第194話 正しき心
鬼柳ちゃんはぼくが失敗したと言った。聞き捨てならぬ言葉に、より耳を澄ます。
「その誰かさんはかつて、正しくあろうとして手ひどく失敗してきたの。だから、その。放っとけなかったんじゃないのかな」
「俺が同じ失敗をしないようにしたと? 詳しいんだな。そいつのこと」
「まあ、色々あったのよ」
と、ため息混じりの声がした。
ふぅん、鬼柳ちゃんも苦労しているんだねと他人事ながらに同情の念を抱かずにはいられなかった。失敗か、と手を眺める。
探偵は過去を指している。探偵に憧れ、正しくあろうとしたあの日のぼくの事を。それ以降、正しくはあれなくなってしまったぼくをも指していたのかもしれない。
ぼくはぼくのやり方で教えようとした。正しくはないかもしれないけれど、上手くやれる方法を。失敗せずに済むやり方を。正しくいられる方策で。まんまと見透かされていたようで、なんだか面映ゆい。
「そうか。俺は間違っていたんだな」
と心許ない声がした。
和島くんはすっかり抜け落ちてしまったかのようである。でもそれは望んだ結末じゃない。探偵ならきっとわかってくれるだろうと、ぼくはそっと静観を決め込んだ。
するとやはり探偵は応えてくれる。
「ううん、間違ってないよ。正義がわるいなんて誰も思ってない。わたしも、たぶん誰かさんも、ね。今回のことだってそう。もっと別の方法だってあったはずなのよ」
ふんと憤り、あれはきっと誰かさんが遊ぼうとした趣味よと手厳しかった。反論する言葉がないので知らない顔をしておく。
「ただ、和島くんの正しさはもっと上手くすることが出来たと思うの。がんばって」
優しく脅されちゃ敵わない。
和島くんも改心したようで、佐野くんにお礼を言ってくると出ていってしまった。そのまま鬼柳ちゃんも出ていかないかなと様子を窺っていると、ひとり言を言う。
「もう行ったみたいよ。誰かさん?」
なんだ、バレていたのか。こうなったらしかたない。ひょこりとぼくも姿を現す。
「やあ、奇遇だね。おむすびを追いかけていたらこんな所までやってきちゃったよ」
見事なまでに誤魔化していると、
「どこの、おむすびころりんなのよ」
と指を指された。
「守屋くん。ポケット、はみ出てる」
はて、と視線をやると覆面マスクがころりんと覗いている。あわてて突っ込んだ。
「なんでもポケットに隠しちゃうのね」
いつの日かを思い出しながらに語るその姿が、ぼくにはすこし寂しそうに見えた。じつは実家がプロレスをやっていてという言い訳で、ぼくはいくらでも和島くんをやり過ごすことが出来たとは思うけれども。
やっぱりこれは借りになるんだろうな、と感謝しておく。気持ちは形にしておいた方が正しいのかしらとすこし悩んでから、正しくなくても構わないかと思い直した。
「さて、お昼ごはんを食べるとしようか。そのあとはお楽しみの創作ダンスだね。ぼくも応援してるからさ。がんばってね、みゆちゃん」
応援という名の脅しを返しておこう。
「うん。──え!?」
なんともまあ。妙な顔をする。
「いったいどうしたのさ、美保ちゃん」
「え、ええ!?」
あたふたとして走り去ってしまった。
呼ばれないと怒り、呼ばれると逃げる。ふぅむ、変わった女の子である。いや、ちがったか。探偵だったねとクスリと笑う。
さっさとご飯を食べ終えて特等席を確保しとかなきゃいけない。覆面のままじゃあご飯が食べれないやと黒幕のマスクを脱ぎ捨て、ぼくも外へと向かった。
「うんと面白いものを見せておくれよ」
これは後日談になるのだろうか、
「そんな事がありましたのね」
と大矢さんはひとり拗ねていた。
いつもの教室、いつもの放課後でむすっとしている。ひとり蚊帳の外だった彼女はあんまり面白く思っていないようだった。鬼柳ちゃんから覆面マスクの男の狙いを聞かされ、ぷくっとフグの模倣をしている。
「許せませんわ。とっ捕まえませんと」
針を尖らせて飛ばしてきそうである。
「ちゃんと聞いてたのかい。大矢さん」
「当たり前ですのよ」
と、ツンツンツン。
「恵海ちゃんはだれを捕まえる気なの?」
「登場したみんな、ですわ」
本当に聞いていたのかどうかも疑わしくなってきた。大矢さんはまるで触れるものみな傷付けるフグのようだった。
「とくに覆面の男をふん縛りますわのよ。ひとり、顔を隠して許せませんのですわ」
クツクツとちいさく笑う声も聞こえる。ぼくはぼくの身を自ら守らねばなるまい。何か材料はなかったかいなと記憶を探る。
「あれ、大矢さんはたしか。ダークヒーローを許せるひとじゃなかったっけ?」
はてな、と大矢さんは首を傾げていく。自らの発言くらいは覚えておいてほしいものである。思い出したか出さないかは定かじゃないけれど、ガタッと立ち上がった。
「何言ってますの、守屋さん。正しいことをするひとのが正しいに決まってますわ」
胸を張り、身も蓋もないことを言う。
「それはね、大矢さん。わかってるんだ。それが一番さ。正義ならぼくも好きだよ。でも例えわるいことでもさ、良いことに繋がるのならそれも良いよねって話をだね」
チッチッと指を振られ。
ビシッと探偵ポーズをされてしまった。犯人はどうもぼくらしい。ぼくだけども。そんなつもりじゃないだろうに大正解だ。おねえさま譲りのジト目でぼくを睨む。
「それがわからないって言ってますのよ。なんで分けますの。正義も悪も、正しいもわるいも、みんながみんな善いことをすれば良いだけじゃありませんこと?」
ぽかんと開けた口を塞げやしなかった。目はパチパチと瞬いて、口も果敢に動こうとするけれどなにも言葉にならなかった。ぐうの音もでない、とはこのことか。
「そう、そうなのよ。恵海ちゃん。わたしもそう思うの」
と鬼柳ちゃんは含みのある視線をちらりとぼくに向け、ぴょんと飛び跳ねている。
なにも返せないぼくは力なく肘を付き、項垂れるようにあごを乗せた。
「ぼくもそう思うよ」
と言葉にならない想いを胸に──。
探偵なんてくだらない 〜黒幕はじめました〜 モグラノ @moguranoki
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