第26話:手段は違えど
◇
さきほどから腹が痛い。
敬吾はその激痛に油汗を流す。
――やはり、毒が入っていたか……。それにしても、胃の中を食われるような痛みだ……。
「おい、敬吾とやら。どうかしたか?」
身体検査の看守が、遠慮がちに声をかけた。
看守長に言われているのか、腫れものに触れるような態度である。
「何でもない……。とっとと終わらせて、入場させてくれ! 痛っっっっっ……」
「わ、わかった、もう行っていいぞ……」
看守が敬吾を開放した。もちろん賄賂など渡していない。
ゆっくりとゲートが開いていく。
敬吾が腹を押え、ゆっくりと入場する。
眩しい照明と、大歓声。
本来、こういう舞台で戦うことが好きな敬吾だが、今はそれどころではなかった。
一刻も早く試合を終わらせて、トイレに駆け込みたかったのである。
反対側のゲートから、バグベア・ゴブリンも入場してきた。
ゲートが閉まり、試合開始のホーンが鳴る。
ニヤニヤしながら、巨大なバグベアが駆け足で近づく。
その時、身体の中の「何か」が腹を食い破ろうとしているのを、はっきりと感じた。
「ぐはっ!」
突然、敬吾が吐血する。
近づいたバグベアが、下卑た笑いをしてこう言った。
「どうだ? ゼノエッグ入りのぶどう酒は美味かっただろ? わはははは」
「何だと! やはり、お前が仕組んでいたのか……」
全てを察した敬吾は、その巨木のような太ももに、全力でストレートパンチを放った。
鼓膜が破れるほどの轟音がこだまする。
バグベアの足には、こぶし大の風穴が空いている。
裏から見ると、その何十倍も大きな穴が肉をえぐっていた。
「ぐわぁああああ! まだこんな力が、残っていたのか!?」
負傷しているとはいえ、今の敬吾は神がかりな能力者である。しかも不死身だ。
この程度の反撃は、造作もないのである。
驚くバグベアは、そのまま崩れ落ちていく。
3mから降ってくる頭に、敬吾がジャブやストレートを放った。
爆音とともに、獣の頭部が形を失う。
のこる巨体も倒壊し、砂ぼこりをあげ沈黙した。
その瞬間、激しい歓声が場内を包む。
しかし、勝利した敬吾には、ガッツポーズをとる余裕すらない。
得体の知れない「何か」が、今にも身体を突き破りそうなのである。
内臓が飛び出す瞬間を、人前にさらしたくないと思った。
入場門まで、猛ダッシュで駆ける。
あまりの俊足に、試合終了のホーンが追い付かない。
「早く、ここを開けて、トイレに行かせてくれ!」
敬吾が叫ぶやいなや、終了を知らせるホーンが鳴り響く。
入場門が、ゆっくりと上がった。
しかし、その数秒さえ堪えきれない程の苦痛である。
ゲートが40cmほど開くと、敬吾は這いつくばって中に押し入った。
勝者らしくないその姿に、会場から笑いがおこった。
「あれ、敬吾の試合もう終わったのか?」
試合開始のホーンが聞こえ、小窓に向かったキラが窓につく頃には、終了のホーンが鳴っていたほど、一瞬の出来事だった。
闘技場には、識別不能な死体だけが転がっている。
◇
――その頃、選手用トイレでは――
「うわぁぁ! なんだ、これは!?」
腹を突き破ったその生物に、敬吾が絶叫していた。
◇
次の出番は、ナーベである。
ナーベはコボルトという、ゴブリンと見た目の似た種族である。
しかし、ゴブリンとは全く異なる生物で、異種間での交配は行わない。
劣弱な種族のため、襲われた際には、ゴブリンの巣穴で身を隠すこともあるという。
コボルトは、ゴブリンに偽装する能力をもっている。
体臭からフェロモンまで巧みに変え、ゴブリンの群れで生活できるのだ。
いうなれば、サバイバルの天才である。
弱いなりにも生きる道を模索し、柔軟に適応する能力に長けているのだ。
普段は人間の家に棲みつき、屋根裏などで生活をおくる。
ただ、ネズミなどのように嫌われないのは、こっそり家事を手伝うからである。
寄生と共生は紙一重だ。片方にとって有害なものを寄生とよび、お互いに利益のあるものを共生とよぶ。
コボルトは一方的に人間に、家事という「利益」を与え、共生しているのだ。
この闘技場でも、見事なまでの適応力で生き延びている。
ジュードに生きるノウハウを学び、闘技場では自分の役柄を演じた。
ショーとしての楽しさを提供することで、観客に利益を与えているのである。
その模様は、まもなく目にすることになるだろう。
「お、今日は銀貨10枚か! なかなかの心がけじゃあないか!」
身体検査の看守に賄賂をわたすと、ナーベは行儀よくその場で起立していた。
賄賂をもらった看守は、にやけた顔で喜んでいる。
「よし、問題ない! いっていいぞ!」
看守が簡単に検査をすませると、さっそく彼を開放した。
ナーベはちょこまかと入場門をくぐり、明るい闘技場へと入っていく。
――サテュロス殿も、うまくやってくれるといいのでアリマス
今日の相手はサテュロスである。
頭に山羊の角を生やし、人間の姿に似る小型の獣人だ。
下半身は獣のままだが、二足歩行をする。
気荒に振舞うが、臆病なため攻撃的になるだけのようだ。
お互い、身の丈1mほどで、サテュロスも素早い。
2人とも意外に力は強いが、争いを好まないという点でも一致する。
サテュロスが走って場内に入ってきた。
その瞬間、観客たちの大歓声があがる。
毎回派手な試合をする選手なのだ。
ゲートが閉まり、ホーンが試合開始の合図を告げる。
サテュロスが粉塵を上げて、ナーベに近づく。
ナーベは、頭を守るポーズで、相手の動きを目で追った。
――さあ、来るでアリマス。準備はとっくにできてるのデスぞ!
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短い間でしたが、お付き合いありがとうございました。
カクヨムでは、ほとんど読者がいらっしゃらないので、
小説家になろうに投稿していきます<(_ _)>
ISEKAKU ~異世界格闘技に人類最強が参戦したら、どうなるのか?~ 佐雲渡(さうんど) @saundo_kuranosuke
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