私たちは『ゴルゴ13』の刊行ペースのことを何も知らない。

お望月さん

春が訪れるたびに、父と『ゴルゴ13』を思い出す

 昨春から社会に出て、初めて気が付いたことがある。社会の仕組みや企業の風習、そして何より、私は『ゴルゴ13』の刊行スタイルがわからない、ということだ。


 これまで『ゴルゴ13』はまるで空気のように私の生活に存在していた。食卓に、トイレに、自家用車のどこにでも、『ゴルゴ13』や『ビッグコミック』が浸透しており、私は好きなエピソードを楽しむために、長時間トイレに立て籠もっていたりしたものだ。


 やがて、父が家を去ると新たなゴルゴが増えることがなくなった。家にゴルゴを補充していたのは、父だと知ったのはその時で、ゴルゴを読み続ける私に対する母の冷ややかな視線の真意も理解した。


 昨春に、私が学校を卒業すると母は『ゴルゴ13』を全て処分したようだった。女子寮のワードローブに保管スペースは乏しく、単行本を持ち出すことをあきらめたことが裏目に出て、全ての『ゴルゴ13』が失われてしまった。


 それでも私はいずれKindleで集め直せばよいだろうと高を括っていたのだ。というエピソードを読み直そうとするまでは。


 ◆ ◆ ◆


 ゴルゴ13第522話 『13番目の客』


 CIAの事務職を定年退職した男がワイフと古城ツアーに出かけていた。和やかなツアーバスに一人の東洋人男性が乗り込んでくる。鋭い目つきだが物静かな男。男の脳裏にCIAの業務上で戯れにアクセスした殺し屋リストの顔写真が浮かんだ。(ゴルゴ13!なぜここに!?)


 事情を知らないワイフはゴルゴに対して気さくに接し、旅行自体は和やかに進行していく。(この場で俺だけが、この男が殺し屋だと知っている)という状況に男は(偶然か?)(標的は俺なのか?)(元CIAだと知られたら口封じされる)と気が気ではない。


 そんな状況でワイフが「タクの夫は元CIAで上級ザマスから、なんでも解決するザマスよ!ホホホ!」等と、口が滑り始めてしまう。「お、おれは事務職だから!」なんとかその場をごまかす。男はゴルゴ13に正体を悟られず、生き残ることはできるのか。


 ◆ ◆ ◆


 ──アレ? 結末はどうなったんだっけ。

 私は『13番目の客』が収録された単行本をKindleで探すが見つからない。そもそもゴルゴ13の刊行パターンが複雑すぎて、収録巻の探し方がよくわからないのだ。この時、私はゴルゴ13の刊行スタイルがわからないまま社会に出てしまった、ことに気が付いた。


 2012年。家を出ていった父が残した、最後のエピソードの結末を見届けたい。

 私は強い欲求に動かされWikipediaやさいとうたかをプロ公式Webサイトに向き合い始めた。しかし、『ゴルゴ13』は連載誌が多岐にわたるうえ、増刊、別冊、コミックス……どれがどれだかわからない。


【ゴルゴ13刊行スタイルの一例】

 ゴルゴ13(連載)

 ゴルゴ13(別冊)

 ゴルゴ13(増刊)

 ゴルゴ13(SPコミックス) 《電子版あり》

 ゴルゴ13(SP文庫)

 

 

 調べてみたところ、ゴルゴ13は単純に、連載順にまとめたコミックスを発刊しているのではない。連載後は先行して別冊へ掲載され、増刊へ総集編的に収録され、SPコミックスに収録されていないエピソードも存在する。しかも、その収録順は発表順ではなく、ユニットと呼ばれるページ数管理単位ごとにシャッフルされる。


 「ゴルゴ13のエピソード一覧 - Wikipedia」から、収録エピソードをたどり、どうにか、2019年の現在はゴルゴ13<191>まで発刊されており「519話」まで収録されていることを確認した。


 つまり2012年のエピソードが、7年経ってもSPコミックスに収録されていないということである。それはつまり、現時点で電子版の入手が不可能ということだった。世間の(私のような)ゴルゴ読みの若者はどのように連載を追いかけているのだろう。


 ふと、我に返ると、これまでゴルゴだけを通じて触れ合ってきた、父の気持ちがわかってきた。父は私がゴルゴを愛することがうれしかったのだ。こどもにとって簡単に連載形態を把握することができない『ゴルゴ13』を娘に求められるままに買い与え、『ゴルゴ13』に不自由しない環境を作り上げるのは、どれほど大変なことだったろうか。


 父は、私が社会人になってから初めて自分の手で、マイファーストゴルゴを選ぶ楽しみを教えるつもりだったのだろう。しかし、その願いはかなわず、父は家を去ってからすぐに死んだという。そのように、家を出る前日に母から聞かされた時は、あまりに時間が経ちすぎていて実感がわかなかった。


 でも、(お父さん、会いたいよ……)始めて父の喪失と向き合った私はさめざめと泣いた。


 私は、ゴルゴ13の刊行スタイルがわからないまま社会に出てしまった。それでも父のため、私のために新たにスタイルを理解しようと思う。願わくば、新たな電子データに姿を変えたとしてもゴルゴ13が私たちの子孫まで伝わり続けることを。




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