第22話:アレックスの瞳
◇
その頃、執務室では……。
「看守長、どうして即座に断らなかったんですか? 奴隷ふぜいが、文明人を気取るなんて論外ですよ!」
若い看守が、看守長に詰め寄った。
「お前、あの敬吾とやらの目は見たか?」
コップの水を手に、汗だくの看守長が逆に質問を返す。
平静を装っていたが、緊張から大汗をかいていたようだ。
「はい……、たしか、片方が青い目でしたよね?」
「そうだ、そこの松明の明かりでは確かにそう見えた。ところで、ここにある蝋燭が『白昼灯』と呼ばれてるのは知ってるな? 『太陽石』の粉末を混ぜることで、太陽と同じ波長の光を放つことができる。宝石の鑑定や、ヴァンパイアよけとしても使われる」
「知ってますが、それがどうされたんですか?」
「さっき奴がわしの傍まできたんだが、この白昼灯に照らされた途端、目が真っ赤に変わったんだ! あれは、間違いなく『アレックスの瞳』だ」
「アレックスの瞳……ですか?」
「知らんのか、馬鹿もの! あらゆるものを見通せる『魔眼』のことだ!」
「はあ……」
「しかも通常なら、炎の光では赤、太陽の光では青く色を変えるのに、奴の場合はその逆だ!」
「魔眼というのは、そんなに凄いので……?」
「アレックスの瞳は、一国を支配する力があると言われてるのに、奴のそれは底が知れん! どの本にも、色が逆転するなんて載ってないんだ。とにかく、詳しく分かるまで刺激せんよう、他の看守にも伝えておけ!」
「わかりました! すぐ、伝令してきます!」
「それと、調理場からてきとうな掃除道具をもって、やつらに渡しておけ」
◇
大部屋では、残された3人が力なくうなだれていた。
麗奈は頼まれていた手紙を前に、筆が一向に進まない。
時折、さきほど無残に首を刎ねられた、ゴブリンの姿が脳裏に浮かぶ。
――何事もなければいいけど……。
もし何かあったらどうするべきか、麗奈には想像できなかった。
あの二人が敵わない相手に、いったいどうすればいいのだろう。
きっと悲しむだけで、何もできないのではないか。
元の世界なら、弁護士や警察などを通して、あらゆる方法で抗議が行える。
しかしこの世界では、肉体的な強さが全て。
彼らほど力のない自分を、みじめに感じるのである。
そこに、敬吾とキラが看守長室から戻ってきた。
一瞬で3人の顔に、日が差したような明るさが戻る。
「おかえりなさい! 何事もなかったのね、少し心配してたのよ」
「ああ、問題ない。一応、伝えるべきは伝えてきた。返事は明日になるみたいだが……」
即答を迫らなかったことを、敬吾は気にしているようだった。
「いいのよ。看守長に会っても無傷で帰ってきただけで、私はうれしいわ!」
「ワタクシが余計なことを言ったようで、ジュード氏からも激おこされたのでアリマスヨ。ごめんニャワニャワさいなのデス」
かわった言葉づかいで、無表情のナーベが謝罪をした。
相変わらず表情はないが、人差し指どうしをくっつける手元に、どことなく反省が伺える。
「べつにどってことねーし、気にすんな!」
元気よく、キラがナーベを励ます。
とその時、看守2人がツボなどを手に持ち、入口に立ってるのが見えた。
「おい、そこの人間! とりあえず、これで掃除しろとのことだ。ここに置いておくぞ! 寛大な処置に感謝するんだ! それから、水はここを出て左にある看守用便所の水を使ってよい。残飯はお前たち用の便所に捨てておけ!」
看守が大声でそれだけ言うと、荷物をその場に置いて、立ち去ってしまった。
一行が荷物に近づき、内容を確認する。
スポンジがわりの海綿が5つ、木綿布数枚、左右に手持ちのついた陶器製の素焼きツボが2つあった。
一つのツボには水をはった泥のような物体が沈んでいる。
もう一方のツボにはラード脂のような白い塊が入っていた。
「何これ? この世界の洗剤かしら?」
怪訝そうな顔で、麗奈がツボを覗き込む。
「これは灰汁とラード脂じゃ。海綿に灰汁をつけて、ラードを少しだけ塗ると、汚れがよう落ちるのじゃよ」
「灰と脂で洗うのかよ! 気色わりーな……」
苦々しい表情でキラがそう言うと、ジュードがそれを諫めた。
「灰と脂は、貴重な洗剤じゃ。これが手に入らない貧民など、小便で服を洗っておるわ!」
「ええ、おしっこ!? あー、なんて世界に来ちまったんだよ、俺たち……」
「ははは、灰と脂はそんなに汚くないぞ。バーベキューの後、俺も炭の灰でコンロを洗うからな」
アウトドアが趣味の敬吾が、それとなくフォローをいれた。
「でもよー。敬吾の言ったとおりになったよな! 看守の反応早いし、これは風呂も期待していいかもな」
気を取り直したキラが、いつものように明るく笑う。
「ああ、こんなに早く対処してくれるとは思わなかったが、ある程度は期待していいかも知れんな……」
しかしそう言っている敬吾の表情は、複雑なものであった。
「敬吾、どうかしたの?」
心配して、麗奈が声をかける。
「いや、何でもない。とにかく、食事が清潔に取れるのは嬉しいことだ」
硬い表情の敬吾が、嬉しそうな笑顔を見せた。
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皆の意見が聞き入れられた。
これで看守達との衝突は避けられるのだろうか?
敬吾の浮かない表情の訳とは!?
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