第25話:死の卵
◇
敬吾にとって、2回目になる控室。
キラ達とは別の控室で座っていた。隣にはナーベが、足をブラブラさせて座っている。
この建物には4つの控室がある。それぞれの入場門に2部屋づつ用意されているのだ。
10人ほどしかいない室内は、十分すぎるほどのスペースがある。
これなら、全員が大型の亜人でも、問題なく入るだろう。
ところで、敬吾にはずっと思い悩むことがあった。
その変色した目のことである。
生き返った瞬間から、片側の目がさまざまな色を見せるのだ。
そしてその色に、なんとなく法則性を感じてもいる。
たとえば、敵意を持つ者の顔はぼんやり赤く見え、そうでない者は緑。
嘘をつく者の顔は、黒ずんだ色になるといったふうにである。
しかし、それを裏付ける根拠はなく、単なる偶然かもしれなかった。
そこへ見慣れぬ小鬼が声をかけてくる。小型のゴブリンであろう。
「旦那、さっきの看守との大立ち回り。見てやしたが、胸がすくような思いでしたぜ!」
「ん? お前は誰だ?」
怪訝そうに敬吾が尋ねる。
「コイツはゴブリンの、ブルータスでアリマス。大嘘つきの小鬼で、信用ならねーでアリマスよ!」
横からコボルトのナーベが身を乗りだす。
小鬼の顔はうっすら赤く見えた。しかし、嘘をつく黒ずんだ色はなさそうである。
しかし確信の持てない敬吾は、警戒するだけにとどめておいた。
「いえいえ、あっしは嘘をつく相手と、そうでない相手を分けているだけなんです」
相変わらず、黒ずんだ色はしていない。
「で? その小鬼が何の用だ? まさかサインがほしいという訳でもないだろう」
敬吾が冷静に問う。
「サインなんてめっそうもない! 我々奴隷のヒーローである敬吾さんに、これを持ってきたんですぜ」
そう言って、腰袋からグラスを取り出し、革水筒に入れていた赤紫の液体を注いだ。
「これは何だ?」
「ぶどう酒です。看守が飲む分を、すこし拝借してきたのでやす」
「お前、毒を入れてるでアリマスな! ゴブリンを仕切ってるバグベアから、毒殺するよう命令されたのは、見え見えのブヒブヒでアリマスぞ!」
「ああ、何て悲しいんでげしょう! 誰からも信用されないから、いつまでも嘘をついてしか生きられない。分かりやした。悲しいですが、お別れでげす……」
ブルータスはそう言うと、肩を落とし、悲しそうな顔をした。
「まあ、待てナーベ。おいブルータス、そのワインは本当に毒が入ってないんだな?」
「入れるわけないでげしょう。でもアッシのことなんか、信用できないでしょうから……」
「わかった、せっかくの好意だから、甘えるとしよう。どうか、信じる心を持ち続けてほしい」
敬吾がそういうと、小鬼の目を見すえて、一気に飲み干してしまった。
「アワアワアワアワ……。こんな古典的な手に、引っかかってしまったのでアリマス……ブルブルブルぶひ」
しかし、敬吾には何も起こらない。
そもそも毒であろうと、不死身である敬吾に、異変が起こるとも思えないのだが。
「見ず知らずのアッシを、そこまで信用してくれるとは……」
涙ぐんだブルータスが、小声でそう呟いた。
敬吾が小鬼を見ると、その顔に以前あった赤色はない。
ブルータスは深々と頭を下げ、控室を出て行った。
「敬吾、ほんとに何ともないでアリマスか?」
「ああ、何ともない。どっちみち、俺には毒が効かないだろうしな」
「それならよいのでアリマスが……」
◇
一方、キラとジュードの控室では、なにやら異変が起こっていた。
獣人の一人が泣いているのである。
「どうしたんだよ、試合がこわいのか?」
心配したキラが声をかけた。
「はい、私はケンカすらしたことがなく、急にここへ連れてこられました。突然あんな恐ろしい獣と、試合させられるなんて……」
そう言って、馬の獣人ティックバランが涙を流すのである。
ティックバラン族は、身の丈4m近くある大型の獣人だ。
手足が長く、黒い体毛に覆われる。その気品のある艶が、サラブレッドのように美しかった。
「それは災難だったな。で、誰とやることになったんだ?」
「リザードマンとかいう、ワニみたいな獣人です」
「あやつか……。しかし、お主の身体能力のほうが、奴よりずっと上じゃぞ。恐れなけば、勝つのはそう難しくはないぞい」
二人を見守っていたジュードが、声をかける。
「恐れるなと言われましても……。やったことがないのです。もう、どうしていいか……」
「よいか、とにかくその強力な後ろ足で、蹴りまくるのじゃ。リザードマンのウロコには棘がたくさんついておるが、お主の足の蹄なら刺さることもあるまい」
「ほんとですか? そんなに簡単に蹴りが当たるものでしょうか……?」
「心配ないわい。お主のスピードは相当なものじゃぞ。あやつの周りをぐるぐる回るだけで、奴はついてこれまい。あとは、リーチの長い手足を使って、四方からどんどん攻撃するのじゃ」
「そうだといいのですが……」
「なーに、ティックバラン族の戦いは、何度も見ておる。その戦い方で、いつも勝っておったぞい!」
「そうなんですか! じゃあ僕も勝てるんですね!」
「うむ。じゃから、恐れずリラックスして戦え。ただ、奴の尻尾と大きなあごだけは気をつけるんじゃ。それと、身体検査のときに銀貨5枚を渡すのを忘れんようにな」
「はい、ありがとうございます! ところで、僕はジョシュアと申します。あなた方は?」
「わしは、ドワーフのジュードじゃ」
「俺は、人間のキラ。よろしくな!」
◇
――そのころ、向かいの入場門にある控室では――
「ブルータス、飲ませてきたか?」
「はい、信用して一気飲みしやしたぜ」
「馬鹿な人間よ! 中に『ゼノエッグ』――死の卵――が入っているとも知らず、飲み干すとはな」
凶悪そうな顔をした、バグベア・ゴブリンが大笑いしていた。
ゼノエッグとは、天体から降ってきたと伝わる、危険な生物の卵である。
卵自体はミジンコほどの大きさだが、寄生した宿主の内臓を食らい、急成長する生命体という。
体内に入れば、30分で宿主を食い破るといわれる。
「ブルータス、これは褒美だ! 大好物だろ、とっておけ!」
そう言ってバグベアが、先ほどキラが飛ばした看守の腕を、小鬼にほうりなげた。
「ありがとうごぜいやす……」
こころなしか、受け取ったブルータスの顔が曇っている。
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情にほだされ、ゼノエッグ入りのワインを飲んだ敬吾。
一体どうなってしまうのか!?
次号、バグベアとの死闘必至!
お読み頂き、ありがとうございます。
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――作品紹介――
『異世界・宮廷料理人ティルレが、モンスターを使った無双レシピを公開するわよ!』
連載中!!
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