後編


 レオハルト・カーティナルが計画した「乙女ゲーム」から一年が経過した。


 悪役令嬢としての役を演じたフレミアは、王国から遠く離れ、海を隔てたとある島国にいた。

 田んぼに実った稲を、麦わら帽子を頭に被り、鎌を片手に刈り取っている。

 フレミア公爵家令嬢の時よりも日に浴びている時間が多いためか、肌は白っぽい色から少しだけ焼けたような色へと変わっていた。


『次に。レグド様が乗ってしまい、継承権剥奪された場合、私を平民に落として国外追放として下さい』


 フレミアがレオハルトに望んだことは、それだけであった。

 フレミアは家族仲はあまり良くなかった事もあり、出来ることなら家を出たかった。近隣の国では、平民に落ちたとは言え、あの両親では政治的に利用される可能性が高いため、できるだけ遠く離れた和の国へ行くことにした。

 貴族の時と違って苦労も多いが、あの時よりも自由に生きていける今の生活がフレミアには性が合っていた。


(一年間――悪役令嬢として頑張った甲斐があったよね)


 王都守護騎士隊隊長子息であるキース・シーラカは、父親に殴られた挙げ句に一兵卒に降格。魔物や獣を狩り、手柄を上げて復帰するための努力をしている。


 魔術師、グラム・ファイムは、魔力を3割封じられる罰を受けることになった。それを補って余りある才能を見せつけ、魔力封じが解除される日も遠い先のことではなさそうだ。


 そして、原因となったレグド・カーティナルはと言うと――――。


「――ナイアーラトテップ。お前が邪魔しなければ、俺1人でもっと早く斃すことが出来てたぞ」

「アーハッハハハ。面白い冗談だなぁ。あそこで俺に無様に蹴られなかったら、魔緒に体当たりされて死んでるね!」


 一緒に生活をしていて、フレミアは「どうしてこうなった」と思わずにいられなかった。

 レグドは王位継承権剥奪されたものの廃嫡になつた訳では無く、何処かの貴族へ養子或いは婿として行くと思われていた。

 しかしレグドは、全て責任を取り、フレミア同様に平民となり、フレミアについて行くことにした。更にフレミアに対して隷従契約を行った上でだった事もあり、押し切られる形で今の状況になってしまっていた。

 因みにナイアーラトテップは、「面白そう」という理由でついて来ていた。制約によって王国にちょっかいを出す事が出来なくなった事も関係している。


「それとも――蹴られるなら、こっちの方が良かったですか?」


 ナイアーラトテップは両手を顔に当てる貌を変えた。

 その貌を見たレグドは忌々しそうに射殺すかのように睨み付ける。


「恐い顔――。あの時は、愛を囁いてくれたのにっ」

「剣の錆になりたくなかったら、その貌を俺に見せるな!」

「レグド様では無理ですよ? 国王の執事ぐらいの実力がないと。とても、とても」


 ナイアーラトテップは相手を小馬鹿にする嘲笑を、レグドに向ける。

 レグドは腰の所に差してある剣の柄を握りしめ一色触発の気配を出す。

 それを見ていたフレミアは溜息を吐いた。


「2人とも! 好い加減にして下さい。今は稲刈りの真っ最中なんです。喧嘩するほど体力が余っているようなら手伝って下さい!!」


 フレミアが怒鳴った事で、一先ずこの場は収まった。

 ほぼ毎日繰り広げられる喧嘩に少し飽き飽きしているものの、ナイアーラトテップが飽きるまでは続きそうだと感じていた。


「ナイアーラトテップは稲を干す台を幾つか作って下さい。レグド様は稲刈りを手伝って下さい!!」

「はいはいっと」

「――分かった」


 ナイアーラトテップは貌をいつものに変えると、山で採ってきた木々を加工して台座を作り始める。

 なんだかんだで器用な為、何か作らすことにかけてはかなり有能であった。


 レグドは予備の鎌を渡されて、左手で稲の下の方を掴み狩っていく。


「レグド様。狩った稲はまとめてクロスするように置いて下さいませ。そうすると括った際に干しやすくなるそうです」

「……フレミア」

「なんでございましょうか?」

「俺は、もう第一王子ではなく、お前と同じ平民で、かつ隷従契約した身だ。様を付ける必要はないし、敬語も必要ない。アレに接するぐらい普通に話しかけてくれ」

「……」


 そもそもフレミアはなぜレグドが付いてきたか理由を知らない。

 もしかして結果的にレオハルトと共謀して王位継承権剥奪に手を貸したことを恨まれていると思ったことはあったが、数ヶ月、一緒に生活している間に、負の感情を向けられた事は無かった。

 フレミアはしばらく考え、試しに呼び捨てにしてみることにした。


「えっと、レ、れ――レグド」

「ああ。それでいい」

「き、今日は暑いですから日射病や熱中症に注意しましょうっ。適度に休憩しつつ、稲刈りを終わらせましょう!!」


 思わず顔を背け、早口でフレミアは言った。


(うぅう、なんですか。あの笑顔は。顔がいい人は得ですよねっ。別に照れてないですし。ただ太陽熱が強すぎて、それでたぶん、真っ赤になってるだけですっ)


 頭の中で言い訳を思考しながら、フレミアは素早く稲を刈っていく。

 その様子を笑いながらナイアーラトテップは見ているのだった。



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計画:乙女ゲーム【全3話】 華洛 @karaku_f

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