(八)円環の子どもたち

彩姫「……なんで……なんでよ……うそでしょ……」


ジュスト「こんな未来は嫌だろう?」


彩姫「……うん」


ジュスト「では、解決策を提示しよう。実に簡単なことだ。ZOIDの開発企業への就職を蹴るだけでいい」


彩姫「……でも……でも、子どものころからの夢で……」


ジュスト「もっと人と接する、温かみのある仕事に就くほうが向いていると思うし、きっと幸せになれる」


彩姫「……本当に?」


ジュスト「ああ。未来は見えんが、きっとそうなる。君の優しい両親を悲しませるな」


彩姫「(逡巡して)……ん……んー……」


(間。海の音だけが響く)


グウィネス「(ゆっくりと)ねえ、わたしにもいいたいことがあるのだけど」


ジュスト「(すげなく)黙っていてくれ」


グウィネス「あなたは噓もつくし目的のためならどんな卑怯な手も使うひと。今もそう。自分のいいように話を持っていこうとしている」


ジュスト「やめてくれ」


グウィネス「(ジュストを無視して)サイキ・ニシザキ。あなたの辿る道をわたしは知らない。わたしが彼と出会ったころにはあなたはもういなかった」


彩姫「……私、帰れたってこと? この時代に帰ったってこと? そうなの?」


グウィネス「いいえ、あなたは一人息子に看取られてこの世を去った。そうでしょ、ジュスト」


ジュスト「(無言で下を向く)……」


グウィネス「彼はね、誤解されやすいけれど優しいひと。子供好きで、生き物が好きで、虐げられている人を無視できないひとだった。そして優しさを遂行するには力が必要だということを私に教えてくれたひと。わたしは彼ほど優しい人を知らない」


彩姫「(ショックから復帰できないまま)……だから……だから何なの」


グウィネス「わたしたちには子どもたちがいて、彼は本当に可愛がっていた。いつでも代わりに死ねるというくらいに。きっと彼のお母上もそうだったんでしょうね。……ねえ、あなたはもうわかっているんでしょう?」


彩姫「なにを?」


ジュスト「……やめろ……やめてくれ」


グウィネス「いいえ、やめない。あなたはこれを伝えるために長い時を超えてきたのに、彼女の前では腰が引けてしまうのね。だからわたしが彼女にすべて伝える。(彩姫に向き直って)……サイキ・ニシザキ。あなたは私たちの世へやってきて、ジュストを生むの」


彩姫「(間を置いた後、苦しんでいるように。水の滴のようにぽつぽつと)……うん、話の流れで、そう理解せざるを得なかったよ。……だけど理解したくなかった。絶対違うってどこかで思ってた……グウィネスさんがはっきり言うまでは」


グウィネス「わかっていただけると思うのだけど、あなたが彼の言うことに従えば、彼は生まれない。彼はわたしと出会わず子を成すこともない」


彩姫「……ジュストが……生まれない」


グウィネス「ジュストだけではなく、わたしたちの子孫すべてが消える。もちろんあなたも」


彩姫「(息をのむ)」


グウィネス「彼はこれを伏せたままあなたに決断させようとしていたの」


ジュスト「伏せていたわけじゃない。誰にでもわかることだ」


グウィネス「でも明言は避けた。正義という名を持ちながら、彼があなたにそれを知らせないのは正義にもとる」


ジュスト「ああ……グウィネス……」


グウィネス「彼は、あなたという彼の起点を消滅させようと足搔いて、今まで生きながらえてきたの。そうすれば、あなたは苦しまない。彼が街を破壊し多くの人を殺すこともない。だけど、あなたはわたしたちの血筋。彼の血脈はただ未来へ流れる直線ではなく円環を描いていたの。それは最大の誤算だった」


(間)


彩姫「ねえ、ジュスト。あなたが私にさせようとしていることは、あなたの総ての子孫を犠牲にしてもやる価値があるの?」


ジュスト「私はあると信じている」


彩姫「なぜ?」


ジュスト「ずっと……ずっと苦しかった。人を愛する幸せ、子が生まれて健やかに育つ喜びを感じるたびに恐ろしかった。私が命を奪った人々にもこういう幸せがあったのだと。本来存在しないはずの人間が、正当に存在している人間の命と、そこから生まれてくる数多あまたの命が生まれてくる機会を奪ってしまったことが、ただ苦しかった」


グウィネス「わたしには理解できない。あなたはわたしたちの子が大事ではないの? 命の軽重を決めるのは相対的なものではないの?」


ジュスト「最初から存在しないということになれば、命の軽重など問題にならない」


彩姫「(間をおいてじっくり考えたあと)……ジュスト……あなた、めちゃくちゃ残酷なことさらっと言ったね」


ジュスト「……」


彩姫「(震える声で)……私の父さんか母さんのどっちかも、どっちか側のいとこも、おじさんおばさんも、おじいちゃんおばあちゃんも、みーんな消えるんだ。みーんな、みーんな……笑ったり泣いたりして、幸せだった私たちが、みーんな……それをそんな風に、ジュストは言うんだ」


ジュスト「……すまない」


彩姫「……(震える声で、気丈にふざけて)そんな子に育てた覚えはありません!……なーんてね、ふふ」


ジュスト「(悲し気に)ああ……」


彩姫「(泣きそうに小さく笑って)うふふ……ふ……(徐々に静かな嗚咽へ。へたりこんで泣き出し、徐々に声を上げて号泣しながら)なんなの、もう……本当に……何なの……今朝まで、普通の一日だったのに……なんでたった一日でこうなっちゃうの……ひどいよ、たった一日でさ(そのまま号泣し続ける)」


ジュスト「(彩姫の泣き声に重ねて)サイキ・ニシザキが私の血を引いていなければどんなによかったか……未来の血族がすべて消滅しても、母がこの世界に留まり幸せに人生を全うできたらまだ私は救われたのに」


グウィネス「ではわたしはどうなるの? あなたがわたしを救ったことはどうでもいいの? あの世界で私はあのまま生きていればよかったの?」


ジュスト「……」


グウィネス「(哀願して)サイキ、お願い。このひとを存在させて。このひとがいなかったらわたしは生きていられなかった。このひとはわたしの世界の総てなの。お願いだからどうか……」


ジュスト「グウィネス、君は600年後においても私の邪魔ばかりするんだな」


グウィネス「わたしは邪魔していない。相手に重要なことを言わないままで決断を急がせるのは詐欺師の手口。わたしにそう教えたのはあなた」


彩姫「(まだ嗚咽しながら)私、消えたくないよ……消えたくないよ……嫌なこともちょっとはあったけどさ……生まれてよかったと思ってる……幸せだったと思ってるもん……」


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