番外編17歳(雨宿り)
「すごい雨だね」
クリスティーナは森を歩きながら、ため息のように言葉を漏らす。
見上げれば、空は一面曇天に覆われ、そこから激しい雨が地上へと降り注いでいる。
クリスティーナとアレクシスがいつものようにアイナとマルクに乗って、草原を駆けていれば、稲光が光ったのだ。
王宮を出たときにはもう曇り空だったが、まだ大丈夫だろうという考えが甘かった。
幸い雨に降られる前に、近くの森へと避難できた。
多少の雨なら適当な樹の下でやり過ごすが、今降っている雨は豪雨に近い。
クリスティーナとアレクシス、アイナにマレク、二人と二頭が雨宿りしても平気な大きな木を探して、森の中へと足を運んだのだった。
密集する木々をくぐり抜けながら、先頭にたったアレクシスが振り返る。
「あの木の下なら、大丈夫そうだぞ」
「どれ?」
クリスティーナもアレクシスの視線の先を追う。
「――本当だ。大きいね」
その木は森の木々の中でも一際大きく、幹周りも大人ふたりが手を伸ばして、ようやく届きそうなくらい太い。葉も豊かに生い茂り、雨宿りするに相応しい木と言えた。
「ここにするか」
「うん」
手綱を引っ張り、アイナとマルクを樹の下に引き寄せる。
「あれ――」
「どうした?」
来た方向からは見えなかったが、大木の裏側には大きな洞ができていた。
「見て、洞があるよ」
「本当だ」
アレクシスがクリスティーナの後ろから覗き込む。
「ああ、でもふたりが入るには小さいね。奥行きはあるけど、幅がそんなないよ。ふたり並んで座れないね」
せっかく雨宿りもできて、休める場所も見つかったと思ったが、ぬか喜びになってしまった。
しかし、アレクシスはクリスティーナと違って何か考える素振りを見せたかと思うと、突然何か閃いたように、眉が広がった。
「そんなことはないぞ」
「え?」
アレクシスはマルクの手綱を樹の枝に結びつけると、樹の洞に入っていく。
「――ほら」
座りこんで、両手を広げる。
クリスティーナはそれを見て、頷いた。
「うん、ひとりだったら充分入れると思うよ」
「そうじゃない。お前がここにくれば、ふたりはいれる」
アレクシスの指した場所は、アレクシスが両膝を立てて空いた真ん中だった。つまり、アレクシスの前に座るということである。
「え!?」
「並んでは座れないけど、これならふたり一緒に入れるぞ」
「で、でも――」
その格好はあまりに恥ずかしい。ふたりの距離が限りなく近くなってしまう。
「なに、躊躇ってるんだ。早く来い。雨だっていつ止むかわからないし、体だって休めたほうがいいだろ」
「う、うん」
いつにない強引な口調に、クリスティーナも不承不承頷く。
アイナの手綱を枝に結びつけると、木の洞に入っていった。
アレクシスの目の前に座り込む。
アレクシスの気配がすぐ後ろで感じられ、真横は長い足で囲われる。
クリスティーナは両膝を立てて、なるべくアレクシスに触れないように足に手を回して縮こまった。
「あ、雨、早く止むといいね」
心臓がせわしなく脈打つのをとめられない。
「そうだな」
アレクシスの吐息が首筋にかかる。
クリスティーナの鼓動が跳ねた。
後ろでため息が吐かれたかと思ったら、アレクシスがクリスティーナの体に腕を回し、引き寄せる。
「ア、アレクッ!?」
「こうしてのしかかってたほうが、おまえも楽だろ。俺も腕の置き場所があっていいし」
アレクシスの腕がクリスティーナの肩に回され、まるで抱きしめるような格好だ。
背中は完全に、アレクシスの厚い胸板と合わさっている。
口から心臓が飛び出そうだ。
あまりの状況に言葉も発せない。
クリスティーナはなんとか気を紛らわそうと、外の景色に集中した。
空は相変わらずの曇天模様。降りしきる雨粒を意味もなく目で追い続けた。
アレクシスの腕は緩まることもなく、両膝に囲まれ、クリスティーナはアレクシスという檻に囚われつづけた。
その間も吐息が首筋を掠めていく。
密着した背中からは、アレクシスの心臓の鼓動が伝わってくる。
――とくん、とくん。
規則的に高鳴る音と伝わる体温の熱さもあり、クリスティーナはいつの間にか安心して、その瞳を閉じてしまった。
次に瞼を開けたときは、空は完全に青空だった。
クリスティーナははっとした。
(いけない! 眠ちゃってた!)
焦って横を振り向くと、アレクシスは自身の両膝に腕をつき、クリスティーナの横顔を覗き込むように眺めていた。
完璧に寝顔を見られていたのは明らかだ。
「アレクッ! 雨やんだなら起こしてくれればいいのに!」
恥ずかしさから、切羽詰まったように言ってしまう。
「すごく気持ちよさそうにしてるから、起こすに起こせなかったんだ」
「そ、そうなの!? ごめんね。――わたしのせいで迷惑かけたね」
アレクシスの優しさに申し訳なく思いながら、慌てて洞から出たクリスティーナだった。
それから数日後の夜、招かれた舞踏会でクリスティーナが立っていると、横から声がかかる。
「あら、クリスさん、それ大丈夫ですか?」
クリスティーナは振り返った。見れば、ひとりの令嬢が立っている。
「それ?」
「耳の後ろが赤くなっていますよ」
「え?」
クリスティーナは耳の後ろに触れた。
「ここですか?」
触っても特に痛みは感じない。
「そうです。何か虫に刺されたのかもしれませんね」
「ああ、そういえば、先日森の奥に入ったから、その時知らずに刺されたのかも――」
「まあ、お気をつけてください」
「教えてくださって、ありがとうございます」
(あとで、薬でも塗っておこう)
「ふふ、どういたしまして」
にこやかに笑う令嬢と顔を合わせて、お互いふふと笑う。
それが口付けの跡だとは知らない純朴過ぎる令嬢とクリスティーナの会話であった。
クリスティーナの括られた髪に隠れるように、実はもうひとつ、首の真後ろにも同じ赤い跡が刻まれていたのだが、こちらは最後まで誰にも気づかれることはなかったのだった。
後書き
アレクシスが思い付いたのは、『雨宿り』する方法ではなく、もちろん『クリスティーナとイチャイチャ』する方法です(笑)
雨が降るたびにいちゃついてますね。
クリスティーナが寝ている隙に、ほかにも色々楽しんでると思います(☆▽☆)
ふたりの初夜も書いてみたいですが、18禁ではないため、わたしの妄想の中だけにとどめておきます。(^_^;)
新婚時期は、従者時代の鬱憤晴らしもかねて、なんやかんや理由をつけて、クリスティーナに従者の格好をさせて、たびたびことに及んでいると思います(笑)ちょっと背徳的な感じがして、画になりそうです。寝室どころか、執務室にも連れ込んでたりして。
10歳から書き始めたので、まどろっこしいと感じた方もいたかもしれませんが、好きになる過程がないと、個人的に嫌なのです(^_^;)
アレクシスが子供の頃は、頭がいいのと育ちのせいで、同じ年頃の貴族の子息たちに対して壁を作り、内心少し馬鹿にしていました。クリスティーナと初めて出会ったときも、気に入らなければ突き放すつもりでいました。(素直で人懐っこい性格ならば、最初のときに「アレクって呼んでいいぞ」と言っているはずなので。愛称呼びを許したときに、アレクシスは無意識にクリスティーナに対して壁を取り払い受け入れた証拠でした。)クリスティーナの優しい性格に触れているうちに、アレクシスは元の性格から丸く角がとれていきました。もちろんクリスティーナもアレクシスから、自分にはない考えや思考の仕方に触れて、感化されています。お互い良い作用をしていったはずです。もしクリスティーナに出会っていなかったら、アレクシスは横暴とはいかないものの、少し傍若無人で、俺様な性格になってたかもしれません。そう考えると、ふたりは出逢うべくして、出逢ったのだと思います(^^)
さて、これで本当に彼らともお別れです。
自分の文章力の無さと語彙力の乏しさに、気分が沈んだこともありましたが、それでも彼らのストーリーを書いていて、楽しかったです。
改めて、レビューしてくださった方、ハートマークしてくださった方、フォローしてくださった方、そして、ここまで読んでくださった皆様、本当にありがとうございました。
そして何より、ある日突然、わたしの頭にあらわれたクリスティーナとアレクシスに感謝です。あなたたちがいなかったら、このお話は書けませんでした。ありがとう!!
それでは皆様、ご機嫌よう。
またどこかで会えたら、嬉しく思います。
王太子は幼馴染み従者に恋をする∼薄幸男装少女は一途に溺愛される∼ 四つ葉菫 @yotubasumire
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