-140- 迷宮王を継ぐ者
やっと秋の気配を感じ始めた9月の中旬。
私はお爺ちゃんのお墓参りに来ていた。
理由はもちろん『琵琶湖大迷宮』の完全消滅を伝えるためだ。
一緒に来ているのは育美さんとお母さん。
お母さんは目覚めて最初の墓参りだったりする。
眠っている間に死んでしまった父の墓参りというのはあのお母さんでも思うところがあり、なかなか行くことが出来なかったみたい。
でも、今回の報告を機にお母さんも決意を固めたようだ。
お爺ちゃんのお墓はすごい立派な墓石が立ち並ぶ霊園の中にある。
初めて来る人は迷ってしまうくらい広い場所だけど、お爺ちゃんの墓石はそんな中でも目立つくらい大きくて凝ったデザインをしているから1回来たら迷うことはない。
育美さん曰く、お爺ちゃんはお葬式とかお墓とかにはこだわりがなかった人らしい。
きっと派手なお墓なんて本人もそこまで望んではいないだろう……とのことだけど、そういうものは残された人たちの想いの結晶だからね。
お爺ちゃんを尊敬する家族や会社の人たちが、少しでも良い場所で眠ってほしいと想いを込めて用意したものだから、こればっかりは受け取ってもらうしかない。
人が死んだ後に行われることや用意されるものは、もちろん死んだ人のためにある。
それと同時に、残された人々がその事実を受け入れて生きていくために必要なことでもあるんだ。
「……あれ? お母さんお花は?」
「あっ! 車の中に忘れてきた! 取ってくるから先に行ってて!」
慌てて来た道を引き返すお母さん。
3年間眠っていたというのに足腰は衰えておらず、ちょこまかと動き回る姿は変わっていない。
なぜお母さんがあのタイミングで目覚めたのかという疑問の答えは、そもそもなぜ眠ったままになったのかという疑問の答えが用意されていないから、ハッキリとしたことは今もわからない。
ただ、脳波による攻撃で体の機能が完全に止まっていたところに、成長して強い脳波を発するようになった私がやって来たから、そのショックでまた動き始めたんじゃないかというのが有力ではある。
まあ、なんにせよ結果オーライって感じね。
「それにしても、いつ見ても立派なお墓ですね……」
「流石にタンブルシードよりは小さいけど、変形して大型DMDになるのかってくらいの雰囲気はあるわよね」
私が死んだ時にこのお墓を用意されたら度肝を抜かれると思う。
でも、それが私のことを想う人たちの意志ならば……受け入れよう。
……いや、遺言書に理想のお墓のデザインを残しておこうかな?
「ずっと悩んでたことがあるんだけど、ここで蒔苗ちゃんとお爺ちゃんに報告しておこうかな」
「なんですか? 私とお母さんと育美さんが一緒に暮らし始めたことですか?」
「そ、それは別に報告する必要なくない? あと蒔苗ちゃんは当然そのことを知ってるんだから蒔苗ちゃんに報告する必要はないじゃない?」
「あ、それもそうですね」
私も流石に重要人物になりすぎたということで住む場所を移すことになったんだけど、その時に仕事ばかりであんまり家に帰っていないであろう育美さんを誘ったんだ。
育美さんだって重要人物だし、あんまりいない家をずっと借りているというのは無駄が多い。
それにお母さんの強い要望もあった。
ということで、私たち3人は一緒に暮らしている。
もちろん私だって育美さんと一緒にいられる時間が長くなって嬉しい!
「報告っていうのはアイオロス・マキナの改修に関することよ。今は蒔苗ちゃんが持って帰って来てくれたパーツを繋ぎ合わせて、足りない部分には既存のDMDのパーツを使うことで運用してるけど、性能はオリジナルに比べて低下しているわ」
流石にあの時は細かいパーツまで手が回らなかったし、回収したパーツの中にもダメージが大きすぎて強度や重力制御能力を失っているものも多かった。
結果としてアイオロス・マキナは本来の力を取り戻せていない……。
「アイオロス・マキナに使われている素材は特殊すぎて手に入れようとして手に入るものではない。もちろん、今の状態でも世界最強のDMDであることは変わりないけど、これからを考えればさらなる強さを求めていきたい。そこで私が考えたのは……取り戻したアイオロスのパーツを移植することよ!」
「アイオロスのパーツを移植……?」
コアだけを破壊したからアイオロスは綺麗な状態で残っている。
でも、竜種としての命を絶ち、動力源であるコアを破壊したあの機体を素材にしても……。
それにアイオロスは人類とダンジョンの戦いの象徴として、どこかに展示されるみたいな話も持ち上がっていたと思うけど……。
「見た目こそほぼアイオロスのままだけど、あの物体は間違いなく竜種の亡骸よ。それを構成するすべてが元のアイオロスから変質し、深層ダンジョン由来の未知の素材に置き換わっているわ」
「そ、そうだったんですか!」
「特にコアの周りのパーツは、コアから多くのエナジーを引き出すのに適した構造をしていてね。アイオロス・マキナに上手く移植出来れば時間あたりに引き出せるエナジー量が爆発的に増加するはずよ。あと、装甲やフレームも竜種そのものだから重力制御能力を持っているし、あの機体を素材に使えればアイオロス・マキナは本来の力を取り戻すどころか、さらなる強さを得ることが出来る……!」
「でも、そんなに強い機体ならアイオロス・マキナの素材にせずに1機のDMDとして完成させた方が良くないですか? 誰が操者をやるのかという問題はありますけど、そのアイオロスとマキナの2機を運用出来れば戦力はかなりアップすると思いますけど……」
「もちろんそれも考えたけど、破壊と再生を繰り返し過ぎた一部のパーツは劣化が激しくて、強度や重力制御能力を失っているのよね。だから、1機のDMDとして完成させようとすると足りないパーツが多いの。もちろん、それでもそこそこ強いDMDになるのは確かよ。でも、今はレベル100に挑める操者が蒔苗ちゃんだけな以上、半端な状態の機体を2機用意するなら、より完全に近い1機を作った方が良いかと思ってね」
「それは……そうですね。でも、お爺ちゃんのアイオロスを素材として分解するとなると、反対する人も出てきそうですね……」
「まあねぇ。それも致し方ないことだと思うわ。私だって決心がつかずに大樹郎さんのお墓に来て、自分の覚悟を確かめないといけないくらいアイオロスのことを特別だと思ってるから……。でも、きっと大樹郎さんなら即座にバラして新しい機体を作ろうとすると思うの。まだ使える俺の機体を見世物で終わらせてたまるか……ってね」
「私はお爺ちゃんと話したことはありませんけど、きっとそう言うと思います。それに孫である私が真剣にお願いすればお爺ちゃんだってアイオロスを素材に使うことを許してくれると思います! 世の中のお爺ちゃんは孫に弱いらしいですから! ということでお爺ちゃん、アイオロスを使わせてもらいます」
私は深く頭を下げる。
冗談っぽく言ってるけど、私もあの機体を大切に思ってるから、最後は誠意をもってお願いする。
「ふふっ、大樹郎さんも許しちゃうなぁ。こんなにかわいい孫のお願いなら」
「でしょう? それにもう私、新しい機体の名前を思いついたんです!」
「へぇ、前回はかなり悩んでたのにもう?」
「はい、今回はビビっときました! その名もアイオロス
「……いいね。そんな最高の名前を思いついちゃったなら、この計画を進めていくしかないわね! ということで大樹郎さん、アイオロスを使わせてもらいます」
育美さんも深く頭を下げる。
その時間は私より長く、今までのいろんな想いが頭の中を駆け巡っていることを感じ取れた。
「よし! これで怒られはしないでしょう。少なくとも大樹郎さんにはね」
「他の人たちの説得の方が大変かもですね。でも、きっとわかってくれますよ。私たちは立ち止まるわけにはいかないんですから」
ダンジョンは存在する。
この東京に、この日本に、この世界に……。
もしダンジョンがいつか消えるとしても、それがいつなのかは誰にもわからない。
私たちは今そこにある脅威に備えて進化し続けなければならない。
ダンジョンとの戦いには、人類すべての力が必要なんだ。
私がダンジョンとの戦いにおいて重要な人間であり、レベル90以降のダンジョンは私でなければ抹消出来ないのは事実。
しかし、私だけでそれが成し遂げられるはずはない。
ほんの少し前まではただの女子高生で、今だってDMDが扱えること以外は普通の女子高生だし、そのDMDも自分では用意出来ない。
足しげく通うマシンベースは国の施設だし、よく頼っているモエギ・コンツェルンはお爺ちゃんが作り上げ、今は多くの人によって支えられている大グループだ。
私じゃないと出来ないことはあるけど、私だけでは出来ない。
世間で迷宮王を継ぐ者と言われる萌葱蒔苗とて、大きなパズルを完成させるためのピースの1つでしかない。
でも、ピースが1つ欠ければパズルは完成しない。
そして、私はそのピースの中でも特別な存在だということは自覚している。
今のところ私の代わりが務まる人はこの世にいない。それだけ責任は重い……。
だけど、それは力と想いを受け継いだ者の宿命。
お爺ちゃんのようにその宿命を誇って生きていこう。
みんなに戦う意思がある限り、私はダンジョンという穴を埋める最後のピースであり続ける。
そして、いつかは私の想いも誰かに受け継がれていく……。
と言っても、私はまだ十代でぴちぴちの女子高生!
私の想いが受け継がれるのはもっと先だ。
てかアイオロス・ゼロを受け継いでから1年経ってないのよねぇ。
まだまだ戦いはこれから。
未来は今を積み重ねた先にある。
「はぁはぁ……お花持ってきたよ……」
「お、お母さん、そんなに急がなくても……」
「だってこの後は蒔苗のお友達とお食事会でしょ……? 遅れるわけにはいかない……。私が知らないいろんな蒔苗の話を聞きたくてウズウズしてるんだから……! でも、お墓参りの時間も削りたくない……。自分の娘が死の淵から戻って来たことを報告してあげないとね……!」
お母さんはあまり見たことがない真面目さでお墓を掃除し、お水をかけ、お花や線香を供えた後、手を合わせてお爺ちゃんの冥福を祈った。
私たちもそれにならい、手を合わせて祈る。
大丈夫だよ、お爺ちゃん。
私たちはあなたが遺してくれたものを受け継ぎ、新しい力へと変えていける。
襲い掛かる未知の脅威から、大切な人を守っていける。
だから、どうか安らかにお眠りください。
人々の悲鳴や嘆きで目覚めることがないように私は戦います。
「……よし。行こう、みんなのところに!」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
Dマシンドール 迷宮王の遺産を受け継ぐ少女
-END-
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
最後まで読んでいただきありがとうございます。
書こうと決めたことを書きたいように書き切れました。
好きに書いたゆえに読者の皆さんにはわかりにくい部分もあったと思いますが、結果として想像していたよりも多くの方に読んでいただけて感無量です。
本当に本当にありがとうございました。
ストーリーはこれで終わりですが、noteでは作中に登場するDMDの設定などをこれからも少しずつ公開していく予定です。
興味のある方は近況ノートの『DMDアーカイブお引越しのお知らせ』をチェックしていただけると幸いです。
Dマシンドール 迷宮王の遺産を受け継ぐ少女 草乃葉オウル@2作品書籍化 @KusanohaOru
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