第24話:その相手とは……



 昼の食事がはじまる。

 毎回同じようなメニューだが、今回はそれまでとは違い、バットを「洗剤」で掃除していた。

 清潔な容器だと、キラにも食べる気力が湧いてくる。


「おお! 相変わらず味しねーけど、なんだか美味く感じるぜ!」

 そう言いながら、何十杯もお代わりをしている。まるで、水を飲むように見事な食べっぷりであった。


「こんな美味しい食事は、もう何年もなかったのでアリマス」


 無表情のナーベが、足をパタつかせ喜びを表現する。

 他の獣人たちも、いつもより食欲旺盛なふうであった。


「悪臭がないおかげで、すごく食べやすくなったわね」


 感慨深げに、麗奈も同意する。

 同じ食事でも、こんなに違うのかと、思わずにはいられない。


 人の味覚は、9割以上が嗅覚だという。

 風邪をひいたときに、「味覚」がなくなるのは、実は「嗅覚」が鈍るからだ。

 匂いに何十倍も敏感といわれる獣人なら、尚のことである。


 しかし、食事をかきこむ皆をよそに、一人だけ食事を摂らない者がいた。ドワーフのジュードである。


「おやっさーん! こっち来て一緒に食べようぜ。飯すこしマシになってるぜー」


 キラが気をもんで声をかける。しかし、ジュードは首を横に振った。


「今日は食欲がないんじゃ。気にせんとお主らだけでやっといてくれ」


 麗奈も心配して、安否を気づかう。

「どうしたの? もしよかったら、診てあげるけど。体にどこか異変はないかしら?」


「大丈夫じゃ、たまにこういう日があるのでな。わしのことは気にせんで、食事を続けてくれ」

 ジュードはそういうと、小窓に続くトンネル奥へと消えてしまった。


「おやっさん、朝飯も食ってなかったぜ」

「そうね、身体がすこし心配だわ」


 すると突然、黙っていた敬吾が口を開く。

「食べなくても、死にはしないだろうが……」


 更に続ける。


「それより、悩み事かも知れないな。キラ、もしジュードさんが何か話してきたら、俺にも教えてくれないか? 陰ながら協力したいと思っている」


「ああ、言われなくてもそのつもりよ! 俺じゃ分かんねーこと多いし、その時は相談に乗ってくれ」


「私も協力するわ。ここにいる間は、全員で支え合いましょ?」


「ワタクシのこともお忘れなく。ジュード氏には、ずっとお世話になってるのでアリマスる」


 困難や苦しみは、共有する者たちを団結させるという。

 すこしづつだが、5人の絆が強く結ばれようとしていた。



 食事がおわり、皆で後片付けをする。

 こころなしか、手伝う亜人が、増えているようだ。

 そこにジュードも加勢する。


「ジュードさん、ここは私たちがやるから、休んでくれていいわよ」

 心配そうな表情で、麗奈が言った。


「なーに、身体を動かしたほうが調子が戻るんじゃ。それに、午後から試合もあるじゃろうからの」

 ジュードが、目の前のこびりつきと格闘しながら、それに答える。


「おやっさん、俺たち毎日戦わされんのかな?」

 掃除の手を止め、キラが聞く。


「毎日ではないがの。昨日、格上選手に勝った、お主やわしは今日も試合じゃろうて」

「なんで、そーなるんだ? 強いやつ相手なら、ダメージ残ってるし、休ませるのが普通じゃねーの?」


「実力を見極めるためじゃよ。それから、敬吾がホブを殺したことは、看守の耳にも入っておるじゃろう。あやつも、強い選手とやらされるはずじゃ」

「まあ、麗奈の話どおりなら、今の敬吾は、オーガとやっても勝てるんじゃねーかな」


「そうじゃろうな。しかし、お主も今日は気をつけねばならんぞ。昨日あれだけ派手に勝っておるから、最強クラスの獣人と対戦するかもしれん」

「最強クラスって、だれだよ?」


「そうじゃのう……。まず最強は、牛の獣人ミノタウロスで間違いない。でも、滅多に出てこんので、今日対戦することはないじゃろう」

「そうなのか? じゃあ、今日の相手はどんな奴だ?」


「トップ10内の誰かじゃろう。獅子王レオ・レクタス、竜人ドラゴニュート、サソリ男のパビルサグ。それに劣るが、巨人族の四天王『ギガース、サイクロプス、トロール、カクス』あたりかのう」

「あれ? トップ10だろ? ミノタウロス入れても、8人じゃねーの?」


「ああ、レオ・レクタスは双子でな、弟もトップ10内にいるんじゃ。それに今は、お主も入っとるからの」

「え? 俺もトップ10入りなのか?」


「そうじゃ、昨日も言ったが、お主が倒したオーガは、その中でも最強のホリブリス族じゃった。奴もトップ選手だったのよ」

「でも、バッジ無しの大部屋に住んでたじゃねーか。金バッジなら、地下の個室に住んでるんじゃ……」


「たしかに、強い獣人は金バッジを取る傾向にある。だが、強い種族が必ず取れるとは限らんのじゃ。」

「どういうこと?」


「時間をかけて、試合数を積まねばならんからじゃよ。あやつは、まだ実績不足だった」

「じゃあ、俺の場合は、なんでだ? 昨日が初試合だったじゃねーか」


「お主は例外じゃ。観客は試合で賭けをするんじゃが、そのオッズが10倍以上の相手に勝てば、無条件で金バッジよ」

「オッズって、競馬とかの倍率だろ?」


「まあ、難しく考えんでもええ。ざっくり言えば、昨日9割以上の観客は、オーガが勝つと思っておったのよ。でも、お主が勝った。ただそれだけじゃ」

「よくわかんねーけど、とにかく誰が相手でも、ぶっとばしてやるまでさ!」


「キラよ、ひとつだけ気をつけねばならんことがある。それは、相手との組み合わせじゃ」

「どういうことだ? おやっさん」


「仮にお主の実力が十分でも、相手との相性があるじゃろう。それが原因で負けることもあるのじゃ。お主に一番不利な相手は――」


 ジュードがそう言いかけた時、選手を発表する鐘の音が聞こえてきた。さっそく看守が入ってくる。


「お前ら、午後の試合の時間だ! 今から呼ぶ者は、通路まで出ろ!」


 平穏だった室内が、一瞬で凍り付くような空気へとかわった。



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闘技場ベスト10に入ったキラは、強敵との対戦が予想される!

キラと相性の悪い相手とは、一体誰なのか?


お読み頂き、ありがとうございます。

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――作品紹介――

『異世界・宮廷料理人ティルレが、モンスターを使った無双レシピを公開するわよ!』

連載中!!

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