抗うもの

ゆうや

抗うもの


何でもない昼下がり、突如と鳴り響く緊急速報の音。第一報の内容を見た者のほとんどは、何言っているのだろうかと首を傾げていた。

しかし、次々に流れてくる速報に、突きつけられる現実。それより、人々の頭は混乱し、現実を受け入れられない者たちは発狂する者もいた。

人々を混乱に陥らせた報道の内容は――。


*   *   *


時を遡ること、一時間。まだ、混乱も起きていない世界を見つめているモノがいた。

彼のモノに名はなく、姿を見た者は誰も存在しない。彼は自らを観察者と名乗っていた。

現在、観察者は、卵をくりぬいたかのような形をした椅子に座っている。目の前には、細かいコマに分けられたスクリーンが置かれていた。椅子にスクリーン。それ以外何もなく眩いと感じ取れる白い空間。どこまでも続く、空間にあるそのスクリーンに映っているのは、人間が生活を送っている様子。家事をする者。必死にノートをとる者。電話でヘコへコ頭を下げる者。

毎日のように映し出されるスクリーンを、椅子にある肘掛けに肘をついて眺めている。

誰もいない空白の場に突然、喚き散らす観察者の声が響く。

「つまんなーい。何か面白いことはないのー」

さらに、観察者の言葉が続く。

「あー、もういいや。これ潰そう。そして、また構築すればいいや! それに、潰すときの人間の様子も観れることだし一石二鳥ってやつだね」

少年や少女を思わせる声を出した観察者は、椅子の肘掛けに置いていたリモコンを手に取り、目の前のスクリーンに向ける。数あるコマのなかで、一つ選択する。すると、そのコマがスクリーンいっぱいに拡がった。選択したコマには、目付きが鋭く体格の良い男の姿が映し出されていた。緑の詰襟の服を着て、ランニングをする男。

観察者は、その姿を観ながら口を開いた。

「選ばれたのは君か……。どんな終り方を見せてくれるのか楽しみだよ」

観察者は、ニヤリと笑みを浮かべ言葉を続ける。

「世界が終わる原因は……。これでいいか。さぁて、楽しい地獄を始めよう」

観察者は、これから起こることに、期待の目に輝きを浮かべる。先程よりも口角を上げ笑みをうかべ、ご機嫌な様子でスクリーンに映し出された男の様子を見つめていた。


   *   *   *


太陽の光が反射してビルを橙色に染め始めている。一日の仕事や学校が終わり、くたびれた様子で帰宅する人間やこれから飲みに行く人間で、町は溢れかえっていた。駅の前にある広場には大型の電子パネルがあり、そこではニュースやお店の宣伝を行っている。そのパネル前の広場は、集合場所として人が集まっていた。

時刻が十八時ちょうどになり広場にある時計からチャイムが鳴り響いた。話題のドラマの宣伝が流れていた、パネルの画面が突然ブラックアウトし、けたたましいサイレンが流れる。そして画面が変わり一人のキャスターが映し出された。冷や汗を浮かべているキャスターは大きな声で、速報の内容を知らせる。

『お知らせします。世界各国に備えられたAIが暴走し、多くの国に対しサイバー攻撃が行われております。それにより、A国やB国が保有する核兵器へのハッキングが確認されたという情報もございますので、国民の皆さんは直ちに安全な場所に避難しましょう。繰り返します――』

突然流れ始めた速報に、広場に集まっていた人たちは釘付けになるように見つめている。現実離れした内容に、スマホで撮影し始める者。面白おかしくおしゃべりをする者と全く速報の内容を信用していなかった。

 だが、そんな彼らの雰囲気をぶち壊すように続報が映し出された。

『続報です! A国、B国、F国の一部で核兵器による被害が確認されました。続いて、入ってきた情報です。 一部の国で実装されていましたアンドロイド部隊が各国の主要都市に対し攻撃が行われたようです。頑丈な建物や地下へ』

 キャスターの声は途絶え、映像だけ流れる。

 映像は、ノイズがひどく、画質も悪いものだった。その質の悪い映像には、焼け野原になった場所には、真っ二つに折れた大型の電波塔が映りこんでいる。あまりにリアルな光景に、映像を観ていた人々は口々に小さな悲鳴を上げている。だが、映像が流れているだけ。広場にいる人々にとって、対岸の火事程度なのだろうか。慌てて逃げる様子など微塵もなかった。

 電子パネルで流れた映像は、集まっている人々の通信機器でも流れている。人々の視線は映像が流れる電子パネルから、各々の通信機器へと視線は変わっていた。

ざわめきが一層増した広場にいる一人の男。男は周りの人と同様に、懐にある通信機器へと手を伸ばす。その途端、鳴ったことに気付き、急いで取り出し耳に当てる。彼は用件を聞きすぐに、指定された場所へと走り出した。


男は広場を出て、近くの道路まで走っていく。近くにあるタクシーの停車場所に行くと、迷彩服を着た男がまっすぐ立っていた。男と同い年ぐらいで、眼鏡をかけ帽子を被っている。背に棒でも入っているあのように立っている男がこちらに気づくと、敬礼をする。それと同時にはっきりとした声で言葉を発した。

「お休みのところ失礼いたします、隊長。司令部からの命によりお迎えにあがりました」

「事が事だから仕方あるまい。頼んだぞ」

隊長は、敬礼したままの男に言葉を返す。

眼鏡の男は、敬礼を解き、横に停まっている車の後部座席のドアを開ける。隊長が乗り込んだのを確認すると、ドアを閉める。眼鏡の男は、運転席に座り法定速度ギリギリで、車を走らせた。


車を走らせ、一時間ほどが経過した。車窓からは、灰色の塀が段々と大きくなってくる。その塀を超えると、運転する男と同様の服装をした人間が歩いている。皆、手には無骨な銃が握られている。目的地へとたどり着いたようで、車が速度を落とす。

塀で囲まれた広大な敷地のなかには、横長の長方形をした建物が等間隔で並べられており、敷地の半分は滑走路となっていた。中央には、背の高い塔のような建物。管制塔となっているその建物へ向けて、ゆっくりと車を走られた。


管制塔の真下につけられた車。車が止まると、建物から迷彩服の男性が駆け寄ってくる。

後部座席に座っていた隊長は、車から出て駆け寄ってくる男性に敬礼をする。車の傍にたどり着いた男性は、すぐさま車から出てきた隊長に敬礼を返す。

「こちらです。私に付いてきてください」

先程の運転手と同じ服を着た、体格の良い男性。そんな彼の背中をついていった。互いに何も喋らず、静かに歩く。建物の中は、慌ただしく騒々しかった。

先ほど速報で流れたように、各国に襲い掛かる未曽有の脅威。対岸の火事のように思っている一般人に対して、この施設にいる人間達は、切羽詰まっている様子の者がほとんどだった。

ひたすら階段を上げり、塔の最上階。最上階にある唯一の部屋の前まで案内された。硬く分厚いドアで閉じられた部屋。そのドアをノックし、開ける。

ドアを開けた先には、滑走路が見えるように大きな窓が一面に広がっている。壁面には、多数の機材が置かれており、多数の人がその機械を操作している。部屋の中央には、細長い円卓が置かれており、椅子はない。

部屋に入ってきたときには円卓の周りには、皆落ち着かないといったようすの男性達だった。そんな中、部屋に入って来た男も立っている連中に、並ぶ。机を囲む男性たちの姿は、制服に勲章や上の方の階級章を付けた制服を着た者。プライベート中に呼ばれたせいか、私服の者と入り混じっていた。それもそうだろう、突然あのようなことが通告されたのだから。本来、椅子があるだろう箇所が埋まり、立っているものは口々に不安の言葉を口にしていた。そんな中、円卓の中央部に立つ、初老の男性。迷彩の制服に身を包み、胸には勲章がたくさんついている。そんな彼が、軽く咳払いをする。その途端、周りの話し声はなくなり、静かになる。

重苦しい雰囲気の中、初老の男性が声を発した。

「諸君! 突然の召集、感謝する。事の顛末は重々承知であろう。先程、西方諸国の半分が陥落したとの情報が入って来た。東側に迫るのも時間の問題だろう。我が国にも被害が及ぶことは明白である。よって、我々が国を守る盾となり、迎撃しなければならない。諸君らには、既にこちらで練った戦略を確認していただきたく――」

初老の男性が、今後の展開について説明する。士気を鼓舞するためか、男性の声にも力がこもっている。円卓に出された地図を用いて説明する様を、周りに立っている男性達は、食い入って聞いていた。

作戦内容の把握が終わり、男性達は部屋を出る。制服を着ていない者たちは、まずは着替えるため更衣室へと向かった。更衣室で着替えを済ました、彼らは、続々と部屋を出る。そして、各々の配置へと移動していった。そんな中、第一報を駅前電子パネルで知った男も、更衣室で支給された制服のボタンを留めて、着替えていた。

 着替えを終え、更衣室を出ようとすると、背後から声が駆けられた。振り返ると、そこには坊主頭の同僚の姿があった。訓練校からの付き合いだ。

「今回の作戦驚いたよな。西方諸国が壊滅した敵に勝たないといけないんだからさ」

 先ほど、管制塔の最上階で行われていた会議に参加していた坊主頭は、会議の内容をこぼす。

「ああ、そうだな。俺は未だに信じられないよ。突然世界が終わりみたいな現実見せられてもな。我々より遥かに勝る西方を潰した敵から守る何て、厳しすぎるだろう」

男は、ため息混じりで言葉をこぼした。

「まあ、やらないと守れないものもあるからな。やってやろうぜ」

 坊主頭の同僚は、自らを鼓舞するかのようにこぶしを握り締める。そんな彼に対し、男は、手を広げ差し出す。

「ああ、そうだな。生きてまた」

 坊主頭は、差し出された手を握り、言葉を返した。

「おう、頑張ろうぜ」

同僚と別れ、装備を整える。自らの部下と合流するため、管制塔の外に出た。外には先ほど会議に参加していた男性達を筆頭に、部隊を整列させ、各々の配置につくため部隊内で話し合っていた。

整列している部隊の中から、自らの部隊を見つける。駅前からこの場所まで運転してくれた者が立っている部隊を見つけ、小走りで駆け寄った。

男の部下は装備を身に着け、今起きていることに緊張している様子だった。今まで、戦争はおろか、銃火器を使った作戦を経験した数は少ない。いくら訓練で扱っているからといっても、いざ実践となっては不安が残っているのだろう。

そんな彼らに下された作戦は、南方にある防衛線守護と、敵性勢力の撃滅。いたってシンプルな作戦だが、初陣状態の彼らには荷が重すぎる。緊張しきった部下に、激励の言葉をかけ、近くにあった輸送機へ乗り込んだ。


自分の部隊が、輸送機に乗り込んだことを確認すると、操縦士に離陸を促す。プロペラが回り、ゆっくりと離陸した。

作戦地帯へ向かうため、機体を南の方角へ向きを変える。だが、機内に激しくブザーが鳴り響く。けたたましく鳴り響く音に、機内の兵士に動揺が走る。

隊長である男が持つ、アンテナのついた通信機。警報が鳴り響く中、胸についた通信機から切羽詰まった声がする。

『こちら管制室! 敵性勢力確認されたし。ポイントを各隊長に送信した。付近の者は直ちに迎撃せよ』

通信が切れ、内ポケットにある端末を開き確認する。端末に送られてきた地図に一瞬思考が停止する。そこに表示されたのは、この基地からほど近い場所を移した地図。そこには、無数の赤い点が散らばっている。自軍の倍はあるだろうその数が、基地を攻撃するため、近くまで迫っていた。

地図を確認していると、滞空している輸送機のほど近くで爆発音が聞こえる。基地を出てほど近い場所で起きた爆発。すぐ近くで戦闘が始まったのだろう。

すぐに、操縦士に、近くの場所まで移動するように指示出す。そして、同乗していた部下に、すぐに戦闘できるように指示を出した。


 輸送機は、基地から少し離れた平野に降りた。男の部下が銃を構え、周辺を警戒しながら展開する。先ほど爆発した場所からは、黒煙が上がっている。双眼鏡で、爆発位置を覗いている部下から声が届く。

「隊長、先ほどの爆発は味方の輸送機です。墜落して炎上しているかと」

 部下の言葉に頷き、周囲の確認を指示する。しばらくして返って来たのは「異常なし」との声だった。周囲の安全を確認し、黒煙の上がっている場所への移動を指示出した。

 空を飛んでいたはずの輸送機は、地に落ち、勢いよく炎を上げている。生存者の姿はなく、辺りに散らばっているのは輸送機の黒い残骸のみ。敵の手掛かりはないかと調べていると、遠くに見える基地から数回爆発音が聞こえる。慌てて通信端末に向かって話しかける。

「管制塔、応答せよ。管制塔、応答せよ」

 しばらく返事を待っていたが、何も返ってこない。続けざまに聞こえてくる爆発音に、不安になりながら、内ポケットにある端末を取り出す。端末に表示された地図には、先ほど離れた場所にあった多くの赤い点が基地へと流れ込んでいた。

 冷や汗を浮かべ、両手で持った銃を構えながら基地へ進むように指示を出した。

 


勝てるわけがない。誰もがこの目の前に広がる光景を目の当たりにしたら、思い浮かべるだろう。先ほどまであった管制塔や長方形の建物は崩れて瓦礫の山を築いていた。その瓦礫に加え、人だったであろう肉片が飛び散っていた。土と血で染まった瓦礫の山。ところどころでは、黒煙も昇っている。

男がかけつけた頃には、何もかもが手遅れだった。銃を下げ、戦意を喪失しかかっている部下に、生存者を捜索するよう指示を出す。

隊長である男は、指示を出した後、瓦礫の山へと向かい、崩れないように注意しながら瓦礫を上っていく。上の方まで登って来た男は、瓦礫の隙間に明かりを当てて、生存者がいないか確かめる。ここで何があったのか。どのような敵が襲ってきたのか。敵を把握しないと全滅するだろう。

 何か見つけたか聞くため、部下を集めた。

部下が言うには、形をとどめているものはおらず、生存者はいない。基地を攻撃した敵の姿も見つけることができなかったということだ。

自ら瓦礫に登って探していた時から、大方予想はしていた。だが、敵の残骸が一つもないのには驚いた。

報告をしていた部下の一人が、質問を投げかける。

「隊長、敵の姿もありませんし、奴らはいったい、どこへ行ったのでしょうか」

「さっきから、端末も全く映らないからわからない」

 先ほどまで、敵の位置を表示していた端末の画面は、ジャミングがかかっている。敵による妨害なのか、基地に足を踏み入れた段階で映りが悪くなっていた。

 質問を投げかけた部下とは別の者が、隊長である男に報告をする。

「行き先まではわかりませんが、足跡らしきものがござました」

「……足跡? そこまで案内を頼む」

足跡を見つけた部下は、敬礼をして返事をする。その部下を先頭にして、男と彼の部下は、足跡のある方へと警戒しながら歩いて向かった。

案内された観たものは、くすんだ赤色の血を踏んでできた足跡。成人男性の足跡よりも大きいそれは、人間のものとは異なる点が存在した。

「この足跡の指の部分、四角いな」

 丸みが一切ない足跡。この足跡を見つけた部下は、足跡の様子を観察する隊長に推測の言葉を口にした。

「この足跡、生き物ではなく金属のようでしたので、データにあったアンドロイド兵器と似ていると推測します」

アンドロイド兵器。世界にアンドロイド兵器が出回り始めたのは、二十年ぐらい前だった。人的被害を抑える人道的な兵器として世界各国で人気を博していた。現代では世界の半分の軍隊がアンドロイドとなっている。アンドロイド兵器は、基本行動はAIで管理されており、命令となるコマンドを打ち込むだけで、あとは自動で行動する。

西側諸国が壊滅したのは、このアンドロイド兵器が裏目に出てしまった結果だろう。全身を鋼鉄で覆われているため、並みの銃弾では内部までは届かない。ゆえに、アンドロイド兵器にはアンドロイド兵器をぶつけるのがセオリーとなっている。推測が正しければ、男や男の部下だけではどうしようもない。

勝てる見込みがないからと言って、この場にとどまるわけにはいかない男は、自らの部下に指示を出す。あたりを警戒しながら足跡を辿っていく。瓦礫の山を越え、基地を囲っていた塀を超える。薄くなってきた足跡が向かう方角に、悪寒が走った。部下の一人に、急いで地図を出すように言い、足跡の先を確認する。塀の陰に隠れ、男に男の部下が地図を覗く。囲んでいた一人が声をあげる。その言葉に、男は悪寒の原因を特定した。

「まずいです、隊長。奴等、核保管庫に向かっています」

国が持つ唯一の核。厳重に保管されている保管庫の方角へと、足跡は伸びていた。外敵からのカモフラージュのため、基地の外に保管庫が置かれている。

敵の目的は、保管庫の方だろう。西方諸国を壊滅させたように主要都市に核を打ち込むのだろう。

「お前ら、急ぐぞ」

冷や汗を浮かべ、部下に声をかけた。塀に隠れた男の部隊は武装を整える。すると、保管庫の方角から撃ち合う音が聞こえてくる。生き残りに加勢するため、男の部隊は保管庫へと駆けていった。


目的の核保管庫周辺に到達したが、先ほど聞こえていた銃声は無く、静かだった。男とその部下は、散会し物陰に隠れている。保管庫は瓦礫にはなっておらず、壁面には弾痕が残っている。物音が一切せず、静まり返った保管庫。

不思議に思った男は、数人の部下と共に、室内へ入っていく。室内にあるはずの核はもぬけの殻となっていた。もとから何もなかったように室内は、閑散としている。外の警戒に部隊の半数を残して、男とその部下は銃を構えたまま慎重に室内の捜索を開始した。

三つほどある小部屋にもあたってみたが、手懸かりとなるものは一つもなかった。辺りを見回すため、屋根まで上がる。

ドーム状の屋根に上がり、双眼鏡や狙撃銃のスコープで辺りを見回す。すると、狙撃銃を持った部下の一人から、報告が入る。

「三時の方向に動くもの確認。指示を請います」

全員の視線がその方へと向く。そして、口々に視線の先にある光景に言葉を漏らす。

「……あんなの勝てるわけがねえ」

「数が多すぎる」

「くそっ、機械どもめ」

絶望、嘆き、怒りとそれぞれ違った感想を漏らす。確かに、視線の先にいるアレにはどうすれば良いのかわからない。

予想通り、黒い鋼鉄に覆われた人型のアンドロイド兵器。格納庫がある敷地の外に置かれている一台の車両。その周りに、地面を覆いつくすほどの黒い人形。不自然に置かれた車両には、発射台がつけられている。そこに向かって歩いているひと集団。その集団は、厳重に保管されていたはずの一本のミサイルが台座ごと運んでいる。

発射台を用いて、核を撃ち込むつもりなのだろう。西方諸国のように。だが、手持ちの装備だけでは、どうしようもない。それでも、行動しないことにはどのみち待っているのは、死のみ。奥歯をかみしめ、決心したように狙撃銃を構えた部下に命令する。

「狙撃しろ。奴等を根絶やしにする」

その命令と共に、男の隣で銃声が響く。着弾したか確認ことなく、矢継ぎ早に指示する。

「総員、散開! 出来るだけ交戦は避け、武器庫に集合せよ! 武器庫にやつらに通用する武器もあるだろう。急げ」

屋根の上に待機していた部下と、下で待機していた者、全員の返事がしたことを確認し、行動に移った。狙撃する部下を残して。


最初の狙撃から少し経ち、男は一人、武器庫へと逃げ込んだ。狙撃の音はもう聞こえてこない。狙撃の音とは別に、重い重低音のような発砲音がしていた。アンドロイド兵の持っている重火器だろう。

車両が置かれた平野から一番近い、基地の隅にある建物。防壁が先程の核保管庫と同じぐらい厚い建物だけあって、崩壊を免れていた。

部屋の奥に入り、爆発物や対アンドロイド兵器用の武器を取りに行く。すでに誰かこの場所に来たのだろうか、奥の方は散乱していた。

武具の他に、床には血だまりがある。瀕死の状態で這っていったのか、部屋の奥へと続いている。辿っていくと、壁にもたれて力尽きた坊主頭の男性の姿があった。見知った顔に、目を見開いた。

壁にもたれ掛かる坊主頭の肩を揺らすが、反応はない。数時間前まで、楽しく話していた友との思わぬ再開に、手に持った銃を地面に置き、嗚咽を漏らした。


武器庫に入り、数分が経過した。気持ちを落ち着かせ、武器庫の奥へと進もうと足を踏み込む。

途端、武器庫の扉が開いた。物陰から扉の方を覗き見る。そこには、血にまみれた部下の姿があった。彼は無言で立ち、動く姿が無い。声を掛けようとしたが、ひざから崩れ落ちた。背中には、数発撃たれた痕がある。瀕死の状態でここまで歩いてきたのだろう。

足音を殺して、倒れこんだ部下に近づく。そのまま、速やかに奥まで引き摺って行った。

脈を図ったが、すでに息絶えていた。死体となった彼の身体を調べ、遺留品を探す。すると、内ポケットに大量の認識票が収まっていた。血の付いた長方形のそれらに彫られている名前を観ていく。保管庫まで共にした部下、全員の名前が書かれている。血の付いたそれらを大切に内ポケットにしまった。

待っていても誰も来ないことを教えてくれた部下の骸を、武器庫の奥へと運ぶ。坊主頭の同僚の近くまで運ぶと、そのまま奥へと進む。

何度か武器庫に入ったこともあり、爆発物や対アンドロイド用武器が置かれている場所は覚えていた。倉庫の最奥にある小さい部屋。そこに目的の武具がある。

部屋のドアを開けようと、ドアノブを掴む。手をひねり、ドアを押す。室内には、整頓された武具が並んでいる、はずだった。

室内は、何者かに荒らされた後で、銃も真っ二つに破壊されたものばかり。爆発物も持ち去られており一つも残っていない。

最後の希望すらも潰された男は、その場で崩れ落ちる。そして、狂ったかのように天を仰いで笑い声をあげた。ひとしきり笑い、近くに落ちていた使えそうな軽機関銃を拾い上げた。

男は、ゆっくりと立ち上がり、重たい足取りで武器庫の出口へと進んでいく。そして、入り口付近で立ち止まり、息を深く吸い込んだ。

「お前らのせいで何もかも滅茶苦茶だ。出て来い、今から全部ぶっ壊してやる」

 男の叫びが届いたのか、扉から一体のアンドロイドが入ってくる。対人用の武装であるボウガンを持っている。こちらに気づいておらず声の主を探しているのか、辺りを見回していた。それを好機とみた男は、背後に回り込み至近距離から頭部に銃弾を叩きこんだ。      

動じることのないアンドロイドも、こちらに向かってボウガンを構え射出。

寸前のところで躱し、休まず弾丸の雨をぶつける。

しばらく、撃ち続けていると、頭部の装甲をえぐる。アンドロイドの眼が明滅し、背中から倒れこんだ。わずかに、駆動音を鳴らして沈黙する。

「まずは一体。これで他の奴等も――」

 段々と声が消えていく。その理由は簡単だ。男の視線の先には、無数のアンドロイドの姿。いつの間にか外に出ていた男は、敵の数に言葉をなくしていた。

 そして、アンドロイド兵たちは、各々が持つ武器を男に向ける。一斉に銃口が向けられた男は笑いながら、天を仰ぐ。

「神様、貴方様は何と素敵な機会を与えてくれたのですか。これで、奴らを一網打尽にできるじゃないですか」

 仰いでいた顔を元に戻し、目の前を向く。男は、獰猛な笑みをこぼしながら、銃を構える。そして、部下の血で染まった大地を蹴った。


 それから、数日後。アンドロイドたちが放った核によって人間社会は崩壊し、世界は終焉を迎えた。誰もその意図など知らずに


   *   *   *


「あーあ。終わちゃった。君はよく頑張ったと思うよ。他の人間だったらもっと早く死んでいたし」

 真っ白な空間の中、観察者の声が響く。まるで、遊んでいたものへ興味をなくした子供のように。

そんな観察者の声に、呼応するものは誰もいない。観察者は自分が座る椅子ごとまわりながら話していた。

「まあ、死んじゃったものは仕方ないよね。さて、次に楽しませてくれるのは何処かなぁ」

 そう言いながら、観察者は椅子に座って、無数のスクリーンを眺め、物色し始めた。子供のように、無邪気な笑みを浮かべて。

「君にきーめた。じゃあ、君にはこの試練をあげるね。だから、楽しませてね」

 気にいった玩具で遊ぶ子供ように、無邪気な笑みを浮かべた。画面を見つめながら、手にしているリモコンを操作している。どうやら、次のターゲットが決まったみたいだ。


                              (完)










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