(九)はじまりと終わり
ジュスト「大丈夫、君にはまだ、考える時間はある……君は入社して非合法すれすれの……ほとんど洗脳と言っていい教育を受け、ドナーになる。そこから先は、君は機械のようになっていく。生まれなければよかったと嘆く、苦痛の人生の始まりだ」
グウィネス「あなた……この期に及んでまだ足搔くの」
ジュスト「そのために私はここにいるんだ」
グウィネス「ふふふふふ……あはははははは。ああ、可笑しい。(笑いながら)あなたが彼女に予言を伝えてもなおここにいるということ自体、彼女の選択の結果ではないの?」
ジュスト「くっ……」
グウィネス「(とげとげしく)わたしはあなたを愛している。あなたに連なる子どもたちを愛している。だからとてもうれしい」
ジュスト「私が子どもたちを愛していなかったとでもいうのか。私が苦しまなかったとでも……」
グウィネス「(ジュストの台詞に少し被せて)あなたが苦しんだのは知っているけれど、他人の子とわたしたちの子の命を天秤にかけたのは事実」
SE:たっぷりの間をとって波の音だけを流し続ける
ジュスト「(遠く海の向こうを見て苦し気に)ああ、夜が明ける……」
グウィネス「ええ」
ジュスト「……旅路の終わりだ」
グウィネス「(ジュストに寄り添って)……あなた、もう行かなければ」
彩姫「え……行くって?」
ジュスト「私はもうもたない。この体は一度日光を浴びれば崩れる。とにかく、しなければならなかったことは総て終わった。あとは我が母がどうするかだ」
(間)
彩姫「(まだ泣きながら)……ジュスト」
ジュスト「ん」
彩姫「あなたは……お母さんを愛してた?」
ジュスト「ああ。愛しているとも」
彩姫「私が……どんな選択をしても?」
ジュスト「……何があっても、我が母への敬愛は変わらない」
彩姫「……グウィネスさん……ジュストはあなたを幸せにした?」
グウィネス「ええ。わたしはどんなことがあっても、この人のそばにいられたら幸せで……それだけでよかった」
彩姫「(涙を零して少し笑う)まだ……全然覚悟はできてないけど……まだ少しでも猶予があるなら……精一杯考えてみる。私の答えが、今ここにいるあなたたちの存在でわかってしまっているとしても……600年も私を待ったことが無駄にならないように……一生懸命考えてみる」
(何かを悼むような間)
グウィネス「太陽が昇る……さあ、ジュスト、お別れを」
SE:何かが崩れ解け始める音
彩姫「あ……ジュスト、体が! ……体が崩れて……消えてく……!」
SE:ここ以降、少しずつジュストの声に、徐々にグウィネスにかけている効果をかけていく
ジュスト「時を超えたものの死に様なんてこういうものだ」
彩姫「じゃあ、私もそういう風に死ぬんだ」
ジュスト「(間をおいて何か言おうとしてやめて、ただ一言)……あなたは賢母であった」
彩姫「……あなたが私の子どもっていうのまだ実感がわかないけど、あなたが何だかかわいく思えるっていうのは、きっと(ちょっと鼻を啜って)……きっとこういうことだったんだね」
ジュスト「……グウィネス、一つ最後に、本当に最後に許しをもらいたいことがある。君の前だが、私はこの妙齢の女性を……」
グウィネス「わかってる。いいよ」
SE:ふらつきながら砂利を踏む足音
ジュスト「(消えようとする体でふらふらと彩姫に近づき、抱きしめて)……母上」
彩姫「(息をのむ)」
ジュスト「……あなたが生まれたころから、本当にこれが我が母かと思いながら見てきたが……まさしくあなたは母であった。(万感の思いを込めて)母上、どうか……どうかお健やかに」
SE:一気に解け崩れてしまう音とグウィネス登場時のキラキラ音を半ば重ねて
グウィネス「(SEに溶けるように、恭しく)ジュストをわたしの世に生んでくださってありがとう、母上様」
SE:前SEが消え、波の音だけがしばらく響く
彩姫「日が昇っちゃった……(間をたっぷりとって)いつでも、どこでも、太陽は昇るんだ……きっと600年前の世界にも」
SE:ふらふらと砂利を踏みしめて、ゆっくりよろめきながら歩き去る音
彩姫「ああ、このまま帰って寝て、起きたら、きっと夢になってる……きっと……でも……私、勉強しなきゃ……この世界でわかってること……全部伝えられるように……頑張ってちゃんと育てて……でも、やっぱりきっと……夢で……夢であってよ……お願い……お願いだから……」
SE:ここ以降ジュストとグウィンの台詞には効果なし
ジュスト「あんな、まだ覚悟も何もできていない子どもに酷なことを畳みかけてしまった……」
グウィネス「母上様をいじめて楽しかった?」
ジュスト「いじめていない。幸せになってほしかっただけだ」
グウィネス「あの方が私たちの血筋から出た以上、もうどう転んでも無理。でしょう? ふふ……今だって、まだあなたの魂は消滅していない。ということはつまり、あなたの負け」
ジュスト「君は、私をいじめて楽しいのか」
グウィネス「あなたがそばにいるなら何でも楽しい」
ジュスト「ああ、言葉が通じないところも600年間変わらないな」
グウィネス「棺の中でずっと海に沈んでいた私に、変われる要素があると思うの?」
ジュスト「ない」
グウィネス「あなたの600年はどうだったの」
ジュスト「喜んで悲しんで、祈って
グウィネス「そう」
ジュスト「でも……グウィネス」
グウィネス「なに?」
ジュスト「600年も私のわがままにつきあってくれてありがとう」
グウィネス「……あなたのわがままは出会ったころからだから」
ジュスト「君がいなかったら多分狂って、ただのバケモノになっていた」
グウィネス「わたしは役に立った?」
ジュスト「ああ、もちろん。やっぱり私は、君を愛しているんだと思い知った」
グウィネス「……その言葉がずっと欲しかった」
ジュスト「(泣きそうに、精一杯泣くのをこらえているようにため息をついてから)グウィネス……長い時を無駄にしたこのダメ男を慰めてくれないか」
グウィネス「(愛を込めて抱きしめ)ええ、もちろん」
ジュスト「(ハグのあと少し涙声で)……では、行こうか」
グウィン「(ほほえんで)ええ」
――終劇。
Infanoj de Ouroboros――円環の子【フリー台本】 江山菰 @ladyfrankincense
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