第2話 剣鬼王、攻勢

「千条寺幻卿………………意味わかんない。どうしてあんな顔ができるんだろ」


 夕日は既になく、月すらも雲に隠れて見えない夜道。

 天彩は一人で何やらブツブツと言いながら歩いていた。


 そんな彼女を狙って一人の男が背後から襲ってきた。


「フッ……!」


 しかし、彼女は男には捕らわれず逆に伸ばしてきた腕を持ち、前方に投げ飛ばした。


「またアイツの手下? もううんざりなんだけど」


「安心しろや、嬢ちゃん。もう今日で終わりだよ」


「……! いつの間に……! アがッ……!?」


 意識が緩んだ天彩の背後からもう一人が接近して、スタンガンを天彩の背中へと押し当てる。


「あ…………んた……は……………………?」


 スタンガンは身体は痺れるが意識までは奪えないので、天彩は未だに意識を保っている。

 そのまま数人の男が天彩を取り囲み、複数人で彼女を殴りつけ、蹴り続ける。


「ぶっ……! がハッ…………がぁああああ!」


 数分間嬲り続けられ、ようやく意識を失った天彩はぞんざいに黒塗りの車へと運び込まれた。


 ◧◧◧◧◧◧◧◧


 場所は戻り、公園。


「これが、私たちの話です」


 文香の話は後味の悪いものであり、一言で言えば最悪である。

 小学四年生の頃、文香の地味さがリコの目に入りロックオンされた。

 それを看過できなかった天彩が文香を守るためにリコと対峙した。

 親がいないことをいいことに、殴る蹴るは当然であり、学校単位での意図的な無視、暴漢を雇い襲わせる、夜道で拉致しそのまま学校の椅子に縛り付け一晩中放置、目の前で小動物の解体ショー、二日間暗闇の中に拘束し飲まず食わずを継続させる、など人道逸した正気を疑うような所業を五年間耐えしのいだ。


 それが、天彩と文香の過去であった。


「…………複雑なように見えて、根本は同じなのだな」


「それが、人間の悪意と欲望エゴだ。逃れられることはできん」


「……? 意味が分かりません」


 幻卿と皇は文香の話で何かを感じとったのだが、文香は二人の考えが分からなかった。

 質問を投げる文香だがその疑問には答えられなかった。


「おい、あんちゃんたちよ。そこの眼鏡っ娘こっちに渡してくんねぇかな?」


 大柄な男が現れたからだ。

 その男は文香の方を指さし、薄ら笑いで近づいてくる。


「貴様はアレか? 礎リコの小間使いか?」


「あ? まあ、そんなもんだわ。ここでの抵抗は辞めとけよ。こっちは一匹潰してる奴がいんだからよ」


 そう言い、大柄な男は懐からスマホを取り出しその中の写真を一枚、三人に見せつける。


「……! 天ちゃん!」


 そこには、ボロボロに痛めつけられた天彩の姿が収められていた。

 見る限り両手の爪は剥がされ、左腕の皮膚は全て剥がし尽くされ、右腕は原型を留めないほどに砕けている。

 両脚も逃亡できないように膝を砕かれている。

 かろうじて顔は傷つけられていないが、あまりの激痛に涙や鼻水、唾液などがとどめなくでている。


「人質か…………それで?」


「お前はいらねぇ。こっちの女さえ連れて帰ればいいんだよ」


「私が行ったら天ちゃんは解放してくれますか?」


 文香は写真に収められている天彩が心配でならなかった。

 自分のことよりも親友である天彩のことを第一に考える。


「さぁな。頭の考えなんて分かるわけねぇ。ま、今よりはマシな状況になるんじゃね?」


 その言葉を聞き、文香は決めた。

 ──自分のことなどどうなってもいい。

 ──天彩を助けられるなら。


「くだらん。実にくだらん。自己犠牲など一縷いちるの意味も価値もない」


「まったくだ。一人程度の人間の犠牲で救えると思うな。傲慢な」


 しかし、文香の足を止める言葉が聞こえた。


「オレに任せておけ。全て片付ける。貴様に拒否権はない」


ワレは王ぞ? ワレがいればそれで全て片がつく」


「なに言ってんだばぁ!?」


 横槍を入れた幻卿と皇へと殴りかかろうとした男が八メートルほど吹っ飛ばされた。


魔衛まえい・シャレード流【魔掌ましょう・ツァリドッラ】」


 幻卿の掌底により大柄の男は吹き飛ばされる。

 ただの掌底で一人の、それも大柄な男を吹き飛ばす。

 その常識外れな現象に文香は呆気に取られるばかりだ。


「我が母は騎士でな。母が極めたジャスティレイブ流騎士剣術の根幹である『力の制御』を我が魔衛・シャレード流は完全に模倣させてもらった」


 幻卿はどこか古い記憶に思いを馳せたが、その横顔もすぐに元に戻る。


『剣鬼王』が行動を起こす。

 それは数々の国をたった一振の剣で制覇してきた鬼が目覚めを果たしたということに他ならない。


 ❐❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐❏


 大柄な男を吹き飛ばした幻卿は止まることなく、男が手に持っていたスマホである人物にメールを打つ。


 ──今からそちらに出向いてやる


 簡潔な文で全てを伝える。

 幻卿と皇はそのまま歩き出し、何処かに向かう。

 既に天彩がどこにいるかの目処はたっているようで、その足取りは迷いがない。


「待ってください! 貴方は何もしなくていいんです! 私が行けば、それで終わりなんです!」


「知らん。貴様の都合などオレが知ったことか」


「……!? 死にますよ!? 礎リコの父親は海外で言うところの武器商人です! 裏の繋がりは広く、証拠隠滅なんて簡単なんですよ!」


「知らん。貴様の都合などワレが知ったことか」


 その後も文香は何度も制止を促したが、幻卿と皇が止まることはなかった。


 数分歩いた後、三人は一つの高層ホテルに辿り着いた。


「ここに、天ちゃんが…………それにしても、何故ここだと分かったのですか?」


「「勘だ」」


「ふぇ?」


 何やら推理小説のような展開を期待していた文香の口から奇妙な声が漏れる。


「この程度どうでも良い。さっさと入るぞ」


 幻卿と皇は敵の本拠地だと言うのに、迷いなくドンドン進んで行く。


「ご予約はされていますか?」


「人に会いに来た」


「御相手のお名前は?」


「礎だ」


「…………はい、ご連絡済みです。そちらの方は多王文香様ですね。ではこちらに。礎様はVIPルームにてお待ちです」


 受付の男性がエレベーターに案内し、四十五階のVIPルームへと二人を案内する。


「こちらです。どうぞごゆっくり」


 男性が完全にエレベーターへと戻ったのを見計らい、三人は部屋の中へと足を踏み入れる。


 一番最初に見えたのは長い廊下と、両側に複数の扉があるところだった。

 そして、廊下の一番先に他の扉とは比べ物にならないほど大きい扉があった。


 もちろん、幻卿は迷いなく扉を開ける。


 扉の先はとても広い空間になっており、高級感漂う内装になっていた。

 その空間に明らかに異様な場所があった。


 十字架の形をした板に、両手両足をがっちりと拘束された天彩がいた。

 右腕はバキバキに骨折しているため、もはや彼女の体重をささえれず、左腕だけに負荷がかかっている。

 写真で見た時よりも怪我の具合は酷くなっており、無事な所を探す方が難しいほどだ。


「……! 天ちゃん!」


 文香は慌てながらも確実に天彩の元へと急ぐ。

 自己犠牲を顧みないほどの覚悟があったのだ。

 ここで、しり込みするほど文香は弱くなかった。


 すると、その場に残っていた幻卿と皇の背後から甘ったるい声が聞こえた。


「感動の再開ねえ〜。涙がでちゃうぅ」


 礎リコだった。


 彼女は天彩の対極へと位置する大きな椅子へと座り傍に一人の青年を侍らせ、ニタニタと笑いながら二人を見ていた。


「礎さん! 貴方はなんてことを!」


「あんら〜? ゴミかぶりちゃんの腰巾着が何か喚いているわねぇ。ほら、聞いてあげなさ〜い」


「……! あ゛ぁあ゛ぁ゛あ゛ア゛!!!」 


 リコが手に持っていたスマホを操作すると、磔にされていた天彩に電流が走る。


「う〜ん! いい声じゃな〜い。こんなに虐めてるのに〜、まだあえげるのね〜!」


「礎さん…………!」


 文香の憎々しげな視線が真っ直ぐにリコを睨む。

 しかし、怒りに身を任せずに慎重に天彩の拘束を外しその身を優しく抱きしめる。


「あとは〜、腰巾着ちゃんをゴミかぶりちゃんの前でメタメタにしたら〜、どんな顔が見れるのかしら〜!」


 その後の未来の姿へと思いを巡らせ、陶酔に満ちた表情で虚空を眺める。


「それで〜? 千条寺くんと神帝くんだっけ〜? キミはなんで腰巾着ちゃんと一緒に来たのかな〜? 案内人を倒したぐらいでいきがっちゃった〜? それなら〜、ボーイミーツガール映画の見すぎじゃな〜い?」


 リコは幻卿と皇を試すように、その蠱惑こわくな瞳で二人を上から下まで見る。


「“最強に君臨する坐す者、最善なる正義を執行せよ成せ”」


「……はぁ?」


「我が両親がオレが産まれた時に刻まれた銘だ。“最強を語る者の信義は、最善と共に正義を成した時にこそ、輝く”。これが言葉の意味だ」


『最強の鬼人』と呼ばれた人斬りである父、『最善の騎士』と呼ばれた騎士である母。

 その二人は、息子の幻卿に人としての信念を教えた。

 幻卿は両親の思いを継ぎ、天彩と文香のためにこの場にたっている。


ワレは神を超える。神すら見捨てるこの娘どもの守護程度、当然の範囲だ」


 皇は断言する。

 真の王として、神を超える者として、上から目線の傲慢極まる救済をやってのけると、断言する。


「や〜ん! こわ〜い! でも〜、私はか弱い乙女だから〜争うなんてできな〜い!」


 白々しいその言葉は、常人ならば確実に魅入られていただろう妖しい輝きがあった。


「み〜んな〜! やっちゃって〜!」


 その声に導かれ、この部屋の唯一の出入口に大小様々な人たちが六十人ほど入ってくる。

 VIPルームは広く、七十人近くが入っても未だに余裕がある。


「なるほどな。金でそこいらのゴロツキを雇ったか。まさに三下の常套手段じょうとうしゅだんだな」


「神帝、淵克たちを頼む」


「ほう? それはワレを少しは友人として認めたのだな? 貴様がそこまで言うのなら、ワレが見てやっても良い」


 天彩と文香の二人を皇に任せた幻卿は、高みの見物を決め込んでいるリコと雇われた傭兵もどきと対峙する。


「あら〜? 千条寺くん一人で〜、この人数を相手できるのかしら〜?」


「そうですよ! 神帝さん、友達なら千条寺さんを止めてください!」


 思いの方向は真逆だが、二人とも幻卿の身を案じている。

 一対六十など勝利することは不可能、生き残ることでさえ至難の業だろう。


「友人だからこそ、ここで止める訳にはいかん。千条寺との関わりは今日からだが、奴の信念やらはよくわかる。千条寺は貴様らの無念、憤怒、悔恨を、貴様らが受けた屈辱を、晴らそうとしている。この時代に、知り合いが蔑まれたからで拳を握れる人間などそうはいないぞ」


 皇の言う通り、幻卿が『剣鬼王』として数多くの人間を斬ってきたのは戦争が長引くことにより、苦しむ人がいたからだ。

『人斬り』、『人外』、『人の皮をかぶった鬼』などと言われながらも弱き者のために、剣を振るってきた。


 その信念が、護る世界が変わった程度の変化では揺るぐことはない。


「『剣鬼王オレ』を刻め」


 その言葉を合図に、幻卿は六十人の団体に突っ込んでいった。


 勝敗は火を見るより明らかであった。


「うっそでしょ〜? 一対六十よ? なんでキミが立ってるの〜?」


 幻卿の完勝。

 汗ひとつかかずに、かすり傷一つつけずに、息すら上がらず、で六十人の団体を一人残さず


「ハハハハハハハハハッ! 見たか? これが千条寺幻卿だ! この圧倒的強さ! まさに鬼人と呼ぶに相応しい!」


 幻卿は六十人をまばたきする程の早さで倒していった。

 心臓の辺りに掌底をあて心臓そのものを破壊したり、指を竜の爪を模したような形にして首の肉を削いだり、凄まじいスピードで脚を回し首を三百六十度回したり、相手の拳をわざと受けその威力をそのまま相手に返したり、最早もはや人のなせる技ではなくなっている。


魔衛まえい・シャレード流拳法けんぽう。この世界にも、既存の武術を独自の拳法と言われるまで昇華させた英雄がいるのだろう? オレの魔衛・シャレード流もそれと同じだ。元は我流の剣術だったが、拳法の域までオレが拡張した」


 彼は地球マニュアルを読んでいる最中、地球の武術に興味を持ち、図書館やインターネットを使い地球の武術家を調べ尽くした。


 そして、見つけたのだ。

 一スポーツを一つの武術にまで進化させた英雄を。

 だから幻卿は我流剣術を拳法型まで応用させた。


 現代社会に生きる全ての武術家に敬意を込めて。


「魔衛・シャレード流? 拳法? よく分からないけど〜、この人たちはただの素人〜。本物には勝てないでしょ〜」


 パチンッとリコが指を鳴らすと、またもやぞろぞろと黒服の男が入ってきた。

 その数約七十人。


「私はこれでお暇するわ〜。第二ラウンド頑張ってね〜。行くわよ積山つみや


 リコは積山という青年と共にVIPルームから出ていった。


「皇、彼女らをここから逃がすことは可能か?」


「誰にものを言っている? ワレを信じよ」


 そこまで言うと、皇は傷ついた天彩をゆっくりと右肩に担ぎ、文香も左へと担ぐ。


「キャッ! ………………どうするのですか?」


ワレにとって入口は入口にあらず」


「待ってください。薄々わかってきました。悪いことは言いません。辞めてください」


ワレを信じよ」


「貴方だから信じれなぁぁぁぁあああああああ!」


 皇はすぐ近くにあった大きな窓を割り、二人を連れて飛び降りて行った。


「いいのか? 友達が落ちていったぞ?」


「良い。友だから信じられることもある」


 この会話を最後に、七十人の黒服の男たちと幻卿の戦闘が開始された。


 ❐❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐❏


 高層ホテルから少し離れたところにある大学病院。

 天彩はそこで緊急手術を受けることになった。

 彼女の怪我は医師ですら、顔色を変える程の深刻さであった。


「………………無事でしょうか」


「知らん。だが、怪我の大小関係なく淵克が今まで通りに生活できる可能性は皆無だろうな。何かしらの動作不良は免れん」


 一足先に病院へと辿り着いた皇と文香の二人は、天彩の集中治療室の前の廊下で待っていた。

 文香はベンチに座り、皇は彼にしては珍しく座らずに壁に背を預け立っていた。

 これは皇なりになにかあった時に反応しやすくするための布石だったのかもしれない。


「……………………私が天ちゃんを巻き込んだから」


「過去の行動など、どうでも良い。加えて言えば、貴様らの行動は崇高なものであったと誉めてやる。ワレが認めるのだ。貴様は立派な者だ」


 皇の声色は先程のものよりも幾分か柔らかくなっている。

 文香の精神状態を案じているのかは、分からないが。


 そのまま二人の間での会話は途切れ、沈黙が降り立った。

 二時間後、手術が終わり医師からの説明の説明ということで、その場にいた皇と文香が診察室へと呼ばれた。


「淵克さんの御家族に連絡がつかないのですが……なにか、知っていますか? 今回の大怪我ですが、明らかに人為的な側面が見られました。こと場合においては医師の判断、つまり私の判断により警察側へと捜査の要請を致します。ですので、御家族の方どなたかに承認を頂かなければならないのですが」


「……! それは…………」


 天彩の両親は天彩が幼い頃に交通事故で他界していた。

 彼女は親戚の家を点々としていたが中学生になり、この地域に数人の親戚から仕送りをしてもらいながら、一人暮らしをしていた。

 文香とは中学生の頃に知り合った親友であった。


 皇と(この場にはいないが)幻卿は文香より、天彩の家の事情と文香の事情をリコとの関係性すべてを聞いていた。


「承認は必要ない。この件はワレが責任を負おう」


「……はい?」


「【是は絶対ルイ十四世遵守のの名のも勅令であるとに強行せよ】」


「承知しました。では、これから淵克さんの容態を説明させていただきます」


「……!?」


 文香が驚くのも無理はない。

 皇の言葉で、医師が納得するわけもないのだから。

 驚きながらも文香は医師の説明を聞き、全て聞き終えた頃には夜が明けていた。


 ❐❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐❏


「ん………………」


「天ちゃん! 目が覚めた?」


 病院に運び込まれて約六時間後、昼の十一時頃に目を覚ました天彩。

 その後に天彩も手術の説明をされ、二ヶ月は絶対安静が言い渡された。


 二人は一度一人で考える時間が必要だと思い、皇は病院内に、文香は天彩の家へと入院生活に必要な生活必需品を取りに帰った。


 そして、あまりにも怪我が酷かったので、天彩の右腕と左膝は動作に支障がでると、医師から宣告されていた。


「どうしよ…………」


 つまり、天彩は今までのスピードと何より、その身に刻んだ武術を永遠に使えなくなってしまった。

 その時、どこからか病室をノックする音が聞こえた。


「……? はーい。どうぞー」


 天彩の声を合図に窓がガラリと開き、血まみれの誰かが入ってきた。


「ようやくここまで着いたぞ」


「………………何してるの? アンタ。ここ七階なんだけど」


 七十人の黒服と戦闘にもつれ込んだ幻卿が、窓から天彩の病室へと転がり込んできたのだ。


「無事だったか。命に別状は無さそうだな」


「……! アンタ人の心配より自分の心配をしなさい! 血まみれじゃん!」


「ああ、これは半分程は返り血だ」


 半分返り血ということは、半分は自分の血というわけだが…………


「……………………聞いてくれる?」


 幻卿の姿が見えて気が緩んだのか、天彩の口から言葉が紡がれた。


「是非もない」


 何を? とは聞かなかった。

 天彩の声は真剣そのものであったから。


「私、右腕と左脚がね……動作不良? で、動作に若干のタイムラグがあるんだって…………」


 言葉の端々はしばしには出来ることが出来なくなった悔しさがにじみ出ている


「…………そうか」


 幻卿は下手な励ましなどしない。

 武芸者にとって、形だけの同情がどれだけの侮辱に値するか幻卿は知っているから。


「もう、私…………戦えない…………! 礎リコと戦えない………………!」


 悔しさに涙を堪えているが、その涙が溢れるのは時間の問題だろう。


「戦う必要などない」


「……! なんで!? 私が戦わなきゃ、文香が!」


「オレが死合る。貴様らの無念、オレが晴らそう」


「……!? なんで……? 私たちと会ったのは昨日、まだ一日しか経ってない! なんでアンタがそこまでするの!?」


 天彩は分からなかった。

 たった一日、それも少しの間時間を共有しただけの人間が、自分たちみたいな厄介な事情を抱えた人間を助けるわけが無い。


 助けてくれる人なんていない。

 だから自分たちで何とかするしか無かった。

 それが天彩の今までだった。


 しかし、幻卿は手を差し伸べる。


「それがオレの正義信念だ」


正義信念?」


「“最強に君臨する坐す者、最善なる正義を執行せよ成せ”」


「……?」


「オレの根源に刻まれた銘だ」


 それだけ言って、幻卿は来た時同様窓から外に飛び出して行った。


「“最強に君臨する坐す者、最善なる正義を執行せよ成せ”か…………確かに、幻卿を表しているわね」


 残された天彩は納得し、その上で暖かさと冷たさに支配された。

 暖かさは、幻卿ならリコをどうにかしてくれるんじゃないか、と思う安心感。

 冷たさは、幻卿の底が知れない強さへの、嫉妬感。


 その二つが天彩の中で渦巻き、そして、涙へと変わっていった。


 ❐❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐❏


 病院の門を出た幻卿に横から声がかかった。


「みずくさいでは無いか、幻卿よ。このワレを放ってどこに行こうとする? よもや……」


「皆まで言うな、。共に来てくれるか?」


「愚問だな」


 真の王である皇に、『剣鬼王』の名を継ぐ幻卿。

 この英雄二人が、手を合わせ一つの悪意を排除すべく、動き出した。

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