2話 占い


夢だ。

果てしなく続く真っ白な世界。

目の前には、美しい白馬がいる。

長いまつ毛に、綺麗な瞳。

その瞳が、宏明をじっと見つめている。


『お目覚めください、公明さま。

どうか…どうか…』


白馬の声は、凛とした女性の様な声で、とても心地が良い。

公明…誰だそれは…なんとなく聞き覚えのある名前だ…。

白馬は、宏明に顔を近づけ、瞼を閉じた。



「…はっ!」


目を開けると、そこはいつもの自分の部屋だった。

見慣れた天井が目につく。

もう朝かと思ったが、辺りは暗い。

時計を見ると、まだ2時を回ったところだった。


今までの夢と言い、あの馬の夢と言い、一体なんなんだ…


なんとなく眠った気がしない。

しかも、ひどく喉が渇いていて、舌がカラカラになっている。

宏明は水を飲もうと、一階のリビングへ降りる。

少し古い家なため、階段がギシギシと鳴った。

その音で親を起こさない様に、ゆっくりゆっくり降りる。

リビングに着いて、真っ直ぐ台所へ向かう。

しかし、暗すぎてよく見えない。

そのせいで、何かに躓いた。


「…なんだ?」


やはり、暗闇の中は危険だ。

明かりをつけようと、スイッチの側へ向かう。


「?!」


電気をつけたと同時に、何かが見えた。

テーブルが置いてある近くに、何かがいた。

だけど、その何かはもういない。


「一体何なんだ…」


連日続く騒動に、宏明は大きなため息をつく。

明らかに、何かがおかしい。

昨日の犬の妖怪も、今までなら無かったことだ。

兎にも角にも水を飲もう。

そう思い、冷蔵庫を開ける。

すると、そこには、昨日の誕生日ケーキが残っていた。

happy birthday HIROAKI

と書かれたプレートが、能天気に乗っていた。



「お疲れだな、宏明。」


昼休み、大欠伸をした宏明を、栄一は見逃さなかった。


「あまり寝てないのか?」

「あぁ。今日も変な夢を見てな…それと、訳の分からん物も見たし…」


あの後、水を飲んで再び眠ろうとしたが、全く眠れなかった。

そのせいで、今日は寝不足だ。


「お前もなかなか大変だな。

かく言う俺も、今日は眠れなかったんだ。」


そう言って、栄一も小さく欠伸をした。

普段、一日8時間は眠っている栄一にしては珍しい。

いつも不眠とは無縁そうなのに。


「それにしても、流石に今日も休みが多いな。」

「あぁ。」


まぁ無理もない、あんなことがあったんだ。

昨日よりか空席は埋まっているが、4人はいない。

クラスの話題も、飽きもせず昨日の事だ。

他に話すことはないだろうか?

と、疑問に思ったが、それは口にしないでおいた。


「ところで、宏明。今日は暇か?」

「暇と言われれば暇だ。」


母からお使いを頼まれているのを抜いたらだが。

残念ながら、宏明は栄一以外まだ仲の良い友人はいない。

だから、誰かと学校帰りに遊んで帰る約束はない。


「それじゃあ、ここへ行ってみないか?」


栄一はカバンの中から一枚の紙を取り出した。

机の上に置かれたのは、チラシ。

それも、少し怪しげなチラシ。


「夢占い…?」


デカデカと書かれた文字。

宏明は思わず、栄一の顔を見てしまった。

目があった栄一は、力強くあぁ。と頷いた。



今日も天気はお世辞にも良いとは言えない。

さっきまでシトシトと降っていた雨が上がり、傘をさしていた人達は邪魔な荷物が増えたとばかりに傘を左手に持っている。

前にいるおじさんの傘の先が、何度か当たりそうになるのを避けながら宏明は栄一と歩く。


「本当に行くのか?」

「もちろん。お前も夢の方が知りたいんだろ?」

「まぁ、そうだが…」


やる気満々な栄一とは裏腹に、宏明の心は不安だった。

しかも、学校が終わると直ぐに連れ出されたせいで、教室にお弁当箱も忘れてしまった。

今日は金曜日だから、月曜日まで放置だ。

また母さんに怒られる…

母の怒る姿を想像して、思わずため息をついてしまった。

そんな宏明には目もくれず、栄一はズンズンと足取り軽く歩いていく。

とにかくついて行こう。

栄一は、いつもの笹部駅を通り過ぎ、そのまま右に曲がる。

すると、歩いて5分くらいの所に商店街が見え始めた。

「笹の葉商店街」

と書かれた看板が、仁王立ちしている。

この商店街は、なかなかお洒落な店が多く、ちらほらと弥生の生徒も見えた。

宏明は、美味しそうなケーキ屋を見つけ、少し歩みを遅らせる。


「食べたいのか?」

「俺の癖なんだが、ケーキ屋を見るとシュークリームを買いたくなるんだ。」


昔から、生クリームたっぷりのショートケーキより、カスタードクリームたっぷりのシュークリームの方が好きだった。

だから、ケーキ屋となるとつい足を止めてしまう。


「じゃあ帰りに買って帰るか」


帰りの楽しみができた。

そうと決まれば、早く用事を済ませよう。

宏明は再び栄一の後ろをついて行く。

しばらく商店街の中を歩く二人。

美味しそうな匂いが鼻を掠める。

そんな中、栄一は商店街から離れるように、右へ曲がり歩みを進めた。

そこからは、左へ曲がったり右へ曲がったりと大忙しだった。


「おい、本当にこの道で合ってるのか?」

「あぁ。」

「でも、地図も見てないじゃないか。」

「一度行ったことがあるからな。」

「そうなのか?」

「親父の知り合いの知り合いがしてるんだ。

付き合いみたいなもんだ。」

「なるほどな。」


栄一の父親は割と大きな病院の院長だ。

色々な知り合いがいてもおかしくない。


「そろそろ着くぞ」

「あ、あぁ。」


そう言われてから5分もしないうちに、栄一は歩くのをやめた。

ついたぞ。

と言わんばかりに、宏明を見る。

そこには、ビルとビルの間に小さな一軒家があった。

一軒家と言っても、住宅街にあるようなものではなく、コンクリートでできた、小さなビルという感じだ。

ただ、ビルというにはあまりにもお粗末で小さすぎる。

そして、申し訳程度に、「占い 珠」と書かれた木の板がドアにかかっていた。

栄一が見せてくれた派手なチラシとは正反対の佇まいだ。


「栄一。ここ…大丈夫なのか?」


思わず、そう言わずにはいられなかった。


「腕は確かだ。心配するな。」

「確かって言ったって…」


何をもって確かと言うのだろう。

こう言うモノは曖昧すぎて指標が分からない。


「とにかく入るぞ。」

「あ、あぁ。」


栄一が、ドアを開ける。

すると、外とは裏腹に、中は一昔前の洋館みたいに綺麗だった。

高級そうな椅子に、テーブル。

天井からはシャンデリアが吊り下げられていて、壁掛け時計がチクタクと音を立てている。

広さはそれほどでもないが、奥にドアがあるのでまだ部屋はありそうだ。

外観は小さく見えたが、実は縦に長いタイプなのかもしれない。


「凄いな…」

「そうだろう?」


ニヤリと、栄一は笑みを浮かべる。

まるで悪戯の成功した子どものようだ。

暫く部屋を見渡していると、女の人の声が聞こえてきた。

それは、奥の部屋からのようで、ガチャっと扉が開き、二人の女性が出てきた。


「ありがとうございます!早速試してみます!」

「はい。ですが、焦りは禁物ですよ。何事も、一つ一つ丁寧に。です。」

「はい!本当にありがとうございました!」


一人は目に涙を浮かべながら、何度も頭を下げている。

もう一人、頭を下げられている方は、穏やかな口調で、笑みを讃えている。

どうやら、彼女が占い師の様だ。

現代ではなかなか着ている人が少ない着物を着ている。

桜が散りばめられた可愛らしい柄だ。

そして、髪の毛は一本の三つ編みにし、右肩にかけている。

とても上品そうな人だ。


「あら、珍しい。」


その人は、栄一を見つけると、そう呟いた。

少し吊りがちな目が、大きく開かれる。

まるで猫みたいだな。

と、宏明は思った。


「どうしたの、咲くん。」

「ご無沙汰しています。」

「えぇ、大きくなったわね。お父様はお元気?」

「はい、お陰様で仕事が順調で」

「そう、それは良かった。またうちに来て下さるよう伝えてもらえる?」

「もちろんです。」

「それで、今日はお父様のお使い…と言う感じではないわね。」


女性が宏明に目を向ける。

宏明は慌てて頭を下げた。


「初めまして、栄一の友人の葵 宏明と言います。」

「ふふ、緊張されてるのかしら?私は、ここのオーナー、珠と言います。

立ち話もなんですから、そちらにお座りになって。

私は飲み物でも準備するわ。」


珠は、高級そうな椅子を指差し、二人に座るように促した。

栄一は、どうも。と言いながら腰をかける。


「失礼します。」


宏明が座ったのを見て、珠は奥の部屋へと消えていった。


「…」

「…」


二人の間に沈黙が訪れる。

緊張している訳ではない。

ただ、何かを話す気分ではなかった。

それにしても、珠さんは不思議な人だ。

特別美人というわけでもないのに、どこか目を引かれる。

雰囲気に飲み込まれそうになる。

しばらくすると、球がお盆に3つ、マグカップを乗せてやってきた。


「コーヒーなんだけど、大丈夫?」

「あ、大丈夫です。」


宏明がすかさず答えた。


「俺は…」

「咲くんのはちゃんとカフェオレよ」

「…どうも。」


宏明は目の前に置かれたカップを手に取る。

コーヒー独特の良い香りが鼻を掠める。

一口飲んだ瞬間、宏明は驚いた。


「美味い。」


それは、思いがけず出た言葉だった。

珠はそんな宏明を見て、ただ微笑んでいる。


「これ、どこのコーヒーなんですか?」

「普通のコーヒーよ。どこにでも売ってる。」

「え、でも、こんなに美味いの俺飲んだことないです。」

「ふふ、ありがとう。」


珠は穏やかに微笑見ながら、自分もコーヒーを口に運んだ。

隣の栄一だが、猫舌なせいか、ずっとカップに息を吹き込んでいる。


「さて、葵くん、今日はいったいなんの御用かしら?」

「あ…」


コーヒーに気を取られていた宏明は、本来の目的を思い出す。


「宏明が見ている夢の意味について知りたい。」


答えたのは栄一だった。

珠は首を傾げ、宏明に視線を向ける。


「夢?」

「はい、ここ最近、妙な夢を見るんです。

それに、変なものも。」

「そうなの…

本当、嫌な夢ね。あなたは陰陽師なのかしら?」

「え?」


珠の発言に、宏明は目を開く。

栄一があらかじめ珠に夢の話をしていたのだろうか?

まるで知っているような口ぶりだ。


「あら、大変。あなた、酷い目にあったわね。

妖怪に襲われるなんて。」

「!?」

「まぁ、あなた強いのね。言霊使いかしら?」

「あ、あの!?」


宏明に起きた出来事を次々と話していく珠。

そんな珠に、宏明はギョッとする。


「ごめんなさい。勝手に視たら失礼よね。」


珠は、申し訳なさそな顔をする。


「え、あの…いったいどう言う…?」

「私の能力…と言うものね。

その人に起こった出来事がわかるの。

咲くん、何も説明してないのね。」

「言うまでもないかと思ってな。」

「そんなわけないでしょう。

ちゃんと説明しないから、葵くんすごく驚いてるじゃない。」

「心配しなくても平気だ。宏明も天田の出だ。」

「え…そうなの…?」

「あの、一体どう言うことですか?」


二人に置いてけぼりにされた宏明は、説明を求める。

何が起こっているのか理解できず、頭の中は大混乱だった。


「さっきも言った通り、珠さんは人の過去を見ることができるんだ。

それで今、お前の過去を見ていた。」

「それは分かった。」

「実際にあなたに起こったことを視る事で、その意味や理由を分析していくの。」

「一回、親父の浮気騒動があったの覚えているか?」

「あぁ…」


それは、宏明がまだ7歳の頃の事だ。

栄一の父、浩一は、地元でも有名な愛妻家だった。

しかし、とある女性が浩一との不倫関係を仄めかす写真を、浩一の経営する病院に持ってきて、一時修羅場になった事があった。

そして、オシドリ夫婦だった栄一の父と母の仲に亀裂が入り、あわや離婚の一歩手前まで行った事件。

宏明は子どものためほとんど詳細を知らず、忘れていたが相当な騒ぎだったらしい。

しかし、いつの間にか2人の仲は修復しており、今も仲睦まじい。


「あの時偶然珠さんがうちに病院に来ていてな。

それで、珠さんの能力を使って、親父の無実を証明してくれたんだ。







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八番地(仮) 大豆 @mame0218

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