また春が訪れる。

 年に一度くらいは顔を出せと言われていたが、今年は新型コロナウィルスが蔓延したとかなんとかで帰郷しなくてよくなった。

 正直なところ母と顔を合わせる機会は少しでも減らしたいと思っていたので渡りに船だ。父の書斎で探し物をする目的もないではなかったのだが、ヒステリックな母の声を聞くほど、その気は失せていった。


 桜の季節だ。社会人生活も3年目を迎えようという頃合いだが、私の生活はまったく変わらない。女子寮ワンルームのエントロピー増大は相変わらずで、書棚を置くスペースすら確保できないのだ。その代わり、電子書籍タブレットを手に入れた。昨年刊行された『ゴルゴ13』の単行本は4冊(192 -195巻)。父との思い出をたぐるように読んだが「13番目の客」は掲載されていなかった。


 3年も経てば本誌で掲載された『ゴルゴ13』の最新エピソードが単行本に収録されているだろうと思うかもしれないが、『ゴルゴ13』の収録・再掲パターンを理解するためには一定の努力を必要とする。


 まず、ビッグコミック本誌に一次掲載される。一話分の分量が36ページ。これをユニット(U)と呼び、このUが組み合わされて、二次掲載媒体に収録されることになる。


 二次媒体は、「別冊ゴルゴ」だ。これはコンビニコミックに類似したサイズで収録までに四年ほどのエイジング(熟成)を必要とする。収録U数に合わせて別冊ゴルゴへの収録順番は入れ替えが発生する。あなたが「単行本」と考えているであろう収録媒体は「SPコミック」と呼ばれるもので、これはとなる。


 私が最も理解に苦しんだのは、「別冊ゴルゴ」という概念で、掲載作品はストレートに単行本化されない。父は気まぐれに飛ばしながらビッグコミックを購入していたので、当時は(単行本を待てばよいのに)と思っていたけれど、最新エピソードを単行本で読むためには6年から7年間のエイジングが必要とされることを知って愕然とした。


 父は、自分の体力が、7年間という時間(小学生一年生が中学生になる程の年数である)に耐えられないと理解していたのだろう。傑作の単行本化を待ちながら、病没したであろう父の気持ちを考えると胸が苦しくなる。


 三次媒体は「増刊ゴルゴ」と呼ばれる中綴じ冊子だ。雑誌コーナーで、弁当のついでにひょいっとカゴに入れるのにちょうどいいサイズ。しかも、掲載時から5年~6年を経過しているので、完全に手に入る。収録U数は別冊と異なるので、ここでも収録漏れや順序の変更が行われる。父は、「13番目の客」ことを覚えていただろうか。些細な1Uの掌編だから忘れてしまったかな。


 観光バスにゴルゴ13が乗りこむ。ゴルゴの危険性を知るのはたまたま乗り合わせた元CIA職員の老人だけ。ゴルゴが秘密を知るCIA職人を消しに来たと思い込むが妻はゴルゴに親しく話しかけまるで気にするそぶりがない。


 ふふ、ユーモアにあふれる短編だ。


 ふと、ここで複雑怪奇な刊行ペースの理由について思い当たった。ゴルゴ13が放った銃弾の余波を、媒体を変えて生まれ変わることで経済を回す。単純に単行本を刷って終わらせるのではなく、浸透させるように銃弾を行きわたらせることで何段階もの経済が発生するのではないか。


 父は私におこずかいをくれることは少なかった。母にすべて没収されてしまうから。だけど、本やゴルゴは気前よく与えてくれた。つまり、ゴルゴ13の刊行ペースは、そういうことなのだ。


 そして、第四次掲載。決定版の「SPコミックス」となる。さいとう・プロ・コミックスだ。ここで初めてゴルゴ13が電子化される。私が手に入れたいのはこの電子ゴルゴだ。電子媒体であれば母からも奪われることもない。


 ここまでで6年~8年ほど。以降、「文庫版」、「再編集版」、「ポケット版」等に姿を変えてゴルゴの銃弾は進み続ける。


「13番目の客」は2012年のエピソードだが、2020年時点で、ついに単行本未収録8年目に突入した。春に発売される新刊に掲載されているだろうか。


 お父さん、小学生だった私は、社会人になったよ。天国にも、赤いカウンターのラーメン屋のカラーボックスに納められた別冊ゴルゴ13はあるのかな。バンクシーの絵が裁断される話が面白かったから読んでみて。


(おわり)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

私たちは『ゴルゴ13』の刊行ペースのことを何も知らない。 お望月さん @ubmzh

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ