第22話:アレックスの瞳



 その頃、執務室では……。


「看守長、どうして即座に断らなかったんですか? 奴隷ふぜいが、文明人を気取るなんて論外ですよ!」

 若い看守が、看守長に詰め寄った。


「お前、あの敬吾とやらの目は見たか?」

 コップの水を手に、汗だくの看守長が逆に質問を返す。

 平静を装っていたが、緊張から大汗をかいていたようだ。


「はい……、たしか、片方が青い目でしたよね?」

「そうだ、そこの松明の明かりでは確かにそう見えた。ところで、ここにある蝋燭が『白昼灯』と呼ばれてるのは知ってるな? 『太陽石』の粉末を混ぜることで、太陽と同じ波長の光を放つことができる。宝石の鑑定や、ヴァンパイアよけとしても使われる」


「知ってますが、それがどうされたんですか?」

「さっき奴がわしの傍まできたんだが、この白昼灯に照らされた途端、目が真っ赤に変わったんだ! あれは、間違いなく『アレックスの瞳』だ」


「アレックスの瞳……ですか?」

「知らんのか、馬鹿もの! あらゆるものを見通せる『魔眼』のことだ!」


「はあ……」

「しかも通常なら、炎の光では赤、太陽の光では青く色を変えるのに、奴の場合はその逆だ!」


「魔眼というのは、そんなに凄いので……?」

「アレックスの瞳は、一国を支配する力があると言われてるのに、奴のそれは底が知れん! どの本にも、色が逆転するなんて載ってないんだ。とにかく、詳しく分かるまで刺激せんよう、他の看守にも伝えておけ!」


「わかりました! すぐ、伝令してきます!」

「それと、調理場からてきとうな掃除道具をもって、やつらに渡しておけ」



 大部屋では、残された3人が力なくうなだれていた。

 麗奈は頼まれていた手紙を前に、筆が一向に進まない。

 時折、さきほど無残に首を刎ねられた、ゴブリンの姿が脳裏に浮かぶ。


――何事もなければいいけど……。


 もし何かあったらどうするべきか、麗奈には想像できなかった。

 あの二人が敵わない相手に、いったいどうすればいいのだろう。

 きっと悲しむだけで、何もできないのではないか。


 元の世界なら、弁護士や警察などを通して、あらゆる方法で抗議が行える。

 しかしこの世界では、肉体的な強さが全て。

 彼らほど力のない自分を、みじめに感じるのである。


 そこに、敬吾とキラが看守長室から戻ってきた。

 一瞬で3人の顔に、日が差したような明るさが戻る。


「おかえりなさい! 何事もなかったのね、少し心配してたのよ」


「ああ、問題ない。一応、伝えるべきは伝えてきた。返事は明日になるみたいだが……」

 即答を迫らなかったことを、敬吾は気にしているようだった。


「いいのよ。看守長に会っても無傷で帰ってきただけで、私はうれしいわ!」


「ワタクシが余計なことを言ったようで、ジュード氏からも激おこされたのでアリマスヨ。ごめんニャワニャワさいなのデス」

 かわった言葉づかいで、無表情のナーベが謝罪をした。

 相変わらず表情はないが、人差し指どうしをくっつける手元に、どことなく反省が伺える。


「べつにどってことねーし、気にすんな!」

 元気よく、キラがナーベを励ます。


 とその時、看守2人がツボなどを手に持ち、入口に立ってるのが見えた。


「おい、そこの人間! とりあえず、これで掃除しろとのことだ。ここに置いておくぞ! 寛大な処置に感謝するんだ! それから、水はここを出て左にある看守用便所の水を使ってよい。残飯はお前たち用の便所に捨てておけ!」


 看守が大声でそれだけ言うと、荷物をその場に置いて、立ち去ってしまった。


 一行が荷物に近づき、内容を確認する。

 スポンジがわりの海綿が5つ、木綿布数枚、左右に手持ちのついた陶器製の素焼きツボが2つあった。

 一つのツボには水をはった泥のような物体が沈んでいる。

 もう一方のツボにはラード脂のような白い塊が入っていた。


「何これ? この世界の洗剤かしら?」

 怪訝そうな顔で、麗奈がツボを覗き込む。


「これは灰汁とラード脂じゃ。海綿に灰汁をつけて、ラードを少しだけ塗ると、汚れがよう落ちるのじゃよ」


「灰と脂で洗うのかよ! 気色わりーな……」


 苦々しい表情でキラがそう言うと、ジュードがそれを諫めた。


「灰と脂は、貴重な洗剤じゃ。これが手に入らない貧民など、小便で服を洗っておるわ!」


「ええ、おしっこ!? あー、なんて世界に来ちまったんだよ、俺たち……」


「ははは、灰と脂はそんなに汚くないぞ。バーベキューの後、俺も炭の灰でコンロを洗うからな」

 アウトドアが趣味の敬吾が、それとなくフォローをいれた。


「でもよー。敬吾の言ったとおりになったよな! 看守の反応早いし、これは風呂も期待していいかもな」

 気を取り直したキラが、いつものように明るく笑う。


「ああ、こんなに早く対処してくれるとは思わなかったが、ある程度は期待していいかも知れんな……」

 しかしそう言っている敬吾の表情は、複雑なものであった。


「敬吾、どうかしたの?」

 心配して、麗奈が声をかける。


「いや、何でもない。とにかく、食事が清潔に取れるのは嬉しいことだ」

 硬い表情の敬吾が、嬉しそうな笑顔を見せた。



━━━━━━━━━━━━━━━━━

皆の意見が聞き入れられた。

これで看守達との衝突は避けられるのだろうか?

敬吾の浮かない表情の訳とは!?


お読み頂き、ありがとうございます。

評価や感想いただけると、執筆の励みになります<(_ _)>

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る