誕生日小話『六車・宮古』
1
アタシはあんまり夢を見ない。
あ、夢って言っても、将来の夢じゃなくて、夜の寝てる間に見る方の夢のお話。
寝つきも寝起きもいい方だって自分で思ってるんだけど、すんなり眠れちゃうくせに、ちっとも夢が見られないから、ちょっとだけみんなより損してる気分。
でも、前にアズにそのことを相談してみたら、
『夢ってのは、寝てる間に脳が記憶を整理してる影響って言われてる。つまり、お前の頭は寝てる間、夢見るほど働いてないってことじゃないか?』
なんていう風に言われちゃった!
それって、なんだかすっごいアタシの頭っぽいって思って納得しちゃったんだけど、それはそれでもったいなくて悔しい! 夢が見れてた方が、寝てる間も人生が続いてるっぽくてお得な気がする。
『……夢をそういう捉え方する奴、あんまいないんじゃないか? ウチからしたら、全力で脳も体も休めてるお前の体は優秀だよ。ウチは支離滅裂な夢をよく見るから』
それ、アタシがどのぐらい出てくるの?って聞いたら、アズには怒られちゃった。
でもあの反応からすると、きっとよく出てくるんだと思う。アズに関してアタシはすっごい打率が高いから、これはかなり自信がある!
ソノとクラウ、くるみちゃんと萌ちゃんのことももっとよくわかりたいな。
それでも、やっぱりアズは特別なんだけど――。
「――――」
目を開けたら、すぐ目の前にアタシの大好きなアズの寝顔がポンとあった。
アタシは寝起きのいい方なので、昨日の夜のこともすぐ思い出せて、アタシとアズがおんなじベッドで寝てる理由もばっちりわかる。
これは、アタシのワガママをアズが叶えてくれたから。
「暑いのも苦手なのに、ありがと、アズ」
下着で寝てるアズの白い肌が、まるで雪みたいにひんやり冷たくて気持ちいい。このままもっと引っ付いてたいけど、そうしたらアズを起こしちゃうので我慢我慢。
去年のアズの誕生日ぐらいから、たまにこうやって一緒に寝てるんだけど、アズはアタシと真逆で寝つきも寝起きもとっても悪いから、夢を邪魔しちゃいけないの。
いつも頑張ってくれてるアズには、ちゃんと休んでほしいのだ。
「そろーりそろーり……」
こそこそっとベッドから抜け出して、アタシは洗面所で朝の身支度。
静かに手早く、パパっと身支度を済ませるのはアタシの実家流で、母さんに叩き込まれた作法が染みついてるおかげ。アズを起こしちゃ可哀想だから、この習慣がすっごい役立ってて、ホント母さんには感謝だよ~。
まぁ、母さんに感謝することを並べ始めたら、ちょっと数え切れないし、迂闊に感謝しようもんなら「親として当然の責務よ」って言われちゃうんだけど。
「アズ、お先~」
髪の毛をまとめて、服を着替えて、アズの寝顔に挨拶して部屋を出る。
何となく、出る前にアズのおでこが可愛かったので、そこにちょんとキスしてから。
もしもアズが起きてたらすっごく怒られるだろうけど、今日は大目に見てほしい!
「だって、今日はアタシの誕生日だからね!」
一年で一番、ワガママを言ってもいい日、それが誕生日。
ワルキューレにとって特別で、ワルキューレを大切に思ってくれるみんなにとっても特別で、もちろん、アタシにとっても特別な日。
アタシとアズが今日一緒に寝てたのも、アタシが「起きて最初にアズの顔が見たいから!」ってワガママを言って、アズがオッケーしてくれたのが理由。
そのお願い自体は誕生日の前の夜にしてるから、ちょっとフライングだけど。
「フライングじゃなくて、ロケットスタートのためだもんね」
それがアタシなりのリロンブソーってやつ。
朝の涼しい……っていうには、もうちょっとじわじわ暑くなり始めてる空気をいっぱい吸い込んで、アタシは基地の中を歩く。
もうちょっとしたら、本格的な夏がきて、あれから一年ってことになっちゃう。
「色んなことあったな~」
そんな風に言いながら思い返すのは、この一年であったたっくさんの出来事。
その全部に色んな思い出とか、色んな出会いとか、色んな人たちが関わってくるから、一個の思い出が一個の引き出しに入りきんない。
アタシ、部屋の整理整頓なら得意な方なのに、頭の中はからっきし。
だから――アタシはあんまり、夢は見ないのだ。
2
「誕生日の朝でもルーティンは変わらずか。それでこそ、宮古だ」
「へっへ~、クラウに褒められちゃった」
朝の武道場で、いつも通りの朝練をしてると、クラウがそんな風に言ってくれる。
アズの寝顔を見るのがアタシの朝最初の日課なら、ここでクラウとおはようって言い合うのもアタシの日課。
クラウはアタシが頑張り屋みたいに言ってくれるけど、クラウだって毎日欠かさず通ってくれてるんだから、頑張り屋さんはお互い様。
「でも、アタシはクラウの袴美人さんが見れて嬉しいから、アタシの方がお得な朝だよ」
「む、そういう考え方が……だが、逆のことは私も言えるだろう。私も宮古の演武が見られるのは大いに眼福になる。これで宮古のリードは消えた」
「おおう、クラウ手強い! お主、意外とやりますな?」
アタシとクラウ、お互いに武道場で袴姿で睨み合い――この一年ですっかり館山の人間になったクラウ、その成長ぶりにアタシは恐れ入っちゃう。
このまま一進一退のコーボーが繰り広げられるのか、ドキドキの状況だけど――、
「お二人とも、いつもそんな調子で……仲がいいですよね」
そんなアタシとクラウを見ながら、武道場三人目の女、石動の萌ちゃんがそう言った。
まだ真新しい色合いと匂いがしてる道着姿の萌ちゃんは、実はアタシとクラウの朝練に参加を表明した勇敢な女の子。萌ちゃんも早起きタイプで、グラウンドを走ったりしてたみたいなんだけど、それだけじゃ足りないってなったみたい。
元々、萌ちゃんは陸上の短距離走をしてたらしいんだけど、ワルキューレになる前から体を鍛えてた系女子だから、アタシも教え甲斐があるんだ。
そんなわけで、今はアタシとクラウと萌ちゃんの三人が武道場を使うメンバー。
「アタシたちは全員、早起きが得意なハヤオキーズ!」
「ほう」
「クラウさん、目を輝かせるほど格好良くないと思います」
「え~、萌ちゃん辛口~」
両手を伸ばして命名したアタシに、萌ちゃんの採点はとっても厳しい。
その点、クラウは「私は悪くないと思うんだが……」ってなってくれてるのに。でも、萌ちゃんの言い分もちゃんとわかる。
「早起きじゃないのは、うちの基地でアズだけだもんね」
「ですね。……いえ! そうじゃなくて、誘導尋問ですかこれ!?」
「ユードージンモン……?」
「宮古に限って、そんな思惑があるはずがないだろう。園香ではないんだ」
「それは……そうですね。少し警戒しすぎました。このところ、自分でもアズズさんへの対応が雑になりつつあると、それが恐ろしくて……」
「「怖い?」」
萌ちゃんの意外な言葉に、アタシとクラウが揃って首を傾げる。
そのアタシたちの首傾げに合わせて、萌ちゃんもおんなじ角度に首を曲げながら、
「お二人は身近過ぎて自覚がないかもしれませんが、アズズさんは『駒込理論』の提唱者ご本人ですし、ワルキューレでなくても天上人ですよ。そんな人と毎日顔を合わせているだけでも畏れ多いのに……」
「そのアズズを手荒く扱うことに抵抗がある、か」
「手荒く、というほどひどい扱いはしていないつもりですけど……でも、以前は落とさないように繊細に運んでいたのに、大雑把になっているなとは」
「そんなの、アズは全然気にしないと思うけどね」
でも、アズが気にしなくても萌ちゃんが気にしちゃう、それもわかる。
アズが、アタシが思ってるよりずっとすごいことをしちゃう子で、そのことで世界中から注目されてるっていうのも。それ、アタシはすごい自慢なんだけど。
「――だが、今のアズズが注目されるのは、その明晰さだけが理由ではない」
「そうなんだよね~」
腕を組んだクラウの言葉に、アタシはちょっぴり苦笑い。
この一年、アズがすごい色々思い悩んでるのは感じるし、考え事の時間も多くなった。それはオー神様と戦ってた、去年の夏よりも多いぐらい。
「富士の、プライマリー・ピラーを倒しても、情勢の劇的な好転はありませんでした」
萌ちゃんの沈んだ声が言う通り、世界は色々難しい状況みたい。
せっかく富士山のピラーをやっつけても、日本の全部からピラーがいなくなったわけじゃないし、他の国のでっかいピラーは今も残ったまんま。
今のところの変化は、毎日、ちゃんと富士山が見えて綺麗ってことぐらい。
あとは、オー神様がいなくなっちゃったから、新しいワルキューレの子が増えなくて、前よりももっともっとも~っと、ワルキューレが貴重な存在になったこと。
それから、オー神様をやっつけたアズが、『神殺し』って呼ばれてること。
「一個ずつ、問題はやっつけてくしかないよね」
「そうだな。萌がアズズと話すのに緊張するというなら、その改善も」
「そ、そこですか? 今の話で大事だったところって……」
「――ちゃんと、問題の解決法ならアズが見つけてくれるよ。アタシはそれを信じて、一個ずつドカーンとファイヤー! ってしてくだけ」
「――――」
ビシッと、腕を伸ばしてファイヤーするアタシに萌ちゃんがビックリしてる。
アタシはそんな萌ちゃんに笑って、その細い肩をポンと叩いた。
萌ちゃんが不安になる気持ちもわかっちゃう。ううん、萌ちゃんだけじゃなくて、もっとみんな不安な思いをしてるってことも。
だから、アタシはちょっともったいないと思う。みんながアズを知らないのを。
「コマゴメリロンとか『神殺し』とか、そういうんじゃないアズがいいのに」
「ふっ、宮古らしい物言いだ。だが、私も同意見だ。アズズの真価は、そうした成果物だけでは測れない。それと、萌」
「は、はい」
「覚えていないかもしれないが、私もシュヴェルトライテだぞ」
「――ぁ」
自分の腰に手を当てて、胸を張ったクラウに萌ちゃんが目をまん丸くした。
アタシはそれがおかしくて、「あはっ」って思わず吹き出しちゃう。
「ホントだ! クラウがクラウすぎて、もう全然忘れちゃってた!」
「実は私もだ」
「それはさすがに嘘ですよね!?」
「もちろん、嘘だ。だが、萌の方はどうだった? いまだに、私のことを近寄り難いネームドワルキューレだと思っているか?」
「それは……あまり」
「だろう?」
がっくりしちゃう萌ちゃんに、クラウがすごい嬉しそうに笑ってる。
『シュヴェルトライテ』ってカッコいい名前で呼ばれてるクラウもカッコいいけど、それだけじゃないって笑ってるクラウも、アタシはカッコいいと思う。
「クラウ、カッコいいよ!」
「そう宮古に言われると、いくらか本気にしてしまうな」
「してして、めちゃくちゃして! あと、アタシもぎゅってして!」
「わかった。――こい」
そう言って、両手を広げてくれたクラウの胸に飛び込むアタシ。
まだ雑巾掛けしただけだから、汗だくじゃないのでクラウのいい匂いがする。あ、クラウは汗だくでも全然嫌じゃないけど。たまに朝練のあとも引っ付いてるし。
「……なんだか、改めてとんでもない場所にいるのを実感しました」
「萌も、ぎゅっとするか?」
「しません! ……しません、よ?」
おんなじことを二回言う萌ちゃんは、なんだかすごい揺れてる感じ。
結構、萌ちゃんは勢いで言っちゃって、あとで後悔するみたいなのが多いみたい。そういうところ、ちょっとアズっぽくておかしい。
「ほらほら、萌ちゃんもおいでよ~。クラウの胸、ふかふかだよ~」
「ああ、ふかふかだぞ」
「変な誘惑しないでください! ま、間に合ってますので!」
ギューッと自分を抱きしめちゃって、萌ちゃんに可愛く嫌がられちゃった。
じゃあ、萌ちゃんに代わって、アタシがクラウをありがたく堪能してしんぜよ~。
「すりすり」
「しかし、今朝はずいぶんと甘えん坊だな、宮古」
「そりゃそうだよ~。だって、今日はアタシの誕生日だもん! でしょ?」
「――ああ、そうだな」
胸の中から見上げたクラウの顔が、またカッコいい笑顔になってる。
ちゃんと、クラウも今日がアタシの誕生日ってことは承知済み。だって、昨日も何度も何度もそのことは話題にしてたもん。
今日はアタシの誕生日で、だから――、
「今朝は何もしてくれるな、宮古。私が……いや、私たち、館山基地が一丸となって、宮古の誕生日を盛大に祝ってみせるからな」
そんな風に言ってくれるクラウのお言葉に甘えて、今日のアタシはご飯も作らないし、お掃除もしないし、ラクチンさせてもらうつもり。
みんながどんなことしてくれるのか、今からすっごいワクワクだよ~!
「じゃあ、さっそく……萌ちゃん! ぎゅーってして!」
「ええ!?」
「アタシ、誕生日だよ!」
これぞ誕生日特権!
アタシは王様気分で苦しゅうなく、クラウと萌ちゃんを心行くまで堪能したのである。
とっぺんぱらりのぷう!
3
「それで、クラウと萌ちゃんとイチャイチャしてきたってわけ」
「とっぺんぱらりのぷうって、あんまり一般的な言葉じゃないと思うよ、ミコちゃん」
「え! そうなの!?」
とっぺんぱらりのぷう。
めでたしめでたしって意味で、アタシの実家だと普通に使ってた言葉。そりゃ、おとぎ話とか昔話なんて母さんからしか聞かないけど、普通の言葉だと思ってたのに。
なんて、アタシがビックリ仰天してると――、
「――その顔、いただき」
目の前にカメラが構えられて、あっという間にパシャっと一枚。
油断も隙も無い早業で、アタシは思わず目をぱちくり。そんなアタシを見ながら、構えてたカメラを下ろしてソノが舌を出してる。
朝練が終わって、武道場から離れたアタシは基地の花畑にきてる。
いつもなら朝練が終わった足で食堂にいって、オバチャンたちと一緒に朝ご飯を作ったりするんだけど、今日はそういうことはさせてもらえない日なのだ。
それで、ソノに会いにきたんだけど……。
「ミコちゃんのビックリした顔、ちゃんとアルバムに入れておくね」
「む~、ソノってば手強い。武道とか何にもやってないのに、呼吸読むじゃん!」
「武道はやってないけど、死線はいくつも潜ってますから」
おっきい胸を張って、ソノが自慢げにそう言い張る。
その胸の上にポンと乗っかってるのが、ソノがこのところ持ち歩いてるカメラ。この間のソノの誕生日プレゼントで、その贈り主が――、
「なんか、姉御にもカメラ越しに笑われてる気がする……」
「そうかも。弥生お姉ちゃんの贈り物だし、弥生お姉ちゃんの目の代わりをしてるかもしれないね。じゃあ、もっとお姉ちゃんが喜びそうな写真を撮らなくちゃ」
「姉御が喜びそうな写真かぁ……アズの寝顔とか?」
「それで喜ぶの、基地の男の人たちだと思う」
結構、姉御も喜ぶと思うんだけど、ソノは気乗りしないみたい。
アタシもちょっと欲しいし、一枚ぐらい撮ってもいいと思うんだけど、肝心のアズから大目玉喰らっちゃいそうだから、この案はホリューとする。
「でも、ソノって趣味がたくさんあっていいね。ガーデニングとカメラと、あと里見司令とか」
「……前の二つはともかく、里見さんは違くない?」
「え~、でも、ソノって司令と仲良しでしょ? 司令のこと振り回すの、ソノいっつも楽しそうにしてるよ?」
「相変わらず、ミコちゃんって見てないようでちゃんと見てるよね」
「えっへっへ、実はポニーテールの裏っかわに三つ目の目があるんだよ?」
これで後ろもばっちり見える! なんて冗談だけど、ソノがそんな風にアタシを言ってくれるのは嬉しい。ソノもクラウも、真っ直ぐアタシを褒めてくれる。
「そんなソノが、アタシは大好きだよ」
「わたしも、臆面なくそういうこと言えちゃうミコちゃん、大好き」
「えへへ~」
相思相愛が発覚して、デレデレするアタシに「いただき」とソノがシャッターを切る。またしてもやられてしまった、とアタシは写真を見せてもらう。
カメラのメモリーの中には、今日だけでもたくさんの写真が入ってて。
「すごい! まだ朝なのに、こんなに撮ってる!」
「数をこなすのが上達の早道だもん。それに、今日は花壇の雰囲気もいいし、被写体には困らなかったから」
「ヒシャタイとかフインキとか、ソノがもうプロっぽい!」
ソノって集中力がすごいから、ぐんぐん上達してって見てて気持ちいい。
カメラだって、最初の頃は使いこなすのに苦労してたけど、基地の詳しい人に色々聞いて実践して、それですぐにものにしちゃうの。
「この辺の写真とか、もうプロが撮ったみたいじゃない?」
「言いすぎだよ。上手に撮れてるなら、わたしじゃなくてカメラの性能」
「そうかなぁ。英霊機の速さとかもみんなバラバラだけど、それでも強くて速いのはワルキューレの腕前でしょ? だから、これはソノの腕だよ」
「ミコちゃん……」
自分の腕前をケンソンするソノだけど、言いたくなる気持ちはちょっとわかる。
嘘、アタシにはそれはわからないのかも。たぶん、ソノにかかってるプレッシャーがわかってあげられるのは、アタシたちの中だとクラウだけ。
だって――、
「もうすぐ、ソノのオルトリンデの就任式だね」
「……うん」
ちっちゃく頷くソノ、カメラを持って縮こまるソノを見て、アタシはとても悔しい。
このソノにもっとちゃんと、バシッと勇気づける一言をかけてあげたい。でも、それができちゃったらもう魔法みたいなものだ。
アタシにそんな魔法が使えたら、毎日でもソノにかけてあげるのに。
ネームドワルキューレの継承、って言うんだっけ。
ソノがそうされる候補になったのは、もちろん、富士ピラーの攻略戦の戦果のおかげ。あそこでソノが黒いワルキューレ――桜さんとレイリーさんを引き止めてくれなきゃ、アタシたちが勝つことなんてできなかった。
そのことが高く評価されて、っていうお話みたい。
「でも、そんなのただの口実だよ。あのスヴァルトワルキューレをやっつけたぐらい、全然すごいことじゃないもん。……あんなの、偽物だもん」
「ソノ……」
「わたしがネームドになるなんてピンとこない。クーちゃんは、わたしたちと初めて会ったときからクーちゃんだけど、わたしがそんな立場に……お姉ちゃんみたいに」
きゅって、カメラを握ってるソノの指が震えてる。
いなくなっちゃった姉御も、前はヘルムヴィーゲってネームドで、最後までその名前に相応しいことをしなくちゃって頑張ってくれた。
ソノにとって、姉御は特別な人だから、すごく複雑な気分なんだと思う。
自分が、姉御と同じ風になれるのかなって。
でも、アタシはもう一個、ソノに言いたいことがあった。
「ソノ、アタシはソノがオルトリンデになってくれたら、すっごい嬉しいよ」
「ミコちゃん……?」
「ソノが、姉御とおんなじネームドになるのが怖いって気持ちもちょっとわかる。でも、アタシは嬉しいんだ。きっと姉御も嬉しいと思う。それに……」
「それに……?」
「アタシよりも、姉御よりも、もしかしたら嬉しい人もいるかもしれないよ」
「――――」
うまく言えないアタシの話に、ソノが不思議そうな顔をしてる。
その、ソノの困った反応が、アタシはとっても申し訳ない。でも、これ以上のことはソノに話せないし、話しちゃいけないことなんだと思ってる。
ソノが自分で思い出せたら、思い出したいと思えたら、そのときは話したいこと。
「――だよね、桜さん」
アタシの口の中でだけ、誰にも聞こえない名前をこっそりと呟く。
大好きで、憧れで、最高に格好よくて、美人でスタイル抜群で頭もよくて、本当にお世話になった、アタシたちの大恩人の沖田・桜さん。
ソノとも仲良しで、ソノのこと妹みたいに大事にしてて、愛してくれてた人。
今度、ソノが継承することになるオルトリンデ、前にそう呼ばれてた人。
自分がいなくなったあとで、アタシたち戦乙女の妹たちが、悲しんで飛べなくならないように、自分の思い出の全部を涙にしちゃおうとした人。
あの日、みんなが涙を流して、桜さんとの思い出を忘れちゃった。
思い出が多い人ほど、きっとわんわん泣いて、桜さんを忘れて。だから、ソノは顔がぐしゃぐしゃになるまで泣いたんだと思う。
アズも、泣いてた。泣いて泣いて、桜さんを忘れちゃって。
――だから、桜さんのことを覚えてるのは、あの日、泣かなかったアタシだけ。
翼の姉妹で、桜さんのことを覚えてるのはアタシだけみたい。
「問題児でごめんね、教官」
ペロッと舌を出して、アタシは言うことを聞かない悪さを桜さんに謝る。
もし、桜さんがアタシを見てたら、「宮古さん!」なんて怒ったあとで、「まったく、仕方のない人ですね」って優しく笑ってくれたと思うから。
「アタシ、ソノがオルトリンデになったら、めちゃめちゃ嬉しい。就任式の日は、ラグナロク丼作ってお祝いしようね!」
「……あれ、年に二回も食べるの?」
「贅沢仕様でしょ? 好きなご飯と、好きなみんなと!」
「もう……」
さっきまで、ちょっと沈んだ顔だったソノに笑顔が戻ってくる。
だから、アタシは思わず両手の指でカメラを作って、「いただき!」って見えないシャッターをパシャっと切った。
「うん、ソノのいい顔が撮れたよ。美人美人!」
「調子いいんだから。……でも、うん、わかりました。あんまり気乗りしないけど、ミコちゃんのためにオルトリンデになってあげる」
「そう! アタシのためにオルトリンデになって、ソノ。アタシのこと、すっごい愛してるんでしょ!」
「そうだね。世界とミコちゃんなら、ミコちゃんの方が大事なくらい」
「アタシって、罪な女……!」
アタシのノリに合わせて、ソノがそんな風に答えてくれるのが嬉しい。
それが、ソノがあんまり好きじゃない、ワルキューレの誕生日――アタシの誕生日の贈り物って、そういう風に自分を納得させてても。
「世界よりアタシを選んでくれるなんて、すごい誕生日プレゼント」
「でしょ? うん、でも、その方が釣り合いが取れてちょうどいいかも。ほら、クーちゃんはシュヴェルトライテで、アズちゃんが『神殺し』でしょ? ミコちゃんの彼女でわたしだけ肩書きなかったから」
「ソノには館山の火の玉娘ってあだ名が……」
「それ、公式が認めてないやつだから」
じっとソノに睨まれて、アタシはいそいそってそれを引っ込める。
でも、そうなっちゃうと――、
「アタシの彼女たちが、アタシを置いてでっかくなってく……不思議な気分」
「自分の彼女ってところは否定しないんだよね」
「愛してるし、愛されてるから!」
そこは、アタシが自信持って自慢できるところだから。
そんな風に晴れ晴れって感じでアタシが笑ったら、
「その顔、最高」
と、ソノのアルバムにまた一枚、アタシの写真が増えたのだった。
4
「――ミコ先生、お誕生日おめでとうございます!」
満を持して、お呼ばれした食堂にアタシが顔を出したら、我が愛弟子――くるみちゃんが可愛いエプロン姿でお出迎えしてくれた。
アタシが食堂であれこれ手伝ってるって聞いたら、自分もやりたいって言ってくれて、一緒に買いにいったのがあのエプロン。大事に気に入って使ってくれてて、アタシもすっごく嬉しかったんだけど、今日の嬉しさはまた段違い!
もちろん、今朝の食堂に立ち入り禁止にされてたし、昨日の夜から何をするつもりなのかはアタシも聞かされてたんだけど……。
「こ、これってまさか……」
「そうです、ミコ先生のために作りました。――ラグナロク丼です!」
「ラグナロク丼だ――っ!!」
ドカンって、テーブルの真ん中に置かれてるでっかいどんぶりを見て、アタシはビックリ仰天する。
ラグナロク丼のパワーもそうだけど、これを作ってくれたくるみちゃんの上達と、これを作ろうって考えてくれたことに。
食堂の端っこにある、アタシたちワルキューレ専用の戦乙女スペース。
そこにこんなに山盛りのご飯が用意されることなんて、この間のソノの誕生日じゃなかったら、よっぽどクラウがお腹の空いてる日だけなのに。
「言っておくが、私もここまで山盛りにしたりしない。私の場合はお代わりの回数だ」
「クーちゃん、あんまりフォローになってないかも」
「というか、自分を擁護する意思もあまりないのでは……」
クラウがこぼした話に、ソノと萌ちゃんがそれぞれ何か言ってる。
でも、アタシはそんな三人の話よりも、目の前のラグナロク丼に釘付け。もう、目が離せなくなっちゃう。
アタシの大好物がたくさん載せられた、素敵どんぶりってこともあるけど。
「この天ぷらの揚がり具合とか、しっかりサクサクの衣に仕上がってる……!」
「食堂のおば様たちにも教えてもらって、ミコ先生の修行の賜物です」
「こっちのお漬物! アタシと一緒に初めて漬けたやつ……?」
「やっと、ミコ先生のお口に入れても自分を許せる仕上がりが」
「くるみちゃん!」
「ミコ先生!」
愛弟子の成長があんまり嬉しくて、アタシは思わずくるみちゃんを抱きしめちゃう。くるみちゃんも、腕の中に飛び込んできて、アタシたちは抱き合った。
さらさらふわふわのくるみちゃんの髪を撫でながら、アタシは大満足。
「もう、お腹よりも先に胸がいっぱいになっちゃったよ」
「む、だとしたら、ラグナロク丼は私の担当か?」
「――なわけあるか!! 食いしん坊は大人しくしてろ!」
くるみちゃんと抱き合ってるアタシの後ろで、ラグナロク丼を取り合って争いが起こってる雰囲気。っていうか、アズがぷんすか怒ってる雰囲気。
ソノと会ったあと、そのまま食堂にお呼ばれしたから、部屋で寝てるアズを起こす役目をアタシはできなかったけど。
「アズ~、ちゃんと起きてきてくれてありがと! アタシも――」
って、言いながらアズに振り返って、アタシは今度こそ一番のビックリ。
ぎゃーんって目をまん丸くして、その場で石みたいにガチガチに固まっちゃう。
「……あんだよ。なんか言え、バカ」
そんな風にガチガチの石の塊になってるアタシに、アズが赤い顔で言ってくる。
でも、ズルい。もう、ちっとも考えてなかった。
振り向いたアタシの目の前、アズがエプロンを付けて立ってるなんて。
「ね、猫柄のエプロンだー! アズ、可愛い! どうしたの!? どこで買ったの? いつ? なんでアタシに内緒にしてたの!?」
「だーっ! いっぺんに言うな! ただのエプロンだろうが! ちょっとこの間、街に出たときについでに買っただけ、ついでだ!」
「う~、う~、ズルい!」
「何がズルい! ただエプロン買っただけだし!」
真っ赤な顔でアズが言い訳するけど、アタシはとっても悔しい。
そりゃ、エプロンはすごい似合ってるし、きっとアズに一番似合うものをアズはわかってるから、アタシの意見がなくても大丈夫なのはそうだけど。
「アズが何か選ぶなら、アタシも一緒に選びたかったのに~」
「重たいこと言うなし! あと、あれだ、その、あ~」
「アズ?」
顔を赤くしたまんまで、アズがもじもじと言いたい言葉を探してる。
アタシはアズが何に迷ってるのかわからなくて、首を傾げてその先を待っちゃう。そうしてたら、ソノが「はぁ」ってため息をついた。
「アズちゃん、わたし、もうカメラ構えちゃってるから早くして」
「お、お前の都合になんでウチが合わせなきゃ……」
「アズさんにこんなこと言いたくないんですけど、ラグナロク丼が冷めちゃうので」
「冷めたらおいしさ半減だ。アズズ、戦力半減は大敗どころの話ではないぞ」
「戦力とおいしさは同じベクトルではない気がしますが……ですね」
「み、味方がいねえ……!」
みんなから集中攻撃されて、アズがプルプル子犬みたいに震えてる。いつもは猫みたいな感じなのに、こういうときのアズは違う可愛さを発揮するんだから。
でも、アズがみんなに攻撃されても大丈夫。
「アタシは、何があってもアズの味方だからね!」
「うるせえ! 今、ウチの一番の敵はお前だ!」
「ええ~! なんで!? アタシ、アズの一番の味方だよ!?」
まさかのアズの猛反発に、アタシはたまらずノックアウト。
ラグナロク丼を前にして、アタシは無情にも討ち死に……。
「ああ! ミコ先生ががっくりして……アズさん! いい加減にしてください!」
「あにおう!? お前、ウチに遠慮なくなったな!?」
「遠慮してるのが馬鹿馬鹿しい感じです! ほら、いつまでももじもじしないで!」
「く、クソ……最後の牙城まで崩れやがる……」
ぐてーっとくるみちゃんに体重を預けちゃうと、慌てて支えてくれるくるみちゃんがアズにぴしゃって言ってくれてる。
優しくてほんわかしたくるみちゃんだけど、こういう芯の強いところがすごい。きっと萌ちゃんも、くるみちゃんのこういうところが好きなんだろうね。
「二人は、いつまでも仲良く、して……」
「ミコ先生……っ」
「なんだか聞き捨てならない物語が進んでいる気がしますが、アズズさん!」
「ええい、わかったわかった! ほら、宮古、見ろ!」
へろへろーって倒れちゃいそうなアタシをくるみちゃんと萌ちゃんが支えて、そうしてる間にアズが覚悟を決めたフインキ。
見ろ、って言われてアタシはアズの方を見て、相変わらず可愛い猫ちゃん柄のエプロンと、そのすぐ下にあるものに気付いた。
そこに、アズが持ってたのは――、
「けー、き?」
「――――」
「ケーキ……ケーキだ! すごい、ケーキだよ!? アズ、ケーキ! ケーキが、ケーキが! アズ、ケーキがケーキ!」
「うっさい! いっぺん言えばわかる! 何べんも言うな!」
「でも、アズ、ケーキが!」
「やかましい!」
テーブルの上、アズがちょんと置いてくれたのは、真っ白なイチゴのショートケーキ。
ちょっと不格好で、形の曲がっちゃってるケーキ。一目で手作りってわかるこれが、エプロンを付けたアズの姿と重なった。
このケーキ、アズが作ってくれたやつだ!
「アズ、ケーキなんて作れたの!?」
「何言ってやがる。ウチは天才だぞ。レシピがあれば、大抵の料理は作れる。菓子作りなんざ楽勝だ」
「そのわりに、ベタな頑張りの痕跡が指にたくさんあるアズちゃんなのでした」
「うるへえ!」
ソノの言う通り、アズの指にはいっぱい絆創膏が貼ってあって、ケーキ作りですごい頑張ってくれたのがわかる。
だって、今日、一緒に寝てたとき、アズの指は綺麗なまんまだったのに。
「アズ、こんなにぶきっちょなのに……」
「感動してると見せかけて、ウチをけなすのやめろ。確かに理論と実践は多少違ったが、回数を重ねれば成果は安定する」
「難しいよ~、もっと簡単に言って!」
「つまり、これから何十年もお前のためにケーキを作るよってことだよ、ミコちゃん」
「勝手な訳し方すんな!」
「わかった! 約束ね!」
「お前も勝手にわかんな!」
怒ったアズが、その絆創膏だらけの指で、アタシとソノのおでこを突っつく。
アズに突っつかれてのけ反って、アタシとソノはお互いにペロッと舌を出した。
でも、本当の本当に驚きの驚き。
「アズが、ケーキ作ってくれるなんて……」
「昨日のうちから、宮古には誕生日の祝い方をほとんど話していたからな。もちろん、誕生日当日に宮古を働かせないための試みだったが、本命は別にあった」
「う~、すっかり罠にかけられちゃった! 誰が言い出したの? ソノ?」
「ううん、わたしじゃないよ。言い出したのは、くるみちゃんと萌ちゃんの二人」
「そうなの!?」
こういうこと、言い出しっぺになりそうなのはソノだったから、そうじゃないって言われてすっごいアタシは驚いた。
そうやって驚いたアタシに、くるみちゃんと萌ちゃんの二人は笑い合って、
「いつも、ミコ先生にはとてもお世話になってますから」
「見習わなくてはならない点が多く……せめてもの恩返しがしたかったんです。そして、宮古さんのことなら、アズズさんかなと」
「微妙に引っかかる連想だが……」
「アズちゃん、しっ」
「それはウチじゃなく、エプロンの猫だ!」
くるみちゃんと萌ちゃん、二人の気持ちがジーンときちゃうアタシ。
ソノとアズが遊んでるけど、アタシは二人を抱きしめたい気持ち。だから、アタシはくるみちゃんを抱きしめながら、もう一個の腕で萌ちゃんを引き寄せる。
そのまま、ぎゅっと二人とはぐーっとして。
「二人とも、ありがとう……大好き!」
「私もです」
「あの、僭越ながら、私も……」
抱きしめる腕の中で、二人がアタシにそう言ってくれて、大満足。
でもでも、大活躍はもちろん二人だけじゃなく――、
「宮古! 言っておくが、私も大いに手伝った。確かに調理には参加していないが、食堂の飾り付けを担当したのは、私と萌、それに彼らだ」
「ああ、その通り!」
「ミコちゃんのために、昨日の晩から全力を傾けたぜ!」
「たとえ火の中水の中、ってなもんよ!!」
腕を組んだクラウが、後ろにシールド隊のみんなを引き連れて胸を張る。
食堂の中、クリスマスみたいな電飾とか、折り紙で作った飾り物とかがたくさんあって夢の国みたいになってるけど、これもみんながやってくれたんだ。
「すごいすごい! みんなすごいよ! アタシ、抱きしめる腕が足んない!」
「ミコちゃんの腕に抱かれるだとぉ!? へぶしっ!」
「馬鹿野郎! 求めすぎるな!」
「あの笑顔がオレたちの褒賞だと、誓ったはずだろうが!」
食堂の中がすっかりお祭り気分に染まってて、愛弟子が作ってくれたラグナロク丼と、アズが作ってくれた誕生日ケーキがテーブルでアタシを待ってる。
満足げなクラウと、ワタワタ騒いでるシールド隊のみんな、それにソノが最高のタイミングを探してカメラを構えてて――、
「今日は、アタシの最高の誕生日だよ~!」
「バカ、言うのが早い!」
「というより、私たちが遅いんだろう」
「もう! 腕が疲れちゃうってば!」
みんなからの愛で溺れちゃいそうなアタシを囲んで、みんながずらっとひと並び。そこにソノがカメラを構えて、全員でそっちを見て笑う。
それで、どうやって最高の顔で笑おうかなって思ってたら――、
「宮古」「ミコちゃん」「ミコ先生」「宮古さん」
ってみんなが呼んでくれて、それで最後に照れ臭げな声で、
「あー、宮古」
そうアズが呼んでくれたあと、みんなが声を揃えて。
「――誕生日、おめでとう!!」
今度こそ、アタシの人生、最高の誕生日だって言い切って笑った。
5
「ホント、楽しい一日だった~。アズ、色々ありがとね」
「はん、疲れた。こんなの二度と御免だ。……まぁ、年一ぐらいならいいが」
「うんうん、アタシの誕生日は年一しかこないから大丈夫だよ」
「ぜ、全部自分のために使うと考えるなよ……!」
「アズに、アタシより大事なものができたら諦めるけど」
「ぐ……っ」
「アズ?」
「うっさい! もう寝ろ! ったく、二日連続で一緒に寝ようなんて、クソワガママなこと言いやがって……」
「誕生日の朝の最初にアズに甘えて、誕生日の夜の最後にアズに甘える。それが、六車・宮古流の誕生日の過ごし方なのだ~!」
「でかい声出すな! ……もう寝ろ、バカ」
「ん、おやすみ。アズ」
「ああ、はいはい。――おやすみ、だ」
アズの細い腕を抱きしめたまま、ゆっくりと寝息が小さくなるのを聞いてる。
初めて一緒に寝ようってアズにせがんだとき、アズはずっと緊張して朝まで起きてたみたいだったけど、最近は慣れてくれて一安心。
これで、アタシがせがんだら一緒に寝てくれる可能性が高くなったもんね。
「……楽しかったなぁ」
今日は、ううん、昨日からみんなが色々準備してくれてて、本当にアタシは幸せものだって思わされた。
最後、ソノが写真に入らないからどうしようってなってたのを、里見司令が助けてくれたのも大助かり。ソノはカメラを渡すの最後まで渋ってたけど、照れ隠しが下手だよね。
姉御のカメラ、桜さんのオルトリンデ、それを全部持ってってくれるソノ。
ソノがオルトリンデになったら、ネームドがいなくなっちゃったのが理由で館山にきてくれてるクラウは、いつまでこっちにいられるのかな。
あと、最近ずっと無理しっ放しのアズも、『神殺し』なんて責任が重くて。
「アタシだけ……」
三人みたいなものを背負ってないから、アタシだけみんなと違ってる。
それが寂しくて悔しくて、すごくすごくもやもやする。みんなに置いていかれるーって思うわけじゃなくて、そうじゃなくて、もっと言い方があるはずだけど。
ああ、なんだか、誕生日の締めくくりにこんな気持ち、ダメなのに。
今日って一日が、最初から最後までずっと楽しかったのを、アタシが台無しにしちゃダメなのに――。
「――アタシ、みんなのために何ができるんだろ」
6
――アタシは、あんまり夢を見ない。
だから、たまに見る夢のことはよく覚えてて、これもすごくはっきり覚えてる。
すごく綺麗な草原で、大きな木が一本生えてて、その木の下に一人のお爺さんと、たくさんの女の子たちが走り回ってる。
その女の子たちの顔には、何となく見覚えがあるような気がするけど、よく思い出せない。お爺さんも、知ってる人の感じがあるけど、思い出せない。
でも、何にも思い出せなくて、困り顔のアタシの方を見て、お爺さんが笑う。
笑って、
「僕は、優しいお前のことが、ずっと苦手だった」
「――――」
「――優しいお前は、何を望む?」
そう、すごく優しい顔で、声で、そう聞かれたから。
アタシは、自分が欲しいものなんてあまり多くないけど、何かもらえるなら――。
「……アタシの大好きな人たちのために、できることが欲しいな」
って、そんな風に答えた。
7
――朝がきて、アタシはぱっちりと目を開けた。
「ん~~っ」
ぐっと眠りが深くても、起きようと思ったらすぐに起きられる。
起きてすぐに動けるのは、アタシの数少ない取り柄で、ワルキューレ生活にすごく役立つから大助かり。
ホントなら、このまま目の前のアズの寝顔を堪能して、それからゆっくり朝の身支度を済ませて、いつもの日課に向かうんだけど――、
「――――」
予感がして、アタシはゆっくりベッドから抜けて、部屋の窓の方に向かった。
カーテンを下ろして、窓を閉めてるその場所で、アタシは静かにその両方を開ける。吹き込んでくるぬるい風と、まだぼんやりとした日差し。
その二つが気にならないぐらい、そこには目立つ光があって。
『……六車・宮古?』
光が、アタシにそう言葉をかけてくる。
アタシの名前が呼ばれて、それに驚くのが自然だってわかってたけど、なんだかそれに驚く気が全然しなかった。たぶん、夢の前置きのおかげだと思う。
夢が、滅多に見ない夢が、アタシに教えてくれたんだ。
何かが変わって、そして、きっと動き出すんだって。
「……宮古?」
もぞもぞって、ベッドの上で丸まってたアズがアタシを呼んだ。
窓が開いて、うすぼんやりとした太陽の光が起こしちゃったみたい。そのことをごめんねって思いながら、アタシはアズに振り返る。
それから、アズに紹介した。
「アズ、新しい神様がきてるよ! ――トールくんだって!」
《了》
『戦翼のシグルドリーヴァ』小話 @nezumiironyanko
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