第25話:死の卵



 敬吾にとって、2回目になる控室。

 キラ達とは別の控室で座っていた。隣にはナーベが、足をブラブラさせて座っている。

 この建物には4つの控室がある。それぞれの入場門に2部屋づつ用意されているのだ。

 10人ほどしかいない室内は、十分すぎるほどのスペースがある。

 これなら、全員が大型の亜人でも、問題なく入るだろう。


 ところで、敬吾にはずっと思い悩むことがあった。

 その変色した目のことである。

 生き返った瞬間から、片側の目がさまざまな色を見せるのだ。


 そしてその色に、なんとなく法則性を感じてもいる。

 たとえば、敵意を持つ者の顔はぼんやり赤く見え、そうでない者は緑。

 嘘をつく者の顔は、黒ずんだ色になるといったふうにである。

 しかし、それを裏付ける根拠はなく、単なる偶然かもしれなかった。


 そこへ見慣れぬ小鬼が声をかけてくる。小型のゴブリンであろう。


「旦那、さっきの看守との大立ち回り。見てやしたが、胸がすくような思いでしたぜ!」

「ん? お前は誰だ?」


 怪訝そうに敬吾が尋ねる。


「コイツはゴブリンの、ブルータスでアリマス。大嘘つきの小鬼で、信用ならねーでアリマスよ!」


 横からコボルトのナーベが身を乗りだす。

 小鬼の顔はうっすら赤く見えた。しかし、嘘をつく黒ずんだ色はなさそうである。

 しかし確信の持てない敬吾は、警戒するだけにとどめておいた。


「いえいえ、あっしは嘘をつく相手と、そうでない相手を分けているだけなんです」

 相変わらず、黒ずんだ色はしていない。


「で? その小鬼が何の用だ? まさかサインがほしいという訳でもないだろう」

 敬吾が冷静に問う。


「サインなんてめっそうもない! 我々奴隷のヒーローである敬吾さんに、これを持ってきたんですぜ」


 そう言って、腰袋からグラスを取り出し、革水筒に入れていた赤紫の液体を注いだ。


「これは何だ?」

「ぶどう酒です。看守が飲む分を、すこし拝借してきたのでやす」


「お前、毒を入れてるでアリマスな! ゴブリンを仕切ってるバグベアから、毒殺するよう命令されたのは、見え見えのブヒブヒでアリマスぞ!」

「ああ、何て悲しいんでげしょう! 誰からも信用されないから、いつまでも嘘をついてしか生きられない。分かりやした。悲しいですが、お別れでげす……」

 ブルータスはそう言うと、肩を落とし、悲しそうな顔をした。


「まあ、待てナーベ。おいブルータス、そのワインは本当に毒が入ってないんだな?」

「入れるわけないでげしょう。でもアッシのことなんか、信用できないでしょうから……」


「わかった、せっかくの好意だから、甘えるとしよう。どうか、信じる心を持ち続けてほしい」

 敬吾がそういうと、小鬼の目を見すえて、一気に飲み干してしまった。


「アワアワアワアワ……。こんな古典的な手に、引っかかってしまったのでアリマス……ブルブルブルぶひ」


 しかし、敬吾には何も起こらない。

 そもそも毒であろうと、不死身である敬吾に、異変が起こるとも思えないのだが。


「見ず知らずのアッシを、そこまで信用してくれるとは……」


 涙ぐんだブルータスが、小声でそう呟いた。

 敬吾が小鬼を見ると、その顔に以前あった赤色はない。

 ブルータスは深々と頭を下げ、控室を出て行った。


「敬吾、ほんとに何ともないでアリマスか?」

「ああ、何ともない。どっちみち、俺には毒が効かないだろうしな」


「それならよいのでアリマスが……」



 一方、キラとジュードの控室では、なにやら異変が起こっていた。

 獣人の一人が泣いているのである。


「どうしたんだよ、試合がこわいのか?」

 心配したキラが声をかけた。


「はい、私はケンカすらしたことがなく、急にここへ連れてこられました。突然あんな恐ろしい獣と、試合させられるなんて……」


 そう言って、馬の獣人ティックバランが涙を流すのである。

 ティックバラン族は、身の丈4m近くある大型の獣人だ。

 手足が長く、黒い体毛に覆われる。その気品のある艶が、サラブレッドのように美しかった。


「それは災難だったな。で、誰とやることになったんだ?」

「リザードマンとかいう、ワニみたいな獣人です」


「あやつか……。しかし、お主の身体能力のほうが、奴よりずっと上じゃぞ。恐れなけば、勝つのはそう難しくはないぞい」

 二人を見守っていたジュードが、声をかける。


「恐れるなと言われましても……。やったことがないのです。もう、どうしていいか……」

「よいか、とにかくその強力な後ろ足で、蹴りまくるのじゃ。リザードマンのウロコには棘がたくさんついておるが、お主の足の蹄なら刺さることもあるまい」


「ほんとですか? そんなに簡単に蹴りが当たるものでしょうか……?」

「心配ないわい。お主のスピードは相当なものじゃぞ。あやつの周りをぐるぐる回るだけで、奴はついてこれまい。あとは、リーチの長い手足を使って、四方からどんどん攻撃するのじゃ」


「そうだといいのですが……」

「なーに、ティックバラン族の戦いは、何度も見ておる。その戦い方で、いつも勝っておったぞい!」


「そうなんですか! じゃあ僕も勝てるんですね!」

「うむ。じゃから、恐れずリラックスして戦え。ただ、奴の尻尾と大きなあごだけは気をつけるんじゃ。それと、身体検査のときに銀貨5枚を渡すのを忘れんようにな」


「はい、ありがとうございます! ところで、僕はジョシュアと申します。あなた方は?」

「わしは、ドワーフのジュードじゃ」

「俺は、人間のキラ。よろしくな!」



――そのころ、向かいの入場門にある控室では――


「ブルータス、飲ませてきたか?」

「はい、信用して一気飲みしやしたぜ」


「馬鹿な人間よ! 中に『ゼノエッグ』――死の卵――が入っているとも知らず、飲み干すとはな」

 凶悪そうな顔をした、バグベア・ゴブリンが大笑いしていた。


 ゼノエッグとは、天体から降ってきたと伝わる、危険な生物の卵である。

 卵自体はミジンコほどの大きさだが、寄生した宿主の内臓を食らい、急成長する生命体という。

 体内に入れば、30分で宿主を食い破るといわれる。


「ブルータス、これは褒美だ! 大好物だろ、とっておけ!」

 そう言ってバグベアが、先ほどキラが飛ばした看守の腕を、小鬼にほうりなげた。


「ありがとうごぜいやす……」

 こころなしか、受け取ったブルータスの顔が曇っている。



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情にほだされ、ゼノエッグ入りのワインを飲んだ敬吾。

一体どうなってしまうのか!?

次号、バグベアとの死闘必至!


お読み頂き、ありがとうございます。

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――作品紹介――

『異世界・宮廷料理人ティルレが、モンスターを使った無双レシピを公開するわよ!』

連載中!!

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