第3話 剣鬼王、 終幕

 作戦決行は真夜中の零時。

 それまで、幻卿げんけいすめらぎは自分の家へと帰り体力の回復へと移行していた。


 幻卿は女神から貰った家の二階の一室をトレーニングルームへと模様替えし、そこで坐禅を組み精神統一に勤しんでいた。

 皇の家は皇が投資や株によって得た莫大な資金を用い、豪邸になっている。

 そこで、優雅な昼餉ひるげを楽しんでいた。


 二人の目的はただ一つ。礎リコの撃破。


 ❐❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐❏


 真夜中の零時。

 幻卿と皇はこの前の高層ホテルの前で落ち合っていた。


 皇はいつものように傲慢に、幻卿は分厚いコートを着ていた。


「礎リコとやらがどこにいるかはこのワレが突き止めている」


 皇は持ちうる財力に腕を振るい様々な情報を集め、その情報を元にリコの潜伏先を突き止めた。


「手段の清濁は問わん。目的の為にはいかなる邪道も王道としなければならん」


「分かってるではないか。王たるもの綺麗事だけでは務まらん。して、礎リコの居場所だが吾々のために一つのホテルを貸し切っている」


「…………められているな」


 リコの行動の真意は、周りの目を気にしないでいいから勝てるものなら勝ってみろ、ということだ。


「ここまで侮辱されては滅ぼす他に答えはないな」


 皇のその言葉を合図に、二人は貸し切られているホテルへと歩を進めた。


 天を突くかの如き巨大な高層ビル。

 その二十八階から四十五階までが貸し切られたホテルだ。

 二人は裏口を探すでもなく、壁をよじ登るのでもなく、ただ堂々とホテルのある階層まで進んで行った。

 その間二人を止める者はいず、二人はホテルの部屋を一つ一つ虱潰しに調べて行った。


 すると、四十階のメインホールでようやくと言っていいのか分からないが、十数人で編成されたサブマシンガンを携えた黒スーツの特殊部隊が待ち伏せていた。


「皇、ここを任せていいな?」


「誰に口を聞いている。ワレに任せておけ」


 幻卿は皇にこの場を任せて、礎リコの待つだろう階層へと足を向ける。


「貴様は一人で我々を相手にするのか?」


「【誰に向かってイヴァン雷帝のものを言っている名のもとに不敬である跪け】」


「「「……!?」」」


 皇の言葉通りに十数人の特殊部隊は地面へと跪けさせられた。


「……何をした!」


「【口を慎め愚かカール大帝者我が意にの名のもとに背くな口を閉じろ】」


「「「……!?」」」


 さらに、皇が言葉を紡ぐとその言葉通りになってしまう。


ワレのコレが気になるか? これは【王言術式おうごんじゅつしき】。己の魂に刻まれている存在を言葉にし、常世であるこの世界へと解き放つ魔術だ。『古き時代混沌世代』に使用されていた術式だが、『今際の時代衰退世代』ではめっきり使われなくなってな」


【王言術式】は所謂いわゆる古式術式スペル・オブ・アンティーク】の一種であり、【古式術式スペル・オブ・アンティーク】の中でも更に『古き時代混沌世代』の最奥に位置し、『忘却の時代一次元世代』に最も近い術式である。


 現代社会においても魔術は着々と受け継がれている。

 魔術は過去の産物などではなく、『魔道の根源』を探し求める手段となっている。


 皇の言うことは特殊部隊の連中は何一つとして理解出来なかったであろう。

 しかし、皇はそもそも彼らに聞かせる気はなかったのかもしれない。


ワレは底らの雑魚にかける時間などないのでな。終わらせよう」


 皇は顔色を変えずに、王としての言葉をかける。


「【自害せよカエサル帝それが吾からのの名のもとに手向けである滅びゆけ】」


 やはり、皇の言葉通りに完全武装の特殊部隊は己に銃を向け、躊躇せずにその引き金を引いた。


ワレの『言葉』は絶対である。叛逆など許さん」


 皇の魂に刻まれた存在、それは『王』。

 古今東西の『王』として、絶対遵守の命令を術式としてこの世に放てる。

 まさに皇そのものであるかのように。


 血に沈む特殊部隊を目の前にした皇へと足跡が近づいてきた。

 同じ特殊部隊がもう一つ来るということだ。

 しかし、皇は顔をピクリとも変えず援軍を待ち構える。


「叛逆者がまだ来るか。まあ良い。ワレの威光を示す機会だ」


 皇は焦らず待ち構える。

 なぜなら、それが『真の王』だからだ。


 ❐❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐❏


「あんら〜! 来てくれたの〜! 私嬉しいわ〜」


 四十五階、最奥の部屋に礎リコはいた。

 近くに格闘家らしき者を五人侍らせている。

 その中には、高層ホテルでリコの隣にいた積山つみやという青年もいた。


「貴様を殺そうとは思わん。だが、淵克と多王にした仕打ちの罪を償え。彼女らが許すと言うまで、永遠にな」


 幻卿に怒りなど存在しなかった。

 あるのは、天彩と文香の胸に刻まれたその恐怖の象徴たるリコに罪を認めさせることのみ。


「え〜? なんで〜? だって〜、私に従わなかったのが悪いんでしょ〜? 従うなら仲間として愛してあげる。でも〜、従わないないなら敵だもん〜。徹底的に甚振り尽くして〜、楽しんじゃう〜!」


 リコの行動は一貫して敵を排除することに注視していた。

 手段を問わずに賄賂、懐柔、拷問、薬漬け、証拠を残さずに仲間を増やしていった。

 例えバレたとしても、父親の権力を使って握りつぶす。


「あなたも〜、私と来る?」


 幻卿の人ならざるその力は、あの数瞬だけでも理解はできた。

 ただの体術だけで六十人の人間を一人で相手どれるわけがないのだから。


「……貴様の胸の内にあるのは醜い支配欲か、はたまた征服欲か。どちらかは知らんが、オレは正義を成す。それだけだ」


「………………あっそ。もういいわ〜。死んじゃって〜」


 たった一言で人の生死を判断した。

 彼女の自身の源は侍らせている五人の格闘家か、それとも積山という一人の青年なのか。


「(惜しかったな〜。千条寺くんは強いから〜、積山と同じで〜私の護衛として〜、雇っても良かったのに〜。まっ、負けることはないでしょ〜。こっちには積山がいるんだから〜)」


 いつもならば瞬きのうちに終わらすことができただろう。

 しかし、今目の前にいるのは『剣鬼王』の名を継ぐ幻卿だ。

 そう簡単には終わらない。


 一人の格闘家が一瞬で間合いを詰め、幻卿へと拳を振るった。


魔衛まえい・シャレード流【魔刀まとう・ドラグロア】」


 目の前に拳が迫り、幻卿は手を手刀の形に変え格闘家の首へと突き刺す。


「……グェ!?」


 結果は幻卿の勝利。

 この攻防はたった二秒にも満たなかっただろう。


「人の急所は様々だが、呼吸の際に使われる喉は並外れて急所としての役割を果たす」


 相当なスピードで迫る格闘家に、己の手刀を難なく突く。

 その幻卿の技術の高さに他の格闘家はたじろいでしまう。

 そして、幻卿はその隙を見逃さない。


「魔衛・シャレード流【魔拳まけん・フィーヴァ】」


 手前にいた一人の格闘家へと拳を、所謂いわゆる【正拳突き】を見舞う。

 空手の基本型である【正拳突き】だが、使用する者によってその威力は大きく変動する。

 幻卿の魔衛・シャレード流によって底上げされた【正拳突き】は凄まじい威力でもある。


「魔衛・シャレード流【魔合まあい・ヌリアフンフ】」


 さらにその隣にいた格闘家の右手を握り、一瞬で半回転させる。

 半回転の頂点に到ったその時、思いっきり地面へと叩きつけた。


「【合気道】、と言われる武術らしいな。これは興味深かったぞ。力と力を自由に操り、相手の虚を突くことが出来る。相手に隙が生まれればいくらでもやりようはある」


 十秒にも満たない時間に、幻卿は三人もの格闘家を圧倒した。


「一対一だから苦戦するんだ! 二人がかりなら!」


 残っていた二人の格闘家が、幻卿の両側へと回り込み左右に挟み撃ちするかのように攻勢にでる。


「魔衛・シャレード流【魔速まそく・ゼクファー】」


 左側に回った格闘家に、拳をぶつけた。

 世界最速の拳はなにか? 答えはボクシングの【左ジャブ】である。

 幻卿は己の中で昇華した左ジャブを左側の格闘家へとぶつけ、一発でノックアウトする。


「もらった!」


 がら空きになった右側で、一人の格闘家が拳を振るおうとする。


「魔衛・シャレード流【魔武まぶ・ズィーブァ】」


 幻卿が右側に体を向けたと思ったら、その瞬間には格闘家は倒れていた。


「何があったのかしら〜?」


「…………恐らく、中国武術の強化かと」


 積山の言う通り、幻卿はあの一瞬で人体の急所へとの拳を叩き込んでいた。


「積山〜、やっちゃって〜」


 リコの言葉には一切の焦りがなかった。

 その自身の源は積山である。


「御意に」


 その言葉を最後に、積山は幻卿へと挑みかかって行った。


「……! ほう、なかなかやるな」


 積山は幻卿へと蹴り技を入れた後、一度後退したのだ。

 その後も同じことを続け、ヒットアンドアウェイを繰り返してゆく。


「(そうなのよね〜。私の積山は相手の間合いによって戦闘スタイルを変えるのよ〜。確か〜、シンギュラリティを利用した相対的戦闘方そうたいてきせんとうほうに基づく法の書テレマの応用だとかなんとか〜? 千条寺くんみたいな至近距離の間合いには、蹴って戻ってを繰り返す方が効果的なのよね〜)」


 積山の判断は間違いではない。

 幻卿は近代武術を取り入れ、我流魔衛・シャレード流を本質的に剣術から拳法まで昇華した。

 しかし、忘れてはならない。

 幻卿は格闘技でも、拳闘士でもない、彼はなのだ。


「その戦闘方法はよくできている。だが、まだまだ甘い。『真の強者』の根源に宿りし『真禍しんか』を感じられていない」


「……? では、あなたは見せられるのですか? その『真禍』とやらを」


「よかろう。刮目せよ、若き戦士よ。これが我が魔衛・シャレード流の『真禍』なり」


 そう言うと、幻卿は己の背中に手を向ける。

 そして、そのまま振り下ろす。振り下ろした両手には一振の太刀が握られていた。

 幻卿は背中に鞘から抜いた太刀を仕込み、柄を振り下ろすことによりコートを切り裂き、太刀が抜刀できるよう仕込んでいたのだ。


「魔衛・シャレード流【アーク・無刀むとう】」


 幻卿の踏み込みは鋭く、そして大きかった。

 離れていたはずの積山の間合いを一瞬で詰め、右袈裟の太刀筋を描く。

 しかし積山は思わぬ斬撃を受ける。

 幻卿は手首を回し右袈裟を反対側から描いたのだ。

 これにより、予測を外した積山は逆右袈裟斬りを喰らうこととなった。


「…………な、に……が………………?」


【アーク・無刀むとう】は確実に致命傷となっており、積山は血の中に沈んだ。


「我が父が極めた流派、真禍極限流しんかきょくげんりゅう。その基本、【無刀むとう】だ」


 積山は見誤っていた。

 剣士としての幻卿を、『剣鬼王』としての幻卿を。

 そして積山が敗れたということは、リコの完全敗北を意味する。


「それで? よもや、この程度ではあるまいな? もし、これで終わりなのだとしたら…………不完全燃焼にも程がある。貴様もそう思わんか?」


「ぁ…………え? 積山は? え? 待って、積山? 積山! 積山! 積山積山積山!」


 リコの心は折れかかってた。心の底から信じていた積山という最高硬度の防御。

 それが敗れたのだ。


「一度斬られてみることも経験ではないか? 淵克と多王を斬っているのだから、大したことではあるまい?」


「い…………いや……! やだやだやだやだやだやだ」


 半狂乱になりながらリコは叫び散らす。

 自分が何度もしてきたことが還ってきた。

 その痛みは知っていた。その恐怖は分かっていた。


 その不明確な『何か』がリコを包み込んだ時、礎リコは完全に壊れた。


「アハ、あは……アハハハハハハはははハハハハッ!」


 絶対的な防御壁である積山が崩され、目の前には圧倒的な強者である幻卿。

 人を己の奴隷か玩具としてしか見ていなかったリコは虚ろな目で笑い続けるしか出来なかった。


「弱く脆い。貴様の性根が敗北の根源だ」


 壊れきったリコを傍目に見ながら幻卿は一言、呟いた。


 ❐❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐❏


 礎リコとの戦闘を終えた幻卿は壊れたリコを小脇にかかえ、皇と合流する。

 ホテルでのその他の処理は皇が専門機関へと手を回すという。


 そして、二人は天彩と文香の待つ病院へと足を運んだ。


「……本当に…………勝ったんですか」


「……嘘でしょ?」


 天彩と文香の前にはビクビクとその身を震わせ、背後の幻卿に恐怖しているリコがいた。


「コレの処分は貴様らに任せる。殺したくばオレが斬ろう。もう見たくないと言うのであれば永遠に関わらないように教育しよう。貴様らにはその権利がある」


 幻卿の言葉に天彩と文香は顔を見合せ、言葉を紡ぐ。


「それなら、礎さんの権力とか色々人助けに使ってください」


 文香は人に与えられる痛みをよく理解している。

 だから、同じ痛みに苦しんでいる人を見捨てることが出来なかった。


「私たちは別に怒ってるわけじゃないし、謝って欲しい訳でもないの。ただ、もう私たちみたいな人は増やしたくないだけ」


 天彩は自分だけではどうしようもないことを知っている。

 今回も、幻卿がいなければどうなっていたか分からない。


 天彩と文香の決意は固く、ただの上辺だけの言葉では覆らないだろう。


「…………良かろう。貴様らが望むなら、そうしよう」


「怒りに支配されず、怒りを友とみるか」


 幻卿と皇がリコを連れ退出する寸前に


「………………ありがと」


 天彩が小さく、感謝の気持ちを言葉にした。

 文香を守るためにはありとあらゆる責めにも屈しなかった天彩が数年ぶりに口にする感謝の言葉。

 それは小さな言葉からもしれないが、彼女からしてみれば感謝の言葉を言えるほど幻卿に心を許したということ。



『剣鬼王』は友人と共に剣で二人の人生を救った。

 だが、千条寺幻卿の物語は終わらない。

 その行く先がどうなるかは分からない。


 それでも幻卿は斬り捨てるだろう。


『剣鬼王』として、グリュデー=シベルゲンとして、

 千条寺幻卿として。


 この世の悪意を。

“最強に君臨する坐す者、最善なる正義を執行せよ成せ

 この信念を胸に刻み、進んでいく。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

剣鬼王〜現代武術を取り入れ最強の武術家となる〜 Pー @tomoya0107

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ