまーす。」

 ぴったしで代金を払う。よくもそんなにも小銭を持っているものだとある意味感心する。

 短いレシートを手渡して、「ありがとうございました」と事務的に彼女を送り出し、気づく。

 俺、ヤバくね?

 現在大学二年生の俺が、中学生ほどの女子を毎週、まじまじと観察している時点でロリコン確定じゃねーかっ!!

 途端に恐ろしくなって、フルフルと頭を横に振った。やめよう、こんな考え。今すぐに。


 学生のバイトとして、コンビニを選んだのは間違いだった。ただ物を売るだけじゃない。商品の品出し・陳列はもちろんのこと、発注から簡単な調理、コピー機やATMの管理、挙句に代行サービスの受付まで。最初の内は何が何だかさっぱりだった。そんな大変なところを、なぜ選んだのか。答えは簡単明確。時給がよくて家から近かったからだ。大学の近くでも良かったが、あの辺は知り合いに会いそうだったのでやめておいた。

 

 この辺の夜はお世辞にも治安が良いとはいえない。千鳥足になったおっさんや、似合わない色で髪を染め、至る所にピアスをしている輩がゴロゴロいる。

 なんとか目立たぬようにと歩いている、そんな時だった。

「一緒に来なよお。」

「お兄さんたちが美味しいもんいっぱい食べさせたげる。」

 誰がどう見たってやばい展開。ここで首を突っ込んではいけない、と瞬時に悟った。できれば面倒ごとは避けたい性分なんでね。

 ・・・・・・しかし、このまま見捨てていくというのは後味が悪い気もする。よし、この場から少し離れたところで警察を呼んでやるからそれまで辛抱してくれ。

 さっさと決断して、早足で立ち去ろうとしたのだが、なにを思ったのか、俺はいざこざの方に目を向けてしまったのだ。刹那。暗闇の中でバチリと目が合う。その瞳は今にも消えてしまいそうなほど弱い光を灯し、こちらを覗いていた。・・・・・・ああ、もう。

「お巡りさん、こっちです!」

 気が付けば、自分のものとは思えないほどの声が、口を飛び出していた。

「こっちです、ほら、早くっ・・・!」

「ちっ、行くぞ!」

「勝手なことしやがって!」

 こんなにも上手くいくとは思わなかった。彼らに歯向かうほどの度胸がなくてよかった。そう、ホッと息を吐いて街にへたり込んでいる少女に視線を向けた。そして、目を見張る。

 今の今まで、暗さで正確なことはわからなかった。ただ、少女ということ以外は。しかし、初夏の月明かりに照らされた少女はコンビニ常連の、あの少女だった。

「あの・・・立てる?」

 努めて明るい声を出すが、それでも彼女の恐怖はおさまらない。彼女から差し出された手は小刻みに震えていた。

「あ、えっと、俺、そこのコンビニでバイトしてて、あの、君もよく来るよね。いつも同じカフェラテ買いに。」

 言ってしまったから、ああしまったと後悔する。これでは俺もあいつらとたいして変わらないではないか。ただのナンパ野郎だ。

「ごめん、そういう変な意味じゃなくて、ええと、なんで言えばいいんだろう・・・」

 俺がしどろもどろになっている横で、少女はスマホをいじり出した。

「え、なにやって・・・」

 まさか、警察。

 ツーっ、と嫌な汗が背中を伝う。しかし、帰ってきた答えは全く違う、声という名の"音"ではなかった。


『私は、耳が聞こえず、話せません。』


俺は、なにもいうことができなかった。その間にも彼女はなにやら必死で文字を打ち込んでいる。


『でも、唇の動きでなにを言っているのかはわかります』


「じゃあ、助けが呼べなかったのも?」

 コクリ。

「そうだったのか。あ、警察と親御さんに連絡は?」


『お母さんは仕事があってこの時間帯は帰ってこれません。』


「お父さんは?」


『いないです。顔も見たことない』


「そっか、じゃあ、俺が家まで送ろうか?」

 だいぶギリギリなことを言っているのは百も承知だ。でも、そうせざるを得ない、そんな気がしたのだ。

 彼女は一瞬ためらったように合わせていた視線外し、またすぐに戻した。

「じゃあ、行こう。」

 その仕草をYESととった俺は一歩を踏み出した。が、すぐに止まった。小さな力で引き止められたからだ。反対側の手は、俺の進路とは反対を指している。

「あ、そっちね・・・。」


 少女に連れられてやってきたのは小さなアパート。コンビニからはそう離れていない。


『ありがとう』


 文字に感情も、ましてや色もない。だが、そこに少し、温かな色があったような気がした。

「どういたしまして。」

 ふ、と微笑みかけると、彼女も少し口角を上げ、ぱっとかけていってしまった。少女が入って行った部屋は真っ暗だった。

 

 帰り道、彼女のことを考えた。彼女はまた来週、157円のカフェラテをぴったし小銭で払えのだろうか。やばい連中に絡まれた時に、今回と同じように声を出せず震えて助けを待つのだろうか。

 そこまで考え、はた、と思う。俺がこんなに気にしたってなんの解決にもならない。ただのロリコンと成り果てるだけ。今すぐ忘れるべきなんだ。だって、日が暮れればもう、ただのバイトと常連客になるのだから。

 夜はまだ、始まったばかり。俺もまた、誰も待っていないアパートの一室への一歩を踏み出す。

 

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