第26話:手段は違えど



 さきほどから腹が痛い。

 敬吾はその激痛に油汗を流す。


――やはり、毒が入っていたか……。それにしても、胃の中を食われるような痛みだ……。


「おい、敬吾とやら。どうかしたか?」


 身体検査の看守が、遠慮がちに声をかけた。

 看守長に言われているのか、腫れものに触れるような態度である。


「何でもない……。とっとと終わらせて、入場させてくれ! 痛っっっっっ……」


「わ、わかった、もう行っていいぞ……」


 看守が敬吾を開放した。もちろん賄賂など渡していない。

 ゆっくりとゲートが開いていく。

 敬吾が腹を押え、ゆっくりと入場する。


 眩しい照明と、大歓声。

 本来、こういう舞台で戦うことが好きな敬吾だが、今はそれどころではなかった。

 一刻も早く試合を終わらせて、トイレに駆け込みたかったのである。

 反対側のゲートから、バグベア・ゴブリンも入場してきた。


 ゲートが閉まり、試合開始のホーンが鳴る。

 ニヤニヤしながら、巨大なバグベアが駆け足で近づく。

 その時、身体の中の「何か」が腹を食い破ろうとしているのを、はっきりと感じた。


「ぐはっ!」


 突然、敬吾が吐血する。

 近づいたバグベアが、下卑た笑いをしてこう言った。


「どうだ? ゼノエッグ入りのぶどう酒は美味かっただろ? わはははは」


「何だと! やはり、お前が仕組んでいたのか……」


 全てを察した敬吾は、その巨木のような太ももに、全力でストレートパンチを放った。

 鼓膜が破れるほどの轟音がこだまする。

 バグベアの足には、こぶし大の風穴が空いている。

 裏から見ると、その何十倍も大きな穴が肉をえぐっていた。


「ぐわぁああああ! まだこんな力が、残っていたのか!?」


 負傷しているとはいえ、今の敬吾は神がかりな能力者である。しかも不死身だ。

 この程度の反撃は、造作もないのである。


 驚くバグベアは、そのまま崩れ落ちていく。

 3mから降ってくる頭に、敬吾がジャブやストレートを放った。

 爆音とともに、獣の頭部が形を失う。

 のこる巨体も倒壊し、砂ぼこりをあげ沈黙した。

 その瞬間、激しい歓声が場内を包む。


 しかし、勝利した敬吾には、ガッツポーズをとる余裕すらない。

 得体の知れない「何か」が、今にも身体を突き破りそうなのである。

 内臓が飛び出す瞬間を、人前にさらしたくないと思った。

 入場門まで、猛ダッシュで駆ける。

 あまりの俊足に、試合終了のホーンが追い付かない。


「早く、ここを開けて、トイレに行かせてくれ!」


 敬吾が叫ぶやいなや、終了を知らせるホーンが鳴り響く。

 入場門が、ゆっくりと上がった。

 しかし、その数秒さえ堪えきれない程の苦痛である。


 ゲートが40cmほど開くと、敬吾は這いつくばって中に押し入った。

 勝者らしくないその姿に、会場から笑いがおこった。


「あれ、敬吾の試合もう終わったのか?」


 試合開始のホーンが聞こえ、小窓に向かったキラが窓につく頃には、終了のホーンが鳴っていたほど、一瞬の出来事だった。

 闘技場には、識別不能な死体だけが転がっている。



――その頃、選手用トイレでは――


「うわぁぁ! なんだ、これは!?」


 腹を突き破ったその生物に、敬吾が絶叫していた。



 次の出番は、ナーベである。

 ナーベはコボルトという、ゴブリンと見た目の似た種族である。

 しかし、ゴブリンとは全く異なる生物で、異種間での交配は行わない。


 劣弱な種族のため、襲われた際には、ゴブリンの巣穴で身を隠すこともあるという。

 コボルトは、ゴブリンに偽装する能力をもっている。

 体臭からフェロモンまで巧みに変え、ゴブリンの群れで生活できるのだ。


 いうなれば、サバイバルの天才である。

 弱いなりにも生きる道を模索し、柔軟に適応する能力に長けているのだ。

 普段は人間の家に棲みつき、屋根裏などで生活をおくる。


 ただ、ネズミなどのように嫌われないのは、こっそり家事を手伝うからである。

 寄生と共生は紙一重だ。片方にとって有害なものを寄生とよび、お互いに利益のあるものを共生とよぶ。

 コボルトは一方的に人間に、家事という「利益」を与え、共生しているのだ。


 この闘技場でも、見事なまでの適応力で生き延びている。

 ジュードに生きるノウハウを学び、闘技場では自分の役柄を演じた。

 ショーとしての楽しさを提供することで、観客に利益を与えているのである。

 その模様は、まもなく目にすることになるだろう。


「お、今日は銀貨10枚か! なかなかの心がけじゃあないか!」


 身体検査の看守に賄賂をわたすと、ナーベは行儀よくその場で起立していた。

 賄賂をもらった看守は、にやけた顔で喜んでいる。


「よし、問題ない! いっていいぞ!」


 看守が簡単に検査をすませると、さっそく彼を開放した。

 ナーベはちょこまかと入場門をくぐり、明るい闘技場へと入っていく。


――サテュロス殿も、うまくやってくれるといいのでアリマス


 今日の相手はサテュロスである。

 頭に山羊の角を生やし、人間の姿に似る小型の獣人だ。

 下半身は獣のままだが、二足歩行をする。

 気荒に振舞うが、臆病なため攻撃的になるだけのようだ。


 お互い、身の丈1mほどで、サテュロスも素早い。

 2人とも意外に力は強いが、争いを好まないという点でも一致する。


 サテュロスが走って場内に入ってきた。

 その瞬間、観客たちの大歓声があがる。

 毎回派手な試合をする選手なのだ。


 ゲートが閉まり、ホーンが試合開始の合図を告げる。

 サテュロスが粉塵を上げて、ナーベに近づく。

 ナーベは、頭を守るポーズで、相手の動きを目で追った。


――さあ、来るでアリマス。準備はとっくにできてるのデスぞ!



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短い間でしたが、お付き合いありがとうございました。

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ISEKAKU ~異世界格闘技に人類最強が参戦したら、どうなるのか?~ 佐雲渡(さうんど) @saundo_kuranosuke

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