中編

約1年ほど前に遡る




 フレミアは王家直轄の浮遊島「ローズ」へと来ていた。

 この島は、レオハルト国王の従魔であるエレメンタル・ローズ・ドラゴンによく改良された地であった。

 多種多様な薔薇が咲き誇るこの場所は、幻想的であり見る者を魅了する。王国貴族の中では、ここに訪れる事は一種のステータスにもなっていた。

 またこの場所は、ただ幻想的で美しい場所という訳では無く、エレメンタル・ローズ・ドラゴンの魔力によって盗聴や盗視などを行う事は不可能になっているため、他者に聞かれたくないような極秘会談に使用される事が度々あった。


 フレミアは皇帝陛下直属の執事に「ローズ」の中でも特殊な薔薇が咲き誇っている薔薇園に案内されていた。この薔薇園は浮遊島の港から1時間ほど馬車で移動した所にあり、ほぼ島の中心部に存在している。

 まるで迷路のような薔薇園を執事と共にフレミアは進むと、拓けた場所に丸いテーブルと幾つかの椅子が置かれていて、国王、宰相、薔薇の蔦に縛られた者がいてそれぞれ着席していた。


(――レグド様がいらっしゃらない?)


 今回、フレミアが此処に訪れたのは、国王レオハルトの招きがあったからだ。

 てっきり第一王子のレグドの婚約の事から思ってやって来たが、この場にいる人物達の気配からして、婚約云々のことではない事をフレミアは感じた。


「フレミア嬢。よく来てくれた」

「国王陛下の招きとあれば当然です」


 フレミアは頭を下げると、着席するように促されたので椅子へと座る。


「……招待した者は全員揃ったようだな」


 ビリッと空間が一気に緊張感が奔る。


「今回集まって貰ったのは、他でもない。我が息子。第一王子のレグドに関してだ。――王位継承権を剥奪する」

「……!」


 なんとかフレミアは驚きの声を上げずに済んだ。

 王位継承権の剥奪。

 それは余程の事がなければ行われない事である。事実、王国250年の歴史の中でも、片手で数えられるほどしかされていない。


「国王陛下。レグド様の王位継承権を剥奪するなど、私も初耳ですな。。宰相として情報収集は怠ってはいない自負がありますが、何かやらかしましたか」

「まだ、何もやらかしていない。だが何時かはやらかす」

「――まだ何もしていないのに継承権剥奪などを行えれば、各派閥に不満の根が生まれますぞ」


 王宮内の派閥は複雑怪奇。伏魔殿という言葉が似合うほどである。

 大きく分けると第一王子派と第一王女派と第二王子派という三派に分かれている。何処が優勢という訳では無く、ほぼ拮抗状態であった。


「ヒューゴ宰相。俺は国王であり国父だ。国民は皆子供であり、出来ることなら皆幸せに暮らして欲しい。だからアレは駄目だ。初子供だから良くも悪くも厳しくし過ぎた。その結果、歪んでしまった」

「――レグド殿下は優秀で人当たりも良くカリスマ性も問題無いと思われますが」


 レオハルトは溜息を吐き、首を横に振る。


「気をつけていたつもりであったが、アレの側近に諫言を与える者がいない。周りの全ては持ち上げ、耳障りのいい言葉を列べまくる者達ばかりだ。そのような者達ばかりを囲う者にこの国を託す訳にはいかん。それにアレ自身が出す政策は、全て見かけ倒しの張りぼてであり、よく考え長期的に見ればマイナスにしかならないものばかりだ」


 レグドは見た目が美しく麗しい、更に声も良く人を惹き付ける。

 問題は、それに中身が伴っていない点であった。


「とはいえ、ヒューゴ宰相のいう通り、何も無く継承権剥奪を行えば、貴族達に無用な不穏な種を植えることになるだろう。だから――ゲームを行う」

「ゲームですか?」

「そうだ」


 レオハルトが手を叩くと、執事がヒューゴとフレミアの前に一冊の本を置いた。

 それは恋愛小説であった。

 ヒロインは男爵令嬢。主人公は王子。

 その2人は相思相愛となるものの、それに嫉妬した公爵家令嬢は2人の中を切り裂くため数々の権謀術数をするものの、2人の絆の前に破れて断罪されるというものであった。

 フレミアは読んでみたが、王国では流行りそうに無い物語に感じた。

 王国は明確な身分差がある貴族社会である。そんな中で、男爵令嬢が王子と恋愛結婚すると言うのは、荒唐無稽な物語と言わざる得ない。

 物語は創作。リアリティを求めすぎれば面白く無くなることは常とは言え、これは無いなとフレミアは感じずにいられなかった。

 ヒューゴとフレミアが読み終えた事を確認したレオハルトは言う。


「この物語を元に、レグドの王位継承権の剥奪の有無を問うゲームを行う。フレミア嬢、キミには申し訳ないが悪役令嬢役を頼みたい」

「この物語に出る悪役令嬢のことをすれば良いのですか?」

「いや――。実際に何かを行う必要はない。あくまで悪役令嬢という虚像を見立てるだけだ。ただ、アレに忠言や諫言はしてもらう事になるがな」

「……国王陛下のご命令であれば従いましょう」


 そもそもフレミアには選択肢はありはしない。

 このような場所で、継承権剥奪の話を聞かされ「イヤです」と言えるほどフレミアは精神が図太くない。


「助かる。悪役令嬢というイヤな役所で協力して貰うのだ。望むものがあれば報償として与える。遠慮無く申すが良い」

「――では。もしゲームを行い、レグド様が見事に乗らなかった場合は、継承権剥奪はなく王位継承した場合は、私は王妃となる可能性が高いので、その場合は貸し1つとさせて下さいませ」


 フレミアは未来を見通せるなどという特殊能力は持ち合わせていない。

 王妃となる場合、「望むものがあれば報償」と言うのは先々で「もしも」があった場合の保険になる。

 だから、今は何も望まずに「貸し」にしておくことにした。


「次に。レグド様が乗ってしまい、継承権剥奪された場合、私を――」


 それはフレミアが諦めていた夢。

 公爵令嬢である以上、それは叶わないと思っていた事であった。

 聞いたレオハルトは驚愕の表情を露わにする。


「――フレミア嬢。本当に、それで良いのか?」

「構いません。国王陛下でしたら可能な事でしょう。それに、後々にレグド様から手を抜いた等という言いがかりを封じ込める事ができます」

「……。分かった。アレが王位継承権剥奪をされた場合は、先ほどのキミの望みを必ず叶えると宣言する。証人は宰相だ」

「――……フレミア令嬢。本当に、後悔しませんな」

「はい」

「分かりました。国王陛下とフレミア令嬢の契約。儂、ヒューゴが証人となりまする」


 契約が結ばれると同時に笑い声が響く。

 声の発生源は薔薇の蔦に拘束されている人物のようだ。

 男とも女ともいえない中性的な顔立ちに声。

 薔薇の蔦がかの人物を締め上げるものの、痛みがを感じないのか、笑い声に変化しなかった。それどころか蔦が腐り落ちた事で、蔦の拘束から解放されてしまう。


「俺の従魔、エレメンタル・ローズ・ドラゴンの蔦を腐らせたというのか」

「ハッハハハ。なんてイカれた女だ。気に入った。お前の条件を全面的に受けてやろう」

「あ、あの、国王陛下。この方は――」

「ヒロイン役だ」

「え」


 思わず二度見してしまう。

 どう見てもレグドの好みの外見でも性格でもなかったからだ。

 その視線に気がついたのか、貌を両手で押さえると、髪は黒の長髪からピンク色のボブへと代わり、貌は小動物で庇護欲を煽る貌へと変わっていた。


「……「無貌」ナイアーラトテップだ。人の心理を心得ていて、イヤなことをすることに関しては右に出る者はいない。だから、今回のヒロイン役に抜擢した。コレなら多少危険な目にあったところでどうという事はないだろうからな」

「ちょっと前に色々にヤンチャしてしまい、ここの地下にある収容所に軟禁されてましたの」

「俺の暗殺がヤンチャだと?」

「ええ。私は楽しいことが好きなのです。国王暗殺。とても楽しめました」

「――次に王の命を狙えば、その命、無いと思え。蛇め」


 レオハルトの後ろに控えている執事は、ナイアーラトテップを睨み付ける。

 控えている執事は60歳以上だが、かなりの実力者で一騎当千の腕前だ。事実、異能を持ち人間の弱点を突くことに長けているナイアーラトテップが敗北している事から、その実力の高さが窺える。


「――ナイアーラトテップ。お前は男爵家令嬢、ミリトリア・スマスカシとして王立学院に一年間通う事を命じる」

「了解しました。……ところで、今回のゲームの有無に関わらず、協力すれば刑期免除で直ぐに釈放ということでいいでしょうか」

「ああ。いくつかの制約はさせてもらうがな」

「分かりました」


 ナイアーラトテップ……否、ミリトリアは頷いた。

 そしてレオハルトは宣言する


「今、この時よりレグドの王位継承権剥奪の有無に関しての計画を開始とする


 計画名は――……乙女ゲーム!!」


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